衛霊公第十五 31 子曰君子謀道不謀食章
410(15-31)
子曰、君子謀道不謀食。耕也、餧在其中矣。學也、祿在其中矣。君子憂道不憂貧。
子曰、君子謀道不謀食。耕也、餧在其中矣。學也、祿在其中矣。君子憂道不憂貧。
子曰く、君子は道を謀りて食を謀らず。耕すや、餒其の中に在り。学ぶや、禄其の中に在り。君子は道を憂えて貧を憂えず。
現代語訳
- 先生 ――「人物は真理をもとめ、食をもとめない。田をつくっても、それでは食えないことがある。学問をすれば、給与にありつくことがある。人物は真理を気にし、貧乏を苦にしない。」(魚返善雄『論語新訳』)
- 孔子様がおっしゃるよう、「君子たる者が学問をするのは、いかにしたら道を求め得ようか、というのがねらいで、衣食をはかるのではない。農民が耕すのは食を得るのが目的だろうが、いくら耕しても凶年にあえば食を得ないで饑えることもあるではないか。反対に、学問するのは衣食が目的ではないけれども、学成ればおのずから俸禄を受けることにもなるのじゃ。それ故に君子は、道の得られざるをこそ心配すべけれ用いられずして貧賤なのを心配する理由はないぞよ。」(穂積重遠『新訳論語』)
- 先師がいわれた。――
「君子が学問をするのは道のためであって食うためではない。食うことを目的として田を耕す人でも、時には飢えることもあるし、食うことを目的としないで学問をしていても、禄がおのずからそれにともなってくることもある。とにかく、君子にとっては、食うことは問題ではない。君子はただ道の修まらないのを憂えて、決して食の乏しきを憂えないのだ」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
- 謀 … 熱心に求める。苦心して求める。
- 餒 … 飢える。飢餓。なお、宮崎市定は「餧」に改めている。「補説」参照。
- 禄 … 俸給。
補説
- 『注疏』に「此の章も亦た人に学ぶことを勧むるなり」(此章亦勸人學也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 君子謀道不謀食 … 『義疏』に「謀は、猶お図のごときなり。人道に非ざれば立たず。故に必ず道を謀るなり。古えより皆死有り。食らわざるも亦た死す。死して而る後に已む。而して道遺る可からず。故に道を謀りて食を謀らずとは、之れなり」(謀、猶圖也。人非道不立。故必謀道也。自古皆有死。不食亦死。死而後已。而道不可遺。故謀道不謀食、之也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「人は道に非ずんば立たず、故に必ず先ず道を謀る。道高ければ則ち禄は来たる、故に食を謀るを仮らず」(人非道不立、故必先謀於道。道高則祿來、故不假謀於食)とある。
- 耕也、餧在其中矣 … 『集解』に引く鄭玄の注に「餒は、餓なり。言うこころは人は耕すを念うと雖も而れども学ばず。故に飢餓す。学べば則ち禄を得、耕さずと雖も而れども飢えず。人に学ぶことを勧むるなり」(餒、餓也。言人雖念耕而不學。故飢餓。學則得禄、雖不耕而不飢。勸人學也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「餒は、餓なり。唯だ耕すを知るのみにして学ばず、是れ無知の人なり。穀必ず他人の奪う所有りと雖も、而れども自ら食らうを得ず。是れ餓其の中に在るなり」(餒、餓也。唯知耕而不學、是無知之人也。雖有穀必他人所奪、而不得自食。是餓在於其中也)とある。また『注疏』に「餒は、餓なり。言うこころは人は耕すを念うと雖も而も学ばずんば、則ち歳に凶荒有るを知る無し、故に飢餓す」(餒、餓也。言人雖念耕而不學、則無知歳有凶荒、故飢餓)とある。また『集注』に「耕は、食を謀る所以なれども、未だ必ずしも食を得ず」(耕、所以謀食、而未必得食)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 餒 … 宮崎市定は「餧」に改め、「餒と餧は甚だ字形が似ている上に、餒と餧とに共通して飢餓という意味がある。そこで筆寫の際に誤ったことが十分考えられる。但し餧には飯の意味があるが、餒の方にはない。從來はあくまで餒に固執したために、耕しても餒えることがある、と解し、この文章の意味が途中でねじれてしまい、下文とよくつながらなくなった」と指摘している。詳しくは『論語の新研究』80~84頁、及び336頁以下参照。
- 学也、禄在其中矣 … 『義疏』に「耕さずと雖も、而れども学べば、則ち昭らかに斯の明を識り、四方の重んずる所と為る。縦い乱君の禄する所と為らずとも、則ち門人も亦た貢贍を共にす。故に禄其の中に在りと云う。故に子路門人をして臣たらしむ。孔子曰く、其の臣の手に死せんよりは、無寧ろ二三子の手に死せんかとは、是れなり」(雖不耕、而學、則昭識斯明、爲四方所重。縱不爲亂君之所祿、則門人亦共貢贍。故云祿在其中矣。故子路使門人爲臣。孔子曰、與其死于臣之手、無寧死二三子之手、是也)とある。また『注疏』に「学ばば則ち禄を得、耕やさずと雖も而も餒えず」(學則得祿、雖不耕而不餒)とある。また『集注』に「学は、道を謀る所以なれども、禄は其の中に在り」(學、所以謀道、而祿在其中)とある。
- 君子憂道不憂貧 … 『義疏』に「道を学べば必ず禄其の中に在り。所以に己の道無きを憂うるのみ。若し必ず道有らば、禄其の中に在り。故に貧を憂えざるなり」(學道必祿在其中。所以憂己無道而已也。若必有道、祿在其中。故不憂貧也)とある。また『注疏』に「是を以て君子は但だ道徳の成らざるを憂えて、貧乏を憂えざるなり。然れども耕すや未だ必ずしも皆は餓えず。学ぶや未だ必ずしも皆は禄を得ず。大判にして言うが故に云うのみ」(是以君子但憂道德不成、不憂貧乏也。然耕也未必皆餓。學也未必皆得祿。大判而言故云耳)とある。また『集注』に「然れども其の学ぶや、道を得ざるを憂うるのみ。貧を憂うるが為の故にして、是を為して以て禄を得んと欲するに非ざるなり」(然其學也、憂不得乎道而已。非爲憂貧之故、而欲爲是以得祿也)とある。
- 『集注』に引く尹焞の注に「君子は其の本を治めて其の末を恤えず。豈に外に在る者を以て憂楽を為さんや」(君子治其本而不恤其末。豈以在外者爲憂樂哉)とある。
- 伊藤仁斎『論語古義』に「道を謀りて食を謀らず。君子の務むる所此くの如し。道を憂えて貧しきを憂えず。君子の本心亦た此くの如し。蓋し君子と雖も、食無ければ則ち生きず、貧しければ則ち立たず。然れども其の謀らず憂えずして、自ら世に立つ所以の者は、徳孤ならず、必ず隣有るを以ての故なり。故に曰く、禄其の中に在りと。然らば則ち何の謀ることか之れ有らん、亦た何の憂うることか之れ有らん」(謀道不謀食。君子之所務如此。憂道不憂貧。君子之本心亦如此。蓋雖君子、無食則不生、貧則不立。然而其所以不謀不憂、而自立於世者、以德不孤、必有鄰故也。故曰、祿在其中矣。然則何謀之有、亦何憂之有)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 荻生徂徠『論語徴』に「謀るとは、之を営求するを謂うなり。人多く謀の字を知らず、故に之を詳らかにするのみ」(謀者、謂營求之也。人多不知謀字、故詳之爾)とある。営求は、求め捜すこと。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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