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班婕妤(王維)

班婕妤
はんしょう
おう
  • ウィキソース「班婕妤 (王維)」参照。
  • この詩は、前漢の成帝せいてい(在位前33~前7)の寵愛を受けていたはんしょうが、寵愛を失ったことを嘆いている様子を詠んだもの。班婕妤は、前漢の女官で女流詩人。しょうは官名(後宮における側室の称号)。はんきょうの娘。名は未詳。成帝の寵愛を受けて女官となったが、のちに帝がちょうえん姉妹を寵愛するようになったため、退いて皇太后に仕えた。ウィキペディア【班倢伃】参照。『漢書』外戚伝下に「孝成の班婕妤、帝初め位にきしとき、選んで後宮に入る。始めは少使たり、にわかにして大いに幸せられ、婕妤と為り、増成舎に居る。……其の後、趙飛燕の姉弟も亦た自ら微賤より興り、礼制をえつして、ようやく前より盛んなり。班婕妤及び許皇后は皆な寵を失い、復た進見すること稀なり。……鴻嘉三年(前18)、趙飛燕は許皇后・班婕妤を譖告しんこくし、どうを挟み、後宮をしゅくし、ののしりて主上に及ぶ。許皇后坐して廃せらる。……趙氏の姉弟きょうし、婕妤久しくして危を見んことを恐れ、太后の長信宮に共養せんことを求め、しょう許す。婕妤東宮に退処し、賦を作りて自ら傷悼す。其の辞に曰く、……玄宮にひそみて幽にして以て清、応門閉じて禁闥きんたつとざし。華殿に塵あり玉階みずごけあり、中庭萋〻せいせいとして緑草生ず、と」(孝成班婕妤、帝初即位選入後宮。始爲少使、蛾而大幸、爲婕妤、居增成舍。……其後趙飛燕姉弟亦從自微賤興、踰越禮制、寖盛於前。班婕妤及許皇后皆失寵、稀復進見。……鴻嘉三年、趙飛燕譖告許皇后、班婕妤挾媚道、祝詛後宮、詈及主上。許皇后坐廢。……趙氏姉弟驕妬、婕妤恐久見危、求共養太后長信宮、上許焉。婕妤退處東宮、作賦自傷悼。其辭曰、……潛玄宮兮幽以清、應門閉兮禁闥扃。華殿塵兮玉階菭、中庭萋兮綠草生)とある。禁闥は、宮中。闥は、宮中の門。扃は、かんぬき。ウィキソース「漢書/卷097下」参照。
  • 詩題 … 班婕妤は、楽府題。相和歌辞・楚調曲に属す。『全唐詩』『静嘉堂本』『蜀刊本』『四部叢刊本』『顧起経注本』『顧可久注本』『趙注本』『楽府詩集』『万首唐人絶句』では「班婕妤三首其三」に作る。『唐詩品彙』では「班婕妤二首其二」に作る。『唐詩解』では「班婕妤三首其二」に作る。『国秀集』では「扶南曲」に作る。
  • 王維 … 699?~761。盛唐の詩人、画家。太原(山西省)の人。あざなきつ。開元七年(719)、進士に及第。安禄山の乱で捕らえられたが事なきを得、乱後は粛宗に用いられてしょうじょゆうじょう(書記官長)まで進んだので、王右丞とも呼ばれる。また、仏教に帰依したため、詩仏と称される。『王右丞文集』十巻がある。ウィキペディア【王維】参照。
怪來粧閣閉
あやしむらくは しょうかく
  • 怪来 … どうしたことだろう。不審に思う。来は、助字。意味はない。
  • 粧閣 … 化粧部屋。ここでは、班婕妤の居室を指す。粧は、妝とも書く。
  • 閣 … 『静嘉堂本』『四部叢刊本』『顧起経注本』『国秀集』『万首唐人絶句』『唐詩解』では「閤」に作る。
  • 閉 … 閉じられたままである。南朝梁の王叔英のつま劉氏の楽府「婕妤のえんに和す」(『玉台新詠』巻八では作者を誤ってじょの妻劉令嫻れいかんに作る、『楽府詩集』巻四十三では詩題を「班婕妤」に作る)に「日落ちて応門おうもん閉じ、愁思ひゃくたん生ず」(日落應門閉、愁思百端生)とある。応門は、南の正門。ウィキソース「和婕妤怨」「樂府詩集/043卷」参照。
朝下不相迎
ちょうよりくだるもあいむかえず
  • 朝下 … 天子が朝廷から退出する(諸説あり)。
  • 不相迎 … (天子を)迎え出ることはない。天子は班婕妤の所ではなく、ちょうえんの所へ行かれるため。劉宋の湯恵休の楽府「楚明妃曲」(『玉台新詠』巻九・宋刻不収、『楽府詩集』巻五十八)に「姿を含んで綿視し、微笑して相迎う」(含姿綿視、微笑相迎)とある。綿視は、凝視にほぼ同じ。ウィキソース「楚明妃曲」「樂府詩集/058卷」参照。
