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塞下曲二首其一(常建)

塞下曲二首其一
塞(さい)下(か)の曲(きょく)二首其の一
常(じょう)建(けん)
  • 七言絶句。郷・王・光(下平声陽韻)。
  • ウィキソース「塞下曲 (玉帛朝回望帝鄉)」参照。
  • 詩題 … 新楽府題の一つ。塞下は、辺境の塞(とりで)のあたりの意。『楽府詩集』巻九十二・新楽府辞・楽府雑題に収める楽曲の名。辺塞での戦闘や兵士の望郷の思いを詠う。古楽府の「出塞」「入塞」に似たもの。『全唐詩』『唐五十家詩集本』『万首唐人絶句』『唐詩品彙』では「塞下曲四首其一」に作る。『古今詩刪』では「塞下曲二首其一」に作る。
  • この詩は、異民族との戦いに勝利したことを祝ったもの。
  • 常建 … 生没年不詳。盛唐の詩人。長安(陝西省西安市)の人といわれてきたが、はっきりしない。字(あざな)は不詳。開元十五年(727)、王昌齢らとともに進士に及第。盱眙(くい)(江蘇省)の尉をつとめた。晩年は鄂渚(がくしょ)(湖北省)に隠棲して王昌齢・張(ちょう)僨(ふん)らと交際した。著に『常建詩集』二巻がある。ウィキペディア【常建】参照。
玉帛朝回望帝鄉
玉(ぎょく)帛(はく) 朝(ちょう)より回(かえ)って帝(てい)郷(きょう)を望(のぞ)む
  • 玉帛 … 宝玉と絹布。諸侯が天子に拝謁する時の献上品。ここでは烏孫国王の献上品を指し、烏孫国王が唐朝に帰順したことを表す。『書経』舜典篇に「肆(つい)に東后(とうこう)を覲(み)る。時・月・正日を協(あわ)せ、律・度・量・衡を同じくし、五礼・五玉・三帛・二生・一死・贄(し)を修む。五器の如きは、卒(おわ)れば乃ち復(かえ)す」(肆覲東后。協時月正日、同律度量衡、修五禮、五玉、三帛、二生、一死、贄。如五器、卒乃復)とある。東后は、東方の諸侯。贄は、献上品。ウィキソース「尚書/舜典」参照。また『春秋左氏伝』哀公七年に「禹(う)、諸侯を塗(と)山(ざん)に合(あわ)せしとき、玉帛を執(と)る者は万国なり。今其の存する者、数(すう)十(じゅう)無し」(禹合諸侯於塗山、執玉帛者萬國。今其存者、無數十焉)とある。ウィキソース「春秋左氏傳/哀公」参照。
  • 朝回 … 朝廷から退出したあとも。
  • 帝郷 … 天子の都。『荘子』天地篇に「彼の白雲に乗りて、帝郷に至り、三患は至ること莫く、身は常に殃(わざわ)い無ければ、則ち何の辱(はずかし)めか之れ有らん」(乘彼白雲、至於帝鄉、三患莫至、身常無殃、則何辱之有)とある。ウィキソース「莊子/天地」参照。
  • 望 … 仰ぎ望む。尊敬し慕う。
烏孫歸去不稱王
烏(う)孫(そん) 帰(かえ)り去(さ)って王(おう)と称(しょう)せず
  • 烏孫 … 漢代から南北朝にかけて西域にいたトルコ系遊牧民族。『史記』大宛伝に「烏孫は大宛の東北二千里可(ばか)りに在り。行国にして畜に随い、匈奴と俗を同じくす。控弦(こうげん)の者数万、敢戦(かんせん)す。故(もと)匈奴に服するも、盛んなるに及びて、其の羈(き)属(ぞく)を取り、往きて朝会するを肯(がえ)んぜず」(烏孫在大宛東北可二千里。行國隨畜、與匈奴同俗。控弦者數萬、敢戰。故服匈奴、及盛、取其羈屬、不肯往朝會焉)とある。行国は、遊牧民の国。控弦は、弓を引く兵。敢戦は、死にものぐるいで戦うこと。羈属は、帰属すること。ウィキソース「史記/卷123」参照。また『漢書』西域伝に「烏孫国の大(だい)昆(こん)彌(び)、赤谷城に治し、長安を去ること八千九百里。……烏孫是に於いて恐れて、使いをして馬を献じしめ、漢の公主を尚(しょう)して昆弟と為らんことを得んと願う。……漢の元封中に、江都王建の女(むすめ)細君を遣わして公主と為し、以て妻す。……哀帝の元寿二年に、大昆彌伊秩靡、単于と並びて入朝す。漢以て栄と為す」(烏孫國大昆彌、治赤谷城、去長安八千九百里。……烏孫於是恐、使使獻馬、願得尚漢公主爲昆弟。……漢元封中、遣江都王建女細君爲公主、以妻焉。……哀帝元壽二年、大昆彌伊秩靡與單于並入朝。漢以爲榮)とある。尚は、天子の娘をめとること。ウィキソース「漢書/卷096下」参照。ウィキペディア【烏孫】参照。
  • 帰去 … 国に帰ってからも。国に引き上げてからも。
  • 不称王 … 国王を僭称することはなくなった。烏孫王が漢の天子に臣従し、諸侯となったことを指す。
天涯靜處無征戰
天涯(てんがい) 静(しず)かなる処(ところ) 征戦(せいせん)無(な)し
  • 天涯 … 天の果て。空の果て。非常に遠い所。涯は、かぎり。地の果て。ここでは西域を指す。『論衡』率性篇に「人間(じんかん)の水は汚濁なるも、野外に在る者は清潔なり。倶(とも)に一水たり、源(みなもと)は天涯よりするも、或いは濁り或いは清(す)むは、在る所の勢い、之をして然らしむるなり」(人閒之水汚濁、在野外者淸潔。倶爲一水、源從天涯、或濁或淸、所在之勢、使之然也)とある。ウィキソース「論衡/08」参照。
  • 静処 … 静かに治まって。安らかに治まって。
  • 無征戦 … 討伐のための戦(いくさ)がなくなったこと。
兵氣消爲日月光
兵(へい)気(き)は消(き)えて日月(じつげつ)の光(ひかり)と為(な)る
  • 兵気 … 殺伐とした戦争の妖気。『後漢書』方術伝に「檀以為(おも)えらく京師当(まさ)に兵気有るべし、其の禍(わざわい)蕭墻(しょうしょう)より発す」(檀以爲京師當有兵氣、其禍發於蕭墻)とある。蕭墻は、門塀。転じて、家の内部。ウィキソース「後漢書/卷82下」参照。
  • 為日月光 … 太陽と月の光があまねく輝いている。天子の徳が行き渡り、平和な世の中となったことを指す。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百四十四(排印本、中華書局、1960年)
  • 『常建集』巻下(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『唐詩品彙』巻四十八([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『万首唐人絶句』七言・巻六十七(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
  • 『古今詩刪』巻二十一(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 『唐詩別裁集』巻十九([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
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