西山(常建)
西山
西山
西山
一身爲輕舟
一身 軽舟と為る
- 一身 … わが身。古琴曲「猗蘭操(幽蘭操)」に「年紀逝邁し、一身将に老いんとす」(年紀逝邁、一身將老)とある。年紀は、年齢。逝邁は、どんどん行き進むこと。ウィキソース「樂府詩集/058卷」参照。
- 為軽舟 … 軽く泛ぶ小舟となる。自分と小舟との一体感をこう表現したもの。『唐詩別裁集』には「独り身にて舟を泛ぶ、身は猶お舟のごときなり」(獨身泛舟、身猶舟也)と注する。また『荘子』列禦寇篇に「汎として繫がざるの舟の若く、虚にして遨遊する者なり」(汎若不繫之舟、虚而遨遊者也)とある。ウィキソース「莊子/列禦寇」参照。また『戦国策』燕策に「夏水に乗じて、軽舟を浮べ、強弩前に在り、銛戈後ろに在り、滎口を決せば、魏は大梁無けん」(乘夏水、浮輕舟、強弩在前、銛戈在後、決滎口、魏無大梁)とある。強弩は、強い弩。銛戈は、鋭利な戈。滎口は、現在の河南省鄭州市滎陽市。ウィキソース「戰國策 (士禮居叢書本)/燕/二」参照。また、三国魏の曹植「王粲に贈る」詩(『文選』巻二十四)に「我此の鳥を執えんと願うも、惜しいかな軽舟無し」(我願執此鳥、惜哉無輕舟)とある。ウィキソース「贈王粲」参照。
落日西山際
落日 西山の際
- 落日 … 沈みゆく夕日。南朝梁の簡文帝の楽府「棗下何ぞ纂纂たる」に「落日芳春の暮、遊人歌吹の晩」(落日芳春暮、遊人歌吹晚)とある。歌吹は、歌をうたい、笛を吹くこと。ウィキソース「樂府詩集/074卷」参照。
- 西山際 … 西の山の端。
常隨去帆影
常に去帆の影に随い
- 去帆 … (作者が乗っている小舟から)遠ざかって行く帆舟。南朝梁の簡文帝「北顧楼に登るに和し奉る」詩に「去帆は雲裏に入り、遥星は海中より出づ」(去帆入雲裏、遙星出海中)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷078」参照。また、南朝梁の何遜「韋記室黯の別るるに贈る」詩に「去帆 若し見えずんば、試みに望め 白雲の中」(去帆若不見、試望白雲中)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷093」参照。
遠接長天勢
遠く長天の勢いに接す
- 長天 … どこまでも続く大空。初唐の王勃「滕王閣の序」に「落霞と孤鶩と斉しく飛び、秋水長天と共に一色なり」(落霞與孤鶩齊飛、秋水共長天一色)とある。落霞は、夕焼け雲。孤鶩は、一羽の野鴨。ウィキソース「滕王閣序」参照。
- 遠接 … 作者の小舟と大空とが、遥か遠いところで連なっている。一説に、西山と大空とが連なっているとする解釈もあるが、ここでは採らない。
- 勢 … 物事の様子。形勢。
物象歸餘清
物象 余清に帰し
林巒分夕麗
林巒 夕麗を分つ
亭亭碧流暗
亭亭として碧流暗く
- 亭亭 … 高く聳えるさま。ここでは、はるかに続くさま。畳語。後漢の張衡「西京の賦」(『文選』巻二)に「雲霧を干して上に達し、状亭亭として以て苕苕たり」(干雲霧而上達、狀亭亭以苕苕)とある。苕苕は、高く伸びたさま。ウィキソース「西京賦」参照。また、南朝梁の元帝「玄覧の賦」に「巌亭亭として其れ蓋に似たり、飛ぶこと苕苕として其れ楼の若し」(巖亭亭其似蓋、飛苕苕其若樓)とある。ウィキソース「玄覽賦」参照。また、東晋の陶潜「戊申の歳六月中、火に遇う」詩に「迢迢たり新秋の夕べ、亭亭として月将に円かならんとす」(迢迢新秋夕、亭亭月將圓)とある。ウィキソース「戊申歲六月中遇火」参照。また、劉宋の謝恵連「湖に泛び帰りて楼中より出で月を翫ぶ」詩(『文選』巻二十二)に「亭亭たり江に映ずる月、瀏瀏たり谷を出づる飆」(亭亭映江月、瀏瀏出谷飆)とある。ウィキソース「泛湖歸出樓中翫月」参照。
- 碧流 … 青緑色の川の流れ。
日入孤霞繼
日入りて孤霞継ぐ
