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照鏡見白髪(張九齢)

照鏡見白髮
かがみらして白髪はくはつ
ちょうきゅうれい
  • ウィキソース「唐詩品彙 (四庫全書本)/卷38」参照。
  • この詩は、鏡に自分の顔を映し、しら頭の年老いたわが身に驚き、若き日の志が実現できずに老境を迎えてしまったことに対する嘆きを詠んだもの。
  • 詩題 … 『全唐詩』『全唐詩逸』未収録。陳尚君輯校『全唐詩補編 上』(中華書局、1992年)所収。『四部叢刊本』『唐五十家詩集本』では「照鏡見白髪聯句」に作る。聯句とは、数人が一句ずつ作って一首の詩にまとめ上げたもの。この詩の場合、誰との合作なのか、どの句を作者が作ったのかわからない。もしくは一人四句ずつを数人で作り、そのうち作者が作ったものが、この作品だったのかもしれない。
  • 照鏡 … 鏡に顔を映して見ること。鏡は、今日の鏡と違い、銅鏡(唐鏡)。
  • 白髪 … しら。東晋の陶潜「子をむ」詩に「白髪はりょうびんおおい、肌膚きふ復たゆたかならず」(白髮被両鬢、肌膚不復實)とある。ウィキソース「責子」参照。
  • 張九齢 … 673~740。初唐の詩人。あざな寿じゅ韶州しょうしゅうきょっこう(広東省)の人。長安二年(702)、進士に及第。玄宗に仕えて中書令(宰相)となったが、りん讒言ざんげんによりけいしゅう(湖北省江陵)に長史(副官)として左遷された。『曲江張先生文集』二十巻がある。ウィキペディア【張九齢】参照。
宿昔青雲志
宿しゅくせき 青雲せいうんこころざし
  • 宿昔 … かつて。ずっと昔。昔日。以前。『史記』公孫弘伝に「朕、宿昔しょするも、尊位をくるを獲て、やすんずること能わざるをおそれ、ともともに治を為す所の者をおもうは、君宜しく之を知るべし」(朕宿昔庶幾、獲承尊位、懼不能寧、惟所與共為治者、君宜知之)とある。庶幾は、そうありたいと願うこと。ウィキソース「史記/卷112」参照。また『戦国策』秦策に「とうは斉の権をつかさどり、閔王びんおうすじきて、之を廟梁に懸け、宿昔にして死せり」(淖齒管齊之權、縮閔王之筋、懸之廟梁、宿昔而死)とある。淖歯は、戦国時代、楚の将軍。権は、政権。閔王は、田斉の湣王びんおうのこと。筋は、筋肉。宿昔は、ここでは一晩の意。ウィキソース「戰國策 (士禮居叢書本)/秦/三」参照。また、三国魏の阮籍「詠懐詩八十二首」の第十二首(『文選』巻二十三では十七首中第四首)に「手を携えて歓愛を等しくし、宿昔は衣裳を同じくす」(攜手等歡愛、宿昔同衣裳)とある。歓愛は、打ち解けて親しみ合うこと。ウィキソース「詠懷詩五言八十二首」「詠懷詩十七首」参照。
  • 青雲志 … 立身出世しようとする志。『史記』范雎伝に「しゅ頓首して死罪を言いて、曰く、賈、君が能く自ら青雲の上に致すをおもわざりき、と」(須賈頓首言死罪、曰、賈不意君能自致於青雲之上)とある。ウィキソース「史記/卷079」参照。
蹉跎白髮年
蹉跎さたたり 白髪はくはつとし
  • 蹉跎 … つまずいて、思いどおりにならないこと。ここでは、時機を失すること。空しく時を過ごしてしまうこと。後漢の張衡「西京の賦」(『文選』巻二)に「かいじゃく玄渚げんしょに游び、鯨魚げいぎょ流れを失って蹉跎す」(海若游於玄渚、鯨魚失流而蹉跎)とある。海若は、海の神。玄渚は、深く奥まった波静かな渚。鯨魚は、クジラ。蹉跎は、ここでは疲れ果てて、へたばること。ウィキソース「西京賦」参照。また『世説新語』自新篇に「自らしゅうかいせんと欲するも、年すでに蹉跎たり、ついに成す所無からん」(欲自修改、而年已蹉跎、終無所成)とある。ウィキソース「世說新語/自新」参照。
