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奉観厳鄭公庁事岷山沲江図(杜甫)

奉觀嚴鄭公廳事岷山沲江圖
厳鄭公(げんていこう)の庁(ちょう)事(じ)にて岷山(びんざん)沲(た)江(こう)の図(ず)を観(み)奉(たてまつ)る
杜甫(とほ)
  • 五言排律。堂・梁・香・茫・光・長・霜・傍・昂・忘(下平声陽韻)。
  • ウィキソース「全唐詩/卷228」「分門集註杜工部詩 (四部叢刊本)/卷第十六」参照。
  • 詩題 … 『全唐詩』『宋本』『九家集注本』『四部叢刊本』『草堂詩箋』『銭注本』『詳注本』『心解本』『鏡銓本』では「奉觀嚴鄭公廳事岷山沱江畫圖十韻(得忘字)」に作る。十韻は、十韻二十句から成る詩で、隔句(一句置き)に押韻するもの。忘の字を得たりは、宴席において数人で韻字をくじ引きで決め、作者は忘の字が当たったということ。
  • 厳鄭公 … 厳武(726~765)のこと。鄭公は、鄭国公に封ぜられたのでいう。華州華陰(陝西省華陰市)の人。字(あざな)は季(き)鷹(よう)。挺之の子。太原府(山西省太原市)参軍から殿中侍御史に進み、安禄山の乱のとき、玄宗に従って蜀へ避難し、諫議大夫となった。その後、京兆尹・成都(四川省成都市)尹兼剣南節度使などを歴任。広徳二年(764)吐蕃の大軍七万を破り、その軍功により鄭国公に封ぜられた。また蜀に滞在中、流浪中の杜甫を援助した。『全唐詩』に六首収める。ウィキペディア【厳武】参照。
  • 庁事 … 役所の執務室。
  • 岷山 … 四川省と甘粛省の境にある山脈。ウィキペディア【岷山山脈】参照。
  • 沲江 … 長江の支流。成都の近くを流れている。『書経』禹貢篇に「岷山(びんざん)より江(こう)を導(みちび)き、東(ひがし)に別(わか)れて沱(た)と為(な)り、又(また)東(ひがし)して澧(れい)に至(いた)り、九(きゅう)江(こう)を過(す)ぎて、東(とう)陵(りょう)に至(いた)り、東(ひがし)迆(ななめ)に北(きた)して、匯(かい)に会(かい)し、東(ひがし)して中(ちゅう)江(こう)と為(な)り、海(うみ)に入(い)る」(岷山導江、東別爲沱、又東至于澧、過九江、至于東陵、東迆北、會于匯、東爲中江、入于海)とある。ウィキソース「尚書/禹貢」参照。ウィキペディア【沱江】参照。
  • この詩は、作者が成都で成都尹兼剣南節度使だった厳武の執務室に掛けてあった岷山沲江の山水図を見て詠じたもの。広徳二年(764)の作。
  • 杜甫 … 712~770。盛唐の詩人。河南府鞏(きょう)県(河南省鄭(てい)州(しゅう)市鞏(きょう)義(ぎ)市)生まれ。本籍は襄(じょう)州襄(じょう)陽(よう)県(湖北省襄陽市襄州区)の人。字(あざな)は子美(しび)。祖父は初唐の詩人、杜審言。若い頃、科挙を受験したが及第できず、各地を放浪して李白らと親交を結んだ。安史の乱では賊軍に捕らえられたが、やがて脱出し、新帝粛(しゅく)宗(そう)のもとで左拾遺(天子に諫言する職)に任じられた。その翌年左遷されたため官を捨てた。四十八歳の時、成都(四川省成都市)の近くの浣(かん)花(か)渓(けい)に草堂を建てて四年ほど過ごしたが、再び各地を転々とし一生を終えた。中国最高の詩人として「詩聖」と呼ばれ、李白とともに「李杜(りと)」と並称される。『杜工部集』『草堂詩箋』などがある。ウィキペディア【杜甫】参照。
沲水臨中座
沲(た)水(すい) 中(ちゅう)座(ざ)に臨(のぞ)み
  • 沲水 … 沲江に同じ。
