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雍也第六 20 樊遅問知章

139(06-20)
樊遅問知。子曰、務民之義、敬鬼神而遠之。可謂知矣。問仁。曰、仁者先難而後獲。可謂仁矣。
はんう。いわく、たみつとめ、しんけいしてこれとおざく。うべし。じんう。いわく、仁者じんしゃかたきをさきにしてるをのちにす。じんうべし。
現代語訳
  • 樊遅(ハンチ)がチエのことをきく。先生 ――「人間の義務をつくし、神をうやまうが頼らないのは、チエがあるといえるね。」人道をきく。先生 ――「なさけのある人が、難題を先にし利益をあとにするのは、人道的といえるね。」(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • はんが「知」についておたずねした。孔子様がおっしゃるよう、「人としての道をよくつとめ、神仏は崇敬すうけいするが、近づきれて神仏をけがしもてあそぶようなことをしないのが、知というべきじゃ。」さらにじんについておたずねした。孔子様がおっしゃるよう、「仁者じんしゃは進んで骨折り仕事を引受け、ほうしゅうとくを問題にしない。それが仁というものじゃ。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • はんが知について先師の教えを乞うた。先師がこたえられた。――
    「ひたすら現実社会の人倫の道に精進して、超自然界の霊は敬して遠ざける、それを知というのだ」
    樊遅はさらに仁について教えを乞うた。先師がこたえられた。――
    「仁者は労苦を先にして利得を後にする。仁とはそういうものなのだ」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 樊遅 … 前515?~?。孔子の弟子。姓は樊、名はしゅあざな子遅しち。魯の人。孔子より三十六歳(四十六歳)年少。ウィキペディア【樊须】(中文)参照。
  • 知 … 知恵。または知者の行い。
  • 民之義 … 人として行なうべき道理。また、民を教化するためにすべきこと。
  • 敬 … あがめうやまう。崇敬する。
  • 鬼神 … 祖先の神霊。神々。
  • 遠之 … 一定の距離をおいた存在として扱う。れ近づいてごやくを求めない。
  • 獲 … 得る。利益。
補説
  • 樊遅 … 『孔子家語』七十二弟子解に「樊須はんしゅひとあざな子遅しち。孔子よりわかきこと四十六歳。じゃくにして季氏に仕う」(樊須魯人、字子遲。少孔子四十六歳。弱仕於季氏)とある。ウィキソース「孔子家語/卷九」参照。また『史記』仲尼弟子列伝には「樊須はんしゅあざなは子遅。孔子よりわかきこと三十六歳」(樊須字子遲。少孔子三十六歳)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。
  • 樊遅問知 … 『義疏』に「孔子に智たるの道を問うなり」(問孔子爲智之道也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 務民之義 … 『集解』に引く王粛の注に「民を化導する所以の義を務むるなり」(務所以化導民之義也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「答えて曰く、若し智たらんことを欲せば、当に務めて民を化導するの義に在るべきなり」(答曰、若欲爲智、當務在化導民之義也)とある。また『集注』に「民も、亦た人なり」(民、亦人也)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 敬鬼神而遠之 … 『集解』に引く包咸の注に「鬼神を敬してけがさざるなり」(敬鬼神而不瀆也)とある。また『義疏』に「鬼神はあなどる可からず。故に曰く、鬼神を敬するなり、と。敬す可く近づく可からず。故に宜しく之を遠ざくべきなり」(鬼神不可慢。故曰、敬鬼神也。可敬不可近。故宜遠之也)とある。また『集注』に「専ら力を人の道の宜しき所に用いて、鬼神の知る可からざるに惑わざるは、知者の事なり」(專用力於人道之所宜、而不惑於鬼神之不可知、知者之事也)とある。
  • 曰、仁者 … 『義疏』では「子曰、仁者」に作る。
