幽州(李益)
幽州
幽州
幽州
- 五言絶句。乾・寒・安(上平声寒韻)。
- ウィキソース「幽州賦詩見意時佐劉幕」参照。
- 詩題 … 『全唐詩』では「幽州にて詩を賦し意を見す、時に劉幕を佐く」(幽州賦詩見意時佐劉幕)に作り、題下に「一に太原の落漠駅の西の堠に題すに作る」(一作題太原落漠驛西堠)と注する。佐劉幕は、幽州節度使の劉済の幕府で補佐をつとめていたの意。堠は、土を積み上げて作った里程標。『唐五十家詩集本』では「幽州賦詩見意時佐劉幕」に作る。
- 幽州 … 今の北京の西南、涿県のあたり。ウィキペディア【幽州】参照。
- 李益 … 748~827?。中唐の詩人。隴西姑蔵(甘粛省武威)の人。字は君虞。大暦四年(769)、進士に及第。鄭県(陝西省)の尉となり、最後は礼部尚書に至った。大暦十才子のひとり。『李君虞詩集』二巻がある。ウィキペディア【李益】参照。
征戍在桑乾
征戍して桑乾に在り
- 征戍 … 辺境を守備すること。戍は、守る。
- 征 … 『唐五十家詩集本』では「旌」に作る。
- 桑乾 … 河の名。桑乾河。北京の西南を流れ、永定河となる。ウィキペディア【桑乾河】参照。
年年薊水寒
年年 薊水寒し
殷勤驛西路
殷勤にす 駅西の路
- 殷勤 … ねんごろで丁寧なこと。真心を込めること。慇懃に同じ。ここでは、念を入れずにはおれない。熱い思いを寄せないではおれない。司馬遷「任少卿に報ずるの書」(『文選』巻四十一)に「趣舎路を異にし、未だ嘗て盃酒を銜み、殷勤の余懽に接せず」(趣舍異路、未嘗銜盃酒、接殷勤之餘懽)とある。趣舎は、進むことと、止まること。余懽は、微かな懽び。余歓。ウィキソース「報任少卿書」参照。また、三国魏の王粲「雑詩四首」(『古詩紀』巻二十五)の第三首に「願わくは春陽の会に及び、頸を交えて遘うて殷勤にす」(願及春陽會、交頸遘殷勤)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷025」参照。また、劉宋の謝霊運「道路にて山中を憶う」詩(『文選』巻二十六)に「殷勤にして危柱に訴え、慷慨して促管に命ず」(殷勤訴危柱、慷慨命促管)とある。危柱は、高くした琴柱。琴の音が高いことを指す。慷慨は、感情が高まって嘆くこと。促管は、速い調子の笛の音。ウィキソース「昭明文選/卷26」参照。
- 駅西路 … 宿場から西に向かう街道。すなわち長安に通ずる道。駅は、宿場のこと。
- 路 … 『全唐詩』には「一作堠」と注する。
此去向長安
此より去って長安に向う
- 此去向長安 … それはこの道(駅西路)がここから、都長安へと向かって続いているからである。
- 此 … 『全唐詩』では「北」に作り、「一作此」と注する。『唐五十家詩集本』『唐詩品彙』では「北」に作る。
- 去 … 『全唐詩』には「一作路」と注する。
- 向 … 『全唐詩』には「一作到」と注する。
テキスト
- 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
- 『全唐詩』巻二百八十三(排印本、中華書局、1960年)
- 『李益集』巻下(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
- 『唐詩品彙』巻四十二([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
- 趙宦光校訂/黄習遠補訂『万首唐人絶句』巻四(万暦三十五年刊、内閣文庫蔵)
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