  • 中座 … 座敷の真ん中。西晋の左思「蜀都の賦」(『文選』巻四)に「金罍(きんらい)中(ちゅう)坐(ざ)にして、肴核(こうかく)四(よも)に陳(つら)なる」(金罍中坐、肴核四陳)とある。金罍は、黄金で飾った酒樽。肴核は、魚と果物。ごちそうのこと。四は、四方。ウィキソース「蜀都賦 (左思)」参照。
  • 臨 … 流れ込んでいる。『全唐詩』『銭注本』では「流」に作り、「一作臨」と注する。『宋本』『鏡銓本』でも「流」に作る。『詳注本』『心解本』には「一作流」と注する。
岷山赴北堂
岷山(びんざん) 北堂(ほくどう)に赴(おもむ)く
  • 北堂 … 北側の部屋。劉宋の鮑照「双燕(そうえん)を詠(えい)ず」(『玉台新詠』巻四)に「南閨(なんけい)の裏(うち)に出入(しゅつにゅう)し、北堂(ほくどう)の陲(ほとり)を経(けい)過(か)す」(出入南閨裏、經過北堂陲)とある。ウィキソース「詠雙燕」参照。
  • 北 … 『詳注本』『心解本』には「一作此」と注する。『全唐詩』『銭注本』では「此」に作り、「一作北」と注する。『宋本』『九家集注本』『唐詩品彙』でも「此」に作る。
  • 赴 … 続いている。『全唐詩』『心解本』では「到」に作り、「一作對、一作赴」と注する。『詳注本』でも「到」に作り、「一作對、俗本作赴」と注する。『宋本』『杜陵詩史』『四部叢刊本』『草堂詩箋』『銭注本』『鏡銓本』でも「到」に作り、「一作對」と注する。
白波吹粉壁
白(はく)波(は) 粉壁(ふんぺき)に吹(ふ)き
  • 白波 … 白い波。『荘子』外物篇に「白(はく)波(は)山(やま)の若(ごと)く、海水(かいすい)震蕩(しんとう)し、声(こえ)、鬼(き)神(しん)に侔(ひと)しく、千(せん)里(り)を憚赫(たんかく)す」(白波若山、海水震蕩、聲侔鬼神、憚赫千里)とある。憚赫は、勢いが激しく、恐れ震えさすこと。ウィキソース「莊子/外物」参照。
  • 粉壁 … 白く塗った壁。南朝陳の張正見「置酒高殿上」(『楽府詩集』巻三十九)に「陳王(ちんおう)甲第(こうだい)を開(ひら)き、粉壁(ふんぺき)椒(しょう)塗(と)を麗(つ)ける」(陳王開甲第、粉壁麗椒塗)とある。置酒は、酒宴を開くこと。甲第は、立派な邸宅。椒塗は、山椒を入れた土。麗は、くっつける。ウィキソース「樂府詩集/039卷」参照。
  • 吹 … しぶきを吹き付ける。『全唐詩』『銭注本』『詳注本』『心解本』には「一作侵」と注する。
靑嶂插雕梁
青(せい)嶂(しょう) 雕梁(ちょうりょう)に挿(さしはさ)む
  • 青嶂 … 青く聳え立つ峰。南朝梁の沈約「鍾(しょう)山(ざん)の詩(し)、西陽王(せいようおう)の教(おし)えに応(おう)ず」詩(『文選』巻二十二)に「鬱律(うつりつ)として丹巘(たんけん)を構(かま)え、崚(りょう)嶒(そう)として青(せい)嶂(しょう)を起(おこ)す」(鬱律構丹巘、崚嶒起青嶂)とある。鬱律は、地形が入り組んでいて険しいさま。丹巘は、赤い峰。崚嶒は、幾重にも重なり合うさま。ウィキソース「鍾山詩應西陽王教」参照。
  • 雕梁 … 彫刻を施した梁(うつばり)。
  • 挿 … 突き刺さるかのようである。
直訝杉松冷
直(た)だ訝(いぶか)る 杉(さん)松(しょう)の冷(ひや)やかなるかと
  • 直 … 「ただ」と読み、「ただ~だけ」と訳す。限定の意を示す。
  • 訝 … いぶかしく思う。不審に思う。
  • 杉松 … 杉や松の林。
  • 冷 … 冷気がこの部屋に立ち込めるのかと。
兼疑菱荇香
兼(か)ねて疑(うたが)う 菱(りょう)荇(こう)の香(かお)るかと
  • 兼疑 … さらにまた疑われる。
  • 菱荇 … 菱(ひし)や荇(あさざ)。ともに水草の名。
