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登弁覚寺(王維)

登辨覺寺
弁覚べんかくのぼ
おう
  • 五言律詩。城・平・聲・生(下平声庚韻)。
  • ウィキソース「登辨覺寺」参照。
  • 弁覚寺 … 所在は不明。ただし、詩中に三楚・九江などの地名が出てくるので、おそらく湖北省・湖南省・江西省辺りの長江沿いにあった寺であろうと思われる。
  • 辨 … 『全唐詩』には「一作新」とある。
  • 王維 … 699?~761。盛唐の詩人、画家。太原(山西省)の人。あざなきつ。開元七年(719)、進士に及第。安禄山の乱で捕らえられたが事なきを得、乱後は粛宗に用いられてしょうじょゆうじょう(書記官長)まで進んだので、王右丞とも呼ばれる。また、仏教に帰依したため、詩仏と称される。『王右丞文集』十巻がある。ウィキペディア【王維】参照。
竹逕從初地
竹逕ちくけい しょりし
  • 竹徑 … 竹林の中の小道。南朝陳の徐陵「山斎」詩に「竹径 蒙籠もうろう巧みに、茅斎ぼうさい 結構けっこう新たなり」(竹徑蒙籠巧、茅齋結構新)とある。蒙籠は、さかんに繁茂して覆い隠すこと。茅斎は、かやきの書斎。結構は、家屋の組み立て。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷110」参照。
  • 逕 … 『顧起経注本』『趙注本』『全唐詩』『古今詩刪』では「徑」に作る。同義。
  • 初地 … 仏教の修行を十段階に分け、その最初の段階。菩薩の十地の第一。かん(さとりの境地にわずかに到達した喜びの位)ともいう。ここでは、寺の登り口と仏教の悟りの入り口とをかけたもの。『華厳経』十地ぼんに「なんをか十と為す。一は歓喜地、二は離垢地、三は発光地、四は焰慧地、五は難勝地、六は現前地、七は遠行地、八は不動地、九は善慧地、十は法雲地。仏子、此の菩薩十地は、三世の諸仏已説し、当説し、今説せり」(何等爲十。一者歡喜地、二者離垢地、三者發光地、四者焰慧地、五者難勝地、六者現前地、七者遠行地、八者不動地、九者善慧地、十者法雲地。佛子、此菩薩十地、三世諸佛已說、當說、今說)とある。ウィキソース「大方廣佛華嚴經八十卷/34」参照。また『仏説観無量寿経』に「十小劫を経て、百法明門を具し、初地に入ることを得」(經十小劫、具百法明門、得入初地)とある。ウィキソース「觀無量壽經」参照。
  • 從 … 『顧起経注本』『全唐詩』には「一作連」とある。『文苑英華』では「連」に作り、「集作從」とある。『瀛奎律髄』では「連」に作る。
蓮峰出化城
蓮峰れんぽう じょういだ
  • 蓮峰 … 頂上が蓮華の形をしている山々の峰。南朝陳の釈恵標の詩「詠山三首」(其一)に「霧きて蓮峰で、いわ開きてせっきょう明らかなり」(霧捲蓮峯出、嵓開石鏡明)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷117」参照。また『太平御覧』百卉部、きょの条に「華山記に曰く、山頂に池有り、池中に千葉の蓮華を生ず、之を服すれば羽化す、因りて華山と名づく、と」(華山記曰、山頂有池、池中生千葉蓮華、服之羽化、因名華山)とある。ウィキソース「太平御覽/0999」参照。
  • 峰 … 底本および『静嘉堂本』『蜀刊本』『四部叢刊本』『顧起経注本』『全唐詩』『唐詩品彙』『文苑英華』『古今詩刪』『瀛奎律髄』では「峯」に作る。異体字。
