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史記 五(ご)帝(てい)本(ほん)紀(ぎ)第一(舜帝(しゅんてい))

13 虞舜者、名曰重華。重華父曰瞽叟、瞽叟父曰橋牛、橋牛父曰句望、句望父曰敬康、敬康父曰窮蝉、窮蝉父曰帝顓頊、顓頊父曰昌意。
虞(ぐ)舜(しゅん)は、名(な)は重(ちょう)華(か)と曰(い)う。重(ちょう)華(か)の父(ちち)は瞽(こ)叟(そう)と曰(い)い、瞽(こ)叟(そう)の父(ちち)は橋牛(きょうぎゅう)と曰(い)い、橋牛(きょうぎゅう)の父(ちち)は句望(こうぼう)と曰(い)い、句望(こうぼう)の父(ちち)は敬康(けいこう)と曰(い)い、敬康(けいこう)の父(ちち)は窮(きゅう)蝉(せん)と曰(い)い、窮(きゅう)蝉(せん)の父(ちち)は帝(てい)顓(せん)頊(ぎょく)と曰(い)い、顓(せん)頊(ぎょく)の父(ちち)は昌(しょう)意(い)と曰(い)う。
  • ウィキソース「史記/卷001」「史記三家註/卷001」参照。
  • 虞舜 … 古代の伝説上の聖天子。姓は姚(よう)。虞に国を建てたので虞舜、または有虞氏と呼ばれる。堯から譲位を受け皇帝となった。ウィキペディア【舜】参照。
  • 重華 … 舜の名。一説に舜の号。
以至舜七世矣。自從窮蝉以至帝舜、皆微爲庶人。
以(もっ)て舜(しゅん)に至(いた)るまで七世(しちせい)なり。窮(きゅう)蝉(せん)より以(もっ)て帝(てい)舜(しゅん)に至(いた)るまで、皆(みな)微(び)にして庶人(しょじん)たり。
  • 自従 … 「より」と読み、「~から」「~より」と訳す。時の起点をあらわす言葉。
舜父瞽叟盲、而舜母死、瞽叟更娶妻而生象。象傲。
舜(しゅん)の父(ちち)瞽(こ)叟(そう)は盲(もう)にして、舜(しゅん)の母(はは)死(し)し、瞽(こ)叟(そう)、更(さら)に妻(つま)を娶(めと)りて象(しょう)を生(う)む。象(しょう)傲(おご)る。
瞽叟愛後妻子、常欲殺舜。舜避逃。及有小過、則受罪。順事父及後母與弟、日以篤謹、匪有解。
瞽(こ)叟(そう)、後妻(こうさい)の子(こ)を愛(あい)し、常(つね)に舜(しゅん)を殺(ころ)さんと欲(ほっ)す。舜(しゅん)、避(さ)け逃(のが)る。小(しょう)過(か)有(あ)るに及(およ)べば、則(すなわ)ち罪(つみ)を受(う)く。父(ちち)及(およ)び後(こう)母(ぼ)と弟(おとうと)とに順(じゅん)事(じ)すること、日(ひ)に以(もっ)て篤謹(とくきん)にして、解(おこた)ること有(あ)らず。
  • 匪 … 「~ず」「あらず」と読み、「~でない」と訳す。「非」と同義。
14 舜冀州之人也。舜耕歷山、漁雷澤、陶河濱、作什器於壽丘、就時於負夏。
舜(しゅん)は冀(き)州(しゅう)の人(ひと)なり。舜(しゅん)、歴山(れきざん)に耕(たがや)し、雷沢(らいたく)に漁(ぎょ)し、河(か)浜(ひん)に陶(とう)し、什(じゅう)器(き)を寿(じゅ)丘(きゅう)に作(つく)り、時(とき)に負夏(ふか)に就(つ)く。
舜父瞽叟頑、母嚚、弟象傲、皆欲殺舜。
舜(しゅん)の父(ちち)瞽(こ)叟(そう)は頑(がん)に、母(はは)は嚚(ぎん)に、弟(おとうと)象(しょう)は傲(おご)り、皆(みな)舜(しゅん)を殺(ころ)さんと欲(ほっ)す。
舜順適不失子道。兄弟孝慈、欲殺不可得。即求嘗在側。
