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渭川田家(王維)

渭川田家
せんでん
おう
  • 五言古詩。歸・扉・稀・依・微(上平声微韻)。
  • ウィキソース「渭川田家」参照。
  • 渭川 … 川の名。渭水のこと。ここでは、渭水のほとりを指す。渭水は、黄河最大の支流。甘粛省隴西県の鳥鼠山に源を発し、長安を過ぎ、最後に黄河に合流する。ウィキペディア【渭水】参照。『書経』禹貢篇に「みちびき、ちょう同穴どうけつより、ひがししてほうかいし、ひがししてけいかいし、ひがししてしつしょぎ、る」(導渭、自鳥鼠同穴、東會于灃、又東會于涇、又東過漆沮、入于河)とある。ウィキソース「尚書/禹貢」参照。また『山海経』西山経に「西にし二百二十里を、ちょう同穴どうけつやまう。うえびゃっはくぎょくおおし。すいここよりでて、とうりゅうしてそそぐ」(又西二百二十里、曰鳥鼠同穴之山。其上多白虎白玉。渭水出焉、而東流注于河)とある。ウィキソース「山海經/西山經」参照。
  • 川 … 『全唐詩』には「一作水」と注する。『顧起経注本』『趙注本』には「文苑英華作水」と注する。『文苑英華』では「水」に作り、「集作水」と注する。
  • 田家 … 田舎の家。農家。東晋の陶淵明「こうじゅつとしがつちゅう西田せいでん早稲そうとうる」詩に「田家に苦しからざらんや、此の難を辞するをず」(田家豈不苦、弗獲辞此難)とある。ウィキソース「庚戌歲九月中於西田穫早稻」参照。
  • 王維 … 699?~761。盛唐の詩人、画家。太原(山西省)の人。あざなきつ。開元七年(719)、進士に及第。安禄山の乱で捕らえられたが事なきを得、乱後は粛宗に用いられてしょうじょゆうじょう(書記官長)まで進んだので、王右丞とも呼ばれる。また、仏教に帰依したため、詩仏と称される。『王右丞文集』十巻がある。ウィキペディア【王維】参照。
斜光照墟落
斜光しゃこう 墟落きょらくらし
  • 斜光 … 斜めから照らす光。夕日の光。南朝梁の王僧孺「秋閨怨」詩(『玉台新詠』巻六)に「斜光 西壁に隠れ、じゃく 南枝にのぼる」(斜光隱西壁、暮雀上南枝)とある。暮雀は、暮れ方の雀。ウィキソース「秋閨怨 (王僧孺)」参照。
  • 光 … 『全唐詩』では「陽」に作り、「一作光」と注する。「斜陽」ならば、夕日の意。『顧起経注本』には「一作陽」と注する。『趙注本』には「文苑英華作陽」と注する。『文苑英華』では「陽」に作り、「集作光」と注する。『唐詩三百首』では「陽」に作る。
  • 墟落 … 村里。村落。きょとも。『趙注本』には「村墟らくを謂う」と注する。村墟は、村里。籬落は、竹や柴などを編んで作った生け垣。南朝梁の范雲「張徐州しょくに贈る」詩(『文選』巻二十六)に「軒蓋けんがいは墟落を照らし、伝瑞でんずいは光輝を生ず」(軒蓋照墟落、傳瑞生光輝)とある。軒蓋は、車の覆い。伝瑞は、刺史に任命するとき、そのしるしとして授ける玉。ウィキソース「昭明文選/卷26」参照。
窮巷牛羊歸
きゅうこう ぎゅうようかえ
  • 窮巷 … 狭い村の小道。貧しい村の横町。『史記』貨殖列伝、こうの条に「原憲は糟糠にもかず、窮巷にかくる」(原憲不厭糟糠、匿於窮巷)とある。子贛は、子貢に同じ。ウィキソース「史記/卷129」参照。
  • 窮 … 『顧可久注本』では「竆」に作る。異体字。『趙注本』には「唐文粹作深」と注する。『唐文粋』では「深」に作る。
  • 牛羊 … 牛や羊の群れ。『詩経』王風・君子えきの詩に「日の夕べ、ようぎゅうくだきたる」(日之夕矣、羊牛下來)とある。ウィキソース「詩經/君子于役」参照。
  • 歸 … 『静嘉堂本』では「㱕」に作る。古字。
