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西山(常建)

西山
西山(せいざん)
常(じょう)建(けん)
  • ウィキソース「西山」参照。
  • 詩題 … 西山は、底本には「一統志に曰く、南昌府城の西、大江の外三十里に在り、と」(一統志曰、在南昌府城西、大江外三十里)と注するが、ここでは固有名詞ではなく、単に「西方にある山」程度の意であると思われる。
  • この詩は、西山の辺りの景色を詠んだもの。
  • 常建 … 生没年不詳。盛唐の詩人。長安(陝西省西安市)の人といわれてきたが、はっきりしない。字(あざな)は不詳。開元十五年(727)、王昌齢らとともに進士に及第。盱眙(くい)(江蘇省)の尉をつとめた。晩年は鄂渚(がくしょ)(湖北省)に隠棲して王昌齢・張(ちょう)僨(ふん)らと交際した。著に『常建詩集』二巻がある。ウィキペディア【常建】参照。
一身爲輕舟
一身(いっしん) 軽(けい)舟(しゅう)と為(な)る
  • 一身 … わが身。古琴曲「猗(い)蘭操(らんそう)(幽蘭操(ゆうらんそう))」に「年紀逝邁(せいまい)し、一身将に老いんとす」(年紀逝邁、一身將老)とある。年紀は、年齢。逝邁は、どんどん行き進むこと。ウィキソース「樂府詩集/058卷」参照。
  • 為軽舟 … 軽く泛(うか)ぶ小舟となる。自分と小舟との一体感をこう表現したもの。『唐詩別裁集』には「独り身にて舟を泛(うか)ぶ、身は猶お舟のごときなり」(獨身泛舟、身猶舟也)と注する。また『荘子』列禦寇篇に「汎として繫がざるの舟の若く、虚にして遨遊する者なり」(汎若不繫之舟、虚而遨遊者也)とある。ウィキソース「莊子/列禦寇」参照。また『戦国策』燕策に「夏水に乗じて、軽舟を浮べ、強(きょう)弩(ど)前に在り、銛(せん)戈(か)後ろに在り、滎口(けいこう)を決せば、魏は大梁無けん」(乘夏水、浮輕舟、強弩在前、銛戈在後、決滎口、魏無大梁)とある。強弩は、強い弩(いしゆみ)。銛戈は、鋭利な戈(ほこ)。滎口は、現在の河南省鄭(てい)州(しゅう)市滎陽(けいよう)市。ウィキソース「戰國策 (士禮居叢書本)/燕/二」参照。また、三国魏の曹植「王粲に贈る」詩(『文選』巻二十四)に「我(われ)此の鳥を執(とら)えんと願うも、惜しいかな軽舟無し」(我願執此鳥、惜哉無輕舟)とある。ウィキソース「贈王粲」参照。
落日西山際
落日(らくじつ) 西山(せいざん)の際(きわ)
  • 落日 … 沈みゆく夕日。南朝梁の徐(じょ)悱(ひ)の妻劉(りゅう)令嫺(れいかん)「外(がい)に答う詩二首」(『玉台新詠』巻六)の第一首に「落日更に新(しん)妝(しょう)、簾(れん)を開きて春(しゅん)樹(じゅ)に対す」(落日更新妝、開簾對春樹)とある。新妝は、化粧し直すこと。ウィキソース「答外詩」参照。また、南朝梁の皇太子簡文(のちの簡文帝蕭綱)「湘東王の名士傾城(けいせい)を悦(よろこ)ぶに和す」詩(『玉台新詠』巻七)に「垂(すい)糸(し)帷(い)幔(まん)を遶(めぐ)り、落日房櫳(ぼうろう)を度(わた)る」(垂絲遶帷幔、落日度房櫳)とある。垂糸は、ここでは蜘蛛の糸。帷幔は、たれ幕。房櫳は、櫺(れん)子(じ)窓。ウィキソース「和湘東王名士悅傾城」参照。
  • 西山際 … 西の山の端(は)。
常隨去帆影
常(つね)に去帆(きょはん)の影(かげ)に随(したが)い
  • 去帆 … (作者が乗っている小舟から)遠ざかって行く帆(ほ)舟(ぶね)。南朝梁の簡文帝「北顧楼に登るに和し奉る」詩に「去帆は雲裏に入り、遥星は海中より出づ」(去帆入雲裏、遙星出海中)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷078」参照。また、南朝梁の何遜「韋記室黯(あん)の別るるに贈る」詩に「去帆 若し見えずんば、試みに望め 白雲の中」(去帆若不見、試望白雲中)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷093」参照。