- 日入 … 日が沈んでしまったあと。「撃壌歌」に「日出でて作し、日入りて息う」(日出而作、日入而息)とある。ウィキソース「擊壤歌」参照。
- 孤霞 … ひとひらの夕焼け雲。
- 継 … 受け継いで輝く。
洲渚遠陰映
洲渚 遠く陰映し
- 洲渚 … 川の中洲や渚。『楚辞』九章・悲回風に「大河の洲渚を望み、申徒の抗跡を悲しむ」(望大河之洲渚兮、悲申徒之抗跡)とある。申徒の抗跡とは、殷の賢臣、申徒狄の高く優れた行いのこと。紂王の悪政を諫め、石を抱いて黄河に身を投じたという。ウィキソース「楚辭/九章」参照。また、西晋の左思「呉都の賦」(『文選』巻五)に「洲渚は馮隆たり」(洲渚馮隆)とあり、その劉淵林注に「水中居る可きを洲と曰い、小洲を渚と曰う」(水中可居曰洲、小洲曰渚)とある。馮隆は、大きく盛り上がること。ウィキソース「昭明文選/卷5」「吳都賦」参照。『全唐詩』では「渚日」に作る。『唐五十家詩集本』では「日渚」に作る。
- 陰映 … 陰ったり光ったりすること。東晋の孫綽「天台山に遊ぶの賦」(『文選』巻十一)に「朱闕は林間に玲瓏として、玉堂は高隅に陰映す」(朱闕玲瓏於林間、玉堂陰映於高隅)とある。朱闕は、朱塗りの門。高隅は、山の一隅。ウィキソース「遊天台山賦」参照。また、劉宋の邱巨源「雑詩二首」の第一首「七宝扇を詠む」詩に「払眄嬌を迎うる意あり、隠映す含歌の人」(拂眄迎嬌意、隱映含歌人)とある。払眄は、流し目を送ること。迎嬌は、嬌態を促すこと。含歌は、歌を口ずさむこと。ウィキソース「詠七寳扇」参照。
湖雲尙明霽
湖雲 尚お明霽
林昏楚色來
林昏くして楚色来り
- 昏 … 日が暮れて暗くなる。
- 楚色 … 楚の国の気配。楚の国の暮色。中唐の姚合「陸暢侍御の揚州に帰るを送る」詩に「楚色 窮冬焼け、淮声 独夜の船」(楚色窮冬燒、淮聲獨夜船)とある。窮冬は、押し詰まった冬。陰暦十二月の頃。淮声は、淮水の音。ウィキソース「全唐詩/卷496」参照。
岸遠荊門閉
岸遠くして荊門閉ず
- 荊門 … 山の名。荊門山。湖北省宜都市の西北約30キロ、長江の南岸にあり、対岸には虎牙山がある。『水経注』江水篇に「江水又た東のかた荊門を歴、虎牙の間、荊門は南に在り、上合し下開いて、山の南に闇徹す」(江水又東歷荊門、虎牙之間、荊門在南、上合下開、闇徹山南)とある。ウィキソース「水經注/34」参照。また『読史方輿紀要』湖広、荊州府、宜都県の条に「荊門山は、県の西北五十里。大江の南岸、其の北岸は虎牙山たり、荊門と相対す」(荊門山、縣西北五十里。大江南岸、其北岸爲虎牙山、與荊門相對)とある。ウィキソース「讀史方輿紀要/卷七十八」参照。なお、底本には「……二山相対し、上は合して下開き、其の状門に似たり」(……二山相對、上合下開、其狀似門)と注するが、これでは虎牙山も門の形をしていることになってしまう。この誤りについては、斎藤晌『漢詩選6 唐詩選 上』で詳しく指摘している。
- 門閉 … 荊門山は門の形(上が合し、下に口が開いた形)をしており、日が暮れると門の向こうが見えなくなるので、これを「門を閉じた」と表現したもの。
至夜轉清逈
夜に至りて転た清迥
蕭蕭北風厲
蕭蕭として北風厲し
- 蕭蕭 … 風が物寂しく吹く様子。「古歌」(『古詩源』巻三)に「秋風蕭蕭として人を愁殺し、出づるも亦た愁い、入るも亦た愁う」(秋風蕭蕭愁殺人、出亦愁、入亦愁)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷017」参照。また、戦国時代末期の荊軻「易水の歌」(『文選』巻二十八)に「風は蕭蕭として易水寒し、壮士一たび去って復た還らず」(風蕭蕭兮易水寒、壯士一去兮不復還)とある。ウィキソース「易水歌 (荊軻)」参照。
