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呉子 図国第一

序章 図国第一 料敵第二
治兵第三 論将第四 応変第五
励士第六    
    
 図国とこく第一
呉子曰、昔之圖國家者、必先教百姓、而親萬民。有四不和。不和於國、不可以出軍。不和於軍、不可以出陣。不和於陣、不可以進戰。不和於戰、不可以決勝。是以有道之主、將用其民、先和而後造大事。不敢信其私謀、必告於祖廟、啓於元龜、參之天時、吉乃後擧。民知君之愛其命、惜其死、若此之至、而與之臨難、則士以進死爲榮、退生爲辱矣。
呉子曰く、昔の国家をはかる者は、必ずまず百姓ひゃくせいを教え、しかして万民を親しむ。四つの不和あり。国にせざれば、もって軍をだすべからず。軍に和せざれば、もって出陣すべからず。陣にせざれば、もって進み戦うべからず。戦いに和せざれば、もって勝を決すべからず。ここをもって有道ゆうどうの主は、まさにその民を用いんとするや、まず和して、而る後に大事をす。あえてその私謀を信ぜず、必ず祖廟そびょうに告げ、元亀げんきひらき、これを天時てんじに参じ、吉にしてすなわち後にぐ。民、君のその命をおしみ、その死を惜しむこと、かくのごとく至れることを知りて、これとなんに臨めば、すなわち士進んで死するをもって栄となし、退いて生くるをじょくとなさん。
呉子曰、夫道者所以反本復始。義者所以行事立功。謀者所以違害就利。要者所以保業守成。若行不合道、擧不合義、而處大居貴、患必及之。是以聖人綏之以道、理之以義、動之以禮、撫之以仁。此四徳者、修之則興、廢之則衰。故成湯討桀、而夏民喜説、周武伐紂、而殷人不非。擧順天人。故能然矣。
呉子曰く、それ道は、本にかえり始めにかえるゆえんなり。義は、事を行ない功を立つるゆえんなり。謀は、害をけ利にくゆえんなり。要は、業を保ち成を守るゆえんなり。もし行ない道に合わず、挙、義に合わずして、大にり貴にらば、うれい必ずこれに及ぶ。ここをもって、聖人は、これをやすんずるに道をもってし、これをおさむるに義をもってし、これを動かすに礼をもってし、これをするに仁をもってす。この四徳は、これを修むればすなわちおこり、これを廃すればすなわち衰う。故に、成湯せいとうけつを討ちて、夏の民は喜説きえつし、周武しゅうぶちゅうちて、殷人いんひと非とせず。挙、天人にしたがう。故によく然るなり。
呉子曰、凡制國治軍、必教之以禮、勵之以義、使有恥也。夫人有恥、在大足以戰、在小足以守矣。然戰勝易、守勝難。故曰、天下戰國、五勝者禍。四勝者弊。三勝者霸。二勝者王。一勝者帝。是以數勝得天下者稀、以亡者衆。
呉子曰く、およそ国を制し軍を治むるには、必ずこれに教うるに礼をもってし、これをはげますに義をもってし、はじあらしむるなり。それ人恥あるときは、大にりてはもって戦うに足り、小に在りてはもって守るに足る。しかれども戦いて勝つはやすく、守りて勝つはかたし。故に曰く、天下戦国、五たび勝つものはわざわいなり。四たび勝つものはついゆ。三たび勝つものはたり。ふたたび勝つものは王たり。一たび勝つものは帝たり、と。ここをもって、しばしば勝ちて天下を得たるものはまれに、もってほろぶるものはおおし。
呉子曰、凡兵之所起者有五。一曰、爭名。二曰、爭利。三曰、積惡。四曰、内亂。五曰、因饑。其名又有五。一曰、義兵。二曰、強兵。三曰、剛兵。四曰、暴兵。五曰、逆兵。禁暴救亂曰義。恃衆以伐曰強。因怒興師曰剛。棄禮貪利曰暴。國亂人疲、擧事動衆曰逆。五者之服、各有其道。義必以禮服。強必以謙服。剛必以辭服。暴必以詐服。逆必以權服。