遠接長天勢
遠(とお)く長(ちょう)天(てん)の勢(いきお)いに接(せっ)す
  • 長天 … どこまでも続く大空。初唐の王勃「滕王閣の序」に「落(らっ)霞(か)と孤(こ)鶩(ぼく)と斉(ひと)しく飛び、秋水長天と共に一色なり」(落霞與孤鶩齊飛、秋水共長天一色)とある。落霞は、夕焼け雲。孤鶩は、一羽の野鴨。ウィキソース「滕王閣序」参照。
  • 遠接 … 作者の小舟と大空とが、遥か遠いところで連なっている。一説に、西山と大空とが連なっているとする解釈もあるが、ここでは採らない。
  • 勢 … 物事の様子。形勢。
物象歸餘清
物(ぶっ)象(しょう) 余(よ)清(せい)に帰(き)し
  • 物象 … 万物の姿。『春秋左氏伝』僖公十五年に「物生じて而(しか)る後(のち)に象(しょう)有り。象ありて而る後に滋る。滋りて而る後に数有り」(物生而後有象。象而後滋。滋而後有數)とある。ウィキソース「春秋左氏傳/僖公」参照。また、三国魏の曹植「七啓」(『文選』巻三十四)に「独り思いを天雲の際に馳せ、物象の能く傾くること無し」(獨馳思於天雲之際、無物象而能傾)とある。ウィキソース「七啟」参照。
  • 余清 … 日が暮れたあとの清々(すがすが)しさ。劉宋の謝瞻「霊運に答う」詩(『文選』巻二十五)に「夕べに霽(は)れて風気は涼しく、閑房には余清有り」(夕霽風氣涼、閑房有餘清)とある。ウィキソース「答靈運」参照。
林巒分夕麗
林巒(りんらん) 夕麗(せきれい)を分(わか)つ
  • 林巒 … 林と山。巒は、山。山の峰。『説文解字』巻九下、山部に「巒は、山小にして鋭し」(巒、山小而銳)とある。ウィキソース「說文解字/09」参照。また『爾雅』釈山篇に「巒は、山の墮(なが)きものなり」(巒、山墮)とある。ウィキソース「爾雅」参照。また、南朝斉の孔稚珪「北山移文」(『文選』巻四十三)に「林巒を望めば而(すなわ)ち失有り、草木を顧(かえり)みれば而(すなわ)ち喪うが如し」(望林巒而有失、顧草木而如喪)とある。ウィキソース「北山移文」参照。
  • 分夕麗 … 夕焼けの美しさを分け合う。林の部分は暗く、山の部分は夕焼けが当たって明るい。
亭亭碧流暗
亭亭(ていてい)として碧(へき)流(りゅう)暗(くら)く
  • 亭亭 … 高く聳(そび)えるさま。ここでは、はるかに続くさま。畳語。後漢の張衡「西京の賦」(『文選』巻二)に「雲霧を干(おか)して上(かみ)に達し、状(かたち)亭亭として以て苕苕(ちょうちょう)たり」(干雲霧而上達、狀亭亭以苕苕)とある。苕苕は、高く伸びたさま。ウィキソース「西京賦」参照。また、南朝梁の元帝「玄覧(げんらん)の賦」に「巌(いわお)亭亭として其(そ)れ蓋(ふた)に似たり、飛ぶこと苕苕(ちょうちょう)として其れ楼(たかどの)の若(ごと)し」(巖亭亭其似蓋、飛苕苕其若樓)とある。ウィキソース「玄覽賦」参照。また、東晋の陶潜「戊(ぼ)申(しん)の歳(とし)六月中、火に遇(あ)う」詩に「迢迢(ちょうちょう)たり新(しん)秋(しゅう)の夕べ、亭亭として月将(まさ)に円(まど)かならんとす」(迢迢新秋夕、亭亭月將圓)とある。ウィキソース「戊申歲六月中遇火」参照。また、劉宋の謝恵連「湖に泛(うか)び帰りて楼(ろう)中(ちゅう)より出(い)で月を翫(もてあそ)ぶ」詩(『文選』巻二十二)に「亭亭たり江(こう)に映(えい)ずる月、瀏瀏(りゅうりゅう)たり谷を出(い)づる飆(かぜ)」(亭亭映江月、瀏瀏出谷飆)とある。ウィキソース「泛湖歸出樓中翫月」参照。
  • 碧流 … 青緑色の川の流れ。
日入孤霞繼
日(ひ)入(い)りて孤霞(こか)継(つ)ぐ
  • 日入 … 日が沈んでしまったあと。「撃壌歌」に「日出(い)でて作(な)し、日入(い)りて息(いこ)う」(日出而作、日入而息)とある。ウィキソース「擊壤歌」参照。
