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勅賜百官桜桃(王維)

勅賜百官櫻桃
ちょくしてひゃくかん桜桃おうとうたま
おう
  • 七言律詩。蘭・殘・盤・寒(上平声寒韻)。
  • ウィキソース「敕賜百官櫻桃」参照。
  • 詩題 … 『全唐詩』には、題下に「時に文部郎たり」(時爲文部郎)と注する。『静嘉堂本』『蜀刊本』『四部叢刊本』『顧可久注本』『趙注本』『唐詩品彙』『王維集校注』には、題下に「時に文部郎中たり」(時爲文部郎中)と注する。文部は、百官の人事などを掌った吏部のこと。天宝十一載(752)、吏部が文部に改称された。至徳二載(757)、もとに戻した。『新唐書』百官志、尚書省吏部の条に「天宝十一載、吏部を改めて文部と曰う、至徳二載、旧に復す」(天寶十一載改吏部曰文部、至德二載復舊)とある。ウィキソース「新唐書/卷046」参照。
  • 勅 … 勅命。
  • 百官 … 多くのいろいろな役の役人。『易経』繋辞下伝に「百官以て治まり、万民以てあきらかなり」(百官以治、萬民以察)とある。ウィキソース「易傳/繫辭下」(第二章)参照。
  • 桜桃 … 和名ユスラウメ。一名、含桃。ウィキペディア【ユスラウメ】参照。『本草綱目』果之二、桜桃の条に「桜桃は樹甚だしくは高からず。春の初め白き花を開く。しげはなびらは雪の如し。葉はまるくして、とがり及び細歯有り。を結ぶこと一枝に数十、三月熟する時須らく守護すべし、しからずんば則ち鳥くらいてのこすこと無きなり」(櫻桃樹不甚高。春初開白花。繁英如雪。葉團、有尖及細齒。結子一枝數十顆、三月熟時須守護、否則鳥食無遺也)ある。ウィキソース「本草綱目/果之二」参照。
  • 賜 … 天子から下賜される。唐代、陰暦四月一日、宮中では内苑の桜桃を採って宗廟に供える儀式があり、それが終わると百官に下賜されたという。『礼記』がつりょう篇、仲夏之月の条に「天子乃ちひなを以てしょむ。すすむるに含桃を以てし、先ず寝廟にすすむ」(天子乃以雛嘗黍。羞以含桃、先薦寢廟)とある。ウィキソース「禮記/月令」参照。
  • 王維 … 699?~761。盛唐の詩人、画家。太原(山西省)の人。あざなきつ。開元七年(719)、進士に及第。安禄山の乱で捕らえられたが事なきを得、乱後は粛宗に用いられてしょうじょゆうじょう(書記官長)まで進んだので、王右丞とも呼ばれる。また、仏教に帰依したため、詩仏と称される。『王右丞文集』十巻がある。ウィキペディア【王維】参照。
芙蓉闕下會千官
ようけつ 千官せんかんかい
  • 芙蓉闕 … 天子の宮殿を指す。芙蓉(蓮の花)に喩えて言ったもの。闕は、宮殿の門。または、天子のいる所。南朝梁の車の楽府「洛陽道」(『楽府詩集』巻二十三)に「ちょうかん いんの如く、双闕そうけつ 芙蓉に似たり」(重關如隱起、雙闕似芙蓉)とある。重関は、二重になったかんぬき。隠起は、浮き彫り。双闕は、宮殿の門外に建てられた一対の望楼。ウィキソース「樂府詩集/023卷」参照。また北周の庾信「終南山に駕幸するに陪し、宇文内史に和す」詩に「長虹 瀑布ならび、円闕 ふたつながら芙蓉」(長虹雙瀑布、圓闕兩芙蓉)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷125」参照。
  • 下 … もと。
  • 千官 … 大勢の役人。「百官」に同じ。『呂氏春秋』審分覧、君守篇に「大聖たいせいこと無くして、千官、能を尽くす」(大聖無事、而千官盡能)とある。大聖は、偉大なる聖王。無事は、自ら手を下さないこと。能は、職能。ウィキソース「呂氏春秋/卷十七」参照。
  • 会 … 集める。
紫禁朱櫻出上蘭
きん朱桜しゅおう 上蘭じょうらん
