和姚給事寓直之作(宋之問)
和姚給事寓直之作
姚給事が寓直の作に和す
姚給事が寓直の作に和す
- 五言排律。陽・郎・行・霜・芳・長・昌・揚・章(平声陽韻)。
- 『全唐詩』巻53所収。ウィキソース「和姚給事寓直之作」参照。
- 姚 … 姓。人物については不明。
- 給事 … 官名。給事中。門下省に属し、詔勅を検討する役。ウィキペディア【給事中】参照。
- 寓直 … 本来は自分の勤務する官庁以外の役所に宿直することであるが、ここでは単に宿直の意に使っているのかもしれず、はっきりわからない。
- 和 … ここでは姚が詩を作って贈ってきたのに対し、作者が唱和したもの。
- 宋之問 … 656?~712。初唐の詩人。字は延清。汾州(山西省汾陽市)の人。一説に虢州弘農県(河南省霊宝市)の人。上元二年(675)、進士に及第。則天武后に召されて楊炯とともに習芸館の学士となる。尚方監丞、左奉宸内供奉などを歴任した。玄宗の先天元年(712)、自殺を命じられて死んだ。沈佺期とともに七言律詩の定型を作り出し、「沈宋」と呼ばれた。『宋之問集』二巻がある。ウィキペディア【宋之問】参照。
清論滿朝陽
清論 朝陽に満ち
- 清論 … 彼を賞賛する朝廷内の清雅な議論。また、姚給事自身の清雅な発言と解釈する説もある。
- 朝陽 … 本来は山の東側の日の当たる場所をいうが、ここでは朝廷を指す。『詩経』大雅・巻阿の詩に「鳳皇鳴けり、彼の高岡に。梧桐生ぜり、彼の朝陽に」(鳳皇鳴矣、于彼高岡。梧桐生矣、于彼朝陽)とある。ウィキソース「詩經/卷阿」参照。鄭玄『毛詩鄭箋』に「梧桐生ずるは、猶お名君出ずるがごときなり。朝陽に生ずは、温仁の気を被る」(梧桐生者、猶名君出也。生於朝陽者、被温仁之氣)とあり、朝陽が朝廷を指すのは、ここに基づく。
高才拜夕郎
高才 夕郎を拝す
- 高才 … 優れた才能。また、優れた才能を持っている人。ここでは姚を指す。
- 夕郎 … 漢代、給事中の前身である給事黄門侍郎は、毎夕、宮中で青瑣門に対して拝礼したことから、夕郎または夕拝と呼ばれた。
- 拝 … 拝命される。任命される。
還從避馬路
還た馬を避くるの路より
- 避馬路 … 昔の人が馬を避けたという御史台の道。御史台は検察官のこと。桓典が侍御史に任じられたとき、その厳正さに権力を握っていた宦官たちは畏れをなした。桓典はいつも驄馬(黒毛と白毛のまざった馬)に乗っていたので、京師の人々は「行き行きて且つ止まれ、驄馬御史を避けよ」と言い合ったという、『後漢書』桓典伝に見える故事を踏まえる。ウィキソース「後漢書/卷37」(玄孫典)参照。
- 従 … 「より」と読み、「~から」と訳す。「自」と同じ。
來接珥貂行
来りて貂を珥む行に接す
- 珥貂行 … 貂の尾を冠に挿す門下省の一員に加わること。「珥貂」は、冠を貂の尾で飾ること。漢代では侍中・中常侍などの高官がこの飾りをつける決まりであったが、唐代では門下省の長官である侍中もつけたという。行は、隊列。仲間。
寵就黃扉日
寵は就く 黄扉の日
- 寵 … 帝の寵愛。帝の恩寵。
- 就 … 成就する。完成する。
- 黄扉 … 黄門。黄閣。唐代では門下省を指す。
威廻白簡霜
威は廻る 白簡の霜
- 威 … 君(姚)の威厳。君の威勢。
- 廻 … 朝廷に行き渡る。『全唐詩』では「回」に作る。
- 白簡霜 … 「白簡」は、御史が官吏の不正を弾劾するための上奏文を書き記すのに用いた白い木札。「霜」は、弾劾の厳しさの喩え。『晋書』巻四十七、傅玄伝に「奏劾有る毎に、或いは日暮れに値えば、白簡を捧げて、簪帯を整え、竦踊し寐ねず、坐して旦を待つ」(每有奏劾、或值日暮、捧白簡、整簪帶、竦踴不寐、坐而待旦)とある。「簪帯」は、冠をとめるための簪と帯。「竦踊」は、身体をそびやかして踊り歩くこと。ウィキソース「晉書/卷047」参照。また、戸崎允明『箋註唐詩選』に「南史に曰く、沈約、中丞と為る。弾文皆な白簡を奉じて以て聞す」(南史曰、沈約爲中丞。彈文皆奉白簡以聞)とあるが、『南史』の現行本にこの文章は見当たらない。
柏臺遷鳥茂
柏台 鳥を遷して茂り
