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史記 五(ご)帝(てい)本(ほん)紀(ぎ)第一(堯帝(ぎょうてい))

06 帝堯者放勳、其仁如天、其知如神、就之如日、望之如雲。
帝(てい)堯(ぎょう)は放勲(ほうくん)、其(そ)の仁(じん)は天(てん)の如(ごと)く、其(そ)の知(ち)は神(しん)の如(ごと)く、之(これ)に就(つ)くこと日(ひ)の如(ごと)く、之(これ)を望(のぞ)むこと雲(くも)の如(ごと)し。
  • ウィキソース「史記/卷001」「史記三家註/卷001」参照。
  • 堯 … 古代の伝説上の聖天子。名は放勲。舜を後継者として皇帝の位を譲った。ウィキペディア【堯】参照。
富而不驕、貴而不舒。
富(と)めども驕(おご)らず、貴(たっと)けれども舒(あなど)らず。
黃收純衣、彤車乘白馬。能明馴德、以親九族。九族既睦、便章百姓。百姓昭明、合和萬國。
黄(こう)収(しゅう)純(じゅん)衣(い)、彤車(とうしゃ)にして白(はく)馬(ば)に乗(の)る。能(よ)く馴(じゅん)徳(とく)を明(あき)らかにし、以(もっ)て九(きゅう)族(ぞく)を親(した)しむ。九(きゅう)族(ぞく)既(すで)に睦(むつ)まじくして、百(ひゃく)姓(せい)を便(べん)章(しょう)す。百(ひゃく)姓(せい)昭(しょう)明(めい)にして、万国(ばんこく)を合(ごう)和(わ)す。
07 乃命羲和、敬順昊天、數法日月星辰、敬授民時。
乃(すなわ)ち羲(ぎ)・和(か)に命(めい)じ、敬(つつし)みて昊天(こうてん)に順(したが)い、日月(じつげつ)星辰(せいしん)を数(かぞ)え法(のっと)り、敬(つつし)みて民(たみ)に時(とき)を授(さず)けしむ。
分命羲仲、居郁夷、曰暘谷。
分(わか)ちて羲(ぎ)仲(ちゅう)に命(めい)じて、郁(いく)夷(い)に居(お)らしむ、暘谷(ようこく)と曰(い)う。
敬道日出、便程東作。日中、星鳥、以殷中春。其民析、鳥獸字微。
敬(つつし)みて日(ひ)の出(い)づるを道(みちび)き、東作(とうさく)を便程(べんてい)す。日(ひ)は中(ちゅう)、星(はし)は鳥(ちょう)、以(もっ)て中春(ちゅうしゅん)を殷(ただ)す。其(そ)の民(たみ)は析(わか)れ、鳥獣(ちょうじゅう)は字微(じび)す。
申命羲叔、居南交。便程南爲、敬致。日永、星火、以正中夏。
申(かさ)ねて羲(ぎ)叔(しゅく)に命(めい)じて、南交(なんこう)に居(お)らしむ。南(なん)為(い)を便程(べんてい)し、敬(つつし)みて致(いた)す。日(ひ)は永(なが)く、星(ほし)は火(か)、以(もっ)て中(ちゅう)夏(か)を正(ただ)す。
其民因、鳥獸希革。申命和仲、居西土、曰昧谷。
其(そ)の民(たみ)は因(よ)り、鳥獣(ちょうじゅう)は希(き)革(かく)す。申(かさ)ねて和(か)仲(ちゅう)に命(めい)じて、西(せい)土(ど)に居(お)らしむ、昧谷(まいこく)と曰(い)う。
敬道日入、便程西成。夜中、星虚、以正中秋。
