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塞下曲(李白)

塞下曲
さいきょく
はく
  • 五言律詩。家・沙・花・嗟(平声麻韻)。
  • ウィキソース「塞下曲 (塞虜乘秋下)」参照。
  • 詩題 … 六首連作の第五首。『劉本』では題下に「一本云五篇」との注がある。『唐詩品彙』『唐詩別裁集』『古今詩刪』『唐詩解』では「塞下曲三首 其三」に作る。『唐宋詩醇』では「塞下曲二首 其二」に作る。
  • 塞下曲 … 新楽府題。塞下は、辺境のとりでのあたりの意。『楽府詩集』巻九十二・新楽府辞・楽府雑題に収める楽曲の名。辺塞での戦闘や兵士の望郷の思いを詠う。古楽府の「出塞」「入塞」に似たもの。
  • この詩は、辺塞に従軍する兵士の労苦を詠んだもの。安旗主編『新版 李白全集編年注釋』(巴蜀書社、2000年)によると、天宝二年(743)、四十三歳の作。
  • 李白 … 701~762。盛唐の詩人。あざなは太白。蜀の隆昌県青蓮郷(四川省江油市青蓮鎮)の人。青蓮居士と号した。科挙を受験せず、各地を遊歴。天宝元年(742)、玄宗に召されて翰林かんりん供奉ぐぶ(天子側近の文学侍従)となった。しかし、玄宗の側近で宦官の高力士らに憎まれて都を追われ、再び放浪の生活を送った。杜甫と並び称される大詩人で「詩仙」と仰がれた。『李太白集』がある。ウィキペディア【李白】参照。
塞虜乘秋下
塞虜さいりょ あきじょうじてくだ
  • 塞虜 … 辺境の異民族。辺境の夷狄。虜は、敵を罵っていう言葉。
  • 乗秋下 … 秋の季節に乗じて侵入してくる。匈奴は騎馬民族なので、秋になると馬が肥えてたくましくなり、また農作物の収穫もねらえるので侵入してくる。匈奴は西方の高地にいたので、くだるという。『唐詩解』に引く『漢書』に「匈奴秋に至りて、馬肥え弓つよし。則ち塞に入る」(匈奴至秋、馬肥弓勁。則入塞)とあるが、現行本には見当たらない。
天兵出漢家
天兵てんぺい かん
  • 天兵 … 天子の軍隊。官軍。楊雄の「長楊の賦」(『文選』巻九)に「夫れ天兵もに臨み、幽都先ず加えらる」(夫天兵四臨、幽都先加)とあり、李善の注に「天兵とは、言うこころは兵威の盛んなること天の如きなり」(天兵、言兵威之盛如天也)とある。幽都は、北の果ての土地。ここでは匈奴を指す。ウィキソース「昭明文選/卷9」参照。
  • 漢家 … 漢の朝廷。漢の王室。実際は唐の朝廷を指すが、全体を漢代のこととして歌っているので、こういう。
  • 出 … 出兵する。
將軍分虎竹
しょうぐん ちくわか
  • 虎竹 … 銅虎符と竹使符。ともに兵を発するときに用いた漢代の割り符。銅虎符は、銅製で虎の形をした割符。竹使符は、竹製または銅製で竹片の形をした割符。右半分を朝廷に保存し、左半分を将軍に与え、後日、朝廷の使者が命令を伝えに出向いたときに符を合わせて確認させた。『漢書』文帝紀に「(二年)九月、初めて郡守にあたえて銅虎符・竹使符をつくる」(九月、初與郡守爲銅虎符竹使符)とある。ウィキソース「漢書/卷004」参照。その注に「おうしょう曰く、銅虎符は第一より第五に至る。国家兵を発し使者を遣わすに当たり、郡に至りて符を合わせ、符合すれば乃ち聴いて之を受く。竹使符は皆竹箭五枚を以てす。長さ五寸、篆書を鐫刻せんこくす。第一より第五に至る。張晏曰く、符は以て古のけいしょうに代う。簡易に従うなり。師古曰く、郡守にあたえて符をつくるとは、おもえらく各〻其の半ばを分かち、右は京師に留め、左は以て之を与う」(應劭曰、銅虎符第一至第五。