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登幽州台歌(陳子昂)

登幽州臺歌
ゆうしゅうだいのぼうた
ちんごう
  • ウィキソース「登幽州臺歌」参照。
  • 幽州 … 現在の北京市の西南、河北省涿たくしゅう市の辺り。ウィキペディア【幽州】参照。『旧唐書』地理志に「幽州大都督府は、隋には涿郡たくぐんと為る。武徳元年(618)、改めて幽州総管府と為り、幽・易・平・檀・燕・北燕・営・遼等の八州を管す。幽州はけい・良郷・・涿・固安・雍奴・安次・昌平等の八県を領す。二年(619)、又た潞県を分かちて玄州を置き、一県を領し、総管に隷す。四年(621)、とう建徳けんとく平らぎ、固安県は北義州に属す。六年(623)、総管を改めて大総管と為し、三十九州を管す。七年(624)、改めて大都督府と為し、又た涿県を改め范陽と為す。九年(626)、大都督を改め都督と為す。幽・易・景・瀛・東塩・滄・蒲・蠡・北義・燕・営・遼・平・檀・玄・北燕等十七州なり。貞観元年(627)、玄州を廃し、漁陽・潞の二県を以て来属せしむ。又た北義州を廃し、固安を以て来属せしむ。八年(634)、又た帰義県を置く。幽・易・燕・北燕・平・檀の六州を都督す。乾封三年(668)、無終県を置く。如意元年(692)、分かちて武隆県を置く。景龍三年(709)、分かちて三河県を置く。開元十三年(725)、升して大都督府と為す。十八年(730)、漁陽・玉田・三河を割きて薊州と置く。天宝元年(742)、范陽郡に改む。范陽・上谷・媯川・密雲・帰徳・漁陽・順義・帰化の八郡に属す。乾元元年(758)、復た幽州と為す。もと領する県は十、薊・潞・雍奴・漁陽・良郷・固安・昌平・范陽・帰義なり」(幽州大都督府、隋爲涿郡。武德元年、改爲幽州總管府、管幽、易、平、檀、燕、北燕、營、遼等八州。幽州領薊、良郷、潞、涿、固安、雍奴、安次、昌平等八縣。二年、又分潞縣置玄州、領一縣、隸總管。四年、竇建德平、固安縣屬北義州。六年、改總管爲大總管、管三十九州。七年、改爲大都督府、又改涿縣爲范陽。九年、改大都督爲都督。幽、易、景、瀛、東鹽、滄、蒲、蠡、北義、燕、營、遼、平、檀、玄、北燕等十七州。貞觀元年、廢玄州、以漁陽、潞二縣來屬。又廢北義州、以固安來屬。八年、又置歸義縣。都督幽、易、燕、北燕、平、檀六州。乾封三年、置無終縣。如意元年、分置武隆縣。景龍三年、分置三河縣。開元十三年、升爲大都督府。十八年、割漁陽、玉田、三河置薊州。天寶元年、改范陽郡。屬范陽、上谷、媯川、密雲、歸德、漁陽、順義、歸化八郡。乾元元年、復爲幽州。舊領縣十、薊、潞、雍奴、漁陽、良郷、固安、昌平、范陽、歸義也)とある。ウィキソース「舊唐書/卷39」参照。
  • 台 … 高台。ここでは高楼を指す。
  • 陳子昂 … 661~702。初唐の詩人。しゅう射洪しゃこう(四川省遂寧すいねい市射洪県)の人。あざなは伯玉。文明元年(684)、進士に及第。麟台正字(宮中の蔵書の校勘の職)、右拾遺などを歴任した。彼の作品は、六朝中期以来の華美な詩風を脱し、李白・杜甫などのいわゆる盛唐詩人の先駆者といわれる。『陳伯玉文集』十巻がある。ウィキペディア【陳子昂】参照。
前不見古人
まえじん
  • 前 … 「さき」とも読む。自分より前に生まれた(人)。
  • 古人 … 昔の人。
  • 不見 … 会うことはできない。
後不見來者
しりえ来者らいしゃ
  • 後 … 「のち」とも読む。自分より後から生まれてくる(人)。
  • 来者 … 未来の人。
念天地之悠悠
てん悠悠ゆうゆうたるをおも
  • 悠悠 … 長くゆったりと続くさま。限りなく永遠に続くこと。
  • 念 … 心中深くかみしめる。
獨愴然而涕下
ひと愴然そうぜんとして なみだくだ
  • 独 … ひとり。
  • 愴然 … いたみ悲しむ様子。
  • 涕 … 涙。
  • 下 … 「つ」と読んでもよい。(涙が)こぼれてくる。流れる。
詩型・韻字
  • 雑言古詩。
  • 者・下(上声馬韻)。
テキスト
  • 『全唐詩』巻八十三(排印本、中華書局、1960年)
  • 『唐詩三百首注疏』巻二・七言古詩(廣文書局、1980年)
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