敬(つつし)みて日(ひ)の入(い)るを道(みちび)き、西成(せいせい)を便程(べんてい)。夜(よ)は中(ちゅう)、星(ほし)は虚(きょ)、以(もっ)て中秋(ちゅうしゅう)を正(ただ)す。
其民夷易、鳥獸毛毨。申命和叔、居北方、曰幽都。
其(そ)の民(たみ)は夷易(いい)し、鳥獣(ちょうじゅう)は毛毨(もうせん)す。申(かさ)ねて和(か)叔(しゅく)に命(めい)じて、北方(ほくほう)に居(お)らしむ、幽(ゆう)都(と)と曰(い)う。
便在伏物。日短、星昴、以正中冬。
伏物(ふくぶつ)を便在(べんざい)す。日(ひ)は短(みじか)く、星(ほし)は昴(ぼう)、以(もっ)て中(ちゅう)冬(とう)を正(ただ)す。
其民燠、鳥獸氄毛。歳三百六十六日、以閏月正四時。信飭百官、衆功皆興。
其(そ)の民(たみ)は燠(あたた)まり、鳥獣(ちょうじゅう)は氄(じょう)毛(もう)す。歳(とし)三(さん)百(びゃく)六(ろく)十(じゅう)六(ろく)日(にち)、閏(じゅん)月(げつ)を以(もっ)て四(しい)時(じ)を正(ただ)す。信(まこと)に百(ひゃっ)官(かん)を飭(ととの)え、衆(しゅう)功(こう)皆(みな)興(おこ)る。
08 堯曰、誰可順此事。放齊曰、嗣子丹朱開明。
堯(ぎょう)曰(いわ)く、誰(たれ)か此(こ)の事(こと)に順(したが)う可(べ)き、と。放斉(ほうせい)曰(いわ)く、嗣子(しし)丹朱(たんしゅ)開明(かいめい)なり、と。
堯曰、吁、頑凶、不用。堯又曰、誰可者。讙兜曰、共工旁聚布功、可用。
堯(ぎょう)曰(いわ)く、吁(ああ)、頑(がん)凶(きょう)なり、用(もち)いられず、と。堯(ぎょう)又(また)曰(いわ)く、誰(たれ)か可(か)なる者(もの)ぞ、と。讙兜(かんとう)曰(いわ)く、共(きょう)工(こう)は旁(あまね)く聚(あつ)めて功(こう)を布(し)かん、用(もち)う可(べ)し、と。
  • 旁 … 底本では「mojikyo_font_013627」に作る。旁の本字。
堯曰、共工善言、其用僻。似恭漫天。不可。
堯(ぎょう)曰(いわ)く、共(きょう)工(こう)は善(よ)く言(い)えども、其(そ)の用(もち)うるや僻(へき)す。恭(きょう)に似(に)たれども天(てん)を漫(あなど)る。不可(ふか)なり、と。
堯又曰、嗟、四嶽、湯湯洪水滔天、浩浩懷山襄陵。下民其憂、有能使治者。
堯(ぎょう)又(また)曰(いわ)く、嗟(ああ)、四(し)岳(がく)、湯湯(しょうしょう)たる洪水(こうずい)天(てん)に滔(はびこ)り、浩浩(こうこう)として山(やま)を懐(つつ)み陵(おか)に襄(のぼ)る。下(か)民(みん)其(そ)れ憂(うれ)う、能(よ)く治(おさ)めしむる者(もの)有(あ)らんや、と。
皆曰、鯀可。堯曰、鯀負命毀族、不可。
皆(みな)曰(いわ)く、鯀(こん)可(か)なり、と。堯(ぎょう)曰(いわ)く、鯀(こん)は命(めい)に負(そむ)き族(ぞく)を毀(やぶ)る、不可(ふか)なり、と。
嶽曰、异哉、試不可用而已。
岳(がく)曰(いわ)く、异(あ)げんかな、試(こころ)みて、用(もち)う可(べ)からずんば而(すなわ)ち已(や)めん、と。
堯於是聽嶽用鯀。九歳功用不成。
