臥薪嘗胆
臥薪嘗胆
- 出典:『十八史略』巻一・春秋戦国・呉(国立国会図書館デジタルコレクション「十八史畧 一」参照)、『史記』越王句践世家(嘗胆のみ)
- 解釈:目的達成のために努力し、苦しい試練を自分に課すること。「臥薪」は薪の上に寝ること。「嘗胆」は獣の苦い胆をなめること。呉王夫差は父のあだを討つため薪の上に寝て勇猛心を奮い起し、ついに越王勾践を降伏させた。その後、負けた勾践は苦い胆をなめて屈辱を思い出し、ついに夫差を滅ぼしたという故事から。
- 十八史略 … 七巻。元の曾先之撰。『史記』から『新五代史』までの十七の正史に、宋代の史書を加えて十八史とし、その概要を編年体でまとめたもの。史料的価値はほとんどないが、我が国では初学者のための入門書として広く読まれており、特に江戸時代には『論語』『唐詩選』とともに、初学者の必読書とされた。ウィキペディア【十八史略】参照。
〔十八史略、春秋戦国、呉〕
闔廬擧伍員、謀國事。
闔廬擧伍員、謀國事。
闔廬伍員を挙げて国事を謀らしむ。
員、字子胥、楚人伍奢之子。
員、字は子胥、楚人伍奢の子なり。
奢誅而奔呉、以呉兵入郢。
奢誅せられて呉に奔り、呉の兵を以いて郢に入る。
呉伐越、闔廬傷而死。
呉、越を伐ち、闔廬傷つきて死す。
- 越 … 春秋時代にあった国。越王勾践の頃、最も栄えた。ウィキペディア【越】参照。
子夫差立。
子の夫差立つ。
- 夫差 … 呉の王。闔廬の子。ウィキペディア【夫差】参照。
- 立 … 呉王の位につく。
子胥復事之。
子胥復た之に事う。
- 復 … 「また」と読み、「もう一度」「再び」と訳す。
- 事之 … 夫差に仕える。「事」は「仕」と同じ。「之」は夫差を指す。
夫差志復讎、朝夕臥薪中。
夫差讎を復せんと志し、朝夕薪中に臥す。
- 志復讎 … 亡き父闔廬のあだを討とうと思って。「讎」は、あだ。かたき。
- 朝夕 … 朝晩。
- 薪中 … たきぎの上。
- 臥 … 寝起きする。
出入使人呼曰、夫差、而忘越人之殺而父邪。
出入するに人をして呼ばしめて曰く、夫差、而は越人の而の父を殺ししを忘れたるか、と。
- 出入使人呼 … 出入りするたびに家臣に命じて。「使人呼」は使役形「使AB」。「AをしてB(せ)しむ」と読み、「AにBさせる」と訳す。
- 而 … 「なんじ」と読み、「おまえ」と訳す。
- 越人 … ここでは「越の人」というより「越の奴ら」。
- 邪 … 「か」と読み、「~か」と訳す。疑問の意を示す。
周敬王二十六年、夫差敗越于夫椒。
周の敬王二十六年、夫差、越を夫椒に敗る。
- 周敬王二十六年 … 紀元前494年。夫差が即位したのが紀元前495年なので、即位してから二年目の年。
- 于 … 置き字。場所を表す。
- 夫椒 … 山名。
越王句踐、以餘兵棲會稽山、請爲臣妻爲妾。
越王句践、余兵を以て会稽山に棲み、臣と為り妻は妾と為らんと請う。
子胥言、不可。
子胥言う、不可なり、と。
- 不可 … いけません。殺してしまったほうがいい。
太宰伯嚭受越賂、説夫差赦越。
太宰伯嚭、越の賂を受け、夫差に説いて越を赦さしむ。
- 太宰 … 宰相。
- 伯嚭 … 楚の大臣。呉王の夫差に仕えて、忠臣伍子胥を無実の罪におとしいれた。ウィキペディア【伯ヒ】参照。
- 賂 … 「まいない」と読む。賄賂。
- 説 … 説得する。
句踐反國、懸膽於坐臥、即仰膽嘗之曰、女忘會稽之恥邪。
句践国に反り、胆を坐臥に懸け、即ち胆を仰ぎ之を嘗めて曰く、女、会稽の恥を忘れたるか、と。
- 反 … 帰る。
- 胆 … 肝臓の右下にあり、胆汁をたくわえる器官。極めて苦いものである。
- 坐臥 … 寝起きする所。
- 仰 … 見上げて。
- 嘗之 … 胆をなめて。
- 女 … お前。「汝」に同じ。
- 会稽之恥 … 会稽山で受けた敗戦の恥。
擧國政屬大夫種、而與范蠡治兵、事謀呉。
国政を挙げて大夫種に属し、而して范蠡と兵を治め、呉を謀ることを事とす。
