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長信草(崔国輔)

長信草
長(ちょう)信(しん)の草(くさ)
崔(さい)国(こく)輔(ほ)
  • ウィキソース「長信草」参照。
  • この詩は、帝の寵愛を失い、皇太后の住む長信宮に退いた前漢の班(はん)婕(しょう)妤(よ)の嘆きを詠んだもの。いわゆる閨怨(けいえん)詩。班婕妤の「自(みずか)ら悼(いた)むの賦(ふ)」(『漢書』外戚伝)に「共(きょう)養(よう)を東宮に奉じ、長信の末流に託し、共に帷(い)幄(あく)を洒埽(さいそう)す」(奉共養于東宮兮、託長信之末流、共洒埽於帷幄兮)とあるのに基づく。共養は、日常の世話をして仕えること。末流は、皇太后の恩顧を受ける末輩(まっぱい)。帷幄は、たれ幕。洒埽は、掃除をすること。ウィキソース「自悼賦」「漢書/卷097下」参照。
  • 詩題 … 長信宮に生えた草。楽府題の一つ。『全唐詩』には「一作長信宮、一作婕妤怨」と注する。『楽府詩集』では「婕(しょう)妤(よ)怨(えん)」に作る。『唐詩紀事』では「長信宮」に作る。『文苑英華』では「長信宮」に作り、「一作婕妤怨」と注する。
  • 長信 … 長信宮。前漢の宮殿の名で、成帝(せいてい)(在位前33~前7)の皇太后の隠居所。東宮ともいった。班婕妤は成帝の寵愛を受けて女官となったが、のちに帝が趙(ちょう)飛(ひ)燕(えん)姉妹を寵愛するようになったため、退いて長信宮に住む皇太后に仕えた。『三(さん)輔(ぽ)黄(こう)図(と)』巻三、長楽宮の条に「長信宮は、漢の太后常に之に居る。通霊記を按ずるに、太后は、成帝の母なり。後宮は西に在り、秋の象(かたち)なり。秋は信を主(つかさど)る。故に殿は皆な長信・長秋を以て名と為す、と」(長信宮、漢太后常居之。按通靈記、太后、成帝母也。後宮在西、秋之象也。秋主信。故殿皆以長信、長秋爲名)とある。ウィキソース「三輔黃圖/卷之三」参照。
  • 崔国輔 … 生没年不詳。盛唐の詩人。越州山陰県(浙江省紹興市)の人。一説に呉郡(江蘇省蘇州市)の人ともいう。字(あざな)は不詳。開元十四年(726)、進士に及第。集賢院直学士・礼部郎中を歴任した。天宝十一載(752)、御史大夫の王鉷(おうこう)が死罪となり、その近親者であったので連座して竟陵(きょうりょう)(湖北省天門市)の司馬(郡の属官)に左遷された。楽府の短い詩を得意とした。ウィキペディア【崔国輔】参照。
長信宮中草
長(ちょう)信(しん)宮中(きゅうちゅう)の草(くさ)
  • 長信宮中草 … 長信宮の庭に生える草。南朝梁の庾肩吾「長信宮中の草を詠ず」詩(『玉台新詠』巻十)に「翠(すい)を委(い)して節(せつ)を知るに似たり、芳(ほう)を含みて情(じょう)有るが如し。全く履(り)跡(せき)の少(まれ)なるに由(よ)りて、併せて階に上(のぼ)りて生ぜんと欲す」(委翠似知節、含芳如有情。全由履跡少、併欲上階生)とある。翠を委すとは、緑色の草が萎(しお)れること。節は、時節。履跡は、履(くつ)の踏み跡。ウィキソース「詠長信宮中草」参照。
年年愁處生
年年(ねんねん) 愁(しゅう)処(しょ)に生(しょう)ず