堯(ぎょう)是(ここ)に於(お)いて岳(がく)に聴(き)きて鯀(こん)を用(もち)う。九(きゅう)歳(さい)まで功用(こうよう)成(な)らず。
09 堯曰、嗟、四嶽、朕在位七十載、汝能庸命。踐朕位。
堯(ぎょう)曰(いわ)く、嗟(ああ)、四(し)岳(がく)、朕(われ)、位(くらい)に在(あ)ること七十(しちじっ)載(さい)、汝(なんじ)能(よ)く命(めい)を庸(もち)う。朕(わ)が位(くらい)を践(ふ)め、と。
嶽應曰、鄙悳、忝帝位。
岳(がく)応(こた)えて曰(いわ)く、鄙(ひ)徳(とく)なり、帝(てい)位(い)を忝(はずか)しめん、と。
堯曰、悉舉貴戚及疏遠隱匿者。
堯(ぎょう)曰(いわ)く、悉(ことごと)く貴(き)戚(せき)及(およ)び疏(そ)遠(えん)隠匿(いんとく)の者(もの)を挙(あ)げよ、と。
衆皆言於堯曰、有矜在民閒、曰虞舜。
衆(しゅう)皆(みな)堯(ぎょう)に言(い)いて曰(いわ)く、矜(やもめ)有(あ)りて民間(みんかん)に在(あ)り、虞(ぐ)舜(しゅん)と曰(い)う、と。
  • 虞舜 … 古代の伝説上の聖天子。姓は姚(よう)。虞に国を建てたので虞舜、または有虞氏と呼ばれる。堯から譲位を受け皇帝となった。ウィキペディア【舜】参照。
堯曰、然、朕聞之。其何如。
堯(ぎょう)曰(いわ)く、然(しか)り、朕(われ)も之(これ)を聞(き)けり。其(そ)れ何如(いかん)。
嶽曰、盲者子。父頑、母嚚、弟傲、能和以孝、烝烝治不至姦。
岳(がく)曰(いわ)く、盲者(もうしゃ)の子(こ)。父(ちち)は頑(がん)に、母(はは)は嚚(ぎん)に、弟(おとうと)は傲(ごう)なるも、能(よ)く和(やわら)ぐるに孝(こう)を以(もっ)てし、烝烝(じょうじょう)として治(おさ)めて姦(かん)に至(いた)らしめず、と。
堯曰、吾其試哉。
堯(ぎょう)曰(いわ)く、吾(われ)、其(そ)れ試(こころ)みんかな、と。
於是堯妻之二女、觀其徳於二女。舜飭下二女於媯汭、如婦禮。堯善之。
是(ここ)に於(お)いて堯(ぎょう)は之(これ)に二(に)女(じょ)を妻(めあわ)せ、其(そ)の徳(とく)の二(に)女(じょ)に於(お)けるを観(み)る。舜(しゅん)、二(に)女(じょ)を媯(き)汭(ぜい)に飭(ととの)え下(くだ)し、婦(ふ)の礼(れい)の如(ごと)くす。堯(ぎょう)、之(これ)を善(よ)みす。
  • 媯汭 … 媯(き)水(すい)の流れの入りこんで曲がった所。舜が堯の二人の娘をめとった所。現在の山西省永済市にあるという。「汭」は、川が曲がって入りこんだ所。
10 乃使舜慎和五典。五典能從。乃徧入百官。百官時序、賓於四門。四門穆穆、諸侯遠方賓客皆敬。堯使舜入山林川澤。暴風雷雨、舜行不迷。堯以爲聖。
乃(すなわ)ち舜(しゅん)をして慎(つつし)みて五(ご)典(てん)を和(やわら)げしむ。五(ご)典(てん)能(よ)く従(したが)う。乃(すなわ)ち徧(あまね)く百(ひゃっ)官(かん)に入(い)らしむ。百(ひゃっ)官(かん)時(こ)れ序(じょ)し、四(し)門(もん)に賓(ひん)せしむ。四(し)門(もん)穆穆(ぼくぼく)たり、諸侯(しょこう)、遠方(えんぽう)の賓客(ひんかく)、皆(みな)敬(けい)す。堯(ぎょう)、舜(しゅん)をして山林(さんりん)・川沢(せんたく)に入(い)らしむ。暴風(ぼうふう)・雷(らい)雨(う)にも、舜(しゅん)行(ゆ)きて迷(まよ)わず。堯(ぎょう)以(もっ)て聖(せい)と為(な)す。
