烏夜啼(李白)
烏夜啼
烏夜啼
烏夜啼
- 七言古詩。棲・啼(平声齊韻)、女・語(上声語韻)雨(上声麌韻)通押。
- ウィキソース「烏夜啼 (李白)」参照。
- 烏夜啼 … 楽府題の一つ。『楽府詩集』巻四十七・清商曲辞・西曲歌に属する。ウィキソース「樂府詩集/047卷」参照。遠くにいる夫や恋人を思う女性の嘆きを題材としたものが多い。南朝宋の臨川王の劉義慶(403~444)の作。義慶が江州刺史の時、彭城王の劉義康が流されて来て義慶に会い、ともに泣いた。それを聞いた文帝(劉義隆、義康の兄)は怪しみ、義慶を自宅謹慎にした。義慶は大いに恐れたが、側室の女性がカラスが夜啼くのを聞き、「明日は赦しがあるでしょう」と予言した。翌日その予言が当たった。そこで義慶は「烏夜啼」の歌を作ったという。『旧唐書』音楽志二に「烏夜啼は、宋の臨川王の義慶の作る所なり。元嘉十七年(440)、彭城王の義康を豫章に徙す。義慶時に江州を為む。鎮に至り、相見て哭く。帝の怪しむ所と為り、宅に徴し還す。大いに懼る。妓妾夜烏の啼く声を聞き、斎閣を扣いて云う、明日応に赦有るべし、と。其の年更めて南兗州の刺史と為る。此の歌を作る。故に其の和に云う、籠窓として窓開かず、烏夜啼く、夜夜郎の来るを望む」(烏夜啼、宋臨川王義慶所作也。元嘉十七年、徙彭城王義康于豫章。義慶時爲江州。至鎭、相見而哭。爲帝所怪、徴還宅。大懼。妓妾夜聞烏啼聲、扣齋閣云、明日應有赦。其年更爲南兗州刺史。作此歌。故其和云、籠窗窗不開、烏夜啼、夜夜望郎來)とある。ウィキソース「舊唐書/卷29」参照。
- この詩は、遠くにいる夫を思う女性の嘆きを詠んだもの。安旗主編『新版 李白全集編年注釋』(巴蜀書社、2000年)によると、天宝二年(743)、四十三歳の作。
- 李白 … 701~762。盛唐の詩人。字は太白。蜀の隆昌県青蓮郷(四川省江油市青蓮鎮)の人。青蓮居士と号した。科挙を受験せず、各地を遊歴。天宝元年(742)、玄宗に召されて翰林供奉(天子側近の文学侍従)となった。しかし、玄宗の側近で宦官の高力士らに憎まれて都を追われ、再び放浪の生活を送った。杜甫と並び称される大詩人で「詩仙」と仰がれた。『李太白集』がある。ウィキペディア【李白】参照。
黃雲城邊鳥欲棲
黄雲 城辺 鳥棲まんと欲し
- 黄雲 … 通常は黄塵を巻き上げた雲のこと。ここでは黄色がかった夕暮れの雲。黄昏どきの雲。江淹の「雑体詩三十首 古離別」(『文選』巻三十一、『玉台新詠』巻五)に「黄雲は千里を蔽う、遊子は何れの時にか還らん」(黄雲蔽千里、遊子何時還)とある。ウィキソース「古離別 (江淹)」参照。
- 城辺 … 町の周囲にある城壁のほとり。
- 辺 … 『王本』には「一作南」とある。
- 欲棲 … ねぐらにつこうとする。梁の簡文帝の「烏棲曲四首 其三」(『玉台新詠』巻九、『楽府詩集』巻四十八・清商曲辞・西曲歌)に「倡家の高樹烏棲まんと欲す、羅幃翠帳君に向って低る」(倡家高樹烏欲棲、羅幃翠帳向君低)とある。羅幃は、薄絹のとばり。翠帳は、翠羽(かわせみの羽)を飾ったかや。ウィキソース「烏棲曲 (蕭綱)」「樂府詩集/048卷」参照。『唐寫本唐人選唐詩』では「夜栖」に作る。
歸飛啞啞枝上啼
帰り飛んで 啞啞として枝上に啼く
- 帰飛 … 飛び帰ってきて。
- 啞啞 … カラスの鳴き声。カアカア。『淮南子』原道訓に「夫の烏の啞啞たる、鵲の唶唶たる、豈に嘗て寒暑燥溼の為に其の声を変ぜんや」(夫烏之啞啞、鵲之唶唶、豈嘗爲寒暑燥溼變其聲哉)とある。ウィキソース「淮南子/原道訓」参照。