舜(しゅん)、順(じゅん)適(てき)して子(し)道(どう)を失(うしな)わず。兄弟(けいてい)孝(こう)慈(じ)、殺(ころ)さんと欲(ほっ)すれども得(う)可(べ)からず。即(も)し求(もと)むれば嘗(つね)に側(かたわら)に在(あ)り。
舜年二十以孝聞。三十而帝堯問可用者。四嶽咸薦虞舜曰、可。
舜(しゅん)、年(とし)二(に)十(じゅう)にして孝(こう)を以(もっ)て聞(きこ)ゆ。三(さん)十(じゅう)にして帝(てい)堯(ぎょう)、用(もち)う可(べ)き者(もの)を問(と)う。四(し)岳(がく)、咸(みな)虞(ぐ)舜(しゅん)を薦(すす)めて曰(いわ)く、可(か)なり、と。
於是堯乃以二女妻舜、以觀其内、使九男與處、以觀其外。
是(ここ)に於(お)いて、堯(ぎょう)乃(すなわ)ち二(に)女(じょ)を以(もっ)て舜(しゅん)に妻(めあわ)せ、以(もっ)て其(そ)の内(うち)を観(み)、九(きゅう)男(だん)をして与(とも)に処(お)らしめ、以(もっ)て其(そ)の外(そと)を観(み)る。
舜居媯汭、内行彌謹。堯二女不敢以貴驕事舜親戚、甚有婦道。
舜(しゅん)、媯(き)汭(ぜい)に居(お)り、内行(ないこう)弥〻(いよいよ)謹(つつし)む。堯(ぎょう)の二(に)女(じょ)、敢(あ)えて貴(たっと)きを以(もっ)て舜(しゅん)の親戚に驕事(きょうじ)せず、甚(はなは)だ婦道(ふどう)有(あ)り。
  • 媯汭 … 媯(き)水(すい)の流れの入りこんで曲がった所。舜が堯の二人の娘をめとった所。現在の山西省永済市にあるという。「汭」は、川が曲がって入りこんだ所。
堯九男皆益篤。舜耕歷山、歷山之人皆讓畔。漁雷澤、雷澤上人皆讓居。陶河濱、河濱器皆不苦窳。
堯(ぎょう)の九男(きゅうだん)皆(みな)益〻(ますます)篤(あつ)し。舜(しゅん)、歴山(れきざん)に耕(たがや)す、歴山(れきざん)の人(ひと)皆(みな)畔(あぜ)を譲(ゆず)る。雷沢(らいたく)に漁(ぎょ)す、雷沢(らいたく)の上(ほとり)の人(ひと)皆(みな)居(きょ)を譲(ゆず)る。河(か)浜(ひん)に陶(とう)す、河(か)浜(ひん)の器(き)皆(みな)苦窳(こゆ)せず。
一年而所居成聚、二年成邑、三年成都。
一年(いちねん)にして居(お)る所(ところ)聚(しゅう)を成(な)し、二(に)年(ねん)にして邑(ゆう)を成(な)し、三年(さんねん)にして都(と)を成(な)す。
15 堯乃賜舜絺衣與琴、爲築倉廩、予牛羊。
堯(ぎょう)、乃(すなわ)ち舜(しゅん)に絺衣(ちい)と琴(きん)とを賜(たま)い、為(ため)に倉廩(そうりん)を築(きず)き、牛(ぎゅう)羊(よう)を予(あた)う。
瞽叟尚復欲殺之、使舜上塗廩、瞽叟從下縱火焚廩。
瞽(こ)叟(そう)、尚(なお)復(ま)た之(これ)を殺(ころ)さんと欲(ほっ)し、舜(しゅん)をして上(のぼ)りて廩(りん)を塗(ぬ)らしめ、瞽(こ)叟(そう)下(した)より火(ひ)を縦(はな)ちて廩(りん)を焚(や)く。
舜乃以兩笠、自扞而下去、得不死。
舜(しゅん)、乃(すなわ)ち両笠(りょうりゅう)を以(もっ)て、自(みずか)ら扞(ふせ)ぎ下(くだ)り去(さ)り、死(し)せざるを得(え)たり。
後瞽叟又使舜穿井。舜穿井爲匿空旁出。
後(のち)、瞽(こ)叟(そう)又(また)舜(しゅん)をして井(い)を穿(うが)たしむ。舜(しゅん)、井(い)を穿(うが)ち、匿空(とくこう)の旁(ぼう)出(しゅつ)せるを為(つく)る。