召舜曰、女謀事至、而言可績三年矣。女登帝位。
舜(しゅん)を召(め)して曰(いわ)く、女(なんじ)、事(こと)を謀(はか)ること至(いた)り、而(しこう)して言(げん)、績(せき)とす可(べ)きこと三年(さんねん)。女(なんじ)、帝(てい)位(い)に登(のぼ)れ、と。
舜讓於徳、不懌。正月上日、舜受終於文祖。文祖者堯大祖也。於是帝堯老、命舜攝行天子之政、以觀天命。
舜(しゅん)、徳(とく)に譲(ゆず)り、懌(よろこ)ばず。正(しょう)月(がつ)上(じょう)日(じつ)、舜(しゅん)、終(おわり)を文(ぶん)祖(そ)に受(う)く。文(ぶん)祖(そ)とは堯(ぎょう)の大(たい)祖(そ)なり。是(ここ)に於(お)いて帝(てい)堯(ぎょう)老(ろう)し、舜(しゅん)に命(めい)じて天(てん)子(し)の政(まつりごと)を摂行(せっこう)せしめ、以(もっ)て天命(てんめい)を観(み)る。
11 舜乃在璿璣玉衡、以齊七政。遂類于上帝、禋于六宗、望于山川、辯于羣神。
舜(しゅん)乃(すなわ)ち璿(せん)璣(き)玉(ぎょく)衡(こう)を在(あきら)かにし、以(もっ)て七政(しちせい)を斉(ととの)う。遂(つい)に上(じょう)帝(てい)に類(るい)し、六宗(りくそう)に禋(いん)し、山川(さんせん)に望(ぼう)し、群神(ぐんしん)に弁(べん)す。
揖五瑞、擇吉月日、見四嶽諸牧、班瑞。
五(ご)瑞(ずい)を揖(おさ)め、吉月日(きつげつじつ)を択(えら)び、四(し)岳(がく)・諸牧(しょぼく)を見(み)、瑞(ずい)を班(わか)つ。
  • 牧 … 中華書局標点本では「牲」に作る。
歳二月、東巡狩、至於岱宗、祡、望秩於山川。
歳(とし)の二(に)月(がつ)、東(ひがし)に巡(じゅん)狩(しゅ)し、岱宗(たいそう)に至(いた)り、祡(さい)し、山川(さんせん)を望秩(ぼうちつ)す。
  • 祡 … 柴を焼いて天を祀ること。
遂見東方君長、合時月、正日、同律度量衡、脩五禮、五玉三帛二生一死爲摯、如五器、卒乃復。
遂(つい)に東方(とうほう)の君(くん)長(ちょう)を見(み)、時(じ)月(げつ)を合(あ)わせ、日(ひ)を正(ただ)しゅうし、律(りつ)度(ど)量(りょう)衡(こう)を同(おな)じゅうし、五(ご)礼(れい)を修(おさ)め、五(ご)玉(ぎょく)・三帛(さんぱく)・二(に)生(せい)・一(いっ)死(し)を摯(し)と為(な)し、五器(ごき)を如(ひと)しゅうし、卒(おわ)れば乃(すなわ)ち復(かえ)す。
五月、南巡狩、八月、西巡狩、十一月、北巡狩。皆如初。
五(ご)月(がつ)、南(みなみ)に巡(じゅん)狩(しゅ)し、八(はち)月(がつ)、西(にし)に巡(じゅん)狩(しゅ)し、十(じゅう)一(いち)月(がつ)、北(きた)に巡(じゅん)狩(しゅ)す。皆(みな)初(はじ)めの如(ごと)し。
