奉和晦日幸昆明池応制(宋之問)
奉和晦日幸昆明池應制
「晦日昆明池に幸す」に和し奉る 応制
「晦日昆明池に幸す」に和し奉る 応制
- 五言排律。開・回・催・灰・才・來(平声灰韻)。
- 『全唐詩』巻53所収。ウィキソース「奉和晦日幸昆明池應制 (宋之問)」参照。
- 晦日 … 月の最後の日。みそか。
- 昆明池 … 漢の武帝が長安城の西南に掘らせた池。周囲四十里。この池で水軍の訓練をさせた。現在は存在しない。
- 幸 … 「幸す」とも読む。天子が出かけることをいう敬語。行幸。
- 奉和 … 唱和して作ること。
- 応制 … 天子の命令によって作られた詩文。
- 景龍三年(709)正月の晦日(この月は小の月で二十九日が晦日)、中宗皇帝は長安西南郊の昆明池に行幸し、詩を作られた。この詩は、作者が勅命によって中宗皇帝の御製に和して詠じたもの。中宗については、ウィキペディア【中宗 (唐)】参照。
- 宋之問 … 656?~712。初唐の詩人。字は延清。汾州(山西省汾陽市)の人。一説に虢州弘農県(河南省霊宝市)の人。上元二年(675)、進士に及第。則天武后に召されて楊炯とともに習芸館の学士となる。尚方監丞、左奉宸内供奉などを歴任した。玄宗の先天元年(712)、自殺を命じられて死んだ。沈佺期とともに七言律詩の定型を作り出し、「沈宋」と呼ばれた。『宋之問集』二巻がある。ウィキペディア【宋之問】参照。
春豫靈池會
春予 霊池の会
- 春予 … 春の日の楽しみ。「予」は、楽しみの意。
- 霊池 … 昆明池をたたえて言ったもの。暗に周の文王の離宮にあった霊沼に擬えている。
- 会 … 宴会。
滄波帳殿開
滄波 帳殿開く
- 滄波 … 青々とした波。
- 帳殿 … 行幸の時に設営される帳で仕切った仮の御座所。前詩の「幔城」と同じ。
舟凌石鯨度
舟は石鯨を凌いで度り
- 石鯨 … 昆明池に設けられた石造りの鯨の像。長さ三丈。
- 凌 … 凌駕する。
- 度 … 漕ぎ渡る。
槎拂斗牛廻
槎は斗牛を払いて廻る
- 槎 … いかだ。
- 斗牛 … 北斗星と牽牛星。ここでは昆明池のほとりにあった牽牛と織女の石像を指す。
- 払 … かすめる。押しのける。
- 槎払斗牛廻 … 漢の張騫(?~前114)が槎を浮かべて黄河の源を突き止めようとして天の川に至り、牽牛と織女を見たという「張騫乗槎」の説話を踏まえる。『箋註唐詩選』(『漢文大系』冨山房)に「荊楚歳時記に曰く、漢の武帝、張騫をして大夏に使いし、河源を尋ねしむ。槎に乗りて月を経て一処に至る。城郭の州府の如きを見る。室内に一女の織る有り。一丈夫の牛を牽きて河に飲うを見る。騫問いて曰く、此は是れ何れの処ぞ、と。答えて云く、厳君平に問う可し、と。君平曰く、某年某月客星牛女を犯す。榰機石は東方朔の識る所と為る、と」(荆楚歳時記曰、漢武帝令張騫使大夏、尋河源。乘槎經月而至一處。見城郭如州府。室内有一女織。見一丈夫牽牛飮河。騫問曰、此是何處。答云、可問嚴君平。君平曰、某年某月客星犯牛女。榰機石爲東方朔所識)とある。「榰機石」は、織女が機が揺れ動かないように支えたと伝えられる石。支機石とも。「東方朔」は、武帝に仕えた前漢の文人。なお、現行本の『荊楚歳時記』には、この文章は載っていないが、守屋美都雄訳注『東洋文庫 324 荊楚歳時記』(平凡社、1978年)には佚文として収録されている。また、西晋の張華(232~300)の『博物志』巻十、雑説下にも同じような説話がみえるが、張騫は出て来ず、内容も少し異なる。ウィキソース「博物志/卷之十」参照。
節晦蓂全落
節は晦にして蓂全く落ち
- 節 … 時節。
- 晦 … みそか。
