臨高台(王維)
臨高臺
臨高台
臨高台
- ウィキソース「臨高臺送黎拾遺」参照。
- この詩は、作者が高台に登り、右拾遺の職にあった友人の黎昕を見送って詠んだもの。臨高台は、楽府題。高台に登って見渡すこと。漢の鐃歌十八曲の一つ。鐃歌とは、行軍の際、馬上で鐃を鳴らして歌う軍楽。西晋の崔豹『古今注』音楽篇に「短簫鐃歌は、軍楽なり。……漢楽に黄門鼓吹有り。天子の群臣に宴楽する所以なり。短簫鐃歌は、鼓吹の一章のみ。亦た以て功有るの諸侯に賜う」(短簫鐃歌、軍樂也。……漢樂有黄門鼓吹。天子所以宴樂群臣。短簫鐃歌、鼓吹之一章耳。亦以賜有功諸侯)とある。ウィキソース「古今注」参照。古楽府「臨高台」(『楽府詩集』巻十六)に「高台に臨むに軒を以てし、下に清水有りて清くして且つ寒し。江に香草有りて目するに蘭を以てし、黄鵠高飛して離れんとして哉翻る。弓を関えて鵠を射る。我が主をして万年寿からしめん」(臨高臺以軒、下有清水清且寒。江有香草目以蘭、黄鵠高飛離哉翻。關弓射鵠。令我主壽萬年)とある。ウィキソース「樂府詩集/016卷」参照。また、南朝斉の謝朓の楽府「臨高台」(『楽府詩集』巻十八)に「千里 常に帰らんことを思い、台に登りて綺翼に臨む。纔かに見る 孤鳥の還るを、未だ弁ぜず 連山の極まるを。四面 春風動き、朝夜 寒色起こる。誰か知らん 遊に倦む者の、此の故郷の憶いに嗟くを」(千里常思歸、登臺臨綺翼。纔見孤鳥還、未辨連山極。四面動春風、朝夜起寒色。誰知倦遊者、嗟此故郷憶)とある。綺翼は、美しい模様のある羽毛を持つ鳥。ウィキソース「樂府詩集/018卷」参照。
- 詩題 … 底本には「本集には黎拾遺昕を送るに作る」(本集作送黎拾遺昕)とある。黎拾遺昕とは、拾遺の官にあった作者の友人、黎昕のこと。黎は姓、昕は名。拾遺は官名。左・右の拾遺があり、天子の言行の誤りを諫める。『元和姓纂』巻三、黎の条に「唐右拾遺犂昕」(黎と犂は通用)とあり、右拾遺を務めた人物であったことがわかる。ウィキソース「元和姓纂 (四庫全書本)/卷03」参照。本集及び『全唐詩』等では「臨高台、黎拾遺を送る」(臨高臺送黎拾遺)に作る(各テキストの詩題については、下記の「テキスト」欄参照)。『趙注本』には、題下に「万首唐人絶句には臨高台の三字無し」(萬首唐人絕句無臨高臺三字)との注があり、『万首唐人絶句』では「送黎拾遺」に作る。『四部叢刊本』では「臨高臺遂黎拾遺」に作る。誤写か? 『唐詩品彙』には、題下に「送黎拾遺」と注する。『唐詩別裁集』には、題下に「古楽府に臨高台の曲有り」(古樂府有臨髙臺曲)とある。『唐詩別裁集』には、結句の下に「離情を写して能く情態を露さず」(寫離情能不露情態)との評語がある。
- 王維 … 699?~761。盛唐の詩人、画家。太原(山西省)の人。字は摩詰。開元七年(719)、進士に及第。安禄山の乱で捕らえられたが事なきを得、乱後は粛宗に用いられて尚書右丞(書記官長)まで進んだので、王右丞とも呼ばれる。また、仏教に帰依したため、詩仏と称される。『王右丞文集』十巻がある。ウィキペディア【王維】参照。
相送臨高臺
相送りて 高台に臨めば
- 相送 … (友人を)見送る。「相」は、ここでは「互いに」という意味ではなく、動作に対象があることを示す接頭語。「(対象に)~する」「(対象を)~する」と訳す。『史記』司馬穰苴伝に「百姓の命、皆な君に懸る。何ぞ相送るを謂わんや」(百姓之命、皆懸於君。何謂相送乎)とある。ウィキソース「史記/卷064」参照。また、古楽府「華山畿二十五首」(『楽府詩集』巻四十六)の第十九首に「相送る 労労の渚、長江は応に満たすべからず、是れ儂が涙の成せる許ぞ」(相送勞勞渚、長江不應滿、是儂淚成許)とある。華山畿は、蘇州に近い地名。労労は、相手を慰め、名残りを惜しむさま。ウィキソース「樂府詩集/046卷」参照。
- 高台 … 高い展望台。西晋の成公綏「嘯の賦」(『文選』巻十八)に「高台に登りて以て遠きに臨む」(登高臺以臨遠)とある。ウィキソース「嘯賦」参照。
- 臨 … 見渡す。眺める。見下ろす。
川原杳何極
川原 杳として何ぞ極まらん
日暮飛鳥還
日暮 飛鳥還り
- 日暮 … 日暮れどき。後漢の蔡琰の楽府「胡笳十八拍」(『楽府詩集』巻五十九、『楚辞後語』巻三)の第七拍に「日は暮れ風は悲しくして辺声は四もに起こり、知らず愁心は説うこと誰に向かいて是なる」(日暮風悲兮邊聲四起、不知愁心兮說向誰是)とある。ウィキソース「胡笳十八拍」「樂府詩集/059卷」「楚辭集注 (四庫全書本)/後語卷3」参照。
- 日 … 『静嘉堂本』では「目」に作る。誤刻か?