  • 孤霞 … ひとひらの夕焼け雲。
  • 継 … 受け継いで輝く。
洲渚遠陰映
洲(しゅう)渚(しょ) 遠(とお)く陰映(いんえい)し
  • 洲渚 … 川の中洲や渚。『楚辞』九章・悲回風に「大河の洲渚を望み、申(しん)徒(と)の抗跡を悲しむ」(望大河之洲渚兮、悲申徒之抗跡)とある。申徒の抗跡とは、殷の賢臣、申(しん)徒(と)狄(てき)の高く優れた行いのこと。紂王の悪政を諫め、石を抱いて黄河に身を投じたという。ウィキソース「楚辭/九章」参照。また、西晋の左思「呉都の賦」(『文選』巻五)に「洲渚は馮隆(ひょうりゅう)たり」(洲渚馮隆)とあり、その劉淵林注に「水中居る可きを洲と曰い、小洲を渚と曰う」(水中可居曰洲、小洲曰渚)とある。馮隆は、大きく盛り上がること。ウィキソース「昭明文選/卷5」「吳都賦」参照。『全唐詩』では「渚日」に作る。『唐五十家詩集本』では「日渚」に作る。
  • 陰映 … 陰ったり光ったりすること。東晋の孫綽「天台山に遊ぶの賦」(『文選』巻十一)に「朱闕(しゅけつ)は林間に玲瓏として、玉堂は高隅(こうぐう)に陰映す」(朱闕玲瓏於林間、玉堂陰映於高隅)とある。朱闕は、朱塗りの門。高隅は、山の一隅。ウィキソース「遊天台山賦」参照。また、劉宋の邱巨源「雑詩二首」の第一首「七宝扇を詠む」詩に「払眄(ふつべん)嬌(きょう)を迎うる意あり、隠映す含歌の人」(拂眄迎嬌意、隱映含歌人)とある。払眄は、流し目を送ること。迎嬌は、嬌態を促すこと。含歌は、歌を口ずさむこと。ウィキソース「詠七寳扇」参照。
湖雲尙明霽
湖(こ)雲(うん) 尚(な)お明霽(めいせい)
  • 湖雲 … 湖上に靡(なび)く雲。中唐の朱慶餘「任処士の幽居に題す」詩に「湖雲は臥位を侵し、杉(さん)露(ろ)は茶(ちゃ)牀(しょう)に滴(したた)る」(湖雲侵臥位、杉露滴茶牀)とある。ウィキソース「全唐詩/卷514」参照。
  • 明霽 … 明るくくっきり輝いている。霽は、晴れる。『説文解字』巻十一下、雨部に「霽は、雨止むなり」(霽、雨止也)とある。ウィキソース「說文解字/11」参照。
林昏楚色來
林(はやし)昏(くら)くして楚(そ)色(しょく)来(きた)り
  • 昏 … 日が暮れて暗くなる。
  • 楚色 … 楚の国の気配。楚の国の暮色。中唐の姚合「陸(りく)暢(ちょう)侍御の揚州に帰るを送る」詩に「楚色 窮(きゅう)冬(とう)焼け、淮声(わいせい) 独夜の船」(楚色窮冬燒、淮聲獨夜船)とある。窮冬は、押し詰まった冬。陰暦十二月の頃。淮声は、淮水の音。ウィキソース「全唐詩/卷496」参照。
岸遠荊門閉
岸(きし)遠(とお)くして荊門(けいもん)閉(と)ず
  • 荊門 … 山の名。荊門山。湖北省宜都市の西北約30キロ、長江の南岸にあり、対岸には虎牙山がある。『水経注』江水篇に「江水又た東のかた荊門を歴(へ)、虎牙の間、荊門は南に在り、上合(がっ)し下開(あ)いて、山の南に闇徹す」(江水又東歷荊門、虎牙之間、荊門在南、上合下開、闇徹山南)とある。ウィキソース「水經注/34」参照。また『読史方輿紀要』湖広、荊州府、宜都県の条に「荊門山は、県の西北五十里。大江の南岸、其の北岸は虎牙山たり、荊門と相対す」(荊門山、縣西北五十里。大江南岸、其北岸爲虎牙山、與荊門相對)とある。ウィキソース「讀史方輿紀要/卷七十八」参照。なお、底本には「……二山相対し、上は合して下開き、其の状(かたち)門に似たり」(……二山相對、上合下開、其狀似門)と注するが、これでは虎牙山も門の形をしていることになってしまう。この誤りについては、斎藤晌(しょう)『漢詩選6 唐詩選 上』で詳しく指摘している。
  • 門閉 … 荊門山は門の形(上が合し、下に口が開いた形)をしており、日が暮れると門の向こうが見えなくなるので、これを「門を閉じた」と表現したもの。
至夜轉清逈
夜(よ)に至(いた)りて転(うた)た清迥(せいけい)
