>   漢詩   >   唐詩選   >   巻六 五絶   >   聴江笛送陸侍御(韋応物)

聴江笛送陸侍御(韋応物)

聽江笛送陸侍御
江笛(こうてき)を聴(き)き、陸(りく)侍(じ)御(ぎょ)を送(おく)る
韋(い)応(おう)物(ぶつ)
  • ウィキソース「聽江笛送陸侍御」参照。
  • この詩は、侍御史の陸傪(りくさん)を送別する宴席で、川のほとりから聞こえてくる笛の音(ね)に耳を傾けながら、別れの悲しさを詠んだもの。
  • 詩題 … 『全唐詩』『四部叢刊本』『宝永刊本』には、題下に「丘員外の賦題に同じ」(同丘員外賦題)と注する。丘員外とは、丘丹のこと。前詩「秋夜寄丘二十二員外」参照。『文苑英華』では「陸侍御」を「陸侍郎」に作る。
  • 江笛 … 川のほとりの笛の音(ね)。
  • 陸侍御 … 従来の注釈書では、人物について不詳とするが、陶敏/王友勝校注『韋應物集校注』(上海古籍出版社、1998年)によると、陸傪(りくさん)(748~802)であるという。字(あざな)は公佐。呉郡(現在の江蘇省蘇州市)の人。官は歙州(きゅうしゅう)(現在の安徽省黄山市)刺史まで昇進した。「長城の賦」がある。侍御は官名。侍御史の略。宮中の文書を掌り、官吏の違法を摘発する検察官のこと。
  • 韋応物 … 736~791?。中唐の詩人。長安(陝西(せんせい)省西安市)の人。字(あざな)は不詳。滁(じょ)州(しゅう)(安徽省)刺史(州の長官)や江州(江西省)刺史等を歴任したが、最後の官が蘇州刺史だったので、韋蘇州と呼ばれた。自然を対象とした詩が多く、自然詩人といわれた。『韋江州集』十巻、『韋蘇州集』十巻がある。ウィキペディア【韋応物】参照。
遠聽江上笛
遠(とお)く江(こう)上(じょう)の笛(ふえ)を聴(き)き
  • 遠聴 … 遠くから聞こえてくる(笛の)音に耳を傾けること。前漢の李陵「蘇武に答うるの書」(『文選』巻四十一)に「耳を側(そばだ)てて遠く聴けば、胡笳互いに動き、牧馬悲鳴す」(側耳遠聽、胡笳互動、牧馬悲鳴)とある。ウィキソース「答蘇武書」参照。
  • 聴 … 『文苑英華』では「以」に作り、「集作聴」と注する。
  • 江上笛 … 川のほとりから聞こえてくる笛の音(ね)。または、川に浮かんだ舟の中で吹く笛の音(ね)。『史記』伍子胥伝に「江上、一漁父の船に乗る有り。伍胥の急を知り、乃ち伍胥を渡す」(江上有一漁父乗船。知伍胥之急、乃渡伍胥)とある。こちらの江上は、川の水の上の意。ウィキソース「史記/卷066」参照。また、南朝斉の謝朓「新亭の渚にて范零陵に別るる詩」(『文選』巻二十)に「心事 倶に已(や)みぬ、江上 徒(いたずら)に憂いに離(かか)る」(心事倶已矣、江上徒離憂)とある。こちらの江上は、川のほとりの意。ウィキソース「新亭渚別范零陵詩」参照。
臨觴一送君
觴(さかずき)に臨(のぞ)んで一(いつ)に君(きみ)を送(おく)る
  • 臨觴 … 杯(さかずき)を前にして。ここでは、別離の酒宴の意。觴は、酒杯の総称。三国魏の阮籍「詠懐詩八十二首」の第三十四首に「觴に臨んで哀(あい)楚(そ)多し、我が故(ふる)き時の人を思う」(臨觴多哀楚、思我故時人)とある。哀楚は、哀しみいたむこと。ウィキソース「詠懷詩五言八十二首」参照。
  • 一 … 「いつに」と読み、「もっぱら」「ひとえに」と訳す。『漢書』蘇武伝に「子(し)卿(けい)、壱(いつ)に陵の言を聴け」(子卿、壹聽陵言)とある。子卿は、蘇武の字(あざな)。陵は、李陵。ウィキソース「漢書/卷054」参照。
  • 送君 … 君の旅立ちを見送る。南朝梁の江淹「別れの賦」(『文選』巻十六)に「君を南(なん)浦(ぽ)に送る、傷(いた)めども之を如何せん」(送君南浦、傷如之何)とある。南浦は、南の水際。ウィキソース「別賦」参照。
還愁獨宿夜
還(ま)た愁(うれ)う 独(どく)宿(しゅく)の夜(よる)
  • 還愁 … さらにまた心配なのは。
  • 還 … 「また」と読み、「(めぐりめぐって)さらに」と訳す。ある行為・状態が、時間・空間を隔ててさらに重複する意を示す。唐初の魏徴「述懐」詩に「中(ちゅう)原(げん) 還た鹿を逐う」(中原還逐鹿)とある。ウィキソース「述懷 (魏徵)」参照。
