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春暁(孟浩然)

春曉
春暁(しゅんぎょう)
孟(もう)浩然(こうねん)
  • ウィキソース「春曉 (孟浩然)」「孟浩然集 (四部叢刊本)/卷第四」参照。
  • この詩は、春の夜明けの情景と目覚めの様子を詠んだもの。起句の「春(しゅん)眠(みん)暁(あかつき)を覚(おぼ)えず」は、わが国では最も有名な詩句である。
  • 詩題 … 春の夜明け。『宋本』では「春晩絶句」に作る。春晩とは、晩春のこと。
  • 孟浩然 … 689~740。盛唐の詩人。襄(じょう)州襄(じょう)陽(よう)県(湖北省襄陽市襄州区)の人。名は浩、浩然は字(あざな)。若い頃、科挙に及第できず、諸国を放浪した末、郷里の鹿門山に隠棲した。四十歳のとき、都に出て張九齢や王維らと親交を結んだが、仕官はできなかった。その後、張九齢が荊(けい)州(しゅう)(湖北省)の長(ちょう)史(し)(地方長官の属官)に左遷されたとき、招かれて従(じゅう)事(じ)(輔佐官)となったが、まもなく辞任し、江南を放浪した末、郷里に帰ってまた隠棲生活に入り、一生を終えた。多く自然を歌い、王維と並び称される。「春眠暁を覚えず」で始まる「春暁」が最も有名。『孟浩然集』四巻がある。ウィキペディア【孟浩然】参照。
春眠不覺曉
春(しゅん)眠(みん) 暁(あかつき)を覚(おぼ)えず
  • 春眠 … 春の夜(よ)の心地よい眠り。中唐の白居易「新(しん)昌(しょう)新居、事(こと)を書す 四十韻。因って元郎中・張博士に寄す」詩(『全唐詩』巻四百四十二)に「仮(いとま)に帰りて晩沐(ばんもく)を思い、朝(ちょう)より去りて春眠を恋(こ)う」(假歸思晩沐、朝去戀春眠)とある。新昌は、長安の新昌里。白居易が新居を構えた所。元郎中は、名は宗簡、字(あざな)は居敬、郎中は官名。尚書省の六(りく)部(ぶ)がそれぞれ四司に分かれ、その各司の長。張博士は、名は籍、字(あざな)は文昌、博士は国子博士。すなわち国立大学の教授。仮は、休暇。晩沐は、晩に髪を洗い身を清めること。朝は、朝廷。ウィキソース「新昌新居書事四十韻,因寄元郎中、張博士」参照。
  • 暁 … 夜が明けたこと。
  • 不覚 … 気づかない。
處處聞啼鳥
処処(しょしょ) 啼(てい)鳥(ちょう)を聞(き)く
  • 処処 … あちこちで。あちらこちらから。南朝梁の元帝(蕭(しょう)繹(えき))「春日」詩(『玉台新詠』巻七・宋刻不収)に「春心 日日に異なり、春情 処処に多し」(春心日日異、春情處處多)とある。ウィキソース「春日 (蕭繹)」参照。また、南朝梁の王台卿(おうだいけい)の楽府「陌(はく)上(じょう)桑(そう)」(『楽府詩集』巻二十八)に「令月(れいげつ) 和(わ)景(けい)を開き、処処 春心を動かす」(令月開和景、處處動春心)とある。令月は、物事をするのに縁起のよい月。陰暦二月の別名。和景は、春の景色。春心は、春の物思い。または恋心。ウィキソース「樂府詩集/028卷」参照。
  • 啼鳥 … 鳥の鳴き声。鳥のさえずり。啼は、声を出して続けて鳴くこと。南朝梁の簡文帝「晩景出(しゅっ)行(こう)」詩(『玉台新詠』巻七)に「飛鳧(ひふ)初めて曲を罷(や)む、啼鳥忽(たちま)ち行(こう)を度(ど)す」(飛鳧初罷曲、啼鳥忽度行)とある。飛鳧・啼鳥は、ともに曲名。飛鳧は、空をとぶ水鳥。行を度すとは、幾くだりかの曲を弾くこと。ウィキソース「晚景出行」参照。
  • 聞 … 自然に聞こえてくる。ちなみに「聴」は、意識的に聞くこと。
夜來風雨聲
夜(や)来(らい) 風(ふう)雨(う)の声(こえ)
  • 夜来 … 昨夜。来は、語調をととのえる助字。盛唐の劉長卿「早春」詩に「微雨(びう) 夜来歇(や)み、江南 春色迴(めぐ)る」(微雨夜來歇、江南春色迴)とある。微雨は、小(こ)雨(さめ)。こちらの夜来は、昨夜から。ウィキソース「早春 (劉長卿)」参照。