  • 至夜 … 夜になって。
  • 転 … 時が経(た)つにつれて程度がだんだん激しくなるさま。ますます。盛唐の李白「春夜桃李の園に宴するの序」(『全唐文』巻三百四十九)に「幽(ゆう)賞(しょう)未だ已(や)まず、高談転た清し」(幽賞未已、高談轉清)とある。幽賞は、静かに観賞すること。ウィキソース「春夜宴桃李園序」参照。
  • 清迥 … 遠く澄み渡ること。迥は、遠に同じ。劉宋の鮑照「舞(ぶ)鶴(かく)の賦」(『文選』巻十四)に「浮(ふ)曠(こう)の藻質(そうしつ)を鍾(あつ)め、清迥の明心を抱(いだ)く」(鍾浮曠之藻質、抱清迥之明心)とある。浮曠は、光り輝くこと。藻質は、美質。明心は、明らかな心。ウィキソース「舞鶴賦」参照。
蕭蕭北風厲
蕭蕭(しょうしょう)として北風(ほくふう)厲(はげ)し
  • 蕭蕭 … 風が物寂しく吹く様子。「古歌」(『古詩源』巻三)に「秋(しゅう)風(ふう)蕭蕭として人を愁(しゅう)殺(さい)し、出(い)づるも亦た愁(うれ)い、入(い)るも亦た愁う」(秋風蕭蕭愁殺人、出亦愁、入亦愁)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷017」参照。また、戦国時代末期の荊軻「易水の歌」(『文選』巻二十八)に「風は蕭蕭として易水寒し、壮士一たび去って復た還らず」(風蕭蕭兮易水寒、壯士一去兮不復還)とある。ウィキソース「易水歌 (荊軻)」参照。
  • 北風厲 … 北風が激しく吹き渡る。『詩経』邶風・北風に「北風其れ涼なり、雨雪其れ雱(ほう)たり」(北風其涼、雨雪其雱)とある。雱は、四方に乱れ広がるさま。ウィキソース「詩經/北風」参照。
沙邊鴈鷺泊
沙(さ)辺(へん) 雁(がん)鷺(ろ)泊(はく)し
  • 沙辺 … 岸の砂地の辺り。
  • 雁鷺 … 雁や鷺(さぎ)。
宿處蒹葭蔽
宿(しゅく)処(しょ) 蒹(けん)葭(か)蔽(おお)う
  • 宿処 … 舟の停泊する場所。
  • 蒹葭 … 蘆(あし)のまだ生長しきっていないもの。ひめよし。『説文解字』巻一下、艸部に「蒹は、雚(かん)の未だ秀でざる者なり」(蒹、雚之未秀者)、「葭は、葦の未だ秀でざる者なり」(葭、葦之未秀者)とある。ウィキソース「說文解字/01」参照。また『詩経』秦風・蒹(けん)葭(か)に「蒹葭蒼蒼たり、白露霜と為る」(蒹葭蒼蒼、白露爲霜)とある。ウィキソース「詩經/蒹葭」参照。
圓月逗前浦
円月(えんげつ) 前(ぜん)浦(ぽ)に逗(とど)まり
  • 円月 … 真ん丸な月。南朝梁の徐孝穆「雑詩四首」(『玉台新詠』巻八)の第四首「羊(よう)兗(えん)州(しゅう)の家人の為に餉鏡(しょうきょう)に答う」詩に「信(しん)来(きた)りて宝鏡を贈らる、亭亭円月に似たり」(信來贈寳鏡、亭亭似圓月)とある。羊兗州は、兗州(現在の山東省済寧市兗州区)刺史の羊侃(ようかん)。ウィキソース「為羊兗州家人答餉鏡」参照。
  • 前浦 … 目の前の入り江。南朝梁の元帝「早(つと)に龍巣を発す」詩に「初め言う 前浦合するを、定めて覚ゆ 近洲開くを」(初言前浦合、定覺近洲開)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷081」参照。また、南朝梁の劉孝綽の楽府「釣竿篇」に「湍(たん)長きも自ら辞せず、前浦に佳期有り」(湍長自不辭、前浦有佳期)とある。湍は、早瀬。佳期は、ここでは愛(いと)しい人の意。ウィキソース「樂府詩集/018卷」参照。
  • 逗 … とどまる。月が水面にしばらく影を落とすことをいう。
孤琴又搖曳
孤(こ)琴(きん) 又(ま)た揺曳(ようえい)す