舜既入深。瞽叟與象共下土實井。舜從匿空出去。
舜(しゅん)既(すで)に入(い)ること深(ふか)し。瞽(こ)叟(そう)、象(しょう)と共(とも)に土(つち)を下(くだ)し井(い)に実(み)たす。舜(しゅん)、匿空(とくこう)より出(い)で去(さ)る。
瞽叟、象喜、以舜爲已死。
瞽(こ)叟(そう)・象(しょう)喜(よろこ)び、舜(しゅん)を以(もっ)て已(すで)に死(し)せりと為(な)す。
象曰、本謀者象。象與其父母分。於是曰、舜妻堯二女、與琴、象取之。牛羊倉廩予父母。
象(しょう)曰(いわ)く、本(もと)謀(はか)る者(もの)は象(しょう)なり、と。象(しょう)、其(そ)の父母(ふぼ)と与(とも)に分(わか)たんとす。是(ここ)に於(お)いて曰(いわ)く、舜(しゅん)の妻(つま)なる堯(ぎょう)の二(に)女(じょ)と琴(きん)とは象(しょう)之(これ)を取(と)らん。牛(ぎゅう)羊(よう)倉廩(そうりん)は父母(ふぼ)に予(あた)えん、と。
象乃止舜宮居、鼓其琴。舜往見之。
象(しょう)乃(すなわ)ち舜(しゅん)の宮(きゅう)に止(とど)まり居(お)りて、其(そ)の琴(きん)を鼓(こ)す。舜(しゅん)往(ゆ)きて之(これ)を見(み)る。
象鄂不懌曰、我思舜正鬱陶。
象(しょう)、鄂(がく)として懌(よろこ)ばずして曰(いわ)く、我(われ)、舜(しゅん)を思(おも)い、正(まさ)に鬱陶(うっとう)たり、と。
舜曰、然。爾其庶矣。舜復事瞽叟愛弟彌謹。於是堯乃試舜五典百官。皆治。
舜(しゅん)曰(いわ)く、然(しか)り。爾(なんじ)其(そ)れ庶(ちか)し、と。舜(しゅん)、復(ま)た瞽(こ)叟(そう)に事(つか)え、弟(おとうと)を愛(あい)して弥〻(いよいよ)謹(つつし)めり。是(ここ)に於(お)いて、堯(ぎょう)乃(すなわ)ち舜(しゅん)を五(ご)典(てん)百(ひゃっ)官(かん)に試(こころ)む。皆(みな)治(おさ)まれり。
16 昔、高陽氏有才子八人。世得其利、謂之八愷。高辛氏有才子八人。世謂之八元。
昔(むかし)、高陽(こうよう)氏(し)に才(さい)子(し)八人(はちにん)有(あ)り。世(よ)、其(そ)の利(り)を得(う)、之(これ)を八愷(はちがい)と謂(い)う。高辛(こうしん)氏(し)に才(さい)子(し)八人(はちにん)有(あ)り。世(よ)、之(これ)を八元(はちげん)と謂(い)う。
此十六族者、世濟其美、不隕其名至於堯。
此(こ)の十(じゅう)六(ろく)族(ぞく)の者(もの)、世〻(よよ)其(そ)の美(び)を済(な)し、其(そ)の名(な)を隕(おと)さずして堯(ぎょう)に至(いた)る。
堯未能舉。舜舉八愷、使主后土、以揆百事。莫不時序。
堯(ぎょう)、未(いま)だ挙(あ)ぐること能(あた)わず。舜(しゅん)、八愷(はちがい)を挙(あ)げ、后(こう)土(ど)を主(つかさど)らしめ、以(もっ)て百(ひゃく)事(じ)を揆(はか)る。時(とき)に序(つい)でざるは莫(な)し。
舉八元、使布五教于四方。父義、母慈、兄友、弟恭、子孝、内平外成。
八元(はちげん)を挙(あ)げ、五(ご)教(きょう)を四(し)方(ほう)に布(し)かしむ。父(ちち)は義(ぎ)、母(はは)は慈(じ)、兄(あに)は友(ゆう)、弟(おとうと)は恭(きょう)、子(こ)は孝(こう)、内(うち)平(たいら)かに外(そと)成(な)る。
17 昔、帝鴻氏有不才子。掩義隱賊、好行凶慝。天下謂之渾沌。