國家當發兵遣使者、至郡合符、符合乃聽受之。竹使符皆以竹箭五枚。長五寸、鐫刻篆書。第一至第五。張晏曰、符以代古之圭璋。從簡易也。師古曰、與郡守爲符者、謂各分其半、右留京師、左以與之)とある。『漢書評林』巻四(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また鮑照の「擬古三首 其の一」(『文選』巻三十一)に「我がいつの白羽を留めて、将に以て虎竹を分たんとす」(留我一白羽、將以分虎竹)とある。ウィキソース「擬古三首 (鮑照)」参照。
  • 分 … 分け与えられる。
戰士臥龍沙
せん りゅう
  • 戦士 … 戦場で戦う兵士。
  • 竜沙 … 白竜堆の沙漠のこと。白竜堆は、今の新疆ウイグル自治区東部、ロプノール湖の東にある砂漠を指す。『後漢書』班梁列伝の賛に「葱雪そうせつたんし、竜沙をせきとす」(坦步葱雪、咫尺龍沙)とあり、その注に「(葱雪は)葱領そうれい・雪山。(竜沙は)白竜堆の沙漠なり」(葱領雪山。白龍堆沙漠也)とある。坦歩は、安らかに歩くこと。咫尺は、ごく近い距離のこと。葱領は、中央アジアのパミール高原の中国名。ウィキソース「後漢書/卷47」参照。また『漢書』西域伝に「楼蘭国は最も東垂に在り、漢に近く、白竜堆に当り、水・草に乏し」(樓蘭國最在東垂、近漢、當白龍堆、乏水草)とある。ウィキソース「漢書/卷096上」参照。
  • 臥 … 起臥する。寝起きする。露営する。『文苑英華』では「泣」に作り、「一作臥」とある。
邊月隨弓影
辺月へんげつ きゅうえいしたが
  • 辺月 … 辺境の地を照らす月。
  • 随弓影 … 弓の影のあとに随う。要塞の上に傾く三日月が、手に持っている弓といっしょに細く冴えわたっている様子。
胡霜拂劒花
そう けんはら
  • 胡霜 … 胡地(北方や西方の遊牧民族が住む地方)の霜。鮑照の「出自薊北門行」(『文選』巻二十八)に「しょうは漢思を流し、旌甲せいこうは胡霜をこうむる」(簫鼓流漢思、旌甲被胡霜)とある。ウィキソース「昭明文選/卷28」参照。
  • 剣花 … 剣のやいばの美しい光。『越絶書』に「手振り払い、其の華を揚ぐれば、つこと芙蓉の始めて出ずるが如く、其のへきを観れば、爛たること列星の行くが如し」(手振拂、揚其華、捽如芙蓉始出、觀其釽、爛如列星之行)とある。釽は、にえ。刀身にあらわれた文様。ウィキソース「越絕書/卷十一」参照。また明余慶の「従軍行」(『古詩源』隋詩)に「剣花寒くして落ちず、弓月あかつき逾〻いよいよ明らかなり」(劍花寒不落、弓月曉逾明)とある。ウィキソース「從軍行 (明餘慶)」参照。また李白の「胡無人」に「流星はく腰間ようかんはさみ、剣花しゅうれんひかりはこづ」(流星白羽腰間插、劍花秋蓮光出匣)とある。ウィキソース「胡無人」参照。
玉關殊未入
ぎょくかん こといまらず
  • 玉関 … 玉門関。漢代に建立された故関(古い関所)は甘粛省敦煌の西にあった。六朝期に200キロ東に移され、今の甘粛省瓜州県の東に置かれた。『元和郡県図志』隴右道下、沙州の条に「玉門の故関は、県の西北一百一十七里に在り」(玉門故關、在縣西北一百一十七里)とある。また瓜州の条に「玉門関は、県の東二十歩に在り」(玉門關、在縣東二十步)とある。ウィキソース「元和郡縣圖志/卷40」参照。ウィキペディア【玉門関】参照。『中国歴史地図集 第五冊』(地図出版社、1982年、国学导航「隴右道東部」59~60頁、玉門故関④3・玉門関④6)参照。
  • 殊 … とても。次の否定を示す言葉を強調する語。
