鶏鳴狗盗
鶏鳴狗盗
- 〔出典〕 『史記』孟嘗君列伝
- 〔解釈〕 《斉の孟嘗君が秦に幽閉されたとき、食客のこそどろや、にわとりの鳴きまねのうまい者に助けられて脱出したという「史記」孟嘗君伝の故事から》にわとりの鳴きまねをして人を欺いたり、犬のようにして物を盗んだりする卑しい者。(Yahoo!辞書 大辞泉 【鶏鳴狗盗】)
齊湣王二十五年、復卒使孟嘗君入秦。昭王即以孟嘗君爲秦相。
斉の湣王二十五年、復た卒に孟嘗君をして秦に入らしむ。昭王即ち孟嘗君を以て秦の相と為す。
人或説秦昭王曰、孟嘗君賢而又齊族也。今相秦。必先斎而後秦。秦其危矣。於是秦昭王乃止、囚孟嘗君、謀欲殺之。
人或いは秦の昭王に説きて曰く、孟嘗君は賢にして又斉の族なり。今秦に相たり。必ず斉を先にして秦を後にせん。秦其れ危からん、と。是に於て秦の昭王乃ち止み、孟嘗君を囚え、謀りて之を殺さんと欲す。
孟嘗君使人抵昭王幸姫求解。幸姫曰、妾願得君狐白裘。此時孟嘗君有一狐白裘。直千金、天下無雙。入秦、獻之昭王、更無他裘。
孟嘗君人をして昭王の幸姫に抵り、解くを求めしむ。幸姫曰く、妾願わくは君の狐白裘を得ん。此の時孟嘗君、一の狐白裘を有す。直千金、天下無双なり。秦に入りて、之を昭王に献じ、更に他の裘無し。
孟嘗君患之、徧問客、莫能對。最下坐有能爲狗盗者。曰、臣能得狐白裘。乃夜爲狗以入秦宮藏中、取所獻狐白裘至。以獻秦王幸姫。幸姫爲言昭王。昭王釋孟嘗君。
孟嘗君之を患え、徧く客に問うも、能く対うるもの莫し。最下の坐に能く狗盗を為す者有り。曰く、臣、能く狐白裘を得ん、と。乃ち夜狗と為りて以て秦宮の蔵中に入り、献ぜし所の狐白裘を取りて至る。以て秦王の幸姫に献ず。幸姫為に昭王に言う。昭王、孟嘗君を釈す。
孟嘗君得出、即馳去。更封傳、變名姓、以出關。夜半至凾谷關。秦昭王後悔出孟嘗君、求之、已去。即使人馳傳逐之。
孟嘗君出ずるを得て、即ち馳せ去る。封伝を更め、名姓を変じて、以て関を出ず。夜半に函谷関に至る。秦の昭王後に孟嘗君を出だししを悔い、之を求むれば、已に去る。即ち人をして伝を馳せて之を逐わしむ。
孟嘗君至關、關法、雞鳴而出客。孟嘗君恐追至。客之居下坐者、有能爲雞鳴。而雞盡鳴。遂發傳出。出如食頃、秦追果至關。已後孟嘗君出、乃還。
孟嘗君関に至れども、関の法、鶏鳴いて客を出だす。孟嘗君追うものの至らんことを恐る。客の下坐に居る者、能く鶏鳴を為すもの有り。而うして鶏尽く鳴く。遂に伝を発して出ず。出でて食頃如りにして、秦の追うもの果たして関に至る。已に孟嘗君の出ずるに後れ、乃ち還る。