- 挙 … すべて。ことごとく。
- 大夫 … 家老。
- 種 … 大夫の種。姓は文、名は種。
- 属 … 「しょくす」と読む。任せる。委嘱する。
- 范蠡 … 越王勾践に仕えた功臣。字は少伯。ウィキペディア【范蠡】参照。
- 治兵 … 軍隊を訓練する。
- 事謀呉 … 呉を打ち滅ぼす計画に専念する。「謀」は計画する。「事」は「こととす」と読み、「専念する」と訳す。
太宰嚭譖子胥恥謀不用怨望。
太宰嚭、子胥謀の用いられざるを恥じて怨望すと譖す。
- 謀不用 … 子胥の進言が呉王夫差に聞き入れられなかったこと。
- 恥 … 不名誉に思う。
- 怨望 … 恨みに思うこと。
- 譖 … 告げ口を言う。そしる。中傷する。
夫差乃賜子胥屬鏤之劍。
夫差乃ち子胥に属鏤の剣を賜う。
- 乃 … 「すなわち」と読み、「そこで」と訳す。
- 属鏤之剣 … 名剣の名。臣下が主君から剣を与えられるということは、その剣を用いて自殺せよと命じられたことを意味する。
- 賜 … 目上の人が目下の者に物を与える。または、命令を下す。
子胥告其家人曰、必樹吾墓檟。
子胥其の家人に告げて曰く、必ず吾が墓に檟を樹えよ。
- 家人 … 家族。
- 檟 … 木の名。ひさぎ。昔、棺をつくるのに用いられた。
- 樹 … 植える。「植」と同じ。
檟可材也。
檟は材とす可きなり。
- 材 … 棺の材料。
- 可 … 「べし」と読み、ここでは「~できる」と訳す。
抉吾目、懸東門。
吾が目を抉りて、東門に懸けよ。
- 東門 … 呉の都の東の門。越が東から攻めてくるから。
以觀越兵之滅呉。
以て越兵の呉を滅ぼすを観ん、と。
- 以 … ここでは「東門に掛けた自分の目で」という意。
乃自剄。
乃ち自剄す。
- 自剄 … 自分で自分の首をはねて死ぬこと。「自ら剄る」と読んでもよい。
夫差取其尸、盛以鴟夷、投之江。
夫差其の尸を取り、盛るに鴟夷を以てし、之を江に投ず。
- 尸 … 人間の死体。しかばね。
- 盛 … (袋に)入れる。つめ込む。
- 鴟夷 … 馬の皮革で作った、酒を入れる袋。「鴟」はふくろう。「夷」は「鴺」でペリカン。袋の形がふくろうの腹やペリカンのくちばしに似ているところから。
- 江 … 揚子江。ちなみに「河」は黄河を指す。
呉人憐之、立祠江上、命曰胥山。
呉人之を憐れみ、祠を江上に立て、命じて胥山と曰う。
- 之 … 子胥のしかばねが鴟夷につめ込まれて揚子江に投げこまれたことを指す。
- 祠 … 子胥を祀る祠。
- 江上 … 揚子江のほとり。「上」は、ほとり。
- 命曰胥山 … 胥山と名付けた。
越十年生聚、十年教訓。
越十年生聚し、十年教訓す。
- 越十年 … 越の国では十年間。
- 生聚 … 民を増やし財貨を蓄えて、国力を充実させること。「生聚」は「民を生じ財を聚む」(生民聚財)の意。
- 教訓 … 人民を軍事訓練も含んで教育すること。
周元王四年、越伐呉。
周の元王の四年、越呉を伐つ。
呉三戰三北。
呉三たび戦い三たび北ぐ。
- 三 … 何回も。幾度も。必ずしも「三回」という意味ではない。
- 北 … にげる。敗走する。
夫差上姑蘇、亦請成於越。
夫差姑蘇に上り、亦た成を越に請う。
- 姑蘇 … 姑蘇台のこと。姑蘇は山名。山上に姑蘇台がある。呉の闔閭が作り、その子夫差が美女西施と遊んだ離宮。
- 成 … 「たいらぎ」と読む。和議。講和。和睦。
- 請 … 願い出た。
范蠡不可。
范蠡可かず。
- 不可 … ここでは「きかず」と読み、「聞き入れなかった」と訳す。
夫差曰、吾無以見子胥。
夫差曰く、吾以て子胥を見る無し、と。
- 吾無以見子胥 … 私は子胥に合わせる顔がない。
爲幎冒乃死。
幎冒を為りて乃ち死す。
- 幎冒 … 死者の顔を覆う四角い布。「冒」は、覆う。
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