観別者(王維)
觀別者
別るる者を観る
別るる者を観る
靑靑楊柳陌
青青たり 楊柳の陌
- 青青 … 青々としているさま。『詩経』衛風・淇奥の詩に「彼の淇奧を瞻れば、緑竹青青たり」(瞻彼淇奧、綠竹靑靑)とある。淇は、川の名。奧は、隈。ウィキソース「詩經/淇奧」参照。また、「古詩十九首」(其二、『文選』巻二十九)に「青青たる河畔の草、鬱鬱たる園中の柳」(青青河畔草、鬱鬱園中柳)とある。鬱鬱は、さかんに茂っているさま。ウィキソース「青青河畔草 (古詩)」参照。
- 楊柳陌 … 柳の植わっている(郊外の)道。楊柳は、柳の総称。楊は、カワヤナギ。柳は、シダレヤナギ。南朝梁の簡文帝の楽府「折楊柳」(『玉台新詠』巻七、『楽府詩集』巻二十二)に「楊柳乱れて糸を成し、攀折す上春の時」(楊柳亂成絲、攀折上春時)とある。攀折は、枝を引き寄せて折ること。上春は、陰暦の正月。孟春に同じ。ウィキソース「折楊柳 (蕭綱)」参照。陌は、田畑の中を東西に通ずるあぜ道。南北に通るあぜ道を「阡」という。『説文解字』巻十四下、𨸏部に「阡は、路の東西を陌と為し、南北を阡と為す」(阡、路東西爲陌、南北爲阡)とある。ウィキソース「說文解字/14」参照。
陌上別離人
陌上 別離の人
- 陌上 … (柳の植わっている郊外の)道のほとり。
- 別離人 … 別れを惜しむ人がいる。劉宋の鮑照「秋を詠む」詩に「何に由りてか忽ち霊化し、暫く別離の人を見んや」(何由忽靈化、暫見別離人)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷062」参照。
愛子遊燕趙
愛子 燕趙に遊ばんとす
高堂有老親
高堂に老親有り
- 高堂 … 高い座敷。立派な家。ここでは、父母のいる所を指す。魏の繆襲「輓歌」(『楽府詩集』巻二十七)に「朝に高堂の上を発し、暮に黄泉の下に宿す」(朝發高堂上、暮宿黄泉下)とある。ウィキソース「樂府詩集/027卷」参照。
- 老親 … 年老いた両親。盛唐の岑参「張子の南海に尉たるを送る」詩に「南州の尉を択ばざるは、高堂に老親有ればなり」(不擇南州尉、高堂有老親)とある。ウィキソース「送楊瑗尉南海」参照。
不行無可養
行かずんば養う可き無し
- 不行 … 行かなければ。
- 不 … 『静嘉堂本』では「乆」に作る。「乆」は「久」の異体字。誤刻か。
- 無可養 … (年老いた両親を)扶養する手立てがない。
行去百憂新
行き去らば百憂新たなり
切切委兄弟
切切として兄弟に委ね
- 切切 … ねんごろに。丁寧に。
- 委兄弟 … 兄弟に後のことを頼む。
依依向四鄰
依依として四隣に向う
- 依依 … 名残り惜しく思って慕う様子。ここでは、親しく語り合って、立ち去り難いさま。東晋の陶淵明「園田の居に帰る六首」詩(其一)に「曖曖たり 遠人の村、依依たり 墟里の煙」(曖曖遠人村、依依墟里煙)とある。曖曖は、はっきりしないさま。墟里は、村里。ウィキソース「歸園田居」参照。また、前漢の蘇武「詩四首」(其二、『文選』巻二十九)に「胡馬 其の群を失い、思心 常に依依たり」(胡馬失其群、思心常依依)とあり、その李善注に「依依は、思恋するの貌なり」(依依、思戀之貌也)とある。思恋は、慕うこと。ウィキソース「昭明文選/卷29」参照。
- 四隣 … 四方の隣接する所。辺り。四辺。ここでは、隣近所。隣は、もと行政区画の名。『説文解字』巻六下、邑部に「五家を隣と為す」(五家爲鄰)とある。ウィキソース「說文解字/06」参照。また、『春秋左氏伝』昭公二十三年に「諸侯の守りは四鄰に在り」(諸侯守在四鄰)とある。ウィキソース「春秋左氏傳/昭公」参照。
- 向 … ここでは、隣近所に兄弟同様、後のことを依頼する。
都門帳飮畢
都門 帳飲し畢り
- 都門 … 都の入り口の門。『資治通鑑』唐紀、開元二十三年の条に「春正月、……天下に赦し、都城、酺すること三日」(春正月、……赦天下、都城酺三日)とあり、その胡三省の注に「都城は、東都城を謂う」(都城、謂東都城)とある。東都は、洛陽を指す。ウィキソース「資治通鑒 (胡三省音注)/卷214」参照。
- 帳飲 … 幕を張って送別のための酒宴をすること。南朝梁の江淹「別れの賦」(『文選』巻十六)に「東都に帳飲し、客を金谷に送る」(帳飮東都、送客金谷)とあり、その李善注に「漢書に曰く、……(疏)広、遂に退き疾篤しと称し、上疏して骸骨を乞う。上、其の年老いたるを以て、皆之を許す。……公卿大夫、故人邑子、為に祖道を設け、東都門の外に供帳す、と」(漢書曰、……廣遂退稱疾篤、上疏乞骸骨。上以其年老、皆許之。……公卿大夫、故人邑子、爲設祖道、供帳東都門外)とある。東都門は、漢代の長安城の東側にあった門の一つで、宣平門のこと。ウィキソース「昭明文選/卷16」参照。
- 帳 … 『蜀刊本』では「障」に作る。『唐詩品彙』では「悵」に作る。
從此謝親賓
此より親賓に謝す
