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農は国の本たり

のうくにもとたり
  • 出典:『帝範』務農(国立公文書館デジタルアーカイブ「『帝範』寛文八年刊本」参照)
  • 解釈:農業こそが国家の根本である。「本」は、物事の根本をなすもの。
  • 帝範 … 四巻。唐の太宗の撰。帝王たる者の模範となるべきことを記している。貞観二十二年(648)、その太子(のちの高宗)に与えたもので、君体・建親・求賢・審官・納諫・去讒・誡盈・崇倹・賞罰・務農・閲武・崇文の十二編からなる。ウィキペディア【帝範】(中文)参照。
夫食爲人天、農爲政本。倉廩實則知禮節、衣食乏則忘廉耻。故躬耕東郊、敬授民時。
しょくひとてんり、のうまつりごともとり。倉廩そうりんつるときはすなわ礼節れいせつり、しょくとぼしきときはすなわれんわする。ゆえみずか東郊とうこうたがやし、つつしんでたみときさずく。
  • 倉廩 … 穀物を貯蔵する倉。
  • 礼節 … 礼儀と節度。
  • 廉恥 … 心が清らかで恥を知る気持ちの強いこと。
  • 倉廩実則知礼節、衣食乏則忘廉恥 … 『管子』牧民篇に「倉廩実ちて則ち礼節を知り、衣食足りて則ち栄辱を知る」(倉廩實則知禮節、衣食足則知榮辱)とあるのに基づく。故事成語「倉廩実ちて礼節を知る」「衣食足りて栄辱を知る」参照。
  • 躬耕東郊 … 籍田せきでん(宗廟に供える祭祀用の穀物を、天子が自ら耕作した儀式。または、その田)を指す。「躬」は、みずから。「東郊」は、東の郊外。籍田があったところ。『呂氏春秋』孟春紀に「三公・九卿・諸侯・大夫を率い、躬ら帝籍田を耕す」(率三公九卿諸侯大夫、躬耕帝籍田)とある。ウィキソース「呂氏春秋注/孟春紀」参照。
  • 民時 … 民が農業をすべき時期。『書経』堯典に「乃ちに命じて、欽んで昊天こうてんしたがい、日月星辰を暦象して、敬んで民の時を授けしむ」(乃命羲和、欽若昊天、暦象日月星辰、敬授民時)とある。ウィキソース「尚書/堯典」参照。なお、ウィキソースでは「民」を「人」に作るが、『史記』五帝本紀等に従い改めた。
國無九歳之儲、不足備水旱。家無一年之服、不足禦寒温。然而莫不帶犢佩牛、棄堅就僞、求伎巧之利、廢農桑之基。
くにきゅうさいたくわきときは、水旱すいかんそなうるにらず。いえ一年いちねんふくきときは、寒温かんおんふせぐにらず。しかしこうしてとくうしび、かたきをいつわりにき、こうもとめ、農桑のうそうもといてざるはし。
  • 九歳之儲 … 九年分の食糧の蓄え。「歳」は「年」に同じ。『礼記』王制篇に「国に九年の蓄え無きを不足と曰い、六年の蓄え無きを急と曰う。三年の蓄え無きを、国其の国に非ずと曰うなり。三年耕して、必ず一年の食有り、九年耕して、必ず三年の食有り。三十年の通を以てすれば、きょうかん水溢すいいつ有りと雖も、民は菜色無し。然る後に天子食するに、日に挙ぐるに楽を以てす」(國無九年之蓄曰不足、無六年之蓄曰急。無三年之蓄、曰國非其國也。三年耕、必有一年之食、九年耕、必有三年之食。以三十年之通、雖有凶旱水溢、民無菜色。然後天子食、日舉以樂)とある。ウィキソース「禮記/王制」参照。
  • 水旱 … 大水と日照ひでり。水害と旱害かんがい
  • 服 … 衣服。
  • 寒温 … 寒さと暖かさ。寒暑。
  • 帯犢佩牛 … 刀剣を所持することを止めて、牛や子牛をやしなう。転じて、武事を止めて殖産に従事することをいう。「犢」は、子牛。「帯」「佩」は、身につけること。『漢書』きょうすい伝に「民刀剣を帯持する者有れば、剣を売り牛を買い、刀を売り犢を買わしめて曰く、なんれぞ牛を帯び犢を佩ぶるや」(民有帶持刀劍者、使賣劍買牛、賣刀買犢曰、何為帶牛佩犢)とあるのに基づく。ウィキソース「漢書/卷089」参照。
  • 農桑 … 耕作の仕事と、かいこを飼う仕事。農業と養蚕。農蚕。
以一人耕而百人食、其爲害也、甚於秋螟。莫若禁絶浮華、勸課耕織。
一人いちにんもったがやしてひゃくにんむときは、がいすや、しゅうめいよりはなはだし。浮華ふか禁絶きんぜつし、こうしょくかんするにくはし。
  • 秋螟 … 秋のずいむし。稲の茎の芯を食う小さな害虫。
  • 浮華 … うわべだけが華やかで、実質がないこと。
  • 耕織 … 田畑を耕すことと、機織りをすること。
  • 勧課 … 仕事に精を出すことを奨励すること。
使民還其本、俗反其眞、則競懷仁義之心、永絶貪殘之路、此務農之本也。
たみをしてもとかえり、ぞくをしてしんかえらしむに、すなわきそってじんこころいだき、なが貪残たんざんみちつ、のうつとむるのもとなり。
  • 本 … 農業を指す。
  • 真 … せい(正しい道)を指す。
  • 貪残 … 欲が深くてむごいこと。魏の陳琳「袁紹の為に予州に檄す」(『文選』巻四十四)に「載籍を歴観するに、無道の臣、貪残酷烈なるは、操に於いて甚だしと為す」(歴觀載籍、無道之臣、貪殘酷烈、於操爲甚)とある。操は、曹操。ウィキソース「昭明文選/卷44」参照。
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