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酌酒与裴迪(王維)

酌酒與裴迪
さけんで裴迪はいてきあた
おう
  • 七言律詩。瀾・冠・寒・餐(上平声寒韻)。
  • ウィキソース「酌酒與裴迪」参照。
  • この詩は、詩友の裴迪と酒を酌み交わしていたとき、役人として不遇だった彼を慰めるため、王維が即興で作ったもの。
  • 裴迪 … 716~?。盛唐の詩人。関中(陝西省)の人。あざなは不詳。安禄山の乱の後、蜀州刺史、尚書郎などになったという。王維の詩友として知られる。ウィキペディア【裴迪】(中文)参照。
  • 迪 … 『顧起経注本』『唐詩品彙』『唐詩解』『古今詩刪』では「廸」に作る。異体字。
  • 王維 … 699?~761。盛唐の詩人、画家。太原(山西省)の人。あざなきつ。開元七年(719)、進士に及第。安禄山の乱で捕らえられたが事なきを得、乱後は粛宗に用いられてしょうじょゆうじょう(書記官長)まで進んだので、王右丞とも呼ばれる。また、仏教に帰依したため、詩仏と称される。『王右丞文集』十巻がある。ウィキペディア【王維】参照。
酌酒與君君自寬
さけんできみあたう きみみずかゆるうせよ
  • 酌酒与君君自寛 … 劉宋の鮑照「行路難にす十八首」(其四)に「酒を酌んで以て自らゆるうし、杯を挙げて断絶せよ路の難きを歌うを」(酌酒以自寬、舉杯斷絶歌路難)とあるのに基づく。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷060」参照。
  • 自寛 … 自ら気分をゆったりとさせたまえ。『列子』天瑞篇に「孔子太山に遊ぶ。栄啓えいけいせいを行くを見る。鹿ろっきゅうにしてなわおびとし、琴をして歌う。……善いかな、能く自らゆるうする者なり」(孔子遊於太山。見榮啓期行乎郕之野。鹿裘帶索、鼓琴而歌。……善乎、能自寬者也)とある。栄啓期は、春秋時代の人の名。郕は、魯の町の名。鹿裘は、鹿の皮で作った皮衣。ウィキソース「列子/天瑞篇」参照。
人情翻覆似波瀾
にんじょう翻覆はんぷく らんたり
  • 人情 … 世間一般の人々の気持ち。『礼記』礼運篇に「何をか人情と謂う。喜・怒・哀・・愛・・欲なり。七つの者は学ばずして能くす」(何謂人情。喜怒哀懼愛惡欲。七者弗學而能)とある。ウィキソース「禮記/禮運」参照。また『史記』日者伝に「宋忠、中大夫たり、賈誼かぎ、博士たり。同日、倶に出でて洗沐せんもくし、相従いて論議し、先王聖人の道術をしょうえきし、人情をきゅうへんし、あいて嘆ず」(宋忠爲中大夫、賈誼爲博士。同日俱出洗沐、相從論議、誦易先王聖人之道術、究徧人情、相視而嘆)とある。ウィキソース「史記/卷127」参照。
  • 翻覆似波瀾 … 変わりやすいこと、まるで波のようだ。翻覆は、ひっくり返ること。態度などが急に変わること。波瀾は、波。西晋の陸機「君子行」(『文選』巻二十八)に「天道はにして且つ簡なり、人道はけんにして難し。休咎きゅうきゅうあい乗躡じょうじょうし、翻覆すること波瀾のごとし」(天道夷且簡、人道嶮而難。休咎相乘躡、翻覆若波瀾)とある。休咎は、安らかに恵まれていることと災い。ウィキソース「昭明文選/卷28」参照。
  • 翻 … 『静嘉堂本』では「飜」に作る。異体字。『唐詩品彙』『古今詩刪』では「反」に作る。
白首相知猶按劍
白首はくしゅそうけんあん
  • 白白首相知 … 互いに白髪頭になるまで付き合ってきた友人。『史記』鄒陽伝に「ことわざに曰く、白頭も新しきが如く、傾蓋けいがいふるきが如き有り、と。なんとなれば則ち知ると知らざるとなり」(諺曰、有白頭如新、傾蓋如故。何則知與不知也)とある。傾蓋は、ちょっと会っただけで親しくなること。初めて会って、車のかさを傾けて親しく語り合ったことから。ウィキソース「史記/卷083」参照。
