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売炭翁(白居易)

賣炭翁-苦宮市也
売炭(ばいたん)翁(おう)-宮(きゅう)市(し)に苦(くる)しむなり
白(はく)居(きょ)易(い)
  • 〔テキスト〕 『白氏文集』巻四(『四部叢刊 初編集部』所収、通称:四部叢刊本・那波本)、『白氏文集』巻四(南宋紹興刊本、通称:紹興本)、『白氏文集』巻四(明馬元調校刊本、通称:馬本)、『白香山詩集』巻四(清汪立名編訂本、通称:汪本)、『全唐詩』巻四百二十七、『楽府詩集』巻九十九、他
  • 七言古詩。翁・中(上平声東韻)/色・黑・食(入声職韻)/單・寒(上平声寒韻)/雪・轍(入声屑韻)・歇(入声月韻)通押/誰・兒(上平声支韻)/敕・北・得・直(入声職韻)、換韻。
  • ウィキソース「賣炭翁-苦官市也」参照。
  • 元和四年(809)、白居易三十八歳の作。「新楽府」五十首の第三十二首。
  • 売炭翁 … 「炭(すみ)を売(う)る翁(おきな)」と読んでもよい。炭売りの老人。
  • 苦宮市也 … 題下の自注。宮中役人の横暴に苦しむ。宮市は、宮中の必要物資を調達する機関。宦官が任命され、安値で買い上げたり、時には強奪など、横暴のかぎりを尽くしたという。『那波本』『紹興本』『楽府詩集』にはこの句がない。
  • 宮 … 『全唐詩』では「官」に作り、「一作宮」と注する。
  • 白居易 … 772~846。中唐の詩人。字(あざな)は楽天、号は香山居士。貞元十六年(800)、進士に及第。翰林学士、左拾遺などを歴任後、江州(江西省九江)司馬に左遷された。のち中央に復帰し、最後は刑部尚書の肩書で退官した。詩風は平易を第一とした。詩文集『白(はく)氏(し)文(もん)集(じゅう)』は平安時代に我が国へ伝えられ、日本文学に多大な影響を与えた。ウィキペディア【白居易】参照。
賣炭翁
売炭(ばいたん)翁(おう)
  • 売炭翁 … 炭売りの爺さん。
伐薪燒炭南山中
薪(たきぎ)を伐(き)り炭(すみ)を焼(や)く 南山(なんざん)の中(うち)
  • 南山 … 終南山。長安の南にある。
滿面塵灰煙火色
満面(まんめん)の塵灰(じんかい) 煙(えん)火(か)の色(いろ)
  • 満面 … 顔じゅう。
  • 塵灰 … 埃(ほこり)や灰(をかぶって)。
  • 煙火色 … すすけた色。
兩鬢蒼蒼十指黑
両(りょう)鬢(びん)蒼蒼(そうそう) 十(じっ)指(し)黒(くろ)し
  • 両鬢 … 左右の鬢(びん)の毛。鬢は、耳のわきに生えている髪の毛。
  • 蒼蒼 … 白髪まじりの様子。
  • 十指黒 … 十本の指はまっ黒だ。
賣炭得錢何所營
炭(すみ)を売(う)り銭(ぜに)を得(え)て 何(なん)の営(いとな)む所(ところ)ぞ
  • 何所営 … いったいどうしようというのか。手に入れたお金をいったい何に使うのか。
身上衣裳口中食
身(しん)上(じょう)の衣(い)裳(しょう) 口(こう)中(ちゅう)の食(しょく)
  • 身上衣裳 … 身につける着物。
  • 口中食 … 口に入れる食べ物(を買うためである)。
可憐身上衣正單
憐(あわれ)む可(べ)し 身(しん)上(じょう) 衣(い) 正(まさ)に単(ひとえ)なり
  • 可憐 … 気の毒なことに。かわいそうに。
  • 憐 … 『那波本』『紹興本』では「怜」に作る。こちらも「あわれむ」と読む。
  • 正 … ほんとうに。まったく。まぎれもなく。確かに。
  • 単 … 単(ひと)衣(え)の薄い着物。
心憂炭賤願天寒
心(こころ)に炭(すみ)の賤(やす)きを憂(うれ)え 天(てん)の寒(さむ)きを願(ねが)う
  • 賤 … 値段が安いこと。
  • 憂 … 恐れる。苦にする。
  • 願天寒 … もっと寒くならないかと願っている。
夜來城外一尺雪
夜(や)来(らい) 城(じょう)外(がい) 一(いっ)尺(しゃく)の雪(ゆき)
  • 夜来 … 昨夜以来。昨晩から。盛唐の劉長卿「早春」詩に「微雨(びう) 夜来歇(や)み、江南 春色迴(めぐ)る」(微雨夜來歇、江南春色迴)とある。微雨は、小(こ)雨(さめ)。ウィキソース「早春 (劉長卿)」参照。