  • 紫禁 … 天子の住む宮殿。天帝のいる所とされる紫微宮になぞらえている。劉宋の謝荘「宋の孝武の宣貴妃のるい」(『文選』巻五十七)に「さい瑶光ようこうおおい、を紫禁に収む。嗚呼ああ哀しいかな」(掩綵瑤光、收華紫禁。嗚呼哀哉)とあり、李善の注に「王者の宮は、以て紫微にかたどる、故に宮中を謂いて紫禁と為す」(王者之宮、以象紫微、故謂宮中爲紫禁)とある。誄は、死者の生前の徳行や功績をほめ称えた言葉。綵は、彩り。瑶光は、宣貴妃の御殿の名。瑶光殿。華は、華やかさ。ウィキソース「昭明文選/卷57」「六臣註文選 (四庫全書本)/卷57」参照。
  • 朱桜 … 桜桃。西晋の左思「蜀都の賦」(『文選』巻四)に「朱桜はる熟し、だいなつ成る」(朱櫻春熟、素柰夏成)とある。素柰は、白いからなし(りんごに似た実のなる木)。ウィキソース「蜀都賦 (左思)」参照。
  • 上蘭 … 漢代、上林苑の中にあった御殿の名。上蘭観。ここでは、唐の宮苑を指す。『三輔黄図』巻四、苑囿、漢上林苑の条に「上林苑は昆明観に有り、武帝置く。又た繭観、平楽観、遠望観、燕昇観、観象観、便門観、白鹿観、三爵観、陽禄観、陰徳観、鼎郊観、樛木観、椒唐観、魚鳥観、元華観、走馬観、柘観、上蘭観、郎池観、当路観有り、皆上林苑に在り」(上林苑有昆明觀、武帝置。又有繭觀、平樂觀、遠望觀、燕昇觀、觀象觀、便門觀、白鹿觀、三爵觀、陽祿觀、陰德觀、鼎郊觀、樛木觀、椒唐觀、魚鳥觀、元華觀、走馬觀、柘觀、上蘭觀、郎池觀、當路觀、皆在上林苑)とある。ウィキソース「三輔黃圖/卷之四」参照。また『大清一統志』西安府に「上蘭観は長安県の西に在り」(上蘭觀在長安縣西)とある。ウィキソース「欽定大清一統志 (四庫全書本)/卷179」参照。また後漢の班固「西都の賦」(『文選』巻一)に「遂に酆鄗ほうこうめぐり、上蘭を」(遂繞酆鄗、歷上蘭)とある。酆は、周の文王の都。鄗は、周の武王の都。ウィキソース「西都賦」参照。また後漢の張衡「西京の賦」(『文選』巻二)に「りょれんつらね、塁壁るいへきを上蘭に正す」(陳虎旅於飛廉、正壘壁乎上蘭)とある。虎旅は、ほん旅賁りょほん。ともに官名で、武勇をもって天子を守り、反乱を防ぐ役。飛廉は、観の名。塁壁は、とりでの壁。ここでは、それを守る兵士を指す。ウィキソース「西京賦」参照。
  • 蘭 … 『唐詩品彙』では「闌」に作る。
  • 出 … (桜桃が上蘭観より)出たものだ。捧げられたものだ。
纔是寢園春薦後
はじめて寝園しんえん しゅんせんのち
  • 纔 … ここでは「はじめて」と読み、「~したばかり」と訳す。『全唐詩』には「一作總」と注する。『静嘉堂本』『四部叢刊本』『顧可久注本』『趙注本』『唐詩品彙』『唐詩解』では「總(緫・揔)」に作る。『顧起経注本』では「總」に作り、「一作纔」と注する。
  • 寝園 … 天子の霊を祀る所。寝廟。『漢書』韋賢伝に「各〻寝園有り、諸帝と合す、およそ三十所」(各有寢園、與諸帝合、凡三十所)とある。ウィキソース「漢書/卷073」参照。
  • 春薦 … 春の祭祀の供物。『史記』叔孫とう伝に「孝恵帝曾て春に出でて離宮に遊ぶ。叔孫生曰く、古えは春に果をむること有り。方にいま桜桃孰す。献ず可し。願わくは陛下出でて、因りて桜桃を取り宗廟に献ぜよ、と。しょう乃ち之を許す。諸〻の果のけん此れより興る」(孝惠帝曾春出遊離宮。叔孫生曰、古者有春嘗果。方今櫻桃孰。可獻。願陛下出、因取櫻桃獻宗廟。上乃許之。諸果獻由此興)とある。ウィキソース「史記/卷099」参照。また『説苑』修文篇に「春はきゅうらんすすめ、夏は麦魚ばくぎょを薦め、秋は黍豚しょとんを薦め、冬は稲雁とうがんを薦む」(春薦韭卵、夏薦麥魚、秋薦黍豚、冬薦稻鴈)とある。韭卵は、にらと卵。黍豚は、きびと豚。ウィキソース「說苑/卷19」参照。
非關御苑鳥銜殘
御苑ぎょえん ちょうかんのこりにかかわるにあら
  • 御苑 … 宮中の庭園。『新唐書』ちょうえつ伝に「御苑は東西二十里、外にしょうえん扃禁けいきん無く、内に榛叢しんそう渓谷有り」(御苑東西二十里、外無墻垣扃禁、内有榛叢溪谷)とある。墻垣は、垣根。扃禁は、禁中。宮中。榛叢は、はしばみの茂み。転じて、藪。ウィキソース「新唐書/卷125」参照。
