>   漢詩   >   歴代詩選:盛唐   >   輞川閑居(王維)

輞川閑居(王維)

輞川閑居
輞川もうせん閑居かんきょ
おう
  • 五言律詩。門・村・翻・園(上平声元韻)。
  • ウィキソース「輞川閑居」参照。
  • 輞川 … 川の名。輞水もうすい輞谷水もうこくすいともいう。長安の東南約四十キロメートル、藍田らんでん県(現在の陝西省西安市藍田県)の西南を流れる。この川のほとりに王維の別荘、輞川もうせん荘があった。この別荘で詩友の裴迪はいてきと唱和した作品(五言絶句四十首)を収めた詩集が「輞川もうせん集」である。『読史方輿紀要』陝西二、西安府、藍田県の条に「輞谷水は、県の南八里、谷口こくこう乃ちざん・藍田山の相接する処に在り。山峡は険隘けんあいにして、石をうがみちつくること、約三里ばかりなり。商嶺水は藍橋より伏流して此に至り、千聖洞・細水洞・錫水洞の諸水有り、かいす。車輞しゃもうは環のあつまるが如く、南よりして北のかた、円転すること二十里なり。此を過ぐれば則ち豁然として開朗、林野相望めり。其の水又た西北してすいに注ぐ、亦た之を輞川と謂う」(輞谷水、在縣南八里、谷口乃驪山、藍田山相接處。山峽險隘、鑿石爲途、約三里許。商嶺水自藍橋伏流至此、有千聖洞、細水洞、錫水洞諸水會焉。如車輞環輳、自南而北、圓轉二十里。過此則豁然開朗、林野相望。其水又西北注於霸水、亦謂之輞川)とある。谷口は、谷の入口。ウィキソース「讀史方輿紀要/卷五十三」参照。
  • 閑居 … 静かな所で暮らすこと。ひまな日常。のんびり暮らすこと。静かな住居。「間居」とも書く。
  • 閑 … 『顧起経注本』『顧可久注本』『趙注本』『唐詩解』『唐詩別裁集』『瀛奎律髄』では「閒」に作る。同義。
  • 王維 … 699?~761。盛唐の詩人、画家。太原(山西省)の人。あざなきつ。開元七年(719)、進士に及第。安禄山の乱で捕らえられたが事なきを得、乱後は粛宗に用いられてしょうじょゆうじょう(書記官長)まで進んだので、王右丞とも呼ばれる。また、仏教に帰依したため、詩仏と称される。『王右丞文集』十巻がある。ウィキペディア【王維】参照。
一從歸白社
ひとたび白社はくしゃかえってより
  • 白社 … 洛陽(現在の河南省洛陽市)の東北にあった地名。隠者が集まった所。ここでは、輞川荘を指す。『晋書』董京とうけい伝に「董京……初め隴西の計吏と倶に洛陽に至り、被髪して行き、逍遥吟詠し、常に白社の中に宿す」(董京……初與隴西計吏俱至洛陽、被髮而行、逍遙吟詠、常宿白社中)とある。ウィキソース「晉書/卷094」参照。
不復到靑門
青門せいもんいたらず
  • 青門 … 長安城東南の霸城門のこと。門の色が青いので青門と呼んだ。ここでは、長安の都を指す。『三輔黄図』巻一、都城十二門の条に「長安城の東をで南頭の第一門を霸城門と曰う。民、門の色の青きを見て、名づけて青城門と曰う。或いは青門と曰う」(長安城東出南頭第一門曰霸城門。民見門色青、名曰青城門。或曰青門)とある。ウィキソース「三輔黃圖/卷之一」参照。
  • 不復到 … 再び(長安の都へ)行くことはない。
時倚簷前樹
ときる 簷前えんぜんじゅ
  • 時倚 … 時として~にもたれて。
  • 簷前樹 … 軒先。南朝梁の江淹「古離別」(雑体詩三十首其一、『文選』巻三十一、『玉台新詠』巻五、『楽府詩集』巻七十一では「古別離」に作る)に「君を送りしは昨日の如きも、簷前には露已にまどかなり」(送君如昨日、簷前露已團)とある。ウィキソース「古離別 (江淹)」参照。
  • 簷 … 『全唐詩』では「檐」に作る。同義。
  • 樹 … 木。樹木。
遠看原上村
とおる げんじょうむら
  • 遠看 … 遠く眺めやる。
  • 原上 … 野原のほとり。ここでは、平野の意。白居易「古原の草を賦し得たり 送別」詩(『唐詩三百首』)に「離離たり 原上の草、一歳に一たび枯れさかう」(離離原上草、一歲一枯榮)とある。ウィキソース「賦得古原草送別」参照。
靑菰臨水映
せい みずのぞんでえい
  • 青菰 … マコモ。水辺に生えるイネ科の多年草。葉はしょうに似ていて、むしろを編むのに用いる。秋に花を開き、実を結ぶ。実は食用となる。ウィキペディア【マコモ】参照。白居易「東南行一百韻。通州の元九侍御・れい州の李十一舎人・果州の崔二十二使君・開州の韋大員外・三十二補闕・杜十四拾遺・李二十助教員外・とう七校書に寄す」詩に「ぜんぎゅう 紫芋しうき、るい 青菰にはなたる」(喘牛犁紫芋、羸馬放青菰)とある。ウィキソース「白氏長慶集 (四部叢刊本)/卷第十六」参照。
  • 臨水映 … (マコモが)川の水にうつる。
  • 映 … 『趙注本』には「一作拔」と注する。『全唐詩』では「拔」に作る。『蜀刊本』では「披」に作る。
白鳥向山翻
はくちょう やまかってひるがえ
  • 白鳥 … 白い鳥。『詩経』大雅・霊台の詩に「麀鹿ゆうろく濯濯たくたくたり、白鳥翯翯かくかくたり」(麀鹿濯濯、白鳥翯翯)とある。麀鹿は、めじか。濯濯は、毛のつやがよいさま。翯翯は、鳥の羽が白くてつやのあるさま。ウィキソース「詩經/靈臺」参照。