昔(むかし)、帝鴻(ていこう)氏(し)に不(ふ)才(さい)子(し)有(あ)り。義(ぎ)を掩(おお)い賊(ぞく)を隠(かく)し、好(この)みて凶(きょう)慝(とく)を行(おこな)う。天(てん)下(か)、之(これ)を渾沌(こんとん)と謂(い)う。
少皞氏有不才子。毀信惡忠、崇飾惡言。天下謂之窮奇。
少皞(しょうこう)氏(し)に不(ふ)才(さい)子(し)有(あ)り。信(しん)を毀(やぶ)り忠(ちゅう)を悪(にく)み、悪言(あくげん)を崇(すう)飾(しょく)す。天(てん)下(か)、之(これ)を窮(きゅう)奇(き)と謂(い)う。
  • 崇飾 … 立派に飾ること。
顓頊氏有不才子。不可教訓。不知話言。天下謂之檮杌。
顓(せん)頊(ぎょく)氏(し)に不(ふ)才(さい)子(し)有(あ)り。教(きょう)訓(くん)す可(べ)からず。話言(かいげん)を知(し)らず。天(てん)下(か)、之(これ)を檮杌(とうこつ)と謂(い)う。
此三族世憂之、至于堯。堯未能去。
此(こ)の三族(さんぞく)は世〻(よよ)之(これ)を憂(うれ)え、堯(ぎょう)に至(いた)る。堯(ぎょう)未(いま)だ去(さ)ること能(あた)わず。
縉雲氏有不才子。貪于飲食、冒于貨賄。天下謂之饕餮。天下惡之、比之三凶。
縉雲(しんうん)氏(し)に不(ふ)才(さい)子(し)有(あ)り。飲(いん)食(しょく)を貪(むさぼ)り、貨(か)賄(かい)を冒(むさぼ)る。天(てん)下(か)、之(これ)を饕餮(とうてつ)と謂(い)う。天(てん)下(か)、之(これ)を悪(にく)み、之(これ)を三(さん)凶(きょう)に比(ひ)す。
舜賓於四門、乃流四凶族、遷于四裔、以御螭魅。於是四門辟。言毋凶人也。
舜(しゅん)、四(し)門(もん)に賓(ひん)し、乃(すなわ)ち四(し)凶(きょう)族(ぞく)を流(りゅう)して、四(し)裔(えい)に遷(うつ)し、以(もっ)て螭魅(ちみ)を御(ふせ)ぐ。是(ここ)に於(お)いて四(し)門(もん)辟(ひら)く。凶(きょう)人(じん)毋(な)きを言(い)うなり。
18 舜入于大麓、烈風雷雨不迷。堯乃知舜之足授天下。
舜(しゅん)、大麓(たいろく)に入(い)り、烈風(れっぷう)・雷(らい)雨(う)にも迷(まよ)わず。堯(ぎょう)乃(すなわ)ち舜(しゅん)の天(てん)下(か)を授(さず)くるに足(た)るを知(し)る。
堯老、使舜攝行天子政、巡狩。舜得舉用事二十年、而堯使攝政。
堯(ぎょう)老(お)い、舜(しゅん)をして天(てん)子(し)の政(まつりごと)を摂行(せっこう)し、巡(じゅん)狩(しゅ)せしむ。舜(しゅん)、挙(あ)げらるるを得(え)、事(こと)を用(もち)うること二(に)十(じゅう)年(ねん)にして、堯(ぎょう)、政(まつりごと)を摂(せっ)せしむ。
攝政八年而堯崩。三年喪畢、讓丹朱。天下歸舜。
政(まつりごと)を摂(せっ)すること八年(はちねん)にして堯(ぎょう)崩(ほう)ず。三年(さんねん)の喪(も)畢(おわ)り、丹朱(たんしゅ)に譲(ゆず)る。天(てん)下(か)、舜(しゅん)に帰(き)す。
而禹、皋陶、契、后稷、伯夷、夔、龍、倕、益、彭祖、自堯時而皆舉用、未有分職。
而(しこう)して禹(う)・皐陶(こうよう)、契(せつ)、后(こう)稷(しょく)、伯(はく)夷(い)、夔(き)、龍(りょう)、倕(すい)、益(えき)、彭(ほう)祖(そ)、堯(ぎょう)の時(とき)より皆(みな)挙用(きょよう)せられたれども、未(いま)だ分職(ぶんしょく)有(あ)らず。