野老念牧童
ろう 牧童ぼくどうおも
  • 野老 … 田舎の老人。南朝梁の邱遅「あしたに漁浦潭を発す」詩(『文選』巻二十七)に「村童は忽ち相あつまり、野老も時に一望す」(村童忽相聚、野老時一望)とある。ウィキソース「昭明文選/卷27」参照。
  • 念牧童 … 牧童の帰りを気遣う。牧童は、牧畜に従事する少年。『呂氏春秋』六論、慎行論、疑似篇に「舜、ぎょり、堯、り、禹、るも、たくに入りては牧童に問い、水に入りては漁師に問うは、なんの故ぞや」(舜爲御、堯爲左、禹爲右、入於澤而問牧童、入於水而問漁師、奚故也)とある。ウィキソース「呂氏春秋/卷二十二」参照。
  • 牧童 … 『全唐詩』には「一作僮僕」と注する。『趙注本』には「唐詩品彙作僮僕」と注する。『唐詩品彙』『唐詩解』では「僮僕」に作る。
倚杖候荆扉
つえってけい
  • 倚杖 … 杖をついて。杖にすがって。劉宋の鮑照の楽府「東武吟」(『文選』巻二十八)に「かまを腰にしてかくを刈り、杖に倚って雞㹠けいとんを牧す」(腰鎌刈葵藿、倚杖牧雞㹠)とある。葵藿は、じゅんさいと、まめの葉。雞㹠は、鶏と豚。ウィキソース「昭明文選/卷28」参照。
  • 杖 … 『静嘉堂本』『四部叢刊本』『顧起経注本』では「仗」に作る。同義。
  • 荊扉 … いばらの扉。転じて、粗末な戸口。荊は、いばら。東晋の陶淵明「ぼうの歳の十二月中の作、じゅうてい敬遠に与う」詩に「へんするに誰を知ることも莫く、荊扉は昼も常に閉ざす」(顧盼莫誰知、荆扉晝常閉)とある。顧盼は、顧みること。ウィキソース「癸卯歲十二月中作與從弟敬遠」参照。
  • 候 … 待つ。現れるのを待ち受ける。東晋の陶淵明「帰去来の辞」に「僮僕どうぼく 歓び迎え、稚子ちし 門につ」(僮僕歡迎、稚子候門)とある。ウィキソース「歸去來辭並序」参照。
雉雊麥苗秀
きじいてばくびょうひい
  • 雊 … きじが鳴くこと。西晋の潘岳「せきの賦」(『文選』巻九)に「麦漸漸として以てのぎぬきんで、雉鷕鷕ようようあしたく」(麥漸漸以擢芒、雉鷕鷕而朝鴝)とあるのに基づく。ウィキソース「射雉賦」参照。また『詩経』小雅・しょうはんの詩に「雉のあしたく、尚お其のめすを求む」(雉之朝雊、尚求其雌)とあり、その鄭箋に「雊は、雉鳴くなり」(雊、雉鳴也)とある。ウィキソース「詩經/小弁」参照。
  • 麦苗秀 … 麦の苗の穂が伸びる。『論語』子罕篇に「なえにしてひいでざるものるかな。ひいでてみのらざるものるかな」(苗而不秀者有矣夫。秀而不實者有矣夫)とある。ウィキソース「論語/子罕第九」参照。また『春秋左氏伝』荘公七年に「秋、麦苗無しとは、嘉穀を害せざるなり」(秋、無麥苗、不害嘉穀也)とある。嘉穀は、めでたい穀物。ウィキソース「春秋左氏傳/莊公」参照。
蠶眠桑葉稀
かいこねむって桑葉そうようまれなり
  • 蚕眠 … 蚕が脱皮するとき、桑も食べずに眠ったような状態になることをいう。北周の庾信の楽府「燕歌行」(『樂府詩集』巻三十二)に「春分 燕のきたること能く幾日ぞ、二月 蚕の眠ること復た久しからず」(春分燕來能幾日、二月蠶眠不復久)とある。ウィキソース「樂府詩集/032卷」参照。また同じく「帰田」詩に「社雞しゃけい 新たにさんと欲し、原蚕げんさん 始めて更に眠る」(社雞新欲伏、原蠶始更眠)とある。帰田は、官吏をやめて故郷の田園に帰ること。社雞は、祭りに供される鶏。伏は、卵をかえすこと。原蚕は、なつ。ウィキソース「庾子山集 (四部叢刊本)/卷第四」参照。
  • 蠶 … 『文苑英華』では「蠺」に作る(ただし、「天」の部分を「夫」に作る)。異体字。
  • 眠 … 『静嘉堂本』では「眼」に作る。誤刻か。