  • 香 … 香りがこの部屋に漂うのかと。
雪雲虛點綴
雪雲(せつうん) 虚(むな)しく点綴(てんてい)し
  • 雪雲 … 雪を降らす雲。雪を降らしそうな雲。雪雲(ゆきぐも)。
  • 虚 … 現実ではなく、絵に描いたことであるのをいう。
  • 点綴 … 点々とほどよく連なって描かれている様子。「てんてつ」は慣用読み。『世説新語』言語篇に「司馬(しば)太(たい)傅(ふ)、斎(さい)中(ちゅう)に夜坐(やざ)す。時(とき)に天(そら)の月(つき)明(めい)浄(じょう)にして、都(すべ)て繊翳(せんえい)無(な)し。太(たい)傅(ふ)歎(たん)じて以(もっ)て佳(か)と為(な)す。謝(しゃ)景(けい)重(ちょう)坐(ざ)に在(あ)り、答(こた)えて曰(いわ)く、意(い)に謂(い)えらく、乃(すなわ)ち微(び)雲(うん)の点綴(てんてい)するに如(し)かず、と」(司馬太傅、齋中夜坐。于時天月明淨、都無纖翳。太傅歎以爲佳。謝景重在坐、答曰、意謂乃不如微雲點綴)とある。ウィキソース「世說新語/言語」参照。
沙草得微茫
沙(さ)草(そう) 微(び)茫(ぼう)を得(え)たり
  • 沙草 … 川辺の砂地に生えた草。南朝斉の孔稚珪の楽府「白馬篇二首其の一」(『楽府詩集』巻六十三)に「沙(さ)草(そう)常(じょう)青(せい)ならず」(沙草不常靑)とある。常青は、いつも青々としていること。ウィキソース「樂府詩集/063卷」参照。
  • 微茫 … ぼんやりとかすんで見える様子。
嶺雁隨毫末
嶺雁(れいがん) 毫末(ごうまつ)に随(したが)い
  • 嶺雁 … 嶺を越えて飛ぶ雁。
  • 毫末 … 絵筆の穂先。『老子』六十四章に「合抱(ごうほう)の木(き)も、毫末(ごうまつ)より生(しょう)じ、九(きゅう)層(そう)の台(だい)も、累(るい)土(ど)より起(おこ)り、千(せん)里(り)の行(こう)も、足(そっ)下(か)より始(はじ)まる」(合抱之木、生於毫末、九層之臺、起於累土、千里之行、始於足下)とある。ウィキソース「道德經 (王弼本)」参照。
  • 随 … 絵筆の穂先の動くままに、点々と描かれていること。
川霓飮練光
川霓(せんげい) 練光(れんこう)を飲(の)む
  • 川霓 … 川にかかった虹。霓は、虹のこと。
  • 練光 … 練(ねりぎぬ)が放つ光。南朝斉の謝朓「晩(くれ)に三山(さんざん)に登(のぼ)り、京邑(けいゆう)を還望(かんぼう)す」詩(『文選』巻二十七)に「余霞(よか)は散(さん)じて綺(き)を成(な)し、澄(ちょう)江(こう)は静(しず)かにして練(ねりぎぬ)の如(ごと)し」(餘霞散成綺、澄江靜如練)とある。ウィキソース「昭明文選/卷27」参照。
  • 飲 … 虹は動物の一種で、川の水を飲みに下りて来るという伝説が古くからあった。『夢渓筆談』巻二十一、異事に「世(よ)に伝(つた)う、虹(にじ)能(よ)く渓澗(けいかん)に入(い)りて水(みず)を飲(の)む」(世傳、虹能入溪澗飮水)とある。ウィキソース「夢溪筆談/卷21」参照。
霏紅洲蕊亂
紅(くれない)を霏(と)ばして洲(しゅう)蕊(ずい)乱(みだ)れ
  • 霏紅 … 画面に紅い色を飛び散らす。霏は、細かいものが乱れ散るさま。
  • 洲蕊 … 中洲の花。蕊は、しべ(雄しべと雌しべの総称)だが、ここでは花の意。
  • 乱 … 咲き乱れる。
拂黛石蘿長
黛(たい)を払(はら)って石(せき)蘿(ら)長(なが)し
  • 払黛 … 黒の絵具を軽く塗りつける。黛は、黒色の顔料。
  • 石蘿 … 石にまとい付いた蔦かずら。蘿は、かずら。つた類の総称。
  • 長 … 長く伸びる。
暗谷非關雨