於是舜乃至於文祖、謀于四嶽、辟四門、明通四方耳目。
是(ここ)に於(お)いて舜(しゅん)乃(すなわ)ち文(ぶん)祖(そ)に至(いた)り、四(し)岳(がく)に謀(はか)り、四(し)門(もん)を辟(ひら)き、明(あき)らかに四(し)方(ほう)の耳(じ)目(もく)を通(つう)ず。
命十二牧。論帝德、行厚德、遠佞人、則蠻夷率服。
十(じゅう)二(に)牧(ぼく)に命(めい)ず。帝(てい)徳(とく)を論(ろん)じ、厚徳(こうとく)を行(おこな)い、佞人(ねいじん)を遠(とお)ざくるときは、則(すなわ)ち蛮(ばん)夷(い)率(ひき)いて服(ふく)せん、と。
19 舜謂四嶽曰、有能奮庸美堯之事者、使居官相事。
舜(しゅん)、四(し)岳(がく)に謂(い)いて曰(いわ)く、能(よ)く庸(よう)を奮(ふん)にし、堯(ぎょう)の事(こと)を美(よ)くする者(もの)有(あ)らば、官(かん)に居(お)り、事(こと)を相(たす)けしめん、と。
皆曰、伯禹爲司空、可美帝功。
皆(みな)曰(いわ)く、伯(はく)禹(う)、司(し)空(こう)とならば、帝(てい)の功(こう)を美(よ)くす可(べ)し。
舜曰、嗟、然、禹、汝平水土。維是勉哉。
舜(しゅん)曰(いわ)く、嗟(ああ)、然(しか)り、禹(う)、汝(なんじ)、水(すい)土(ど)を平(たいら)にせよ。維(こ)れ是(こ)れ勉(つと)めよや、と。
禹拜稽首、讓於稷、契與皋陶。舜曰、然、往矣。
禹(う)拝稽首(はいけいしゅ)し、稷(しょく)・契(せつ)と皐陶(こうよう)とに譲(ゆず)る。舜(しゅん)曰(いわ)く、然(しか)り、往(ゆ)けよ、と。
舜曰、弃、黎民始飢、汝后稷、播時百穀。
舜(しゅん)曰(いわ)く、弃(き)、黎民(れいみん)始(はじ)めて飢(う)う、汝(なんじ)、稷(しょく)に后(きみ)となり、時(とき)に百(ひゃく)穀(こく)を播(ま)け、と。
舜曰、契、百姓不親。五品不馴。汝爲司徒、而敬敷五教、在寛。
舜(しゅん)曰(いわ)く、契(せつ)、百(ひゃく)姓(せい)親(した)しまず。五(ご)品(ひん)馴(したが)わず。汝(なんじ)、司徒(しと)と為(な)りて、敬(つつし)みて五(ご)教(きょう)を敷(し)き、寛(かん)に在(あ)れ、と。
舜曰、皋陶、蠻夷猾夏、寇賊姦軌。
舜(しゅん)曰(いわ)く、皐陶(こうよう)、蛮(ばん)夷(い)、夏(か)を猾(みだ)り、寇賊(こうぞく)姦(かん)軌(き)あり。
汝作士、五刑有服、五服三就、五流有度、五度三居。維明能信。
汝(なんじ)、士(し)と作(な)り、五(ご)刑(けい)は服(ふく)有(あ)り、五(ご)服(ふく)は三(さん)就(しゅう)し、五(ご)流(りゅう)は度(たく)有(あ)り、五(ご)度(たく)は三居(さんきょ)し、維(こ)れ明(あき)らかに能(よ)く信(しん)なれ。
舜曰、誰能馴予工。皆曰垂可。於是以垂爲共工。
舜(しゅん)曰(いわ)く、誰(たれ)か能(よ)く予(よ)が工(こう)に馴(したが)わん、と。皆(みな)曰(いわ)く、垂(すい)、可(か)なり、と。是(ここ)に於(お)いて垂(すい)を以(もっ)て共(きょう)工(こう)と為(な)す。
舜曰、誰能馴予上下草木鳥獸、皆曰益可。於是以益爲朕虞。