- 蓂 … 帝堯の時生えたという伝説上の草の名、蓂莢のこと。月の一日から毎日一つずつ莢が生じ、十六日からは毎日一つずつその莢が落ちて、晦日には全部落ちつくした。これによって暦を作ったという。『箋註唐詩選』(『漢文大系』冨山房)に「帝王世紀に曰く、帝堯の時、艸有り、階を夾みて生ず。毎月朔日一莢を生ず。月半ばに至りて十五莢を生ず。十六日後に至りて日に一莢落つ。月の晦に至りて尽く。若し月小ならば乾きて一莢を落さず。王者是を以て占暦す。和に応じて生ず。以て堯瑞と為す。之を蓂莢と名づく」(帝王世紀曰、帝堯時有艸、夾階而生。毎月朔日生一莢。至月半生十五莢。至十六日後日落一莢。至月晦而盡。若月小乾而不落一莢。王者以是占暦。應和而生。以爲堯瑞。名之蓂莢)とある。
- 全落 … 落ちつくす。
春遲柳暗催
春は遅くして柳暗かに催す
- 春遅 … 春の訪れが遅い。
- 暗催 … (春よ早く来いと)そっと催促する。
象溟看浴景
象溟 浴景を看
- 象溟 … 海のようなこの広い池。「溟」は、世界の果てなる暗い海。「象」は、象る。海のように広い昆明池を指す。
- 浴景 … 水浴する太陽。「景」は、日光。ここでは太陽。太陽は天上の池で水浴してから空に昇るという。『淮南子』天文訓に「日、暘谷より出で、咸池に浴し、扶桑を払う」(日出于暘谷、浴于咸池、拂于扶桑)とある。「暘谷」は、日の出る所。「暘」は「陽」と同じ。「咸池」は、天上の池。「扶桑」は、神木の名。
燒劫辨沈灰
焼劫 沈灰を弁ず
- 焼劫・沈灰 … 漢の武帝が昆明池を掘らせたとき、地底から黒い灰が出て来た。側近の東方朔に尋ねたところ、「西域の胡僧なら知っている」と答えた。後にインド僧の竺法蘭がやって来たので尋ねたところ、「それは世界の終末に劫火がすべてを焼き尽くしたときの余灰だ」と答えたという故事に基づく。『高僧伝』巻一(T2059, 50, 323a19-22)に「昔、漢武、昆明池底を穿ち、黒灰を得、以て東方朔に問う。朔云く、委らかにせず、西域の人に問う可し、と。後、法蘭既に至る。衆人追いて以て之に問う。蘭云く、世界終尽、劫火洞焼す。此の灰是れなり」(昔漢武穿昆明池底。得黑灰。以問東方朔。朔云不委。可問西域人。後法蘭既至。衆人追以問之。蘭云。世界終盡劫火洞燒。此灰是也)とある。
- 弁 … 識別する。
鎬飲周文樂
鎬飲 周文の楽しみ
汾歌漢武才
汾歌 漢武の才
不愁明月盡
明月の尽くるを愁えず
- 不愁明月尽 … 今宵は晦日で月明かりはないであろうが、心配は無用。
自有夜珠來
自ずから夜珠の来る有り
- 自有夜珠来 … きっと夜光の珠が現れて、明月の代わりをしてくれるでしょう。
- 夜珠 … 夜光の珠。昆明池の中に神池と呼ばれる霊池があった。ある人がそこで魚を釣っていたが、魚が糸を切って逃げたので、そのまま家に帰った。その魚が漢の武帝の夢枕に立ち、釣り針を取ってくれと言った。翌日、武帝が池のほとりに行ったところ、糸をくわえた魚がいるので釣り針を取ってやった。さらに三日後、武帝が池のほとりに行ったとき、一対の明珠を拾った。武帝は、これは魚が恩返しにくれたものだと言ったという説話を踏まえる。『箋註唐詩選』(『漢文大系』冨山房)に「三秦記に曰く、昆明池の中、神池有り、白鹿原に通ず。原人魚を釣り綸絶えて去る。武帝に夢みえて、其の鉤を去らんことを求む。明日、帝池上に戯れ、大魚の索を銜むを見る。帝曰く、豈に不穀の昨夢みし所や、と。乃ち鉤を去りて之を放つ。三日を間て、帝復た池浜に遊び、明珠一双を得たり。帝曰く、豈に昔の魚の報ずるか、と」(三秦記曰、昆明池中、有神池、通白鹿原。原人釣魚綸絶而去。夢于武帝、求去其鉤。明日帝戲于池上、見大魚銜索。帝曰、豈不穀昨所夢邪。乃去鉤放之。閒三日、帝復遊池濱、得明珠一雙。帝曰、豈昔魚之報耶)とある。「不穀」は、王が自分を謙遜していう自称の言葉。「昨」は、昨日。きのう。
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