  • 白髪年 … 白髪の生える年になってしまった。南朝梁の沈約の楽府「君子有所ゆうしょこう」(『楽府詩集』巻六十一)に「共にほこる紅顔の日、倶に忘る白髪の年」(共矜紅顏日、倶忘白髮年)とある。ウィキソース「樂府詩集/061卷」参照。
誰知明鏡裏
たれらん めいきょううち
  • 誰知 … 誰が思い至ったであろう(いや誰も思い至らない)。反語。
  • 明鏡 … 曇りのない鏡。西晋の左思「白髪の賦」(『芸文類聚』巻十七)に「始めて明鏡をるに、惕然てきぜんとしてにくまる」(始覽明鏡、惕然見惡)とある。惕然は、恐れるさま。ウィキソース「白髮賦」「藝文類聚/卷017」参照。また、北周の庾信「州中の新閣に登る」詩(『文苑英華』巻三百十四、『古詩紀』巻一百二十五)に「石は芙容の影をし、池は明鏡の光の如し」(石作芙容影、池如明鏡光)とある。ウィキソース「文苑英華 (四庫全書本)/卷0314」参照。
  • 裏 … 「うち」と読み、「~の中」と訳す。
形影自相憐
形影けいえい みずかあいあわれまんとは
  • 形影 … 物の形と、その影。ここでは、自分の(衰えた)体と、鏡に映った(衰えた)姿。三国魏の曹植「を責めみことのりに応ずる詩をたてまつる表」(『文選』巻二十)に「形影相とむらい、五情たんす」(形影相弔、五情愧赧)とある。五情は、五つの感情。喜・怒・哀・楽・怨。愧赧は、恥じて赤面すること。ウィキソース「上責躬應詔詩表」参照。また『韓非子』功名篇に「名実相して成り、形影相応じて立つ」(名實相持而成、形影相應而立)とある。ウィキソース「韓非子/功名」参照。また『列子』天瑞篇に「形動いて形を生ぜずして影を生じ、声動いて声を生ぜずしてひびきを生じ、動いて無を生ぜずしてゆうを生ず」(形動不生形而生影、聲動不生聲而生響、無動不生無而生有)とある。ウィキソース「列子/天瑞篇」参照。また、西晋の陸機「尚書郎なる彦先げんせんに贈る二首」詩(『文選』巻二十四)の第一首に「形影ははるかにして接せず、託する所は声と音とのみ」(形影曠不接、所託聲與音)とある。ウィキソース「贈尚書郎顧彥先二首」参照。
  • 自 … 自分自身で。自分同士で。「おのずから」と読んだ場合は「自然に」の意となる。
  • 相憐 … 互いに憐れみ合う。『呉越春秋』闔閭こうりょ内伝に「同病相憐れみ、同憂どうゆう相救う」(同病相憐、同憂相救)とある。同憂は、同じ心配をもつ人。ウィキソース「吳越春秋/闔閭內傳」参照。また、西晋の劉琨「胡姫年十五」詩に「花は面をもって自ら許し、人は影と共に相憐む」(花將面自許、人共影相憐)とある。ウィキソース「漢魏六朝百三家集 (四庫全書本)/卷055」参照。
詩型・韻字
  • 五言絶句。
  • 年・憐(下平声先韻)。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 陳尚君輯校『全唐詩補編 上』(中華書局、1992年)
  • 『曲江張先生集』巻五(『四部叢刊 初編集部』所収)
  • 『張九齢集』巻六(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『万首唐人絶句』五言・巻八(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
  • 『唐詩解』巻二十一(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩品彙』巻三十八([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩別裁集』巻十九([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 松浦友久編『校注 唐詩解釈辞典』(大修館書店、1987年)
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