  • 化城 … 仮に作られた幻の都城。衆生が険しい道で疲れ、前に進めなくなったとき、仏が方便によって幻の城を出現させ、衆生に元気を取り戻させて前進できるようにするという。ここでは弁覚寺を指す。『法華経』化城喩ほんに「導師諸〻もろもろの方便多くして、是の念をさく、あわれむ可し。云何いかんぞ大珍宝を捨てて、而も退き還らんと欲するや。是の念を作しおわって、方便力を以て、険道の中に於いて、三百由旬を過ぎ、一城を化作けさす。衆人に告げて言わく、汝等怖るること勿かれ、退き還ることを得ること莫かれ。今此の大城、中に於いて止まって、こころの所作に随う可し。若し是の城に入りなば、快く安穏なることを得ん。若し能くすすんで宝所に至らば、亦た去ることを得可し」(導師多諸方便、而作是念、此等可愍、云何捨大珍寶、而欲退還。作是念已、以方便力、於險道中、過三百由旬、化作一城。告眾人言、汝等勿怖、莫得退還。今此大城、可於中止、隨意所作、若入是城、快得安隱。若能前至寶所、亦可得去)とある。ウィキソース「妙法蓮華經/07」参照。
窻中三楚盡
そうちゅう さん
  • 窓中 … 窓の中。南朝斉の謝朓「郡内の高斎に閑坐す。呂法曹に答う」詩(『文選』巻二十六)に「窓中 えんしゅうつらね、庭際ていさい きょうりんに俯す」(牕中列遠岫、庭際俯喬林)とある。高斎は、高楼にある書斎。遠岫は、はるか遠くの山。ウィキソース「昭明文選/卷26」参照。
  • 窻 … 『蜀刊本』『趙注本』『全唐詩』『唐詩別裁集』『瀛奎律髄』では「窗」に作る。『顧起経注本』『唐詩解』では「牕」に作る。『唐詩品彙』では「牎」に作る。いずれも「窓」の異体字。
  • 三楚 … 楚の地は西楚・東楚・南楚の三つに区分されるので、それを合わせた全領域をいう。『史記』貨殖列伝に「越・楚には則ち三俗有り。夫れ淮北の沛・陳・汝南より南郡までは、此れ西楚なり。……彭城より以東、東海・呉・広陵までは、此れ東楚なり。……衡山こうざん・九江・江南の豫章・長沙は、是れ南楚なり」(越、楚則有三俗。夫自淮北沛、陳、汝南、南郡、此西楚也。……彭城以東、東海、吳、廣陵、此東楚也。……衡山、九江、江南、豫章、長沙、是南楚也)とある。ウィキソース「史記/卷129」参照。また三国時代、魏の阮籍「詠懐詩八十二首」(其十一、『文選』巻二十三では十七首其十七)に「三楚には秀士多く、朝雲もて荒淫を進む」(三楚多秀士、朝雲進荒淫)とある。ウィキソース「詠懷詩五言八十二首」参照。
  • 尽 … その果てまで見渡せる。『顧起経注本』『全唐詩』には「一作靜」とある。『文苑英華』では「靜」に作り、「集作盡」とある。
林外九江平
林外りんがい きゅうこうたいらかなり
  • 林外 … 林の向こうに。隋の煬帝「夏日 江に臨む」詩に「鷺飛んで林外に白く、蓮開いて水上にくれないなり」(鷺飛林外白、蓮開水上紅)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷130」参照。
  • 外 … 『文苑英華』には「集作上」とある。『顧起経注本』『全唐詩』『唐詩解』では「上」に作り、「一作外」とある。『静嘉堂本』『蜀刊本』『四部叢刊本』『顧可久注本』『趙注本』『唐詩品彙』では「上」に作る。
  • 九江 … 江西省潯陽じんよう(現在の江西省九江市潯陽区)の辺りを流れる九つの川とする説、湖南省の洞庭湖のこと(この湖には九つの川が流れ込んでいるので)とする説とがある。『読史方輿紀要』に引く『潯陽地記』に「禹のとおせし九江は、一にはく江、二にぼう江、三に江、四に嘉靡かび江、五にけん江、六にげん江、七にりん江、八にてい江、九にきん江なり」(禹疏九江、一烏白江、二蜯江、三烏江、四嘉靡江、五畎江、六源江、七廩江、八隄江、九箘江)とある。ウィキソース「讀史方輿紀要/卷八十三」参照。また宋の蔡沈『書集伝』に「九江は即ち今の洞庭なり。……今のげん水・ぜん水・げん水・しん水・じょ水・ゆう水・れい水・水・しょう水は、皆洞庭に合う。おもうに是を以て九江と名づくるならん」(九江即今之洞庭也。……今沅水・漸水・元水・辰水・叙水・酉水・澧水・資水・湘水、皆合於洞庭。意以是名九江也)とある。ウィキソース「書集傳 (四庫全書本)/卷2」参照。