  • 城外 … 町の外。長安の郊外。「外」は『全唐詩』では「上」に作る。
曉駕炭車輾冰轍
暁(あかつき)に炭車(たんしゃ)に駕(が)して 氷(ひょう)轍(てつ)を輾(ひ)く
  • 暁 … 明けがた。
  • 炭車 … 炭を積んだ荷車。
  • 駕 … 車に牛をつなぐこと。
  • 氷轍 … 凍りついた車輪の跡。凍った轍(わだち)。
  • 輾 … 車輪をゴロゴロと転(ころ)がす。
牛困人飢日已高
牛(うし)困(つか)れ 人(ひと)飢(う)えて 日(ひ)已(すで)に高(たか)し
  • 困 … 疲れる。
  • 人 … 売炭翁を指す。
  • 飢 … 空腹。
  • 日已高 … 太陽がもう高く昇っている。
市南門外泥中歇
市(し)の南門(なんもん)の外(そと) 泥(でい)中(ちゅう)に歇(やす)む
  • 市 … 市場。長安には東西二つの市場があった。
  • 泥中 … 雪解けのぬかるみ。泥んこ道。
  • 歇 … 一休みする。休憩する。
翩翩兩騎來是誰
翩翩(へんぺん)たる両(りょう)騎(き) 来(きた)るは是(こ)れ誰(たれ)ぞ
  • 翩翩 … 馬が勢いよく駆けてくる様子。また、衣服が軽やかにひるがえる様子と解釈する説もある。
  • 両騎 … 二頭の騎馬。
  • 翩翩兩騎 … 『全唐詩』には「一作兩騎翩翩」と注する。『汪本』では「兩騎翩翩」に作る。
  • 来是誰 … それはいったい誰かと見れば。
黃衣使者白衫兒
黄(こう)衣(い)の使(し)者(しゃ) 白衫(はくさん)の児(じ)
  • 黄衣使者 … 黄色い衣服を着た宮中の使者。宮市の係官である宦官が黄色い衣服を着ていたことを示す。
  • 白衫児 … 白い単(ひと)衣(え)の上着を着た若者。宮市の係官である宦官の助手。衫は、単(ひと)衣(え)。児は、若者。
手把文書口稱敕
手(て)に文書(ぶんしょ)を把(と)り 口(くち)に勅(ちょく)と称(しょう)し
  • 文書 … 書きつけ。宮中からの命令書。
  • 把 … 持って。
  • 勅 … 勅命。皇帝の命令。
迴車叱牛牽向北
車(くるま)を迴(めぐ)らし 牛(うし)を叱(しっ)し 牽(ひ)きて北(きた)に向(むか)わしむ
  • 迴車 … 車の向きを変えさせて。
  • 叱牛 … 牛をしっしっと追い立てて。
  • 牽向北 … 北の方へ向けてひっぱらせた。長安の北方に宮廷があったため。
一車炭重千餘斤
一車(いっしゃ)の炭(すみ)の重(おも)さ 千(せん)余(よ)斤(きん)
  • 一車 … 車いっぱいの。
  • 重 … 『那波本』『紹興本』『全唐詩』『楽府詩集』には、この字がない。『全唐詩』には「炭」の後に「一本此下有重字」と注する。
  • 斤 … 重さの単位。唐代の一斤は約六〇〇グラム。
宮使驅將惜不得
宮(きゅう)使(し)駆(か)り将(も)て 惜(お)しみ得(え)ず
  • 宮使 … 宮中の役人。宮市使。
  • 宮 … 『馬本』『全唐詩』では「官」に作る。
  • 駆将 … 運べと追い立てる。将は、動詞の下に付けて、語調を整える助字。
  • 惜不得 … 惜しんでもどうにもならない。
半疋紅綃一丈綾
半疋(はんびき)の紅(こう)綃(しょう) 一(いち)丈(じょう)の綾(あや)
  • 半疋 … 反物(たんもの)二丈。約六メートル。疋は、織物を数える単位。一疋は、長さ四丈の反物。当時の一丈は、約三メートル。
  • 紅綃 … 赤い薄絹。
  • 綃 … 『汪本』『紹興本』『全唐詩』『楽府詩集』では「紗」に作る。
  • 一丈 … 三メートル。
  • 綾 … あや絹。
繫向牛頭充炭直
牛(ぎゅう)頭(とう)に繫(か)けて 炭(すみ)の直(あたい)に充(み)つ
  • 牛頭 … 牛の頭。
  • 繫 … 引っ掛ける。くくり付ける。
  • 炭直 … 炭の代金。炭の代価。炭の値段。直は、値に同じ。
  • 充 … 当てろと言う。充は、充当する。
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