  • 桑葉 … 桑の葉。『淮南子』説山訓に「故に桑葉落ちてちょうねん悲しむなり」(故桑葉落而長年悲也)とある。長年は、年長者。ウィキソース「淮南子/說山訓」参照。また南朝梁の呉孜の詩「春閨怨」(『玉台新詠』巻八)に「りゅう 皆つばめなぶるる、桑葉 復た蚕をうながす」(柳枝皆嬲燕、桑葉復催蠶)とある。ウィキソース「春閨怨 (吳孜)」参照。
  • 稀 … 残り少ない。
田夫荷鋤至
でん すきになっていた
  • 田夫 … 農夫。『漢書』食貨志に「民、田を受くること、じょうでんごとに百畝、中田は夫ごとに二百畝、下田は夫ごとに三百畝なり」(民受田、上田夫百畝、中田夫二百畝、下田夫三百畝)とある。ウィキソース「漢書/卷024上」参照。
  • 荷鋤至 … 鋤を肩に担いでやって来る。農夫が家に帰るときの情景。東晋の陶淵明「園田の居に帰る六首」詩(其三)に「あしたきて荒穢こうわいおさめ、月を帯び鋤を荷って帰る」(晨興理荒穢、帶月荷鋤歸)とある。荒穢は、雑草が生い茂り、荒れ果てているさま。ウィキソース「歸園田居」参照。
  • 至 … 『全唐詩』『顧起経注本』には「一作立」と注する。『静嘉堂本』では「立」に作り、「一本至」と注する。『四部叢刊本』では「立」に作り、「一作至」と注する。『趙注本』では「立」に作り、「二顧本、文苑英華、唐文粹倶作至」と注する。『唐詩品彙』『唐詩解』では「立」に作る。
相見語依依
あいて  依依いいたり
  • 相見 … (田夫が野老を)見かけて。東晋の陶淵明「園田の居に帰る六首」詩(其二)に「相見て雑言ざつげん無く、但だう そうびたりと」(相見無雜言、但道桑麻長)とある。桑麻は、桑や麻。ウィキソース「歸園田居」参照。
  • 語 … 語り合うこと。
  • 依依 … 名残り惜しく思って慕う様子。ここでは、親しく語り合って、立ち去り難いさま。東晋の陶淵明「園田の居に帰る六首」詩(其一)に「曖曖あいあいたり 遠人の村、依依たり きょの煙」(曖曖遠人村、依依墟里煙)とある。曖曖は、はっきりしないさま。墟里は、村里。ウィキソース「歸園田居」参照。また前漢の蘇武「詩四首」(其二、『文選』巻二十九)に「胡馬 其の群を失い、思心 常に依依たり」(胡馬失其群、思心常依依)とあり、その李善注に「依依は、れんするのかたちなり」(依依、思戀之貌也)とある。思恋は、慕うこと。ウィキソース「昭明文選/卷29」参照。
卽此羨閒逸
れにきて間逸かんいつうらや
  • 即此 … これに接しては。此は、目の前で見ている田園の風景。「すなわここに」と読んでもよい。南朝斉の謝朓「敬亭山に遊ぶ」詩(『文選』巻二十七)に「奇趣を追わんと欲するを要し、即ち此に丹梯たんていしのぐ」(要欲追奇趣、即此凌丹梯)とある。奇趣は、よい景色。勝景。丹梯は、赤いはし。転じて、仙境に入る道。ウィキソース「遊敬亭山」参照。
  • 間逸 … 静かで安らかなさま。俗世を離れたのどかな安らかさ。『南史』ちょう伝に「の性恬静てんせい、栄利を求めず、常に間逸を慕う」(譏性恬靜、不求榮利、常慕閒逸)とある。恬静は、心が安らかで静か。ウィキソース「南史/卷71」参照。また南朝梁の何遜「南に還る道中、劉諮議と別るるに送贈す」詩に「寝興しんこう 間逸に従い、視聴 けん絶ゆ」(寢興從間逸、視聽絶諠譁)とある。寝興は、寝ることと起きること。転じて、日々の暮らしをいう。視聴は、見ることと聞くこと。諠譁は、騒がしいさま。喧嘩に同じ。ウィキソース「南還道中送贈劉諮議別」参照。
  • 間 … 『唐詩三百首』『静嘉堂本』『蜀刊本』『四部叢刊本』『唐詩三百首』『唐詩品彙』『文苑英華』『唐詩解』では「閑」に作る。同義。