暗谷(あんこく)も雨(あめ)に関(かか)わるに非(あら)ず
  • 暗谷 … 谷間がほの暗く見えること。『全唐詩』『銭注本』には「一作谷暗」と注する。『詳注本』『心解本』では「谷暗」に作り、「一作暗谷」と注する。『草堂詩箋』でも「谷暗」に作る。
  • 非関雨 … 雨とは関係ない。雨が降っているわけではない。
丹楓不爲霜
丹楓(たんぷう)も霜(しも)の為(ため)ならず
  • 丹楓 … 紅葉した楓(かえで)。『全唐詩』『銭注本』には「一作楓丹」と注する。『詳注本』『心解本』では「楓丹」に作り、「一作丹楓」と注する。『草堂詩箋』でも「楓丹」に作る。
  • 楓 … 『杜陵詩史』では「風」に作る。
  • 不為霜 … 霜が降りたためではない。霜のせいではない。
秋城玄圃外
秋城(しゅうじょう) 玄(げん)圃(ぽ)の外(そと)
  • 秋城 … 秋の気配に包まれた町。城は、城市。城壁のある町。
  • 城 … 『詳注本』には「一作成」と注する。『全唐詩』『杜陵詩史』『四部叢刊本』『銭注本』では「成」に作り、「一作城」と注する。『宋本』でも「成」に作り、「一云城」と注する。『九家集注本』『草堂詩箋』でも「成」に作る。
  • 玄圃 … 崑崙(こんろん)山の上にあるという仙人の居所。前漢の東方朔『海内十洲記』に「故(ゆえ)に名(な)づけて崑崙(こんろん)山(ざん)は三角(さんかく)と曰(い)う。……其(そ)の一角(いっかく)は正西(せいせい)、名(な)づけて玄(げん)圃(ぽ)堂(どう)と曰(い)う」(故名曰崑崙山三角。……其一角正西、名曰玄圃堂)とある。正西は、真西の方向。ウィキソース「海內十洲記」参照。
  • 外 … 彼方。
景物洞庭傍
景物(けいぶつ) 洞庭(どうてい)の傍(かたわら)
  • 景物 … 風景。
  • 洞庭 … 洞庭湖。湖南省北部にある。『楚辞』九歌・湘夫人に「嫋嫋(じょうじょう)たる秋(しゅう)風(ふう)、洞庭(どうてい)波(なみ)だって木葉(もくよう)下(くだ)る」(嫋嫋兮秋風、洞庭波兮木葉下)とある。ウィキソース「九歌」参照。ウィキペディア【洞庭湖】参照。
  • 傍 … 真に(洞庭湖の)ほとりのように思われる。
繪事功殊絕
絵(かい)事(じ) 功(こう)は殊絶(しゅぜつ)なり
  • 絵事 … 絵を描く事。『論語』八佾篇に「絵(かい)事(じ)は素(そ)を後(のち)にす」(繪事後素)とある。ウィキソース「論語/八佾第三」参照。
  • 功 … (成し遂げた立派な)仕事。『考工記』に「凡(およ)そ画(が)繢(かい)の事(じ)、素(そ)功(こう)を後(のち)にす」(凡畫繢之事、後素功)とある。畫繢は、色模様。素功は、白い色彩を施す仕事。ウィキソース「考工記解 (四庫全書本)/卷上」参照。
  • 殊絶 … 普通と違って特に優れている。非常に素晴らしい。楊修の「臨(りん)淄(し)侯(こう)に答(こた)うるの牋(せん)」(『文選』巻四十)に「聖賢(せいけん)の卓犖(たくらく)たる、固(もと)より凡庸(ぼんよう)に殊絶(しゅぜつ)する所以(ゆえん)なり」(聖賢卓犖、固所以殊絕凡庸也)とある。卓犖は、非常に優れていること。ウィキソース「答臨淄侯牋」参照。
幽襟興激昂
幽襟(ゆうきん) 興(きょう)は激昂(げきこう)す
  • 幽襟 … 心中の静かで奥深い思い。幽情に同じ。襟は、心の意。
  • 興 … 興趣。