  • 未入 … まだ入って来られるものではない。ここでは、後漢の名将、班超(32~102)が西域都護として長く西域をあったが、年老いたため、生きて玉門関に入りたいと帝に願った故事を踏まえる。『後漢書』班超伝に「じょうして曰く、……臣、敢えて酒泉郡に到ることを望まず、但だ願わくは生きて玉門関に入らんことを」(上疏曰、……臣不敢望到酒泉郡、但願生入玉門關)とあり、李賢の注に「玉門関は敦煌郡に属す。今の沙州なり。長安を去ること三千六百里、関は敦煌県の西北に在り」(玉門關屬敦煌郡。今沙州也。去長安三千六百里、關在敦煌縣西北)とある。ウィキソース「後漢書/卷47」参照。また『漢書』李広利伝に「太初元年(前104)、広利を以て弐師将軍と為す、……使いをして上書せしめて言わく、……願わくは且く兵をめ、益発して復た往かん。天子之を聞いて、大いに怒り、使いをして玉門関をさえぎらしめ、曰く、軍敢えて入る有らば、之を斬れ、と」(太初元年、以廣利爲貳師將軍、……使使上書言、……願且罷兵、益發而復往。天子聞之、大怒、使使遮玉門關、曰、軍有敢入、斬之)とある。ウィキソース「漢書/卷061」参照。
少婦莫長嗟
しょう ちょうすることかれ
  • 少婦 … 年若い妻よ。
  • 莫長嗟 … そんなに深くため息をついて嘆きたもうな。
  • 長嗟 … 深くため息をついて嘆くこと。
  • 莫 … 「~(こと)なかれ」と読み、「~してはいけない」「~するな」と訳す。禁止の意を表す。「勿」も同じ。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻三(『漢文大系 第二巻』冨山房、1910年)
  • 『全唐詩』巻一百六十四(揚州詩局本縮印、上海古籍出版社、1985年)
  • 『李太白文集』巻五(静嘉堂文庫蔵宋刊本影印、平岡武夫編『李白の作品』所収、略称:宋本)
  • 『李太白文集』巻五(ぼくえつ重刊、雙泉草堂本、略称:繆本)
  • 『分類補註李太白詩』巻五(しょういん補注、内閣文庫蔵、略称:蕭本)
  • 『分類補註李太白詩』巻五(蕭士贇補注、郭雲鵬校刻、『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:郭本)
  • 『分類補註李太白詩』巻五(蕭士贇補注、許自昌校刻、『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:許本)
  • 『李翰林集』巻四(景宋咸淳本、劉世珩刊、江蘇広陵古籍刻印社、略称:劉本)
  • 『李太白全集』巻五(王琦編注、『四部備要 集部』所収、略称:王本)
  • 『楽府詩集』巻九十二・新楽府辞(北京図書館蔵宋刊本影印、中津濱渉『樂府詩集の研究』所収)
  • 『文苑英華』巻一百九十七(影印本、中華書局、1966年)
  • 『唐詩品彙』巻六十(汪宗尼本影印、上海古籍出版社、1981年)
  • 『唐詩別裁集』巻十(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『古今詩刪』巻十四(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、23頁)
  • 『唐詩解』巻三十三(清順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐宋詩醇』巻四(乾隆二十五年重刊、紫陽書院、内閣文庫蔵)
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