舜(しゅん)曰(いわ)く、誰(たれ)か能(よ)く予(よ)が上(しょう)下(か)の草木(そうもく)鳥(ちょう)獣(じゅう)に馴(したが)わん、と、皆(みな)曰(いわ)く、益(えき)、可(か)なり、と。是(ここ)に於(お)いて益(えき)を以(もっ)て朕(わ)が虞(ぐ)と為(な)す。
益拜稽首、讓于諸臣朱虎、熊羆。舜曰、往矣、汝諧。遂以朱虎、熊羆爲佐。
益(えき)、拝(はい)稽首(けいしゅ)し、諸臣(しょしん)、朱(しゅ)虎(こ)・熊(ゆう)羆(ひ)に譲(ゆず)る。舜(しゅん)曰(いわ)く、往(ゆ)け、汝(なんじ)諧(やわら)げよ、と。遂(つい)に朱(しゅ)虎(こ)・熊(ゆう)羆(ひ)を以(もっ)て佐(さ)と為(な)す。
20 舜曰、嗟、四嶽、有能典朕三禮。皆曰伯夷可。
舜(しゅん)曰(いわ)く、嗟(ああ)、四(し)岳(がく)、能(よ)く朕(わ)が三礼(さんれい)を典(つかさど)るもの有(あ)らんか、と。皆(みな)曰(いわ)く、伯(はく)夷(い)可(か)なり、と。
舜曰、嗟、伯夷、以汝爲秩宗。夙夜維敬、直哉。維靜絜。
舜(しゅん)曰(いわ)く、嗟(ああ)、伯(はく)夷(い)、汝(なんじ)を以(もっ)て秩宗(ちつそう)と為(な)す。夙(しゅく)夜(や)維(こ)れ敬(つつし)み、直(ちょく)なれや。維(こ)れ静絜(せいけつ)なれ、と。
伯夷讓夔、龍。舜曰、然。以夔爲典樂、教穉子。
伯(はく)夷(い)、夔(き)・龍(りょう)に譲(ゆず)る。舜(しゅん)曰(いわ)く、然(しか)り、と。夔(き)を以(もっ)て典楽(てんがく)と為(な)し、稚子(ちし)を教(おし)えしむ。
直而温、寛而栗、剛而毋虐、簡而毋傲。
直(ちょく)にして而(しか)も温(おん)、寛(かん)にして而(しか)も栗(りつ)、剛(ごう)にして而(しか)も虐(ぎゃく)する毋(な)く、簡(かん)にして而(しか)も傲(おご)る毋(な)かれ。
詩言意、歌長言、聲依永、律和聲。八音能諧、毋相奪倫、神人以和。
詩(し)は意(い)を言(い)い、歌(うた)は言(げん)を長(なが)くし、声(こえ)は永(なが)きに依(よ)り、律(りつ)は声(こえ)を和(わ)す。八音(はちいん)能(よ)く諧(やわら)ぎ、倫(りん)を相(あい)奪(うば)うこと毋(な)くんば、神人(しんじん)以(もっ)て和(わ)せん、と。
夔曰、於、予撃石拊石、百獸率舞。
夔(き)曰(いわ)く、於(ああ)、予(われ)、石(いし)を撃(う)ち石(いし)を拊(う)てば、百獣(ひゃくじゅう)率(ひき)いて舞(ま)わん、と。
舜曰、龍、朕畏忌讒説殄僞、振驚朕衆。命汝爲納言。夙夜出入朕命、惟信。
舜(しゅん)曰(いわ)く、龍(りょう)、朕(われ)、讒説(ざんせつ)の偽(い)を殄(た)ち、朕(わ)が衆(しゅう)を振驚(しんけい)するを畏忌(いき)す。汝(なんじ)に命(めい)じて納言(のうげん)と為(な)す。夙(しゅく)夜(や)朕(わ)が命(めい)を出(すい)入(にゅう)して、惟(こ)れ信(しん)なれ、と。
21 舜曰、嗟、女二十有二人、敬哉、惟時相天事。三歳一考功、三考絀陟。遠近衆功咸興。分北三苗。
舜(しゅん)曰(いわ)く、嗟(ああ)、女(なんじ)二(に)十(じゅう)有(ゆう)二(に)人(にん)、敬(つつし)めよや、惟(こ)れ時(こ)れ天(てん)事(じ)を相(たす)けよ、と。三歳(さんさい)に一(いち)たび功(こう)を考(かんが)え、三考(さんこう)して絀陟(ちゅつちょく)す。遠近(えんきん)の衆(しゅう)功(こう)咸(みな)興(おこ)る。三(さん)苗(びょう)を分北(ぶんばい)す。
