烏有
烏有
- 出典:『史記』司馬相如列伝(ウィキソース「史記/卷117」参照)
- 解釈:何もないこと。何もかもなくなること。
前漢の文人、司馬相如が作った「子虚の賦」を武帝が読んで感心し、相如を召したところ、相如は「この賦は諸侯のことを述べたものです。それほどの価値はありません。改めて『天子游猟の賦』を作らせて下さい」と申し出たという。この「天子游猟の賦」は、「子虚」「烏有先生」「無是公」という三人の架空の人物を設定している。「子虚」という名の人物は「虚言」という意味で、楚の国を褒めたたえる人物、「烏有先生」とは「こんなことがあるはずがない」いう意味で、斉の国のために楚と子虚とを非難する人物、「無是公」とは「そんな人はいない」という意味で、公平無私な天子としての正しい道を明らかにする人物である。この架空の人物三人の口を借りて、天子・諸侯所有の鳥獣を放し飼いにしている庭の様子を描き、節約を説いて天子を遠回しに諫めようとしたもの。この賦を奏上したところ、天子は大いに喜んだという故事に基づく。わが国では「烏有に帰す」という形でも使われるようになった。
- 史記 … 前漢の司馬遷がまとめた歴史書。二十四史の一つ。事実を年代順に書き並べる編年体と違い、人物の伝記を中心とする紀伝体で編纂されている。本紀十二巻、表十巻、書八巻、世家三十巻、列伝七十巻の全百三十巻。ウィキペディア【史記】参照。
居久之、蜀人楊得意爲狗監侍上。上讀子虚賦而善之曰、朕獨不得與此人同時哉。得意曰、臣邑人司馬相如自言爲此賦。上驚、乃召問相如。相如曰、有是。然此乃諸侯之事、未足觀也。請爲天子游獵賦。賦成奏之。上許、令尚書給筆札。
居ること之を久しくし、蜀人楊得意、狗監と為りて上に侍す。上、子虚の賦を読みて之を善して曰く、朕独り此の人と時を同じくするを得ざるか、と。得意曰く、臣の邑人司馬相如、自ら此の賦を為ると言えり、と。上驚き、乃ち召して相如に問う。相如曰く、是れ有り。然れども此れ乃ち諸侯の事にして、未だ観るに足らざるなり。請う天子の游猟の賦を為らん。賦成らば之を奏せん、と。上許し、尚書をして筆札を給せしむ。
- 狗監 … 猟犬をつかさどる官。
- 上 … ここでは、漢の武帝、劉徹を指す。前漢の第七代皇帝。在位期間は前141~前87。ウィキペディア【武帝 (漢)】参照。
- 子虚賦 … 司馬相如が梁に遊んだ時に作った賦。『文選』巻七に収録されている「子虚の賦」とは同一ではない。武帝が読んだ賦は、『文選』収録の賦の元になったものと思われるが、はっきりしない。ウィキソース「子虛賦」参照。
- 邑人 … 同じ村の人。
- 司馬相如 … 前179~前117。前漢の文人。辞賦に優れた。ウィキペディア【司馬相如】参照。
- 天子游猟賦 … 『文選』に「子虚の賦」(巻七)と「上林の賦」(巻八)の二篇に分けて収録されている。ウィキソース「子虛賦」「上林賦」参照。
- 奏 … 奏上すること。臣下が天子に申し上げること。
- 尚書 … ここでは、尚書郎(尚書省の部課長級の官吏)を指す。
- 筆札 … 筆と木の札。
相如以、子虚虚言也。爲楚稱。烏有先生者、烏有此事也。爲齊難。無是公者、無是人也。明天子之義。
相如以えらく、子虚とは虚言なり。楚の為に称す。烏有先生とは、烏くんぞ此の事有らんやなり。斉の為に難ず。無是公とは、是の人無きなり。天子の義を明らかにす、と。
- 以 … ~と思う。
- 子虚 … 架空の人物名。
- 虚言 … そら言。
- 為楚 … 楚の国を褒めたたえるために。
- 烏有先生 … 架空の人物を文章の中で想定して呼ぶときの言葉。
- 烏有此事也 … 「こんな事があろうか、あるはずがない」という意味である。
- 為斉難 … 斉のために(楚を)非難する。
- 無是公 … 『漢書』では「亡是公」に作る。
- 義 … 道義。正しい道。
故空藉此三人爲辭、以推天子諸侯之苑囿、其卒章歸之於節儉、因以風諫。奏之天子。天子大説。
故に空しく此の三人を藉りて辞を為し、以て天子諸侯の苑囿を推し、其の卒章は之を節倹に帰し、因りて以て風諫す。之を天子に奏す。天子大いに説ぶ。
- 藉 … 口を借りる。
- 苑囿 … 鳥や獣を放し飼いにする庭。
- 卒章 … 文章の終わり。最後の章。
- 節倹 … 無駄な出費を慎んで質素にすること。節約。
- 風諫 … 遠回しにそれとなく諫めること。
- 説 … 喜ぶ。「悦」に同じ。

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