史記 五帝本紀第一(黄帝)
01 黃帝者、少典之子、姓公孫、名曰軒轅。
黄帝は少典の子、姓は公孫、名は軒轅と曰う。
- ウィキソース「史記/卷001」「史記三家註/卷001」参照。
- 黄帝 … 古代の伝説上の帝王。五帝の一人。姓は公孫、名は軒轅。ウィキペディア【黄帝】参照。
- 少典 … 諸侯の国号。人名ではない。
- 公孫 … 黄帝の姓。
- 軒轅 … 黄帝の名。
生而神靈、弱而能言、幼而徇齊、長而敦敏、成而聰明。
生まれて神霊、弱にして能く言い、幼にして徇斉、長じて敦敏、成りて聡明なり。
- 神霊 … 神のように霊妙なこと。
- 弱 … 乳児の頃。まだ言葉が話せない頃。
- 能言 … 言葉を話すことができた。
- 幼 … 幼少の頃。
- 徇斉 … 賢くて物わかりが速いこと。
- 長 … 少年時代。
- 敦敏 … 真心が厚く、敏い。
- 成 … 成人する。
軒轅之時、神農氏世衰。
軒轅の時、神農氏の世衰う。
- 軒轅之時 … 黄帝が生まれ育った時代。
- 神農 … 伝説上の太古の帝王。三皇の一人。ウィキペディア【神農】参照。
- 世 … 治世。神農氏の後世の子孫の治世を指す。
諸侯相侵伐、暴虐百姓。而神農氏弗能征。
諸侯相侵し伐ち、百姓を暴虐す。而して神農氏征する能わず。
- 百姓 … 人民。
- 暴虐 … むごいやり方や乱暴な振舞で人を苦しめること。
- 弗能征 … 鎮圧することができなかった。
- 弗能 … 「不能~」と同じ。「~(する)あたわず」と読み、「~できない」と訳す。「能」の否定形。
於是軒轅乃習用干戈、以征不享。
是に於いて軒轅乃ち干戈を用うることを習い、以て不享を征す。
- 於是 … 「ここにおいて」と読み、「そこで」と訳す。ちなみに「是以」は「ここをもって」と読み、「こういうわけで」と訳す。「以是」は「これをもって」と読み、「この点から」と訳す。
- 軒轅 … 黄帝のこと。
- 干戈 … 武器。
- 以 … 底本では「㠯」に作るが、中華書局標点本に従い改めた。「㠯」は、「以」の異体字。
- 不享 … 朝貢しない諸侯。転じて、服従しない諸侯。
諸侯咸來賓從。而蚩尤最爲暴、莫能伐。炎帝欲侵陵諸侯。諸侯咸歸軒轅。
諸侯咸来りて賓従す。而して蚩尤最も暴を為すも、能く伐つもの莫し。炎帝諸侯を侵陵せんと欲す。諸侯咸軒轅に帰す。
- 蚩尤 … 伝説上の黄帝時代の諸侯一人。兵乱を好み、黄帝と涿鹿の野で戦ったが、敗れて殺されたという。ウィキペディア【蚩尤】参照。
軒轅乃修徳振兵、治五氣、蓺五種、撫萬民、度四方、教熊羆貔貅貙虎、以與炎帝戰於阪泉之野。
軒轅乃ち徳を修め兵を振え、五気を治め、五種を蓺え、万民を撫で、四方を度り、熊・羆・貔・貅・貙・虎に教え、以て炎帝と阪泉の野に戦う。
三戰、然後得其志。蚩尤作亂、不用帝命。於是黃帝乃徴師諸侯、與蚩尤戰於涿鹿之野、遂禽殺蚩尤。而諸侯咸尊軒轅爲天子。代神農氏。是爲黃帝。
三たび戦いて、然る後其の志を得。蚩尤乱を作し、帝の命を用いず。是に於いて黄帝乃ち師を諸侯に徴し、蚩尤と涿鹿の野に戦い、遂に蚩尤を禽殺す。而して諸侯咸軒轅を尊びて天子と為す。神農氏に代る。是を黄帝と為す。
02 天下有不順者、黃帝從而征之、平者去之。披山通道、未嘗寧居。
天下に順わざる者有れば、黄帝従って之を征し、平げば之を去る。山を披きて道を通じ、未だ嘗て寧居せず。
- 不順者 … 服従しない者。
- 征 … 征伐する。
- 披 … 切り開く。
- 寧居 … 心安らかにしていること。