- 飛鳥還 … 空飛ぶ鳥も塒に帰る。『易経』小過卦に「飛鳥之が音を遺す」(飛鳥遺之音)とある。ウィキソース「周易/小過」参照。また、東晋の陶潜「飲酒二十首」詩(『陶淵明集』巻三)の第五首に「山気日夕に佳く、飛鳥相与に還る」(山氣日夕佳、飛鳥相與還)とある。ウィキソース「飲酒二十首」参照。また、同じく「歳暮、張常侍に和す」詩(『陶淵明集』巻二)に「厲厲として気遂に厳しく、紛紛として飛鳥還る」(厲厲氣遂嚴、紛紛飛鳥還)とある。厲厲は、寒気の厳しいさま。気は、寒気。紛紛は、慌ただしいさま。ウィキソース「歲暮和張常侍」参照。『顧起経注本』では「鳥飛還」に作る。
行人去不息
行人 去って息まず
- 行人 … 旅人。黎昕を指す。『詩経』斉風・載駆に「汶水湯湯たり、行人彭彭たり」(汶水湯湯、行人彭彭)とある。汶水は、山東省泰山の東北を流れる川の名。斉と魯の国境付近にあり、汶河ともいう。湯湯は、水が盛んに流れるさま。彭彭は、道行く人の多いこと。ウィキソース「詩經/載驅」参照。また、前漢の李陵「蘇武に与うる詩」(『文選』巻二十九)の第三首に「行人久しく留まり難し、各〻言う長く相思うと」(行人難久留、各言長相思)とある。ウィキソース「與蘇武 (攜手上河樑)」参照。
- 去不息 … とどまることなく、遠ざかっていく。不息は「息わず」とも読むが、この場合も「とどまらない、休止しない」と訳す。南朝梁の沈約「東園に宿す」詩(『文選』巻二十二)に「驚麏は去りて息まず、征鳥は時に相顧みる」(驚麏去不息、征鳥時相顧)とある。驚麏は、物に驚く鹿。麏は、キバノロ。鹿の一種。角がなく、牙がある。ウィキペディア【キバノロ】参照。征鳥は、渡り鳥。ウィキソース「宿東園」参照。
詩型・韻字
- 五言絶句。
- 極・息(入声職韻)。
テキスト
- 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※詩題:臨高臺、※底本
- 『全唐詩』巻一百二十八(中華書局、1960年)※詩題:臨高臺送黎拾遺
- 『王右丞文集』巻五(静嘉堂文庫蔵、略称:静嘉堂本)※詩題:臨高臺送黎拾遺
- 『王摩詰文集』巻九(宋蜀刻本唐人集叢刊、上海古籍出版社、1982年、略称:蜀刊本)※詩題:臨高臺送黎拾遺
- 『須渓先生校本唐王右丞集』巻五(『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:四部叢刊本)※詩題:臨高臺遂黎拾遺
- 顧起経注『類箋唐王右丞詩集』巻九(台湾学生書局、1970年、略称:顧起経注本)※詩題:臨高臺送黎拾遺
- 顧可久注『唐王右丞詩集』巻五(『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:顧可久注本)※詩題:臨高臺送黎拾遺
- 趙殿成注『王右丞集箋注』巻十三(中国古典文学叢書、上海古籍出版社、1998年、略称:趙注本)※詩題:臨高臺送黎拾遺
- 『唐詩品彙』巻三十九([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)※詩題:臨高臺送黎拾遺
- 『唐詩別裁集』巻十九([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)※詩題:臨高臺送黎拾遺
- 『唐詩解』巻二十二(順治十六年刊、内閣文庫蔵)※詩題:臨高臺送黎拾遺
- 『万首唐人絶句』五言・巻四(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)※詩題:送黎拾遺
- 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)※詩題:臨高臺
- 松浦友久編『校注 唐詩解釈辞典』(大修館書店、1987年)※詩題:臨高臺送黎拾遺
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