  • 年年 … 年ごとに。南朝梁の呉均の楽府「行路難二首」(『玉台新詠』巻九)の第二首「洞庭水上一株(いっしゅ)の桐」に「年年月月(げつげつ) 君子に対し、遥遥夜夜(やや) 未(び)央(おう)に宿す」(年年月月對君子、遙遙夜夜宿未央)とある。未央は、漢の宮殿、未央宮。ウィキソース「行路難 (吳均)」参照。また、南朝陳の江総の楽府「折楊柳」(『楽府詩集』巻二十二)に「此の依依(いい)たる情を共にするも、奈(いかん)ともする無し 年年の別れ」(共此依依情、無奈年年別)とある。依依は、しなやかな様子。ウィキソース「樂府詩集/022卷」参照。
  • 愁処 … 愁うるところ。ここの「処」は、具体的な場所ではなく、「~する場合」「~するとき」程度の意味になる。
  • 生 … 草が生えること。
時侵珠履跡
時(とき)に珠(しゅ)履(り)の跡(あと)を侵(おか)し
  • 時 … 時には。『全唐詩』では「故」に作り、「一作時」と注する。『楽府詩集』では「故」に作る。こちらは「故(ことさ)らに」と読み、「わざと」と訳す。『文苑英華』では「爲」に作り、「一作時又作故」と注する。
  • 珠履 … 玉(ぎょく)で飾った履物。天子の履物。前漢の班婕妤「自ら悼むの賦」に「俯して丹(たん)墀(ち)を視ては、君を履綦(りき)に思い、仰いで雲屋(うんおく)を視ては、双涕(そうてい)横(おう)流(りゅう)す」(俯視兮丹墀、思君兮履綦、仰視兮雲屋、雙涕兮橫流)とある。丹墀は、宮中の階段のそばの土を赤く塗り固めた所。履綦は、靴ひも。靴の飾り。双涕は、両眼から流れる涙。横流すとは、とめどなくあふれ流れること。ウィキソース「自悼賦」参照。また『史記』春申君伝に「春申君の客(かく)三千余人。其の上(じょう)客(かく)は皆な珠履を躡(ふ)み、以て趙の使いを見る」(春申君客三千餘人。其上客皆躡珠履、以見趙使)とある。ウィキソース「史記/卷078」参照。
  • 侵 … 入り込む。ここでは、草が埋め尽くすこと。『説文解字』巻八上、人部に「侵は、漸進(ぜんしん)なり」(侵、漸進也)とある。ウィキソース「說文解字/08」参照。
不使玉階行
玉(ぎょく)階(かい)をして行(ゆ)かしめず
  • 玉階 … 玉をちりばめた階段。宮殿の立派な階段。前漢の班婕妤「自ら悼むの賦」に「華殿は塵つもり玉階は菭(こけ)むす。中庭は萋(せい)として緑草生ず。広室陰(くも)りて帷(い)幄(あく)暗く、房櫳(ぼうろう)虚しくして風泠泠(れいれい)たり」(華殿塵兮玉階菭。中庭萋兮綠草生。廣室陰兮帷幄暗、房櫳虛兮風泠泠)とあるのに基づく。ウィキソース「自悼賦」参照。
  • 不使~行 … 通れなくしてしまう。
  • 使 … 「~(をして)…(せ)しむ」と読み、「~に…させる」と訳す。使役を表す。
詩型・韻字
  • 五言絶句。
  • 生・行(下平声庚韻)。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百十九(排印本、中華書局、1960年)
  • 『文苑英華』巻二百四(影印本、中華書局、1966年)※詩題:長信宮
  • 『楽府詩集』巻四十三・相和歌辞(北京図書館蔵宋刊本影印、中津濱渉『樂府詩集の研究』所収)※詩題:婕妤怨
  • 『唐詩解』巻二十二(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 『唐詩品彙』巻三十九([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩紀事』巻十五([宋]計有功輯撰、上海古籍出版社、1987年)※詩題:長信宮
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