  • 鳥銜 … 鳥がついばむ。『呂氏春秋』仲夏紀に「すすむるに含桃を以てす」(羞以含桃)とあり、高誘の注に「羞は、含桃を進むるなり。櫻桃は、鶯鳥の含み食らう所なり、故に含桃を言う」(羞、進含桃。櫻桃、鶯鳥所含食、故言含桃)る。ウィキソース「呂氏春秋 (四部叢刊本)/卷第五」参照。
  • 銜 … 『顧起経注本』では「嗛」に作る。同義。『唐詩解』では「啣」に作る。異体字。
  • 残 … 食べ残した物。
  • 非関 … ~とは関係がない。南朝梁の簡文帝「秋閨夜思」詩(『玉台新詠』巻七)に「長信の別に関するに非ず、なんぞ是れ良人くならん」(非關長信別、詎是良人征)とある。長信は、長信宮。漢の成帝の皇太后の御所。班婕妤が成帝の寵愛を失い、ここへ移り住んだ。ウィキソース「秋閨夜思」参照。
歸鞍競帶靑絲籠
あんきそうてぶ せいかご
  • 帰鞍 … 家へ帰る人々の馬の鞍。北周の庾信「画屛風を詠ず詩二十五首」(其一)に「帰鞍 日のるるを畏れ、そう 河橋を上る」(歸鞍畏日晩、爭路上河橋)とある。争路は、道を急ぐこと。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷127」参照。
  • 青糸籠 … 青い糸をより合わせたひもをつけ、さげるようにした籠。古楽府「陌上桑」(『玉台新詠』では「日は東南のすみに出づるのこう」に作る)に「青糸をばろうじょうと為し、桂枝をば籠鉤ろうこうと為す」(青絲爲籠繩、桂枝爲籠鉤)とある。陌上桑は、道のほとりの桑。籠縄は、籠のひも。「籠系」に作るテキストもある。籠鉤は、籠の取っ手。ウィキソース「樂府詩集/028卷」「日出東南隅行 (豔歌羅敷行)」参照。
中使頻傾赤玉盤
ちゅう使しきりにかたむく せきぎょくばん
  • 中使 … 天子近習の使役人。多くは宦官。『後漢書』宦者列伝に「凡そ詔して徴求する所は、皆西園のすうをして密かにやくちょくせしめ、号して中使と曰う」(凡詔所徴求、皆令西園騶密約勑、號曰中使)とある。騶は、馬飼い。ウィキソース「後漢書/卷78」参照。また南朝梁の沈約「斉のもとの安陸昭王の碑文」(『文選』巻五十九)に「膳を勉め哭を禁じ、中使は相望む」(勉膳禁哭、中使相望)とある。ウィキソース「齊故安陸昭王碑文」参照。
  • 赤玉盤 … 赤いぎょくで作った皿。後漢の明帝が月夜に酒宴を開いたとき、給仕人が赤い玉の皿に桜桃を盛って出したため、月の光で赤一色に見えたという故事を踏まえる。『太平御覧』に引く『拾遺録』に「漢の明帝、月夜にえんし、群臣桜桃を賜う。盛るに赤瑛の盤を以てす。群臣之を月下に視、以て空盤と為す。帝之を笑う」(漢明帝於月夜讌、賜群臣櫻桃。盛以赤瑛盤。群臣視之月下、以爲空盤。帝笑之)とある。ウィキソース「太平御覽/0969」参照。
飽食不須愁内熱
ほうしょくするも内熱ないねつうれうるをもちいず
  • 飽食 … 食べ過ぎても。『孟子』滕文公上篇に「飽食だん、逸居して教えらるる無ければ、則ち禽獣に近し」(飽食煖衣、逸居而無教、則近於禽獸)とある。ウィキソース「孟子/滕文公上」参照。
  • 内熱 … 体内に発する熱。桜桃を食べ過ぎると発熱するという。『本草綱目』果之二、桜桃の条に「桜桃は火に属して土有り、性大いに熱くして湿を発す。と熱病及び喘嗽ぜいそう有る者、之を得れば立ちどころに病み、且つ死する者有り」(櫻桃屬火而有土、性大熱而發濕。舊有熱病及喘嗽者、得之立病、且有死者也)とある。ウィキソース「本草綱目/果之二」参照。また『荘子』人間世篇に「今、吾あしたに命を受けてゆうべに氷を飲む。我其れうちあつきか」(今、吾朝受命而夕飮冰。我其內熱與)とある。ウィキソース「莊子/人間世」参照。
  • 愁 … 心配する。『全唐詩』『顧起経注本』には「一作憂」と注する。『文苑英華』では「憂」に作り、「集作愁」と注する。
  • 不須 … 「~(する)をもちいず」と読み、「~する必要はない」と訳す。
大官還有蔗漿寒
大官たいかんにはしょ漿しょうかん