東至于海、登丸山、及岱宗、西至于空桐、登雞頭、南至于江、登熊湘、北逐葷粥。
東は海に至り、丸山に登り、岱宗に及び、西は空桐に至り、雞頭に登り、南は江に至り、熊湘に登り、北は葷粥を逐う。
- 岱宗 … 泰山のこと。別名東岳。「宗」は、本家の意で、五岳の中の主峰のこと。ウィキペディア【泰山】参照。
- 熊湘 … 熊耳山と湘山。『史記今註』によると、熊耳山は湖南省益陽県の西、湘山は湖南省岳陽県の西南にあるという。
合符釜山、而邑于涿鹿之阿。遷徙往來無常處、以師兵爲營衞。
符を釜山に合わせて、涿鹿の阿に邑す。遷徙往来して常処無く、師兵を以て営衛と為す。
- 符 … 符契。割り符。
官名皆以雲命、爲雲師。置左右大監、監于萬國。萬國和、而鬼神山川封禪、與爲多焉。
官の名は皆雲を以て命じ、雲師と為す。左右大監を置き、万国を監せしむ。万国和ぎ、而して鬼神山川の封禅は、与して多なりと為す。
獲寶鼎、迎日推筴。舉風后、力牧、常先、大鴻以治民。
宝鼎を獲、日を迎え筴を推す。風后・力牧・常先・大鴻を挙げ、以て民を治めしむ。
順天地之紀、幽明之占、死生之説、存亡之難。
天地の紀、幽明の占、死生の説、存亡の難に順う。
時播百穀草木、淳化鳥獸蟲蛾、旁羅日月星辰水波土石金玉、勞勤心力耳目、節用水火材物。
時に百穀草木を播き、鳥獣蟲蛾を淳化し、日月・星辰・水波・土石・金玉を旁羅し、心力耳目を労勤し、水火材物を節用す。
- 百穀 … いろいろの穀物。多くの穀物。
- 旁羅 … 遍く布く。「旁」は、底本では「」に作る。旁の本字。
有土德之瑞、故號黃帝。
土徳の瑞有り、故に黄帝と号す。
- 土徳之瑞 … 黄帝は土の徳を有しているので、黄竜や地螾が現れたという。「地螾」は、蚯蚓の異名。『史記』封禅書に「黄帝は土徳を得、黄竜・地螾見る」(黃帝得土德、黃龍地螾見)とある。ウィキソース「史記/卷028」参照。「瑞」は、瑞祥。「土徳」は、鄒衍が唱えた五徳終始説に基づく。各王朝は五行の徳をそれぞれ有しており、その徳に従って王朝が交代していくという。
03 黃帝二十五子、其得姓者十四人。
黄帝二十五子あり、其の姓を得たる者十四人。
黃帝居軒轅之丘、而娶於西陵氏之女、是爲嫘祖。
黄帝、軒轅の丘に居りて、西陵氏の女を娶り、是を嫘祖と為す。
- 氏 … 中華書局標点本にはこの字なし。
嫘祖爲黃帝正妃。生二子。
嫘祖は黄帝の正妃たり。二子を生む。
其後皆有天下。其一曰玄囂。是爲青陽。青陽降居江水。
其の後、皆天下を有つ。其の一を玄囂と曰う。是を青陽と為す。青陽は降りて江水に居る。
- 玄囂 … 伝説上の古代の帝王。少昊。名は摯、または玄囂。黄帝の長子。帝嚳の祖父。青陽に国を建てたので青陽氏ともいう。のちに曲阜に都を置いた。ウィキペディア【少昊】参照。
- 降 … 天子の子が諸侯になること。
其二曰昌意。降居若水。昌意娶蜀山氏女。曰昌僕。生高陽。
其の二を昌意と曰う。降りて若水に居る。昌意、蜀山氏の女を娶る。昌僕と曰う。高陽を生む。
高陽有聖悳焉。黃帝崩。葬橋山。
高陽、聖徳有り。黄帝崩ず。橋山に葬る。
- 悳 … 「徳」の異体字。
其孫昌意之子高陽立。是爲帝顓頊也。
其の孫、昌意の子なる高陽立つ。是を帝顓頊と為す。
- 顓頊 … 古代の伝説上の天子。黄帝の孫。五帝の一人。高陽(河南省杞県)に国を建てたので高陽氏といった。ウィキペディア【センギョク】参照。
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