  • 孤琴 … ただ一人弾ずる琴。盛唐の孟浩然「業(ぎょう)師(し)の山房に宿り、丁大(ていだい)を待てども至らず」詩(『唐詩三百首』)に「之(こ)の子(こ) 宿(しゅく)来(らい)を期す、孤琴 蘿(ら)逕(けい)に候(ま)つ」(之子期宿來、孤琴候蘿逕)とある。業師は、学業の師。丁は、姓。大は、排行第一。宿来は、宿泊に来る。蘿逕は、蔦(つた)葛(かずら)の茂った小道。候は、待ち受ける。ウィキソース「宿業師山房待丁大不至」参照。
  • 揺曳 … 尾を引くようにしてゆらゆらと揺れ動くこと。ここでは、琴の音が静かに漂(ただよ)い流れてゆくこと。劉宋の鮑照の楽府「櫂(とう)歌(か)行(こう)に代えて」に「飂(りゅう)戻(れい)として長風振い、揺曳として高帆(こうはん)挙(あ)ぐ」(飂戻長風振、搖曳高帆舉)とある。飂戻は、疾風の吹く音。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷060」参照。
冷然夜遂深
冷然(れいぜん)として夜(よ)遂(つい)に深(ふか)く
  • 冷然 … 夜気が冷(ひや)やかに感じること。ひんやり。『全唐詩』『唐五十家詩集本』『唐詩品彙』『唐詩別裁集』では「泠然」に作る。こちらは、さわやかで清々しい、との意になる。『荘子』逍遙遊篇に「夫(か)の列子風に御して行く、泠然として善し」(夫列子御風而行、泠然善也)とある。ウィキソース「莊子/逍遙遊」参照。
  • 夜遂深 … 夜はすっかり更(ふ)けた。
白露沾人袂
白(はく)露(ろ) 人(ひと)の袂(たもと)を沾(うるお)す
  • 白露 … しらつゆ。白い夜露。露の美称。『礼記』月(がつ)令(りょう)篇に「孟(もう)秋(しゅう)の月、……涼風至り、白露降(くだ)り、寒蟬(かんせん)鳴き、鷹(たか)乃ち鳥を祭る」(孟秋之月、……涼風至、白露降、寒蟬鳴、鷹乃祭鳥)とある。孟秋は、秋の初め。陰暦七月。ウィキソース「禮記/月令」参照。
  • 沾人袂 … 私の袂(たもと)を濡らしていた。三国魏の王粲「七哀の詩三首」(『文選』巻二十三)の第二首に「迅風(じんぷう)裳(しょう)袂(べい)を払い、白露衣(い)衿(きん)を霑(うるお)す」(迅風拂裳袂、白露霑衣衿)とある。迅風は、急に激しく吹く風。裳袂は、裳(も)裾(すそ)と袂(たもと)。ウィキソース「七哀詩 (王粲)」参照。
  • 袂 … たもと。『唐五十家詩集本』では「衣」に作る。
詩型・韻字
  • 五言古詩。
  • 際・勢・麗・繼・霽・閉・厲・蔽・曳・袂(去声霽韻)。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻一(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百四十四(排印本、中華書局、1960年)
  • 『常建集』巻上(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『唐詩解』巻八(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩品彙』巻十一([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『古今詩刪』巻十一(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇8』所収、汲古書院)
  • 『唐詩別裁集』巻一([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
歴代詩選
古代 前漢
後漢 魏
晋 南北朝
初唐 盛唐
中唐 晩唐
北宋 南宋
金 元
明 清
唐詩選
巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
巻三 五言律詩 巻四 五言排律
巻五 七言律詩 巻六 五言絶句
巻七 七言絶句
詩人別
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た行 は行 ま行
や行 ら行