  • 風雨声 … 風や雨の音。『詩経』鄭風・風雨に「風雨淒淒(せいせい)たり、鶏鳴(けいめい)喈喈(かいかい)たり」(風雨淒淒、雞鳴喈喈)とある。淒淒は、冷たい風が吹き、雨が降りしきるさま。鶏鳴は、鶏(にわとり)の鳴き声。喈喈は、多くの鳥が一斉に鳴く声の形容。ウィキソース「詩經/風雨」参照。また、西晋の左思の楽府「嬌(きょう)女(じょ)詩(し)」(『玉台新詠』巻二)に「華を貪(むさぼ)る風雨の中(うち)、倏(しゅく)忽(こつ)数百適」(貪華風雨中、倏忽數百適)とある。嬌女は、かわいい娘の意。ここでは、左思の二人の娘を指す。倏忽は、時間の極めて短い様子。たちまち。ウィキソース「嬌女詩」参照。
  • 夜来風雨声 … 『文苑英華』では「欲知昨夜風」に作り、「集には夜来風雨の声に作る」(集作夜來風雨聲)と注する。また『全唐詩』には結句の下に「一に昨夜の風を知らんと欲するに、花落つること多少無しに作る」(一作欲知昨夜風、花落無多少)と注する。
花落知多少
花(はな)落(お)つること 知(し)んぬ多(た)少(しょう)ぞ
  • 花落 … 花が落ちたこと。花が散ったこと。後漢の宋子侯の楽府「董(とう)嬌(きょう)饒(じょう)」(『玉台新詠』巻一、『楽府詩集』巻七十三)に「繊手(せんしゅ)其の枝を折る、花落つる何ぞ飄(ひょう)颺(よう)たる」(纎手折其枝、花落何飄颺)とある。董嬌饒は、桑摘み娘の名か。「董嬌嬈」に作るテキストもある。繊手は、女性のほっそりした手。飄颺は、風に吹かれて翻(ひるがえ)り、ひらひらと落ちるさま。ウィキソース「董嬌嬈」「樂府詩集/073卷」参照。
  • 知 … 『文苑英華』には「一作無」と注する。
  • 多少 … 疑問詞。どれくらい。どれほど。また、多少の少は、添え字で意味がなく、「多い」と解する説もある。
  • 知多少 … いったいどれくらい散ったことだろうか。ここでは、従来から読み慣わしてきた「知んぬ多少ぞ」を採用した。「知る多少」「知りぬ多少ぞ」「多少なるを知らんや」などとも読む。南朝梁の江淹「青苔の賦」(『初学記』巻二十七)に「至れるかな青苔の無用、吾(われ)孰(なん)ぞ知らん其の多少を」(至哉青苔之無用、吾孰知其多少)とある。ウィキソース「初學記/卷第二十七」参照。
余説
 この詩には、井伏鱒二の訳詩がある。
  ハルノネザメノウツツデ聞ケバ
  トリノナクネデ目ガサメマシタ
  ヨルノアラシニ雨マジリ
  散ツタ木ノ花イカホドバカリ
    (井伏鱒二『厄除け詩集』)
詩型・韻字
  • 五言絶句。
  • 曉・鳥・少(上声篠韻)。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百六十(排印本、中華書局、1960年)
  • 『孟浩然詩集』巻上(宋蜀刻本唐人集叢刊、上海古籍出版社、1982年、略称:宋本)
  • 『孟浩然集』巻四(『四部叢刊 初編集部』所収)
  • 『孟浩然集』巻四(『四部備要 集部』所収、中華書局)
  • 『孟浩然集』巻三(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『孟浩然詩集』(元文四年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、153頁、略称:元文刊本)
  • 『孟浩然詩集』巻上(元禄三年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、161頁、略称:元禄刊本)
  • 『唐詩三百首注疏』巻六上・五言絶句(廣文書局、1980年)
  • 『文苑英華』巻一百五十七(影印本、中華書局、1966年)
  • 『唐詩解』巻二十二(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩品彙』巻三十九([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『万首唐人絶句』五言・巻四(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
  • 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 松浦友久編『校注 唐詩解釈辞典』(大修館書店、1987年)
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