  • 按剣 … 刀のつかに手をかけてかまえる。互いににらみ合うような関係になること。『史記』鄒陽伝に「明月のたま、夜光のたまも、闇を以て人に道路に投ずれば、人、剣を按じ相かえりみざる者無し。何となれば則ち因無くして前に至ればなり」(明月之珠、夜光之璧、以闇投人於道路、人無不按劍相眄者。何則無因而至前也)とある。ウィキソース「史記/卷083」参照。
  • 劍 … 底本および『静嘉堂本』では「劒」に作る。『四部叢刊本』では「剱」に作る(ただし刄を刃に作る)。『顧起経注本』では「劔」に作る(ただし刄を刃に作る)。『文苑英華』では「劔」に作る。いずれも異体字。
朱門先達笑彈冠
朱門しゅもん先達せんだつ弾冠だんかんわら
  • 朱門 … 朱塗りの門。貴顕(身分が高く、名が知られている人)の家。貴族や高官の屋敷は門を赤く塗ることを許された。東晋の郭璞「遊仙の詩十四首」(其一、『文選』巻二十一では七首其一)に「朱門は何ぞえいとするに足らん、未だ蓬萊ほうらいたくするにかず」(朱門何足榮、未若託蓬萊)とある。蓬萊は、東海の島にあり、仙人が住むという想像上の山。ウィキソース「遊仙詩 (京華遊俠窟)」参照。
  • 先達 … 先に栄達した人。『韓非子』説林下篇に「管仲・鮑叔相謂いて曰く、君の乱甚し。必ず国を失わん。斉国の諸公子、其のたすく可き者は、公子糾に非ずんば則ち小白ならん。きみと人ごとに一人につかえ、先に達せし者相収めん、と」(管仲鮑叔相謂曰、君亂甚矣。必失國。齊國之諸公子、其可輔者、非公子糾則小白也。與子人事一人焉、先達者相收)とある。ウィキソース「韓非子/說林下」参照。
  • 弾冠 … かんむりの塵をはじき落として仕官の準備をすること。『漢書』王吉伝に「きつこうと友たり、、王陽くらいに在れば、貢公かんむりはじくと称す、其の取舎しゅしゃ同じくするを言うなり」(吉與貢禹為友、世稱王陽在位、貢公彈冠、言其取舍同也)とある。ウィキソース「漢書/卷072」参照。
  • 冠 … 『顧起経注本』『文苑英華』では「寸」の部分を「刂」に作る。
草色全經細雨濕
そうしょく まったさい湿うるお
  • 草色 … 若草の色。つまらぬ人間・小人しょうじんに喩える説もある。南朝梁の沈約「秋日白紵はくちょ曲」(『玉台新詠』巻九)に「白露こおらんと欲して草すでに黄なり、金琯きんかん玉柱ぎょくちゅう洞房に響く」(白露欲凝草已黃、金琯玉柱響洞房)とある。白紵は、麻布の目が細くて真っ白なもの。帷子かたびら。金琯は、金で飾った笙笛の類。玉柱は、玉で作ったこと(琴の胴の上に立てて弦を支え、移動させて音の高低を調節する器具)。洞房は、奥深い部屋。ウィキソース「秋日白紵曲 (沈約)」参照。
  • 草 … 底本および『顧可久注本』『唐詩解』『古今詩刪』では「艸」に作る。同義。
  • 細雨 … 霧雨。春雨。南朝梁の簡文帝「湘東王の首夏に和す」詩に「冷風 細雨にまじわり、垂雲 麦を助けて涼し」(冷風雜細雨、埀雲助麥涼)とある。首夏は、初夏。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷078」参照。
  • 經 … 『全唐詩』『顧起経注本』には「一作輕」と注する。『趙注本』には「文苑英華作輕」と注する。『文苑英華』では「輕」に作り、「集作經」と注する。
  • 濕 … しっとり湿しめる。『全唐詩』では「溼」に作る。本来は「溼」が旧字、「濕」が俗字。
花枝欲動春風寒
花枝かし うごかんとほっしてしゅんぷうさむ
  • 花枝 … 花の枝。裴迪を含めた不遇な君子に喩える説もある。梁の元帝「別詩二首」(其一、『玉台新詠』巻九、宋刻本未収)に「別れわりては 花枝も共にかず、別れし後は 書信 相関わらず」(別罷花枝不共攀、別後書信不相關)とある。ウィキソース「別詩 (蕭繹)」参照。