  • 大官 … 宮中の料理番。太官とも。『漢書』百官公卿表、少府の条に「少府は、秦官なり。山海池沢の税をつかさどって、以て共養に給す。六丞有り、属官は尚書・符節・太医・太官・湯官・導官・楽府・若盧・考工室・よく・居室・甘泉居室・左右司空・東織・西織・東園匠の十二官の令・丞有り」(少府、秦官。掌山海池澤之稅、以給共養。有六丞、屬官有尚書、符節、太醫、太官、湯官、導官、樂府、若盧、考工室、左弋、居室、甘泉居室、左右司空、東織、西織、東園匠十二官令丞)とあり、師古の注に「太官は、膳食をつかさどる」(太官、主膳食)とある。膳食は、食事。ウィキソース「漢書/卷019」参照。
  • 大 … 『静嘉堂本』『蜀刊本』『文苑英華』では「太」に作る。
  • 還 … このほかにまた。
  • 蔗漿 … 甘蔗かんしょ(さとうきび)から取った汁。砂糖水。熱を冷まし、酒の酔いにも効く清涼飲料として用いられたという。『楚辞』招魂に「べつこうき、しゃ漿しょう有り」(胹鼈炮羔、有柘漿些)とある。鼈は、すっぽん。胹は、煮る。羔は、子羊。炮は、焼く。柘漿は、甘蔗の汁。蔗漿に同じ。些は、助字。ウィキソース「楚辭/招䰟」参照。また「漢の郊祀歌十九章」(十二 景星、『楽府詩集』巻一、『漢書』礼楽志)に「泰尊たいそんしゃ漿しょう ちょうていく」(泰尊柘漿析朝酲)とある。泰尊は、大きい樽。朝酲は、二日酔い。ウィキソース「景星」「漢書/卷022」参照。
  • 蔗 … 『文苑英華』では「柘」に作り、「集作蔗」と注する。
  • 寒 … 熱を冷ますこと。『本草綱目』果之五、甘蔗かんしょの条に「蔗は、脾の果なり。其の漿は甘寒にして、能く火熱をくだす」(蔗、脾之果也。其漿甘寒、能瀉火熱)とある。ウィキソース「本草綱目/果之五」参照。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻五(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百二十八(中華書局、1960年)
  • 『王右丞文集』巻二(静嘉堂文庫蔵、略称:静嘉堂本)
  • 『王摩詰文集』巻四(書韻楼叢刊、上海古籍出版社、2003年、略称:蜀刊本)
  • 『須渓先生校本唐王右丞集』巻二(『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:四部叢刊本)
  • 顧起経注『類箋唐王右丞詩集』巻八(台湾学生書局、1970年、略称:顧起経注本)
  • 顧可久注『唐王右丞詩集』巻二(『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:顧可久注本)
  • 趙殿成注『王右丞集箋注』巻十(中国古典文学叢書、上海古籍出版社、1998年、略称:趙注本)
  • 『唐詩品彙』巻八十三([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩別裁集』巻十三(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『古今詩刪』巻十六(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収)
  • 『文苑英華』巻三百二十六(影印本、中華書局、1966年)
  • 『唐詩解』巻四十二(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 陳鐵民校注『王維集校注(修訂本)』巻四(中国古典文学基本叢書、中華書局、2018年)
歴代詩選
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唐詩選
巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
巻三 五言律詩 巻四 五言排律
巻五 七言律詩 巻六 五言絶句
巻七 七言絶句
詩人別
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た行 は行 ま行
や行 ら行