歸至于祖禰廟、用特牛禮。五歳一巡狩、羣后四朝。徧告以言、明試以功、車服以庸。
帰(かえ)りて祖(そ)禰(でい)の廟(びょう)に至(いた)り、特(とく)牛(ぎゅう)の礼(れい)を用(もち)う。五(ご)歳(さい)に一(ひと)たび巡(じゅん)狩(しゅ)し、群后(ぐんこう)四(よ)たび朝(ちょう)す。徧(あまね)く告(つ)ぐるに言(げん)を以(もっ)てし、明(あき)らかに試(こころ)みるに功(こう)を以(もっ)てし、車服(しゃふく)は庸(よう)を以(もっ)てす。
  • 祖禰 … 先祖と父のみたまや。
肇十有二州、決川。象以典刑、流宥五刑、鞭作官刑、扑作教刑、金作贖刑、眚烖過赦、怙終賊刑。欽哉、欽哉、惟刑之靜哉。
十(じゅう)有(ゆう)二(に)州(しゅう)を肇(はじ)め、川(かわ)を決(けっ)す。象(しょう)するに典刑(てんけい)を以(もっ)てし、流(りゅう)して五(ご)刑(けい)を宥(ゆる)し、鞭(むち)を官刑(かんけい)と作(な)し、扑(ぼく)を教(きょう)刑(けい)と作(な)し、金(きん)を贖刑(とくけい)と作(な)し、眚(せい)烖(さい)の過(あやま)ちは赦(ゆる)し、怙(こ)終(しゅう)の賊(ぞく)をば刑(けい)す。欽(つつし)めよや、欽(つつし)めよや、惟(こ)れ刑(けい)を之(こ)れ静(しず)かにせんかな、と。
讙兜進言共工。堯曰不可。而試之工師。共工果淫辟。四嶽舉鯀治鴻水。
讙兜(かんとう)、共(きょう)工(こう)を進(すす)め言(い)う。堯(ぎょう)曰(いわ)く、不可(ふか)なり、と。而(しこう)して之(これ)を工(こう)師(し)に試(こころ)む。共(きょう)工(こう)果(はた)して淫辟(いんぺき)なり。四(し)岳(がく)、鯀(こん)を挙(あ)げて鴻水(こうずい)を治(おさ)めしめんとす。
堯以爲不可。嶽彊請試之。試之而無功。故百姓不便。
堯(ぎょう)、以(もっ)て不可(ふか)と為(な)す。岳(がく)、彊(し)いて之(これ)を試(こころ)みんと請(こ)う。之(これ)を試(こころ)みたれども功(こう)無(な)し。故(ゆえ)に百(ひゃく)姓(せい)、便(べん)とせず。
三苗在江淮荊州、數爲亂。
三(さん)苗(びょう)、江(こう)・淮(わい)・荊(けい)州(しゅう)に在(あ)りて、数〻(しばしば)乱(らん)を為(な)す。
於是舜歸而言於帝、請流共工於幽陵、以變北狄、放驩兜於崇山、以變南蠻、遷三苗於三危、以變西戎、殛鯀於羽山、以變東夷。四辠而天下咸服。
是(ここ)に於(お)いて、舜(しゅん)、帰(かえ)りて帝(てい)に言(い)い、請(こ)うて共(きょう)工(こう)を幽陵(ゆうりょう)に流し、以(もっ)て北狄(ほくてき)に変(へん)じ、驩兜(かんとう)を崇山(すうざん)に放(はな)ち、以(もっ)て南蛮(なんばん)に変(へん)じ、三(さん)苗(びょう)を三(さん)危(き)に遷(うつ)し、以(もっ)て西(せい)戎(じゅう)に変(へん)じ、鯀(こん)を羽(う)山(ざん)に殛(きょく)し、以(もっ)て東(とう)夷(い)に変(へん)ず。四(し)辠(ざい)して天(てん)下(か)咸(みな)服(ふく)す。