  • 欲動 … 花のつぼみが開こうとするのに。
  • 春風寒 … 春風が冷たく吹く。東晋の陶淵明「古詩に擬す」(『文選』巻三十、『古詩紀』巻四十五では「擬古九首其八」)に「日暮れて天に雲無く、春風は微和びわあおぐ」(日暮天無雲、春風扇微和)とある。ウィキソース「昭明文選/卷30」「古詩紀 (四庫全書本)/卷045」参照。
世事浮雲何足問
せいうん なんうにらん
  • 世事 … 「せじ」とも。世の中のこと。『列子』周穆王篇に「いんこころ世事を営み、りょ家業にあつまり、心形ともに疲れたり」(尹氏、心營世事、慮鍾家業、心形俱疲)とある。ウィキソース「列子/周穆王篇」参照。
  • 世 … 『静嘉堂本』『四部叢刊本』では「丗」に作る。異体字。
  • 浮雲 … はかないことの喩え。『論語』述而篇に「不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し」(不義而富且貴、於我如浮雲)とある。ウィキソース「論語/述而第七」参照。
  • 何足問 … とやかく問題にするほどのこともない。
不如高臥且加餐
かず こうしてさんくわえんには
  • 不如 … 「~にしかず」と読み、「~には及ばない」「~の方がよい」と訳す。
  • 高臥 … 世を避けて悠々と暮らすこと。『晋書』謝安伝に「卿かさねて朝旨にたがい、東山に高臥す」(卿累違朝旨、高臥東山)とあるのに基づく。朝旨は、天子のお考え。ウィキソース「晉書/卷079」参照。
  • 且 … ここでは、「ひとまず」の意。
  • 加餐 … 食事をたくさん取って健康に気をつけること。「健康に気をつけなさい」というような意味に用いる。「古詩十九首」(其一)に「努力して餐飯さんぱんを加えよ」(努力加餐飯)とあるのに基づく。ウィキソース「行行重行行」参照。
  • 餐 … 『静嘉堂本』『四部叢刊本』『顧可久注本』『文苑英華』では「飡」に作る。異体字。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻五(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百二十八(中華書局、1960年)
  • 『王右丞文集』巻三(静嘉堂文庫蔵、略称:静嘉堂本)
  • 『王摩詰文集』巻五(書韻楼叢刊、上海古籍出版社、2003年、略称:蜀刊本)
  • 『須渓先生校本唐王右丞集』巻三(『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:四部叢刊本)
  • 顧起経注『類箋唐王右丞詩集』巻八(台湾学生書局、1970年、略称:顧起経注本)
  • 顧可久注『唐王右丞詩集』巻三(『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:顧可久注本)
  • 趙殿成注『王右丞集箋注』巻十(中国古典文学叢書、上海古籍出版社、1998年、略称:趙注本)
  • 『唐詩品彙』巻八十三([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩解』巻四十二(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『古今詩刪』巻十六(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収)
  • 『文苑英華』巻二百五十(影印本、中華書局、1966年)
  • 松浦友久編『校注 唐詩解釈辞典』大修館書店、1987年
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