  • 羨 … 羨ましくなる。『静嘉堂本』『蜀刊本』『四部叢刊本』『唐詩三百首』『唐詩品彙』『文苑英華』『唐詩解』では「羡」に作る。異体字扱い。
  • 卽此羨閒逸 … 『趙注本』には「唐文粹作羨此良閒逸」と注する。『唐文粋』では「羡此良閑逸」に作る。
悵然吟式微
ちょうぜんとしてしきぎん
  • 悵然 … 悲しみ嘆くさま。戦国時代、楚の宋玉「神女の賦」(『文選』巻十九)に「もうとして楽しまず、悵然として志を失う」(罔兮不樂、悵然失志)とある。ウィキソース「神女賦 (宋玉)」参照。また『史記』日者列伝に「宋忠・賈誼かぎこつとして自失し、ぼうとして色無く、悵然として口をつぐみて言うこと能わず」(宋忠賈誼忽而自失、芒乎無色、悵然噤口不能言)とある。ウィキソース「史記/卷127」参照。
  • 式微 … 『詩経』邶風・式微の詩を指す。黎侯れいこう狄人てきひとに国を逐われ、衛に寄寓していたものの礼遇されず、臣下が帰国を勧めてこの詩を作ったという。「もっおとろもっおとろう、なんかえらざる。君のゆえくんば、なんれぞちゅうおいてせん」(式微式微、胡不歸。微君之故、胡爲乎中露)で始まる。中露は、露中に同じ。野ざらし。ここでは、作者が田園生活に帰りたい気持ちを表したもの。ウィキソース「詩經/式微」参照。
  • 吟 … 『顧起経注本』には「一作歌」と注する。『静嘉堂本』『四部叢刊本』『唐詩品彙』『唐詩解』『王維集校注』『唐文粋』では「歌」に作る。『趙注本』では「歌」に作り、「二顧本、凌本倶作吟」と注する。『文苑英華』では「歌」に作り、「集作吟」と注する。
テキスト
  • 『全唐詩』巻一百二十五(中華書局、1960年)
  • 『王右丞文集』巻四(静嘉堂文庫蔵、略称:静嘉堂本)
  • 『王摩詰文集』巻六(書韻楼叢刊、上海古籍出版社、2003年、略称:蜀刊本)
  • 『須渓先生校本唐王右丞集』巻四(『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:四部叢刊本)
  • 顧起経注『類箋唐王右丞詩集』巻一(台湾学生書局、1970年、略称:顧起経注本)
  • 顧可久注『唐王右丞詩集』巻四(『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:顧可久注本)
  • 趙殿成注『王右丞集箋注』巻三(中国古典文学叢書、上海古籍出版社、1998年、略称:趙注本)
  • 『唐詩三百首注疏』巻一・五言古詩(廣文書局、1980年)
  • 『唐詩品彙』巻九([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『文苑英華』巻三百十九(影印本、中華書局、1966年)
  • 『唐詩解』巻七(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩別裁集』巻一(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『唐文粋』巻十六下(姚鉉撰、明嘉靖刊本影印、『四部叢刊 初篇集部』所収)
  • 松浦友久編『続校注 唐詩解釈辞典〔付〕歴代詩』大修館書店、2001年
  • 陳鐵民校注『王維集校注(修訂本)』巻七(中国古典文学基本叢書、中華書局、2018年)
歴代詩選
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巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
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