- 枝上 … 枝の上で。
機中織錦秦川女
機中 錦を織る 秦川の女
- 機中 … 機を前にして。機の前では。機は、はた織り機。
- 機中織錦 … 『全唐詩』には「一作閨中織婦」とある。
- 秦川女 … 秦の地の女。秦川は、長安一帯の平野を指す言葉。前秦の苻堅(在位357~385)のとき、秦州(現在の甘粛省天水市)の刺史竇滔は西域の流砂の地に流された。彼の妻蘇蕙は機織り機で錦を織り、八百四十字から成る「廻文旋図の詩」(上から読んでも下から読んでも意味が通じる詩)をその中に織りこんで贈ったという故事を踏まえる。『晋書』列女伝に「竇滔の妻蘇氏は、始平の人なり。名は蕙、字は若蘭、善く文を属す。滔は苻堅の時に秦州の刺史と為り、流沙に徙さる。蘇氏之を思い、錦を織りて回文旋図の詩を為り、以て滔に贈る。宛転循環して以て之を読むに、詞甚だ淒惋たり。凡そ八百四十字、文多くして録さず」(竇滔妻蘇氏、始平人也。名蕙、字若蘭、善屬文。滔苻堅時為秦州刺史、被徙流沙。蘇氏思之、織錦為回文旋圖詩以贈滔。宛轉循環以讀之、詞甚淒惋。凡八百四十字、文多不錄)とある。ウィキソース「晉書/卷096」参照。また庾信の「烏夜啼」(『玉台新詠』巻九・宋版不収、『楽府詩集』巻四十七)に「琴を弾ず蜀郡卓家の女、錦を織る秦川竇氏の妻」(彈琴蜀郡卓家女、織錦秦川竇氏妻)とある。ウィキソース「烏夜啼 (庾信)」参照。
- 川 … 『全唐詩』には「一作家」とある。
- 機中織錦秦川女 … 『宋本』『繆本』『王本』『楽府詩集』には、この句に注して「一作閨中織婦秦家女」とある。
碧紗如煙隔窓語
碧紗 煙の如く 窓を隔てて語る
- 碧紗 … 青緑色の紗のカーテン。
- 紗 … 『唐写本唐人選唐詩』では「沙」に作る。
- 如煙 … もやのように薄く透けているさま。
- 煙 … 『唐詩選』『王本』『古今詩刪』『唐詩別裁集』『唐詩解』では「烟」に作る。異体字。
- 隔窓語 … 窓ごしに何か独り言を言っている。また、カラスに語りかけているとする解釈もある。
- 窓 … 『唐詩選』『許本』『唐詩品彙』『唐詩解』では「牕」に作る。『全唐詩』『才調集』では「窗」に作る。『宋本』『繆本』『劉本』『古今詩刪』では「䆫」に作る。『蕭本』『郭本』『唐文粋』では「牎」に作る。いずれも異体字。
停梭悵然憶遠人
梭を停めて悵然として遠人を憶い
- 梭 … 梭。機織りの道具。横糸を通す管のついている小さい舟形のもの。
- 停 … 機を織る手をとめること。
- 悵然 … 悲しみ嘆くさま。宋玉の「神女の賦」(『文選』巻十九)に「罔として楽しまず、悵然として志を失う」(罔兮不樂、悵然失志)とある。ウィキソース「神女賦 (宋玉)」参照。
- 然 … 『宋本』『繆本』には「一作望」とある。
- 遠人 … 遠く離れた、いとしい人。『詩経』斉風・甫田の詩に「遠人を思う無かれ、心を労すること忉忉たり」(無思遠人、勞心忉忉)とある。忉忉は、くよくよと悩むさま。ウィキソース「詩經/甫田」参照。
- 憶 … 思いおこす。思い出す。
- 悵然憶遠人 … 『全唐詩』には「一作向人問故夫」とある。『宋本』『繆本』には「一作問人憶故夫」とある。『唐写本唐人選唐詩』では「問人憶故夫」に作る。
獨宿孤房淚如雨
独り孤房に宿して 涙雨の如し
- 独宿 … 独り寝をすること。
