>   漢詩   >   唐詩選   >   巻三 五律   >   幸蜀西至剣門(玄宗皇帝)

幸蜀西至剣門(玄宗皇帝)

幸蜀西至劍門
蜀(しょく)に幸(みゆき)して西(にし)のかた剣門(けんもん)に至(いた)る
玄宗(げんそう)皇帝
  • 五言律詩。回・開・來・才(上平声灰韻)。
  • ウィキソース「幸蜀西至劍門」参照。
  • 蜀 … 今の四川省。ウィキペディア【四川省】参照。
  • 剣門 … 四川省北部にある山の名。剣閣があり、昔から要害の地とされた。
  • 玄宗 … 685~762。唐の第六代皇帝。在位712~756。姓名は李隆基、玄宗は死後つけられた廟号。治世の前半は善政を行い、開元の治といわれたが、天宝年間に入ると楊貴妃を愛して政治を怠り、安禄山の乱を招いた。ウィキペディア【玄宗 (唐)】参照。
劍閣橫雲峻
剣閣(けんかく) 雲(くも)に横(よこ)たわりて峻(けわ)しく
  • 剣閣 … 今の四川省剣閣県の東北、大剣山と小剣山の二つの山の要害。閣道(かくどう)(桟道)が架けられていることから。『水経注』漾水篇に「西、大剣を去ること三十里。連山絶険にして、飛閣通(つう)衢(く)す。故に之を剣閣と謂うなり」(西去大劒三十里。連山絶險、飛閣通衢。故謂之劒閣也)とある。ウィキソース「水經注/20」参照。また張載「剣閣の銘」(『文選』巻五十六)に「巌巌(がんがん)たる梁(りょう)山(ざん)、積石(せきせき)は峨峨(がが)たり。……惟(こ)れ蜀(しょく)の門(もん)、固(かた)めを作(な)し鎮(しず)めを作(な)す。是(これ)を剣閣(けんかく)と曰(い)い、壁(へき)立(りゅう)千仞(せんじん)なり。地(ち)の険(けわ)しさを窮(きわ)め、路(みち)の峻(けわ)しさを極(きわ)む。……一人(いちにん)戟(げき)を荷(にな)えば、万(ばん)夫(ぷ)も趑(し)趄(しょ)す。形(けい)勝(しょう)の地(ち)、親(しん)に匪(あら)ざれば居(お)らしむる勿(なか)れ」(巖巖梁山、積石峨峨。……惟蜀之門、作固作鎭。是曰劍閣、壁立千仞。窮地之險、極路之峻。……一人荷戟、萬夫趑趄。形勝之地、匪親勿居)とある。趑趄は、支えて止まること。突破できないこと。ウィキソース「劍閣銘」参照。
鑾輿出狩回
鑾(らん)輿(よ) 出(しゅつ)狩(しゅ)して回(かえ)る
  • 鑾輿 … 天子の乗る車。
  • 出狩 … 天子が地方を巡幸すること。
翠屛千仞合
翠屏(すいへい) 千仞(せんじん)合(がっ)し
  • 翠屏 … みどり色の屏風。崖をたとえていう。
  • 千仭 … 一仞(八尺)の千倍。非常に高いこと。
丹嶂五丁開
丹(たん)嶂(しょう) 五(ご)丁(てい)開(ひら)く
  • 丹嶂 … 赤い地肌をむき出した峰。丹は赤色。
  • 五丁 … 五人の壮士。
灌木縈旗轉
灌木(かんぼく) 旗(はた)を縈(めぐ)りて転(てん)じ
  • 灌木 … 群がりはえる木。叢木。
仙雲拂馬來
仙雲(せんうん) 馬(うま)を払(はら)いて来(きた)る
  • 仙雲 … めでたい雲。仙人が乗るという雲。
乘時方在德
時(とき)に乗(じょう)ずるは方(まさ)に徳(とく)に在(あ)り
嗟爾勒銘才
嗟(ああ) 爾(なんじ) 勒銘(ろくめい)の才(さい)
  • 嗟 … ああ、と嘆じることば。
  • 勒銘 … 彫刻した銘文。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻三(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻三(排印本、中華書局、1960年)
歴代詩選
古代 前漢
後漢 魏
晋 南北朝
初唐 盛唐
中唐 晩唐
北宋 南宋
金 元
明 清
唐詩選
巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
巻三 五言律詩 巻四 五言排律
巻五 七言律詩 巻六 五言絶句
巻七 七言絶句
詩人別
あ行 か行 さ行
た行 は行 ま行
や行 ら行