  • 平 … (九江の水が)果てしなく平らに広がっている。
嫩草承趺坐
嫩草どんそう 趺坐ふざ
  • 嫩草 … 若く柔らかい草。嫩は、若くて柔らかい。
  • 嫩 … 『全唐詩』では「軟」に作り、「一作嫩」とある。『唐詩品彙』『唐詩別裁集』では「軟」に作る。『静嘉堂本』『四部叢刊本』では「敷」に作る。『蜀刊本』『趙注本』『瀛奎律髄』では「輭」に作る。『顧起経注本』でも「輭」に作り、「一作嫩」とある。『文苑英華』には「集作輭」とある。「輭」は「軟」の異体字。
  • 草 … 『顧可久注本』『唐詩解』では「艸」に作る。同義。
  • 趺坐 … けっ趺坐ふざ。足を組み合わせて坐ること。坐禅の正しい坐り方。「坐禅儀」(『禅苑清規』巻八)に「坐禅せんと欲する時、かんじょうの処に於いて、厚く坐物を敷き、ゆるく衣帯をけ、威儀をして斉整せいせいならしめ、然る後けっ趺坐ふざす。先ず右の足を以て左のももの上に安じ、左の足を右の䏶の上に安ず。或いは半跏趺坐も亦た可なり。但だ左の足を以て右の足をすのみ。次に右の手を以て左の足の上に安じ、左のたなごころを右の掌の上に安じ、両手の大拇おやゆびの面を以て相ささえ、徐徐に身をげて前にのばし、復た左右に揺振ようしんして、乃ち身を正して端坐せよ」(欲坐禪時、於閑靜處、厚敷坐物、寬繫衣帶、令威儀齊整、然後結跏趺坐。先以右足安左䏶上、左足安右䏶上。或半跏趺坐亦可。但以左足壓右足而已。次以右手安左足上、左掌安右掌上、以兩手大拇指面相拄、徐徐舉身前欠、復左右搖振、乃正身端坐)とある。CBETA 電子佛典「X1245 (重雕補註)禪苑清規卷/篇章 八」参照。また『釈氏要覧』結加趺坐の条に「毘婆沙論に云う、是の相円満安坐の義なり、と」(毗婆沙論云、是相圓滿安坐義)とある。『釈氏要覧』巻中(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 嫩草承趺坐 … 『華厳経』入法界品第三十四の八に「林木欝として茂り、地草柔軟にして、金剛宝座に結跏趺坐す」(林木欝茂、地草柔軟、結跏趺坐金剛寶座)とあるのに基づく。ウィキソース「大方廣佛華嚴經六十卷/卷52」参照。
長松響梵聲
長松ちょうしょう 梵声ぼんせいひびかす
  • 長松 … たけの高い松。西晋の劉琨「扶風の歌」(『文選』巻二十八、『楽府詩集』巻八十四)に「馬をつなぐ 長松のもとくらく 高岳のほとり」(繫馬長松下、發鞍高岳頭)とある。ウィキソース「扶風歌」参照。
  • 梵声 … 読経の声。梵は梵唄ぼんばい。『じょうごんきょう』に「時に梵童子此の偈を説きわり、とうてんに告げて曰く、其れ音声に五種の清浄有り、乃ち梵声と名づく。なんか五つ。一には其の音正直、二には其の音和雅、三には其の音清徹、四には其の音深満、五には周遍遠聞、此の五つを具うるは、乃ち梵音と名づく、と」(時梵童子說此偈已、告忉利天曰、其有音聲五種清淨、乃名梵聲。何等五。一者其音正直、二者其音和雅、三者其音清徹、四者其音深滿、五者周遍遠聞、具此五者、乃名梵音)とある。ウィキソース「長阿含經/卷五」参照。また『華厳経』宝王如来性起品に「ぼんおんじょうは、しゅほかでず」(彼梵音聲、不出眾外)とある。CBETA 電子佛典「T0278 大方廣佛華嚴經卷/篇章 三十四」参照。
空居法雲外
空居くうきょす 法雲ほううんそと