  • 咸 … 「みな」と読む。すべて。
12 堯立七十年得舜、二十年而老、令舜攝行天子之政、薦之於天。堯辟位凡二十八年而崩。
堯(ぎょう)立(た)ちて七(しち)十(じゅう)年(ねん)にして舜(しゅん)を得(え)、二(に)十(じゅう)年(ねん)にして老(ろう)し、舜(しゅん)をして天(てん)子(し)の政(まつりごと)を摂行(せっこう)せしめ、之(これ)を天(てん)に薦(すす)む。堯(ぎょう)、位(くらい)を辟(さ)けて凡(およ)そ二(に)十(じゅう)八(はち)年(ねん)にして崩(ほう)ず。
百姓悲哀、如喪父母。三年、四方莫舉樂、以思堯。
百(ひゃく)姓(せい)悲(ひ)哀(あい)し、父母(ふぼ)を喪(うしな)うが如(ごと)し。三(さん)年(ねん)、四(し)方(ほう)、楽(がく)を挙(あ)ぐる莫(な)く、以(もっ)て堯(ぎょう)を思(おも)う。
堯知子丹朱之不肖、不足授天下。於是乃權授舜。
堯(ぎょう)、子(こ)の丹朱(たんしゅ)の不(ふ)肖(しょう)にして、天(てん)下(か)を授(さず)くるに足(た)らざるを知(し)る。是(ここ)に於(お)いて乃(すなわ)ち権(はか)りて舜(しゅん)に授(さず)く。
授舜、則天下得其利、而丹朱病。授丹朱、則天下病而丹朱得其利。
舜(しゅん)に授(さず)くれば、則(すなわ)ち天(てん)下(か)其(そ)の利(り)を得(え)て、丹朱(たんしゅ)病(や)まん。丹朱(たんしゅ)に授(さず)くれば、則(すなわ)ち天(てん)下(か)病(や)みて丹朱(たんしゅ)其(そ)の利(り)を得(え)ん。
堯曰、終不以天下之病而利一人。而卒授舜以天下。
堯(ぎょう)曰(いわ)く、終(つい)に天(てん)下(か)の病(やまい)を以(もっ)て一人(いちにん)を利(り)せじ、と。而(しこう)して卒(つい)に舜(しゅん)に授(さず)くるに天(てん)下(か)を以(もっ)てす。
堯崩、三年之喪畢、舜讓辟丹朱於南河之南。
堯(ぎょう)崩(ほう)じ、三年(さんねん)の喪(も)畢(おわ)り、舜(しゅん)、譲(ゆず)りて丹朱(たんしゅ)を南(なん)河(か)の南(みなみ)に辟(さ)く。
諸侯朝覲者不之丹朱而之舜、獄訟者不之丹朱而之舜、謳歌者不謳歌丹朱而謳歌舜。舜曰、天也夫。而後之中國踐天子位焉。是爲帝舜。
諸侯(しょこう)の朝(ちょう)覲(きん)する者(もの)、丹朱(たんしゅ)に之(ゆ)かずして舜(しゅん)に之(ゆ)き、獄(ごく)訟(しょう)する者(もの)、丹朱(たんしゅ)に之(ゆ)かずして舜(しゅん)に之(ゆ)き、謳(おう)歌(か)する者(もの)、丹朱(たんしゅ)を謳(おう)歌(か)せずして舜(しゅん)を謳(おう)歌(か)す。舜(しゅん)曰(いわ)く、天(てん)なるかな、と。而(しこう)して後(のち)、中(ちゅう)国(ごく)に之(ゆ)き、天(てん)子(し)の位(くらい)を践(ふ)む。是(これ)を帝(てい)舜(しゅん)と為(な)す。
五帝本紀第一(黄帝) 五帝本紀第一(顓頊)
五帝本紀第一(高辛) 五帝本紀第一(堯帝)
五帝本紀第一(舜帝) 五帝本紀第一(賛)
楚元王世家第二十 司馬穣苴列伝第四
田単列伝第二十二