- 謝親賓 … 親戚と賓客に別れを告げる。親賓は、親戚と賓客。または親しい賓客。謝は、別れを告げる。南朝梁の江淹「別れの賦」(『文選』巻十六)に「左右は魂動き、親賓は涙滋し」(左右兮魂動、親賓兮淚滋)とある。ウィキソース「別賦」参照。
- 親賓 … 『四部叢刊本』『趙注本』『王維集校注』では「賓親」に作る。
揮涕逐前侶
涕を揮って前侶を逐い
- 揮涕 … 涙を払いのける。魏の王粲「七哀の詩」(三首其一、『文選』巻二十三)に「顧みて号泣の声を聞き、涕を揮いて独り還らず」(顧聞號泣聲、揮涕獨不還)とある。ウィキソース「七哀詩 (王粲)」参照。
- 涕 … 『四部叢刊本』『顧起経注本』『趙注本』『唐詩品彙』『唐詩別裁集』『王維集校注』では「涙」に作る。『顧可久注本』では「泪」に作る。「泪」は「涙」の異体字。
- 前侶 … 先に行く同伴の者。南朝梁の江淹「雑体詩三十首 謝法曹(贈別)恵連」(『文選』巻三十一)に「纜を解きて侶を前めんことを候ち、還望して方に鬱陶たり」(解纜候前侶、還望方鬱陶)とある。ウィキソース「謝法曹贈別」参照。
- 前 … 『唐詩品彙』では「行」に作る。
- 逐 … 追う。
含悽動征輪
悽しみを含んで征輪を動かす
- 含悽 … 悲しみを心の中に抱いて。劉宋の謝霊運「廬陵王の墓下の作」(『文選』巻二十三)に「悽しみを含んで広川に泛び、涙を灑ぎて連崗を眺る」(含悽泛廣川、灑淚眺連崗)とあり、その呂延済の注に「悽は、悲なり」(悽、悲也)とある。ウィキソース「六臣註文選 (四部叢刊本)/卷第二十三」参照。
- 征輪 … 遠方に行く車。征は、遠方を目ざして、まっすぐ行くこと。
- 動 … 出発させる。
車徒望不見
車徒 望めども見えず
- 車徒 … 元は兵車と歩卒の意であるが、ここでは、車と従って行く人。転じて、車の一行。『春秋左氏伝』襄公二十七年に「諸〻の邑を喪いし者をして車徒を具えて以て地を受けしむ」(使諸喪邑者具車徒以受地)とある。ウィキソース「春秋左氏傳/襄公」参照。
- 徒 … 『静嘉堂本』『四部叢刊本』『顧可久注本』『唐詩品彙』『王維集校注』では「從」に作る。
- 望不見 … 望み見ても、もはや見えなくなった。
時見起行塵
時に行塵を起すを見る
- 時見起行塵 … 時おり車塵の舞い上がるのが見える。南朝梁の江淹「別れの賦」(『文選』巻十六)に「征馬を驅りて顧みず、行塵の時に起るを見る」(驅征馬而不顧、見行塵之時起)とあるのに基づく。征馬は、遠くへ旅立つ馬。ウィキソース「別賦」参照。
- 時 … 時おり。
- 見 … 『静嘉堂本』では「時」に作り、「一本作見」と注する。『四部叢刊本』で『趙注本』『唐詩品彙』『王維集校注』は「時」に作る。
- 行塵 … 車が立てる土けむり。車塵。
吾亦辭家久
吾も亦た家を辞すること久し
- 吾 … 作者を指す。『全唐詩』には「一作余」と注する。『静嘉堂本』では「余」に作り、「一本作吾」と注する。『四部叢刊本』『顧起経注本』『顧可久注本』『趙注本』『唐詩品彙』『唐詩別裁集』『王維集校注』では「余」に作る。
- 辞家久 … 家に別れを告げて久しい。
- 久 … 『全唐詩』には「一作者」と注する。
看之淚滿巾
之を看て 涙 巾に満つ
- 看之 … こういう情景を眺めているうちに。
- 涙満巾 … 涙で手巾を濡らし、びしょびしょになった。巾は、手巾。ハンカチ。満は、濡れてびしょびしょになること。六朝梁の王叔英の婦「贈答一首」(『玉台新詠』巻九)に「梅を看復た柳を看、涙は満つ春衫の中」(看梅復看柳、淚滿春衫中)とある。春衫は、春の上着。ウィキソース「贈答」参照。
テキスト
- 『全唐詩』巻一百二十五(中華書局、1960年)
- 『王右丞文集』巻五(静嘉堂文庫蔵、略称:静嘉堂本)
- 『王摩詰文集』巻九(書韻楼叢刊、上海古籍出版社、2003年、略称:蜀刊本)
- 『須渓先生校本唐王右丞集』巻五(『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:四部叢刊本)
- 顧起経注『類箋唐王右丞詩集』巻二(台湾学生書局、1970年、略称:顧起経注本)
- 顧可久注『唐王右丞詩集』巻五(『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:顧可久注本)
- 趙殿成注『王右丞集箋注』巻四(中国古典文学叢書、上海古籍出版社、1998年、略称:趙注本)
- 『唐詩品彙』巻九([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
- 『唐詩別裁集』巻一(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
- 松浦友久編『続校注 唐詩解釈辞典〔付〕歴代詩』大修館書店、2001年
- 陳鐵民校注『王維集校注(修訂本)』巻一(中国古典文学基本叢書、中華書局、2018年)
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