此二十二人咸成厥功。皋陶爲大理平、民各伏得其實。
此(こ)の二(に)十(じゅう)二(に)人(にん)、咸(みな)厥(そ)の功(こう)を成(な)す。皐陶(こうよう)、大(たい)理(り)と為(な)り平(たいら)かに、民(たみ)各〻(おのおの)伏(ふ)して其(そ)の実(じつ)を得(う)。
伯夷主禮、上下咸讓。垂主工師、百工致功。益主虞、山澤辟。弃主稷、百穀時茂。契主司徒、百姓親和。龍主賓客、遠人至。
伯(はく)夷(い)、礼(れい)を主(つかさど)り、上(しょう)下(か)咸(みな)譲(ゆず)る。垂(すい)、工(こう)師(し)を主(つかさど)り、百(ひゃく)工(こう)功(こう)を致(いた)す。益(えき)、虞(ぐ)を主(つかさど)り、山沢(さんたく)辟(ひら)く。弃(き)、稷(しょく)を主(つかさど)り、百穀(ひゃくこく)時(とき)に茂(しげ)る。契(せつ)、司徒(しと)を主(つかさど)り、百(ひゃく)姓(せい)親(しん)和(わ)す。龍(りょう)、賓客(ひんかく)を主(つかさど)り、遠人(えんじん)至(いた)る。
十二牧行而九州莫敢辟違。唯禹之功爲大。披九山、通九澤、決九河、定九州。
十(じゅう)二(に)牧(ぼく)行(ゆ)きて、九(きゅう)州(しゅう)敢(あ)えて辟違(ひい)するもの莫(な)し。唯(ただ)禹(う)の功(こう)を大(だい)なりと為(な)す。九(きゅう)山(ざん)を披(ひら)き、九(きゅう)沢(たく)を通(つう)じ、九(きゅう)河(か)を決(けっ)し、九(きゅう)州(しゅう)を定(さだ)む。
各以其職來貢、不失厥宜。
各〻(おのおの)其(そ)の職(しょく)を以(もっ)て来貢(らいこう)し、厥(そ)の宜(よろ)しきを失(うしな)わず。
方五千里、至于荒服、南撫交阯、北發、西戎、析枝、渠廋、氐羌、北山戎、發、息慎、東長、鳥夷、四海之内、咸戴帝舜之功。
方(ほう)五(ご)千(せん)里(り)、荒服(こうふく)に至(いた)るまで、南(みなみ)は交(こう)阯(し)・北発(ほくはつ)、西(にし)は戎(じゅう)・析(せっ)枝(し)・渠(きょ)廋(しゅう)・氐(てい)羌(きょう)、北(きた)は山(さん)戎(じゅう)・発(はつ)・息慎(そくしん)、東(ひがし)は長(ちょう)・鳥(ちょう)夷(い)を撫(ぶ)し、四(し)海(かい)の内(うち)、咸(みな)帝(てい)舜(しゅん)の功(こう)を戴(いただ)く。
於是、禹乃興九招之樂、致異物、鳳皇來翔。天下明德、皆自虞帝始。
是(ここ)に於(お)いて、禹(う)乃(すなわ)ち九招(きゅうしょう)の楽(がく)を興(おこ)し、異(い)物(ぶつ)を致(いた)し、鳳皇(ほうおう)来(きた)り翔(かけ)る。天(てん)下(か)の徳(とく)を明(あき)らかにする、皆(みな)虞(ぐ)帝(てい)より始(はじ)まる。
22 舜年二十以孝聞、年三十堯舉之、年五十攝行天子事。年五十八堯崩。
舜(しゅん)、年(とし)二(に)十(じゅう)にして孝(こう)を以(もっ)て聞(きこ)え、年(とし)三(さん)十(じゅう)にして堯(ぎょう)、之(これ)を挙(あ)げ、年(とし)五(ご)十(じゅう)にして天(てん)子(し)の事(こと)を摂行(せっこう)す。年(とし)五(ご)十(じゅう)八(はち)にして堯(ぎょう)崩(ほう)ず。
年六十一代堯踐帝位。踐帝位三十九年、南巡狩、崩於蒼梧之野。