  • 相 … ここでは「互いに」という意味ではなく、動作に対象があることを示す接頭語。「(対象に)~する」「(対象を)~する」と訳す。
總向春園裏
すべしゅんえんうちむかって
  • 総 … ここでは「それはつまり~だった」「総括してみるに~だからだ」と訳す。釈大典『唐詩解頤』に「総は、猶お文語のけだしのごとし」(総、猶文語盖也)とある。『唐詩解頤』巻六(早稲田大学古典籍総合データベース)参照。
  • 春園 … 春の園。ここでは、後宮の中の趙飛燕がいる昭陽殿を指す。古楽府「子夜四時歌七十五首 春歌二十首」(『楽府詩集』巻四十四)の第十四首に「春園 はな に就き、陽池 水 まさむ」(春園花就黃、陽池水方淥)とある。ウィキソース「樂府詩集/044卷」参照。また、南朝梁の王叔英のつま劉氏の楽府「婕妤のえんに和す」(『玉台新詠』巻八では作者を誤ってじょの妻劉令嫻れいかんに作る、『楽府詩集』巻四十三では詩題を「班婕妤」に作る)に「况んや復たしょうよう近く、風は伝うすいの声」(况復昭陽近、風傳歌吹聲)とある。昭陽は、昭陽殿。新しく寵を受けた趙飛燕のいる宮殿。ウィキソース「和婕妤怨」「樂府詩集/043卷」参照。
  • 向 … ここでは「於」と同じ意。「~で」と訳す。『全唐詩』には「一作在」と注する。『国秀集』では「在」に作る。
花閒笑語聲
かん しょうこえ
  • 花間 … 花の間。北宋の蘇軾「げつかくと酒をきょうもとに飲む」詩(『東坡全集』巻十)に「花間にしゅすれば清香発す、あらそうて長条をけば香雪を落とす」(花間置酒清香發、爭挽長條落香雪)とある。置酒は、酒宴を開くこと。長条は、長い枝。香雪は、香り高い雪片。ここでは、白いあんずの花びらにたとえる。ウィキソース「月夜與客飲酒杏花下」参照。
  • 笑語 … 楽しそうな笑い声が響くこと。『静嘉堂本』『蜀刊本』『四部叢刊本』『顧可久注本』『唐詩品彙』『楽府詩集』『国秀集』『万首唐人絶句』『唐詩解』では「語笑」に作る。古楽府「子夜歌四十二首」(『楽府詩集』巻四十四)の第十二首に「語笑するはたれに向かいてうや、腹中ひそかに汝をおもう」(語笑向誰道、腹中陰憶汝)とある。ウィキソース「樂府詩集/044卷」参照。
詩型・韻字
  • 五言絶句。
  • 迎・聲(下平声庚韻)。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百二十八(排印本、中華書局、1960年)
  • 『王右丞文集』巻六(静嘉堂文庫蔵、略称:静嘉堂本)
  • 『王摩詰文集』巻十(宋蜀刻本唐人集叢刊、上海古籍出版社、1982年、略称:蜀刊本)
  • 『須渓先生校本唐王右丞集』巻六(『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:四部叢刊本)
  • 顧起経注『類箋唐王右丞詩集』巻九(台湾学生書局、1970年、略称:顧起経注本)
  • 顧可久注『唐王右丞詩集』巻六(『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:顧可久注本)
  • 趙殿成注『王右丞集箋注』巻十三(中国古典文学叢書、上海古籍出版社、1998年、略称:趙注本)
  • 『唐詩品彙』巻三十九([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『楽府詩集』巻四十三・相和歌辞・楚調曲(北京図書館蔵宋刊本影印、中津濱渉『樂府詩集の研究』所収)
  • 『唐詩解』巻二十二(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『万首唐人絶句』五言・巻四(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
  • 『国秀集』巻中(傅璇琮編撰『唐人選唐詩新編』、陝西人民教育出版社、1996年)※詩題:扶南曲
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