  • 向山翻 … 山に向かって飛んでいく。
寂寞於陵子
寂寞せきばくたり りょう
  • 寂寞 … ひっそりして静かなさま。静まり返っているさま。『荘子』天道篇に「夫れ虚静きょせい恬淡てんたん、寂漠無為なる者は、天地のへいにして、道徳の至りなり」(夫虛靜恬淡、寂漠無爲者、天地之平、而道德之至)とある。ウィキソース「莊子/天道」参照。
  • 於陵子 … 戦国時代の斉の隠士、陳仲子のこと。楚の於陵に移り住み、自ら於陵の仲子と称した。ウィキペディア【陳仲子】(中文)参照。皇甫謐『高士伝』巻中、陳仲子の条に「陳仲子は、斉人せいひとなり。其の兄たい斉の卿と為り、食禄ばんしょうなり。仲子以て不義と為し、妻子をひきいて楚にき、於陵に居て、自ら於陵の仲子と謂う。窮すれどもいささかも求めず、不義の食はらわず。さいに遭い、糧を乏しくすること三日、乃ちふくしてせいじょうすももの実のむしばむ者をらい、三たびいんして能く身を視る。自らくつを織り、妻ははくし以て衣食にう。楚王其の賢を聞きて、以てしょうと為さんと欲し、使いをして金百いつを持し、於陵に至りて仲子をへいせしむ」(陳仲子者、齊人也。其兄戴爲齊卿、食祿萬鍾。仲子以爲不義、將妻子適楚、居於陵、自謂於陵仲子。窮不茍求、不義之食不食。遭歲饑、乏糧三日、乃匍匐而食井上李實之蟲者、三咽而能視身。自織履、妻擘纑以易衣食。楚王聞其賢、欲以爲相、遣使持金百鎰、至於陵聘仲子)とある。ウィキソース「高士傳」参照。
桔槔方灌園
桔槔けっこう まさえんそそ
  • 桔槔 … はねつるべ。『荘子』天運篇に「独りの桔槔なる者を見ずや。之を引けば則ち俯し、之をけば則ち仰ぐ」(子獨不見夫桔槔者乎。引之則俯、舍之則仰)とある。ウィキソース「莊子/天運」参照。また『荘子』天地篇に「曰く、木をうがちて機と為す。後ろは重く前はかろし。水をることくがごとく、すみやかなること泆湯いっとうの如し。其の名をこうと為す、と。つくる者忿然ふんぜんとして色を作して笑いて曰く、吾れ之を吾が師に聞けり。機械有る者は、必ず機事有り。機事有る者は、必ず機心有り、と」(曰、鑿木爲機。後重前輕。挈水若抽、數如泆湯。其名爲槔。爲圃者忿然作色而笑曰、吾聞之吾師。有機械者、必有機事。有機事者、必有機心)とある。ウィキソース「莊子/天地」参照。
  • 槔 … 『静嘉堂本』『四部叢刊本』『顧可久注本』では「槹」に作る。『蜀刊本』『顧起経注本』『唐詩品彙』『唐詩別裁集』『瀛奎律髄』では「橰」に作る。いずれも異体字。
  • 方 … 「まさに」と読み、「ちょうど~している最中だ」「まさしく今」と訳す。
  • 灌園 … 田畑に水をそそぐ。皇甫謐『高士伝』巻中、陳仲子の条に「ここに於いてでて使者に謝し、遂に相とものがれ去り、人の為に園にそそげり」(於是出謝使者、遂相與逃去、爲人灌園)とある。ウィキソース「高士傳」参照。また『史記』鄒陽伝に「於陵の子仲は三公を辞して、人の為に園にそそげり」(於陵子仲辭三公、爲人灌園)とある。ウィキソース「史記/卷083」参照。
テキスト
  • 『全唐詩』巻一百二十六(中華書局、1960年)
  • 『王右丞文集』巻四(静嘉堂文庫蔵、略称:静嘉堂本)
  • 『王摩詰文集』巻六(書韻楼叢刊、上海古籍出版社、2003年、略称:蜀刊本)
  • 『須渓先生校本唐王右丞集』巻四(『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:四部叢刊本)
  • 顧起経注『類箋唐王右丞詩集』巻四(台湾学生書局、1970年、略称:顧起経注本)
  • 顧可久注『唐王右丞詩集』巻四(『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:顧可久注本)
  • 趙殿成注『王右丞集箋注』巻七(中国古典文学叢書、上海古籍出版社、1998年、略称:趙注本)
  • 『唐詩品彙』巻六十一([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩解』巻三十六(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩別裁集』巻九(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『瀛奎律髄彙評』巻二十三([元]方回選評、李慶甲集評校点、上海古籍出版社、1986年)
  • 松浦友久編『続校注 唐詩解釈辞典〔付〕歴代詩』大修館書店、2001年
歴代詩選
古代 前漢
後漢
南北朝
初唐 盛唐
中唐 晩唐
北宋 南宋
唐詩選
巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
巻三 五言律詩 巻四 五言排律
巻五 七言律詩 巻六 五言絶句
巻七 七言絶句
詩人別
あ行 か行 さ行
た行 は行 ま行
や行 ら行