  • 仁者先難而後獲 … 『集解』に引く孔安国の注に「先ず労苦して乃ち後に功を得るは、此れ仁たる所以なり」(先勞苦乃後得功、此所以爲仁也)とある。また『義疏』に「獲は得なり。言うこころは臣の心先ず歴するに難事を為して、而る後に乃ち禄を得、報を受く可し。則ち是れ仁なり。若し労事を先にせずして食せば、則ち不仁と為す。故に范寧曰く、艱難の事は則ち物の先に為し、功を獲るの事はすなわち物の後に処せば則ち仁たり」(獲得也。言臣心先歴爲難事、而後乃可得祿受報。則是仁也。若不先勞事而食、則爲不仁。故范寧曰、艱難之事則爲物先、獲功之事而處物後則爲仁矣)とある。また『集注』に「獲は、得るを謂うなり。……其の事の難しとする所を先にして、其の効の得る所を後にするは、仁者の心なり。此れ必ず樊遅の失に因りて之を告ぐなり」(獲、謂得也。……先其事之所難、而後其效之所得、仁者之心也。此必因樊遲之失而告之)とある。
  • 『集注』に引く程頤の注に「人多く鬼神を信ずるは、惑うなり。而して信ぜざるは、又た敬すること能わず。能く敬し能く遠ざかるは、知と謂う可し」(人多信鬼神、惑也。而不信者、又不能敬。能敬能遠、可謂知矣)とある。
  • 『集注』に引く程頤の注に「難きを先にするは、己に克つなり。難しとする所を以て先と為して、獲る所を計らざるは、仁なり」(先難、克己也。以所難爲先、而不計所獲、仁也)とある。
  • 『集注』に引く呂大臨の注に「当に務むべきを急と為し、知り難き所を求めず。知る所をつとめ行い、為し難き所をはばからず」(當務爲急、不求所難知。力行所知、不憚所難爲)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「若し夫れ日用当に務むべきの事を棄てて、力を渺茫知る可からざるの地に用いる者は、豈に知と謂う可けんや。……苟くも其の報いを求むる心有りて之を為せば、則ち天下の大勲労と雖も、亦た徳に非ざるなり。豈に仁と謂う可けんや。夫子ひろく仁の徳を論ぜずして、必ず仁者と言う者は、蓋し仁の徳たる、空言を以てさとし難きを以てす。故に仁者の心を挙げて之に答うるなり。凡そ仁者と言うは、諸章此にならう」(若夫棄日用當務之事、而用力於渺茫不可知之地者、豈可謂知哉。……苟有求其報心而爲之、則雖天下之大勲勞、亦非德也。豈可謂仁哉。夫子不泛論仁之德、而必言仁者者、蓋以仁之爲德、難以空言喩。故舉仁者之心而答之也。凡言仁者、諸章傚此)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「民の義を務む、王粛曰く、民を化道する所以の義を務む、と。之を得たり。但だ化道の二字は未だせつならざるのみ。朱註に、民も亦た人なり。専ら力を人道の宜しき所に用う、と。是れ民を訓じて人とし、義を訓じて宜とす。古言にくらくしてほしいままに訓解を作し、己の好む所に従う。道を乱ると謂う可し。礼と義とは、古聖人の建つる所、道の大端なり。故に此の二者はつねに対言す。……仁義礼智の説おこり、而うして或いは以て徳とし、或いは以て性とす。孔子以前の無き所なり。……鬼神を敬して之を遠ざく、包咸曰く、鬼神を敬してけがさず、と、之を得たり。蓋し人は卑しくして鬼神は尊し、故に之を敬う。……朱註に、鬼神の知る可からざるに惑わず、と。害きが如く然り。然れども宋儒の見る所は、鬼神無きに帰す。凡そ鬼神無しと言う者は、聖人の道を知らざる者なり。此の章の旨は、天人の分を明らかにし、幽明のに達す。故に孔子知と謂う可しと曰えり。難きを先にして獲ることを後にす、孔安国曰く、先ず労苦して、而うして後に功を、と。之を得たり。……朱註に、其の効の得る所を後にす、と。此れ事を先にして得ることを後にするに本づく。然れども所謂得なる者は、亦た報いを得るを謂うなり。朱子の加うるに効の字を以てするは、乃ち孟子が、助けて長ずることなかれ、あらかじめすること勿れの説なり。道学先生、ややもすればふう功夫と曰い、いつに道士が錬丹の如し。故に此等の言有り。豈に孔門の旧ならんや。学者これを察せよ」(務民之義、王肅曰、務所以化道民之義。得之。但化道二字未切耳。朱註、民亦人也。專用力於人道之所宜。是訓民爲人、訓義爲宜。昧乎古言而恣作訓解、從己所好。可謂亂道矣。禮與義、古聖人所建、道之大端也。故此二者毎對言。……仁義禮智之説興、而或以爲德、或以爲性。孔子以前所無也。……敬鬼神而遠之、包咸曰、敬鬼神而不黷、得之。蓋人卑而鬼神尊、故敬之。……朱註、不惑於鬼神之不可知。如亡害然。然宋儒所見、歸於無鬼神。凡言無鬼神者、不知聖人之道者也。此章之旨、明於天人之分、達於幽明之故。故孔子曰可謂知矣。先難而後獲、孔安國曰、先勞苦而後得功。得之。……朱註、後其效之所得。此本於先事後得。然所謂得者、亦謂得報也。朱子加以效字、乃孟子勿助長勿正之説。道學先生、動曰功夫功夫、一如道士鍊丹。故有此等之言。豈孔門之舊乎。學者察諸)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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