- 孤房 … 人気のない寂しい部屋。夫のいない寂しい寝室。空房。空閨。
- 孤 … 『唐詩選』『唐詩品彙』『唐詩別裁集』『古今詩刪』『唐宋詩醇』では「空」に作る。『全唐詩』には「一作空」とある。
- 獨宿孤房 … 『唐写本唐人選唐詩』では「獨宿空床」に作る。『全唐詩』には「一作欲説遼西」とある。『宋本』『繆本』には「一作獨宿空堂、一作知在流沙」とある。
- 涙如雨 … 涙は雨のようにこぼれ落ちる。『詩経』邶風・燕燕の詩に「瞻望すれども及ばず、泣涕雨の如し」(瞻望弗及、泣涕如雨)とある。ウィキソース「詩經/燕燕」参照。また曹操の「善哉行三首 其二」(『古詩紀』巻二十一)に「惋嘆して涙雨の如し」(惋嘆淚如雨)とある。ウィキソース「善哉行 (曹操)」参照。
- 『宋本』『繆本』には、最後の二句に注して「一に梭を停め人に向かいて故夫を問い、関西に在るを知りて涙雨の如しに作る」(一作停梭向人問故夫、知在關西涙如雨)とある。
- 『楽府詩集』には、最後の二句に注して「一作停梭向人問故夫、欲説遼西涙如雨」とある。
- 『才調集』には、最後の二句に注して「一作停梭向人問故夫、知在流沙涙如雨」とある。
- 『王本』には、最後の二句に注して「一作停梭向人問故夫。知在關西涙如雨。又悵然憶遠人一作悵然望遠人。一作問人憶故夫。又獨宿孤房。一作獨宿空堂。一作知在流沙。一作欲説遼西」とある。
テキスト
- 『箋註唐詩選』巻二(『漢文大系 第二巻』冨山房、1910年)
- 『全唐詩』巻一百六十二(揚州詩局本縮印、上海古籍出版社、1985年)
- 『李太白文集』巻三(静嘉堂文庫蔵宋刊本影印、平岡武夫編『李白の作品』所収、略称:宋本)
- 『李太白文集』巻三(繆曰芑重刊、雙泉草堂本、略称:繆本)
- 『分類補註李太白詩』巻三(蕭士贇補注、内閣文庫蔵、略称:蕭本)
- 『分類補註李太白詩』巻三(蕭士贇補注、郭雲鵬校刻、『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:郭本)
- 『分類補註李太白詩』巻三(蕭士贇補注、許自昌校刻、『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:許本)
- 『李翰林集』巻三(景宋咸淳本、劉世珩刊、江蘇広陵古籍刻印社、略称:劉本)
- 『李太白全集』巻三(王琦編注、『四部備要 集部』所収、略称:王本)
- 『楽府詩集』巻四十七・清商曲辞(北京図書館蔵宋刊本影印、中津濱渉『樂府詩集の研究』所収)
- 『才調集』巻六(『唐人選唐詩新編』所収、 陝西人民教育出版社、1996年)
- 『唐写本唐人選唐詩』(『唐人選唐詩十種』所収、上海古籍出版社、1978年)
- 『唐文粋』巻十三(明嘉靖刊本、『四部叢刊 初篇集部』所収)
- 『唐詩品彙』巻二十六(汪宗尼本影印、上海古籍出版社、1981年)
- 『唐詩別裁集』巻六(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
- 『古今詩刪』巻十二(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、6頁)
- 『唐詩解』巻十二(清順治十六年刊、内閣文庫蔵)
- 『唐宋詩醇』巻二(乾隆二十五年重刊、紫陽書院、内閣文庫蔵)
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