  • 独宿 … ただひとりで泊まる。「古詩十九首」(『文選』巻二十九)の第十六首に「独り宿(しゅく)して長夜を累(かさ)ね、夢に想うて容(よう)輝(き)を見る」(獨宿累長夜、夢想見容輝)とある。容輝は、美しい姿。ウィキソース「凜凜歲云暮」参照。
更向郡齋聞
更(さら)に郡斎(ぐんさい)に向(む)かって聞(き)かんことを
  • 更~聞 … さらに笛の音(ね)を聞くこと。転じて、友人を偲ぶこと。竹林の七賢の一人である向秀(しょうしゅう)は、嵆康(けいこう)・呂安(りょあん)と住居も近く仲がよかったが、その後(ご)二人は事件に巻き込まれ、司馬昭によって死刑に処せられた。後(のち)に向秀(しょうしゅう)は洛陽に赴いた帰路、嵆康の旧居に立ち寄った。その時、近隣から笛の音が聞こえてきたので亡き友を思い浮かべ、賦を詠んだという。西晋の向秀「思旧の賦」(『文選』巻十六)の序に「隣人に笛を吹く者有りて、声を発すること寥亮(りょうりょう)たり。曩昔(どうせき)の遊宴の好(よし)みを追思し、音(ね)に感じて歎く」(鄰人有吹笛者、發聲寥亮。追思曩昔遊宴之好、感音而歎)とある。寥亮は、澄んだ音色で響き渡るさま。曩昔は、先ごろ。ウィキソース「思舊賦」参照。
  • 郡斎 … 郡の長官(太守)の官舎にある書斎。当時、作者は州の長官(蘇州刺史)であったが、その書斎も郡斎と呼んだ。中唐の白居易「唐州の崔使君が親に侍し任に赴くを送る」詩(『全唐詩』巻四百五十八)に「唯だ慮(おもんぱか)る 郡斎 賓友の少なきを 数盃の春酒 誰と共にか傾(かたむ)けん」(唯慮郡齋賓友少、數杯春酒共誰傾)とある。使君は、刺史(州の長官)。太守(郡の長官)は、府君という。賓友は、賓客と友人。ウィキソース「送唐州崔使君侍親赴任」参照。
  • 向 … 「於」に同じ。
余説
 陸侍御を送別する宴に丘丹も同席し、韋応物に和した「韋(い)使(し)君(くん)の『江笛(こうてき)を聴(き)き、陳(ちん)侍(じ)御(ぎょ)を送(おく)る』に和(わ)す」(和韋使君聽江笛送陳侍御)詩(『全唐詩』巻三百七)は、次の通り。なお、「聽」は「一作臨」、「陳侍御」は「一作陸侍郎」と注する。ウィキソース「全唐詩/卷307」参照。
 離樽聞夜笛  離(り)樽(そん)に夜(や)笛(てき)を聞(き)き
 寥亮入寒城  寥亮(りょうりょう)として寒(かん)城(じょう)に入(い)る
 月落車馬散  月(つき)落(お)ち車(しゃ)馬(ば)散(さん)ず
 悽惻主人情  悽惻(せいそく)なり 主人(しゅじん)の情(じょう)
詩型・韻字
  • 五言絶句。
  • 君・聞(上平声文韻)。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百八十九(排印本、中華書局、1960年)
  • 『韋江州集』巻四(『四部叢刊 初編集部』所収)
  • 『韋蘇州集』巻十(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『(須溪先生校本)韋蘇州集』巻四(宝永三年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩8』所収、汲古書院、1975年)
  • 『文苑英華』巻二百八十五(影印本、中華書局、1966年)
  • 『万首唐人絶句』五言・巻七(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
  • 『唐詩解』巻二十三(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩品彙』巻四十一([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 孫望編著『韋應物詩集繋年校箋』巻九(中国古典文学基本叢書、中華書局、2002年)
  • 陶敏/王友勝校注『韋應物集校注』巻四(中國古典文學叢書、上海古籍出版社、1998年)
歴代詩選
古代 前漢
後漢 魏
晋 南北朝
初唐 盛唐
中唐 晩唐
北宋 南宋
金 元
明 清
唐詩選
巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
巻三 五言律詩 巻四 五言排律
巻五 七言律詩 巻六 五言絶句
巻七 七言絶句
詩人別
あ行 か行 さ行
た行 は行 ま行
や行 ら行