- 柏台遷鳥茂 … 御史台の柏並木は君という鳥が移ってきて、いよいよ茂った。「柏台」は、御史台のこと。御史台には柏並木があったのでこう呼ぶ。「鳥」は姚、「茂」は、彼が御史に任命されて業績を上げたことに喩える。柏並木に数千羽の烏が巣くって、朝飛び立って夕方には帰ってきたので「朝夕烏」と呼んだという、『漢書』朱博伝に見える故事に基づく。ウィキソース「漢書/卷083」参照。
蘭署得人芳
蘭署 人を得て芳し
- 蘭署 … 秘書省のこと。宮中の文書・記録を扱う役所。蘭台ともいう。
- 得人芳 … 君という人材を得て、蘭の花のように芳しく香っている。
禁靜鐘初徹
禁は静かにして鐘初めて徹り
- 禁静 … 禁中は静まりかえって。「禁」は、禁中。禁裏。宮中。
- 鐘初徹 … 時を告げる鐘の音がよく響き渡るようになる。
更疎漏更長
更は疎にして漏更に長し
- 更 … 日没から夜明けまでの時間を五等分した単位の名。初更・二更・三更・四更・五更。
- 疎 … 更と更との間隔が間遠く感じられること。「疏」に作るテキストもあるが、「疎」と同じ。
- 漏 … 漏刻。水時計。
- 更長 … (水時計の音も)一段と長く聞こえてくる。『全唐詩』では「漸く長し」(漸長)に作る。こちらは「次第に長く聞こえてくる」と訳す。
曉河低武庫
暁河 武庫に低れ
- 暁河 … 明け方の天の川。曙河。
- 武庫 …星の名。二十八宿の一つ、西方奎十六星の別名。『晋書』巻十一、天文志上に「西方の奎十六星は、天の武庫なり」(西方奎十六星、天之武庫也)とある。ウィキソース「晉書/卷011」(二十八舍)参照。また、宮中の武器を納める倉庫のこと。ここではその両方にかけている。
- 低 … 低く垂れかかる。
流火度文昌
流火 文昌を度る
- 流火 … さそり座のアンタレス星のこと。「火」「大火」「心星」ともいう。この星は陰暦七月の黄昏時、西の空に流れるように次第に低くなっていく。『詩経』豳風・七月の詩に「七月流火、九月衣を授く」(七月流火、九月授衣)とある。ウィキソース「詩經/七月」参照。
- 文昌 … 宮殿の名。また、星座の名。文昌星。北斗七星の柄杓の先にある大熊座に属する六つの星。ここではその両方にかけている。
- 度 … 渡る。
寓直光輝重
寓直 光輝重く
- 寓直 … 本来は自分の勤務する官庁以外の役所に宿直することであるが、ここでは単に宿直の意に使っているのかもしれず、はっきりわからない。
- 光輝 … 光栄。名誉。栄光。『全唐詩』では「恩徽」に作り、「一作光輝」とある。「恩徽」は、天子の恩寵。
乘秋藻翰揚
秋に乗じて藻翰揚がる
- 乗秋 … 秋の季節に乗じて。
- 藻翰 … 華やかで美しい文章。ここでは姚が寓直して作った詩を指す。
- 揚 … 空高く舞い上がる。
暗投空欲報
暗投 空しく報ぜんと欲するも
- 暗投 … 夜光の玉も暗闇の中で人の前に投げれば、人は驚いて警戒する。貴重なものも然るべき相手に示さなければ、何の役にも立たないという喩え。漢の鄒陽が梁の孝王に送った手紙「獄中上梁王書」に「明月の珠、夜光の璧も、暗を以て人に道に投ずれば、衆は剣を按じて相眄まざる者莫し。何となれば則ち因無くして前に至ればなり」(明月之珠、夜光之璧、以暗投人於道、衆莫不按劍相眄。何則無因而至前也)とある。ウィキソース「獄中上梁王書」参照。ここでは作者が自分は詩を贈られるに値する者ではないと、謙遜していったもの。なお、「何則」は「何となれば則ち~ばなり」と読み、「なぜならば~だからだ」と訳す。
- 空欲報 … お返しの詩を作りたいと思うが、どうにも無駄である。
下調不成章
下調 章を成さず
- 下調 … つまらぬ格調の詩。自分の詩を卑下していったもの。
- 不成章 … 詩があまりにも下手で、文章の体を成していない。「章」は、ここでは詩の節・連。『列子』湯問篇に「匏巴、琴を鼓せば、鳥舞い魚躍る。鄭の師文之を聞き、家を棄てて師襄に従って游ぶ。指を柱え弦を鈞うること三年、章を成さず」(匏巴鼓琴、而鳥舞魚躍。鄭師文聞之、棄家從師襄游。柱指鈞弦三年、不成章)とある。ウィキソース「列子/湯問篇」(匏巴鼓琴)参照。
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