年(とし)六(ろく)十(じゅう)一(いち)にして堯(ぎょう)に代(かわ)りて帝(てい)位(い)を践(ふ)む。帝(てい)位(い)を践(ふ)むこと三(さん)十(じゅう)九(く)年(ねん)、南(みなみ)に巡(じゅん)狩(しゅ)し、蒼(そう)梧(ご)の野(や)に崩(ほう)ず。
葬於江南九疑。是爲零陵。
江南(こうなん)の九(きゅう)疑(ぎ)に葬(ほうむ)る。是(これ)を零陵(れいりょう)と為(な)す。
舜之踐帝位、載天子旗、往朝父瞽叟。夔夔唯謹、如子道。封弟象爲諸侯。
舜(しゅん)、帝(てい)位(い)を践(ふ)むや、天(てん)子(し)の旗(はた)を載(の)せ、往(ゆ)きて父(ちち)瞽(こ)叟(そう)に朝(ちょう)す。夔夔(きき)として唯(ただ)謹(つつし)み、子(こ)の道(みち)の如(ごと)くす。弟(おとうと)の象(しょう)を封(ほう)じて諸侯(しょこう)と為(な)す。
舜子商均亦不肖。舜乃豫薦禹於天。十七年而崩。三年喪畢、禹亦乃讓舜子、如舜讓堯子。諸侯歸之。然後禹踐天子位。
舜(しゅん)の子(こ)商(しょう)均(きん)も亦(ま)た不(ふ)肖(しょう)なり。舜(しゅん)乃(すなわ)ち予(あらかじ)め禹(う)を天(てん)に薦(すす)む。十(じゅう)七(しち)年(ねん)にして崩(ほう)ず。三(さん)年(ねん)の喪(も)畢(おわ)り、禹(う)も亦(ま)た乃(すなわ)ち舜(しゅん)の子(こ)に譲(ゆず)ること、舜(しゅん)の堯(ぎょう)の子(こ)に譲(ゆず)れるが如(ごと)くす。諸侯(しょこう)之(これ)に帰(き)す。然(しか)る後(のち)禹(う)天(てん)子(し)の位(くらい)を践(ふ)む。
堯子丹朱、舜子商均、皆有彊土、以奉先祀。
堯(ぎょう)の子(こ)丹朱(たんしゅ)、舜(しゅん)の子(こ)商(しょう)均(きん)、皆(みな)彊(きょう)土(ど)を有(たも)ち、以(もっ)て先(せん)祀(し)を奉(ほう)ず。
服其服、禮樂如之、以客見天子。天子弗臣、示不敢專也。
其(そ)の服(ふく)を服(ふく)し、礼楽(れいがく)之(かく)の如(ごと)くし、客(かく)を以(もっ)て天(てん)子(し)に見(まみ)ゆ。天(てん)子(し)、臣(しん)とせざるは、敢(あ)えて専(もっぱ)らにせざるを示(しめ)すなり。
23 自黃帝至舜禹、皆同姓。而異其國號、以章明德。
黄帝(こうてい)より舜(しゅん)・禹(う)に至(いた)るまで、皆(みな)同姓(どうせい)なり。而(しこう)して其(そ)の国号(こくごう)を異(こと)にし、以(もっ)て明徳(めいとく)を章(あきら)かにす。
故黃帝爲有熊、帝顓頊爲高陽、帝嚳爲高辛、帝堯爲陶唐、帝舜爲有虞、帝禹爲夏后。
故(ゆえ)に黄帝(こうてい)を有熊(ゆうゆう)と為(な)し、帝(てい)顓(せん)頊(ぎょく)を高陽(こうよう)と為(な)し、帝(てい)嚳(こく)を高辛(こうしん)と為(な)し、帝(てい)堯(ぎょう)を陶唐(とうとう)と為(な)し、帝(てい)舜(しゅん)を有(ゆう)虞(ぐ)と為(な)し、帝(てい)禹(う)を夏(か)后(こう)と為(な)す。
而別氏、姓姒氏。契爲商、姓子氏。弃爲周、姓姫氏。
而(しこう)して氏(し)を別(わか)って、姓(せい)は姒氏(じし)。契(せつ)を商(しょう)と為(な)す、姓(せい)は子氏(しし)。弃(き)を周(しゅう)と為(な)す、姓(せい)は姫氏(きし)。
五帝本紀第一(黄帝) 五帝本紀第一(顓頊)
五帝本紀第一(高辛) 五帝本紀第一(堯帝)
五帝本紀第一(舜帝) 五帝本紀第一(賛)
楚元王世家第二十 司馬穣苴列伝第四
田単列伝第二十二