  • 激昂 … 激しく湧き起こってくる。揚雄の「解(かい)嘲(ちょう)」(『文選』巻四十五)に「范雎(はんしょ)は、魏(ぎ)の亡命(ぼうめい)なり、脅(あばら)を折(お)り髂(こしぼね)を摺(ひし)がれ、徽(き)索(さく)を免(まぬか)れ、肩(かた)を翕(あ)わせ背(せ)を蹈(ふ)まれ、扶(ふ)服(ふく)して囊(のう)に入(い)る、万(ばん)乗(じょう)の主(しゅ)を激卬(げきこう)して、涇陽(けいよう)を介(へだ)て、穣(じょう)侯(こう)を抵(う)ちて之(これ)に代(かわ)るは、当(あた)ればなり」(范雎、魏之亡命也、折脅摺髂、免於徽索、翕肩蹈背、扶服入囊、激卬萬乘之主、介涇陽、抵穰侯而代之、當也)とある。徽索は、罪人を縛る縄。ウィキソース「解嘲」参照。
從來謝太傅
従(じゅう)来(らい) 謝(しゃ)太(たい)傅(ふ)
  • 従来 … 以前から。かねてより。
  • 謝太傅 … 東晋の名臣、謝安。320~385。死後、太傅を贈られたのでこういう。字(あざな)は安石。若い時に会稽(かいけい)(浙江省)の東山に隠棲し、山水を楽しんでいた。のちに出仕し尚(しょう)書(しょ)僕(ぼく)射(や)・中書監などを歴任、苻(ふ)堅(けん)の軍を破って功績をあげ、太保に至った。ウィキペディア【謝安】参照。ここでは激務をこなしながらも山水を愛する厳武になぞらえる。
丘壑道難忘
丘(きゅう)壑(がく) 道(みち) 忘(わす)れ難(がた)し
  • 丘壑 … 丘と谷。隠棲に適した場所。山水に同じ。『晋書』謝安伝に「安(あん)は情(じょう)を丘(きゅう)壑(がく)に放(ほしいまま)にすと雖(いえど)も……安(あん)は朝(ちょう)寄(き)を受(う)くと雖(いえど)も、然(しか)れども東山(とうざん)の志(こころざし)、始(し)末(まつ)渝(かわ)らず」(安雖放情丘壑……安雖受朝寄、然東山之志始末不渝)とあるのを踏まえる。朝寄は、朝廷からの委任。ウィキソース「晉書/卷079」参照。
  • 道 … 隠棲への道。隠者の生活への道。
  • 難忘 … 忘れられない。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻四(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百二十八(排印本、中華書局、1960年)
  • 『宋本杜工部集』巻十三(影印本、台湾学生書局、1967年)
  • 『九家集注杜詩』巻二十六(『哈佛燕京學社引得特刊 14 杜詩引得』第二冊、1966年)
  • 『杜陵詩史』巻二十(王状元集注、『杜詩又叢』所収、中文出版社、1977年)
  • 『分門集注杜工部詩』巻十六(『四部叢刊 初編集部』所収)
  • 『草堂詩箋』巻二十三(蔡夢弼注、『古逸叢書(中)』所収、江蘇廣陵古籍刻印社、1997年)
  • 『銭注杜詩』巻十三(銭謙益箋注、上海古籍出版社、1979年)
  • 『杜詩詳注』巻十四(仇兆鰲注、中華書局、1979年)
  • 『読杜心解』巻五之二(浦起龍著、中華書局、1961年)
  • 『杜詩鏡銓』巻十一(楊倫箋注、上海古籍出版社、1980年)
  • 『唐詩品彙』巻七十五([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『古今詩刪』巻十九(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
歴代詩選
古代 前漢
後漢 魏
晋 南北朝
初唐 盛唐
中唐 晩唐
北宋 南宋
金 元
明 清
唐詩選
巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
巻三 五言律詩 巻四 五言排律
巻五 七言律詩 巻六 五言絶句
巻七 七言絶句
詩人別
あ行 か行 さ行
た行 は行 ま行
や行 ら行