- 北風厲 … 北風が激しく吹き渡る。『詩経』邶風・北風に「北風其れ涼なり、雨雪其れ雱たり」(北風其涼、雨雪其雱)とある。雱は、四方に乱れ広がるさま。ウィキソース「詩經/北風」参照。
沙邊鴈鷺泊
沙辺 雁鷺泊し
- 沙辺 … 岸の砂地の辺り。
- 雁鷺 … 雁や鷺。
宿處蒹葭蔽
宿処 蒹葭蔽う
圓月逗前浦
円月 前浦に逗まり
- 円月 … 真ん丸な月。南朝梁の徐孝穆「雑詩四首」(『玉台新詠』巻八)の第四首「羊兗州の家人の為に餉鏡に答う」詩に「信来りて宝鏡を贈らる、亭亭円月に似たり」(信來贈寳鏡、亭亭似圓月)とある。羊兗州は、兗州(現在の山東省済寧市兗州区)刺史の羊侃。ウィキソース「為羊兗州家人答餉鏡」参照。
- 前浦 … 目の前の入り江。南朝梁の元帝「早に龍巣を発す」詩に「初め言う 前浦合するを、定めて覚ゆ 近洲開くを」(初言前浦合、定覺近洲開)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷081」参照。また、南朝梁の劉孝綽の楽府「釣竿篇」に「湍長きも自ら辞せず、前浦に佳期有り」(湍長自不辭、前浦有佳期)とある。湍は、早瀬。佳期は、ここでは愛しい人の意。ウィキソース「樂府詩集/018卷」参照。
- 逗 … とどまる。月が水面にしばらく影を落とすことをいう。
孤琴又搖曳
孤琴 又た揺曳す
- 孤琴 … ただ一人弾ずる琴。盛唐の孟浩然「業師の山房に宿り、丁大を待てども至らず」詩(『唐詩三百首』)に「之の子 宿来を期す、孤琴 蘿逕に候つ」(之子期宿來、孤琴候蘿逕)とある。業師は、学業の師。丁は、姓。大は、排行第一。宿来は、宿泊に来る。蘿逕は、蔦葛の茂った小道。候は、待ち受ける。ウィキソース「宿業師山房待丁大不至」参照。
- 揺曳 … 尾を引くようにしてゆらゆらと揺れ動くこと。ここでは、琴の音が静かに漂い流れてゆくこと。劉宋の鮑照の楽府「櫂歌行に代えて」に「飂戻として長風振い、揺曳として高帆挙ぐ」(飂戻長風振、搖曳高帆舉)とある。飂戻は、疾風の吹く音。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷060」参照。
冷然夜遂深
冷然として夜遂に深く
- 冷然 … 夜気が冷やかに感じること。ひんやり。『全唐詩』『唐五十家詩集本』『唐詩品彙』『唐詩別裁集』では「泠然」に作る。こちらは、さわやかで清々しい、との意になる。『荘子』逍遙遊篇に「夫の列子風に御して行く、泠然として善し」(夫列子御風而行、泠然善也)とある。ウィキソース「莊子/逍遙遊」参照。
- 夜遂深 … 夜はすっかり更けた。
白露沾人袂
白露 人の袂を沾す
詩型・韻字
- 五言古詩。
- 際・勢・麗・繼・霽・閉・厲・蔽・曳・袂(去声霽韻)。
テキスト
- 『箋註唐詩選』巻一(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
- 『全唐詩』巻一百四十四(排印本、中華書局、1960年)
- 『常建集』巻上(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
- 『唐詩解』巻八(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
- 『唐詩品彙』巻十一([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
- 『古今詩刪』巻十一(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇8』所収、汲古書院)
- 『唐詩別裁集』巻一([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
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