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先進第十一 25 子路曾晳冉有公西華侍坐章(3)

3)求爾何如。對曰、方六七十、如五六十、求也爲之、比及三年、可使足民。如其禮樂、以俟君子。
きゅうなんじ何如いかんこたえていわく、ほうろくしちじゅうしくはろくじゅうきゅうこれおさめ、三年さんねんおよころおい、たみらしむし。礼楽れいがくごときは、もっくんたん。
現代語訳
  • 「求くん、きみはどう…。」お答え ―― 「十里四方、または八、九里四方を、わたくしがおさめれば、三年くらいで、民をゆたかにします。礼儀や音楽は、専門家にまかせます。」(がえり善雄『論語新訳』)
  • そして次には曾晳に問われるのが順なのだが、ちょうど二十五げんきんをひいていたのであと回しにし、ぜんきゅうに向かって、「求よ、お前はどうじゃ。」とたずねられた。冉求は子路がえらそうな口をきいて先生のお笑いを受けたのを眼前に見ている故、大いに用心謙遜けんそんして、「千乗の国などとは及びもつかぬことでありますが、六七十里四方あるいは四五十里四方ぐらいの小国でありますならば、求がこれを治めてしょくさんこうぎょうに力をそそぎ、三年ほどのうちに人民の衣食を足らしめて生活を安定させることはできそうに存じます。しかし礼楽れいがくをもって民心を感化するというようなところにいたりましては、私のがらにないことでありますから、盛徳せいとくの君子にお願い致さねばなりません。」と申し上げた。(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • そして、いわれた。――
    きゅうよ、お前はどうだ」
    冉求はこたえた。――
    「方六、七十里、あるいは五、六十里程度のところでしたら、三年ぐらいで、人民の生活を安定させる自信があります。もっとも、礼楽といった方面のことになりますと、私はそのがらではありませんので、高徳の人の力にまたなければなりません」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 求 … 冉有(冉求)の名。前522~?。姓はぜんあざなは子有。孔門十哲のひとり。孔子より二十九歳年少。政治的才能があった。ウィキペディア【冉有】参照。
  • 方六七十 … 六十里四方か七十里四方の面積の諸侯の国。「方」は、四方。
  • 如 … 「~如…」の形で「~もしくは…」と読み、「~か…かのどちらか」と訳す。
  • 比 … 「ころ」「ころおい」と読む。「頃」に同じ。
  • 足民 … 人民の経済生活を豊かにする。
  • 俟 … 待つ。頼る。
補説
  • 求(冉有) … 『孔子家語』七十二弟子解に「冉求は字は子有。仲弓の宗族なり。孔子よりわかきこと二十九歳。才芸有り。政事を以て名を著す。仕えて季氏の宰と為る。進めば則ち其の官職をおさめ、退けば則ち教えを聖師に受く。性たること多く謙退す。故に子曰く、求や退、故に之を進ましむ、と」(冉求字子有。仲弓之宗族。少孔子二十九歳。有才藝。以政事著名。仕爲季氏宰。進則理其官職、退則受教聖師。爲性多謙退。故子曰、求也退、故進之)とある。ウィキソース「家語 (四庫全書本)/卷09」参照。また『史記』仲尼弟子列伝に「冉求、字は子有。孔子よりわかきこと二十九歳。季氏の宰と為る」(冉求字子有。少孔子二十九歳。爲季氏宰)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。
  • 求爾何如 … 『義疏』に「由をわらうこと既にわるも、余りの三人に言うこと無し。故に孔子又た冉求に問う、汝の志は何如、と」(哂由既竟、而餘三人無言。故孔子又問冉求、汝志何如也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「子路既に対うるも、三子は言う無し。故に孔子復た之を歴問す、冉求よ、爾の志は何如、と」(子路既對、三子無言。故孔子復歴問之、冉求、爾志何如)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に「求、爾は何如とは、孔子の問いなり。下此にならう」(求、爾何如、孔子問也。下放此)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 対曰、方六七十、如五六十 … 『集解』の何晏の注に「求の性は謙退にして、方六七十、如しくは五六十里の小国を得て、之を治めんと欲するのみを言うなり」(求性謙退、言欲得方六七十、如五六十里小國、治之而已也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「求答えて曰く、志を言うなり、と。言うこころは願わくは国地方六七十里の者を得て、己之を治むるなり。おもうに又た自らさきに言う所の方六七十を大と為すを嫌う。故に又た退きて、如しくは方五六十里なる者と言うなり」(求答曰、言志也。言願得國地方六七十里者、而己治之也。意又自嫌向所言方六七十爲大。故又退言如方五六十里者也)とある。また『集注』に「方六七十里は、小国なり。如は、猶お或のごとし。五六十里は、則ち又た小なり」(方六七十里、小國也。如、猶或也。五六十里、則又小矣)とある。
  • 求也為之、比及三年、可使足民 … 『集解』に引く孔安国の注に「求自ら云う、能く民を足らしむるのみ。衣食足るを謂うなり、と」(求自云能足民而已。謂衣食足也)とある。また『義疏』に「言うこころは己願わくは此の小国を治めて、若し三年に至らば、則ち能く民人をして足らしめん」(言己願治此小國、若至三年、則能使民人足也)とある。また『注疏』に「此れ冉求の志なり。……求の性は謙退なり。言うこころは方の六七十、如しくは五六十里の小国を得て之を治むるを欲するのみ。求や此の小国を治むるに、三年以来に及ぶころおい、民の衣食を足らしめん」(此冉求之志也。……求性謙退。言欲得方六七十、如五六十里小國治之而已。求也治此小國、比及三年以來、使足民衣食)とある。また『集注』に「足るは、富足るなり」(足、富足也)とある。
  • 足民 … 『義疏』では「足民也」に作る。
  • 如其礼楽、以俟君子 … 『集解』に引く孔安国の注に「礼楽の化の若きは、当に以て君子を待つべしとは、謙なり」(若禮樂之化、當以待君子、謙也)とある。また『義疏』に「又た謙なり。言うこころは己乃ち能く民をして足らしむのみ。若し民に之れ礼楽を教うれば、則ち己の能くせざる所なり。故に君子を俟ちて之を為すことを請うなり」(又謙也。言己乃能使足民而已。若教民之禮樂、則己所不能。故請俟君子爲之也)とある。また『注疏』に「俟は、待なり。……礼楽の化の若きは、当に以て君子を待つべしとは、此れ謙辞なり」(俟、待也。……若禮樂之化、當以待君子、此謙辭也)とある。また『集注』に「君子を俟つは、己の能くする所に非ざるを言う。冉有、謙退なり。又た子路の哂わるるを以て、故に其の辞益〻遜なり」(俟君子、言非己所能。冉有謙退。又以子路見哂、故其辭益遜)とある。
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