呉子曰く、およそ兵の起こるところのもの五あり。一に曰く、名を争う。二に曰く、利を争う。三に曰く、を積む。四に曰く、うちみだる。五に曰く、えにる。その名また五あり。一に曰く、義兵ぎへい。二に曰く、強兵。三に曰く、剛兵。四に曰く、暴兵。五に曰く、逆兵。暴を禁じ乱を救うを義という。衆をたのみてもってつを強という。いかりに因りて師をおこすを剛という。礼を棄て利をむさぼるを暴という。国乱れ人疲れたるに事を挙げ衆を動かすを逆という。五者ごしゃこれを服するに、おのおのその道あり。義は必ず礼をもって服す。強は必ずけんをもって服す。剛は必ず辞をもって服す。暴は必ずをもって服す。逆は必ず権をもってふくす。
武侯問曰、願聞治兵料人固國之道。起對曰、古之明王、必謹君臣之禮、飾上下之儀、安集吏民、順俗而教、簡募良材、以備不虞。昔齊桓募士五萬、以霸諸侯。晉文召爲前行四萬、以獲其志。秦穆置陷陣三萬、以服鄰國。故強國之君、必料其民。民有膽勇氣力者、聚爲一卒。樂以進戰、效力以顯其忠勇者、聚爲一卒。能踰高超遠、輕足善走者、聚爲一卒。王臣失位、而欲見功於上者、聚爲一卒。棄城去守、欲除其醜者、聚爲一卒。此五者、軍之練鋭也。有此三千人、内出可以決圍、外入可以屠城矣。
武侯、問いて曰く、「願わくは兵を治め人をはかり国を固くするの道を聞かん」。起、こたえて曰く、「いにしえの明王は、必ず君臣の礼をつつしみ、上下の儀をおさめ、吏民を安集し、俗にしたがいて教え、良材を簡募かんぼして、もって不虞ふぐに備う。昔、斉桓せいかんは士五万を募りて、もって諸侯にたり。晋文しんぶん前行ぜんこうをなすもの四万を召して、もってその志をたり。秦穆しんぼく陥陣かんじん三万を置き、もって鄰国りんてきを服せり。故に強国の君は、必ずその民を料る。民の胆勇気力あるものを、あつめて一卒となす。楽しみてもって進み戦い、力をいたしてもってその忠勇をあらすものを、聚めて一卒となす。よく高きをえ、遠きをえ、軽足にてく走るものを、聚めて一卒となす。王臣の位を失いて、功を上にあらわさんと欲するものを、聚めて一卒となす。城を棄て守りを去りて、そのはじを除かんと欲するものを、聚めて一卒となす。この五者は、軍の練鋭れんえいなり。この三千人あらば、内よりでて、もってかこみひらくべく、外より入りて、もって城をほふるべからん」。
武侯問曰、願聞陳必定、守必固、戰必勝之道。起對曰、立見且可、豈直聞乎。君、能使賢者居上、不肖者處下、則陳已定矣。民、安其田宅、親其有司、則守已固矣。百姓皆是吾君、而非鄰國、則戰已勝矣。
武侯、問いて曰く、「願わくはじんすれば必ず定まり、守れば必ず固く、戦えば必ず勝つの道を聞かん」。起、こたえて曰く、「たちどころに見んことすらつ可なり、あにただに聞くのみならんや。君、よく賢者をして上に居り、不肖者をして下にらしむれば、すなわちじんすでに定まれるなり。民、その田宅でんたくを安んじ、その有司に親しめば、すなわち守りすでに固し。百姓ひゃくせいみなわが君を是とし、鄰国りんごくを非とせば、すなわち戦いすでにてるなり。
武侯嘗謀事、羣臣莫能及。罷朝而有喜色。起進曰、昔楚莊王嘗謀事。羣臣莫能及。罷朝而有憂色。申公問曰、君有憂色何也。曰、寡人聞之。世不絶聖。國不乏賢。能得其師者王、能得其友者霸。今寡人不才、而羣臣莫及者。楚國其殆矣。此楚莊王之所憂。而君説之。臣竊懼矣。於是武侯有慚色。
武侯、かつて事をはかるに、群臣よく及ぶものなし。ちょうまかりて喜色あり。起、進みて曰く、「昔、そう王かつて事を謀る。群臣よく及ぶものなし。朝を罷りて憂色あり。申公問いて曰く、『君、憂色あるは何ぞや』。曰く、『寡人かじんこれを聞く。“世、聖を絶たず。国、賢にとぼしからず。よくその師を得るものは王たり、よくその友を得るものは覇たり”と。いま寡人不才にして群臣及ぶものなし。楚国それあやうからん』。これ楚の荘王の憂うるところなり。而るに君これをよろこぶ。臣ひそかにおそる」。ここにおいて、武侯、ずる色あり。