  • 空居 … 心を空寂にして住む。ここでは、仏教のくうてん(空中に存在する神々および彼らの住む世界。地居じごてんの対語)から、空居の字を用いたもの。『倶舎論』分別世品に「若し空居天ならば唯だかくの如き日等の宮殿に住し、若し地居天ならばみょうこうせん諸〻もろもろそうきゅうとうに住す」(若空居天唯住如是日等宮殿、若地居天住妙高山諸層級等)とある。CBETA 電子佛典「T1558 阿毘達磨俱舍論卷/篇章 十一」参照。
  • 法雲 … 法雨を降らす雲。仏法の教えが衆生を救う恵みの雨に喩えたもの。法雨地。菩薩の十地の第十。第一句の初地に呼応する。『華厳経』世間浄眼品に「不壊の法雲は遍く一切に覆い、力無畏を以て無量なる自在力の光を顕現し、方便門を開きて衆生を教化したもう」(不壞法雲遍覆一切、以力無畏顯現無量自在力光、開方便門教化眾生)とある。CBETA 電子佛典「T0278 大方廣佛華嚴經卷/篇章 一」参照。
觀世得無生
かんじてしょうたり
  • 観世 … 世間の実相を観照すること。『瓔珞ようらくきょう』随行品に「世を観ずること幻化の如し」(觀世如幻化)とある。CBETA 電子佛典「T0656 菩薩瓔珞經卷/篇章 七」参照。
  • 世 … 『静嘉堂本』『四部叢刊本』では「丗」に作る。異体字。
  • 無生 … 生死を超脱した真如の境地。『金光明最勝王経』如来寿量品に「無生は是れ実にして、生は是れ虚妄なり」(無生是實、生是虛妄)とある。CBETA 電子佛典「T0665 金光明最勝王經卷/篇章 一」参照。
  • 無 … 『静嘉堂本』では「无」に作る。同義。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻三(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百二十六(中華書局、1960年)
  • 『王右丞文集』巻五(静嘉堂文庫蔵、略称:静嘉堂本)
  • 『王摩詰文集』巻九(書韻楼叢刊、上海古籍出版社、2003年、略称:蜀刊本)
  • 『須渓先生校本唐王右丞集』巻五(『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:四部叢刊本)
  • 顧起経注『類箋唐王右丞詩集』巻四(台湾学生書局、1970年、略称:顧起経注本)
  • 顧可久注『唐王右丞詩集』巻五(『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:顧可久注本)
  • 趙殿成注『王右丞集箋注』巻八(中国古典文学叢書、上海古籍出版社、1998年、略称:趙注本)
  • 『唐詩品彙』巻六十一([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩解』巻三十六(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩別裁集』巻九(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『文苑英華』巻二百三十四(影印本、中華書局、1966年)
  • 『古今詩刪』巻十四(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収)
  • 『瀛奎律髄彙評』巻四十七([元]方回選評、李慶甲集評校点、上海古籍出版社、1986年)
歴代詩選
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唐詩選
巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
巻三 五言律詩 巻四 五言排律
巻五 七言律詩 巻六 五言絶句
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