石壕吏(杜甫)
石壕吏
石壕の吏
石壕の吏
- 〔テキスト〕 『宋本杜工部集』巻二、『九家集注杜詩』巻三、『杜陵詩史』巻八、『分門集注杜工部詩』巻十四(『四部叢刊 初編集部』所収)、『草堂詩箋』巻十三、『銭注杜詩』巻二、『杜詩詳注』巻七、『全唐詩』巻二百十七、『唐文粋』巻十六下(『四部叢刊 初編集部』所収)、他
- 五言古詩。村(平声元韻)、人(平声真韻)、看(平声寒韻)通押/怒・苦(上声麌韻)、戍(去声遇韻)通押/至(去声寘韻)、死・矣(上声紙韻)通押/人(平声真韻)、孫(平声元韻)、裙(平声文韻)通押/衰・炊(平声支韻)、歸(平声微韻)通押/絶・咽・別(入声屑韻)、換韻。
- ウィキソース「石壕吏」参照。
- 石壕吏 … 乾元二年(759)、華州(現在の陝西省華州区)の司功参軍の任にあった杜甫が、出張先の洛陽から華州に帰る途中での作。作者四十八歳。「新安の吏」「潼関の吏」「新婚の別れ」「垂老の別れ」「無家の別れ」と合わせて「三吏三別」と総称され、社会詩の代表作として知られている。『全唐詩』には題下に「陝縣有石壕鎮」とある。
- 石壕 … 現在の河南省三門峡市陝州区の東南にあった村の名。石壕鎮ともいう。
- 吏 … 下級役人。小役人。
- 杜甫 … 712~770。盛唐の詩人。襄陽(湖北省)の人。字は子美。祖父は初唐の詩人、杜審言。若い頃、科挙を受験したが及第できず、各地を放浪して李白らと親交を結んだ。安史の乱では賊軍に捕らえられたが、やがて脱出し、新帝粛宗のもとで左拾遺に任じられた。その翌年左遷されたため官を捨てた。四十八歳の時、成都(四川省成都市)の近くの浣花渓に草堂を建てて四年ほど過ごしたが、再び各地を転々とし一生を終えた。中国最高の詩人として「詩聖」と呼ばれ、李白とともに「李杜」と並称される。『杜工部集』がある。ウィキペディア【杜甫】参照。
暮投石壕村
暮れに 石壕の村に投ず
- 暮 … 日暮れに。
- 投 … 投宿した。
有吏夜捉人
吏有り 夜 人を捉う
- 捉人 … 徴発する。兵役に就かせるため、人を捕らえにやって来る。
老翁踰牆走
老翁 牆を踰えて走り
- 老翁 … おじいさん。
- 牆 … 土塀。
- 踰 … 越える。
- 走 … 逃げる。
老婦出門看
老婦 門を出でて看る
- 老婦 … おばあさん。
- 門看 … 『全唐詩』には「一作看門、一作首」とある。
- 看 … 応対する。
吏呼一何怒
吏の呼ぶこと 一に何ぞ怒れる
- 呼 … どなる。
- 一何 … 「いつになんぞ~」と読み、「何と~なことか」と訳す。
- 怒 … 怒りに満ちている。
婦啼一何苦
婦の啼くこと 一に何ぞ苦しめる
- 婦啼 … おばあさんの泣き声。
- 一何苦 … 何と苦しそうなことか。
聽婦前致詞
婦の前みて 詞を致すを聴くに
- 婦前 … おばあさんが役人の前に進み出て。
- 致詞 … 言葉を述べる。
- 聴 … 耳を向けてきく。「聞」は、自然にきこえてくる。
三男鄴城戍
三男 鄴城に戍り
- 三男 … 三人の息子。「三番目の男子」の意ではない。
- 鄴城戍 … 鄴城の守備につく。鄴城で守備兵となる。「鄴城」は、現在の河北省臨漳県から河南省安陽市付近。乾元元年(758)、安慶緒(安禄山の次男)の反乱軍が鄴城に立てこもり、唐軍がそれを包囲した。おばあさんの三人の息子は唐軍の一員として守備兵となった。「戍」は、国境を守ること。守備兵。
一男附書至
一男 書を附して至れるに
- 一男 … (三人のうちの)一人の息子。
- 至 … 『全唐詩』には「一作到」とある。
- 附書至 … 手紙を人に託して届けてもらう。「附」は、人に託す。
二男新戰死
二男は 新たに戦死すと
- 二男 … (三人のうちの)二人の息子。
- 新 … 近頃。つい最近。
存者且偸生
存する者は 且く生を偸むも
- 存者 … 生き残った者。ここでは手紙をよこした息子を指す。
- 存 … 『全唐詩』には「一作在」とある。『唐文粋』では「在」に作る。
- 且 … 取り敢えず。しばらくの間。『全唐詩』には「一作是」とある。
- 偸生 … どうにか生きながらえているだけ。
死者長已矣
死する者は 長しなえに已みぬ
- 死者 … 死んでしまった二人の息子。
- 長已矣 … 永遠にもうおしまいだ。「矣」は、断定の意を示す助字。句末におかれて、訓読しない。
室中更無人
室中 更に人無く
- 室中 … おばあさんの家の中。
- 無人 … 男はいない。「人」は、ここでは男。
惟有乳下孫
惟だ 乳下の孫有るのみ
- 惟 … 「ただ~のみ」と読み、「ただ~だけ」「ただ~にすぎない」と訳す。限定の意を示す。「唯」と同じ。『全唐詩』には「一作所」とある。『分門集注本』『杜陵詩史』『唐文粋』では「所」に作る。
- 乳下孫 … 乳離れをしていない孫。
有孫母未去
孫有りて 母の未だ去らざるも
- 有孫 … 『全唐詩』には「一作孫有」とある。『分門集注本』『杜陵詩史』『九家集注本』『草堂詩箋』では「孫有」に作る。
- 有孫母未去 … 孫がいるので、まだ実家に帰らない母親がおります。当時の習慣として、夫が戦死し、子どもがいない場合は実家に戻った。
出入無完裙
出入に 完裙無し
- 出入 … 外に出るのにも。外出するのにも。ここでは「入」に意味はない。
- 入 … 『全唐詩』には「一作更」とある。『唐文粋』では「更」に作る。
- 完裙 … 完全なスカート。満足なスカート。
老嫗力雖衰
老嫗 力衰うと雖も
- 老嫗 … 老婆。「老婦」と同じ。
- 力雖衰 … 力は衰えていますが。
請從吏夜歸
請う 吏に従いて夜帰せん
- 請 … お願いします。お願いです。どうか~させてほしい。
- 従吏 … 役人に従って。役人に連れられて。
- 夜帰 … 今夜にも目的地へ行きましょう。「帰」は、ここでは「かえる」ではなく、行くべき所に落ち着くこと。
急應河陽役
急に河陽の役に応ぜば
- 急 … すぐに。ただちに。
- 河陽 … 今の河南省孟県。官軍が陣を敷いた所。
- 役 … 労役。
猶得備晨炊
猶お晨炊に備うるを得んと
- 猶 … まだ。それでも。私のような老婆でもまだなんとか。ここの「猶」は再読しない。
- 晨炊 … 早朝の飯炊き。「晨」は、朝。
- 備 … 身を役立てる。
夜久語聲絕
夜久しくして 語声絶え
- 夜久 … 夜がふけて。
- 語声絶 … 話し声が途絶える。
如聞泣幽咽
泣きて 幽咽するを聞くが如し
- 幽咽 … かすかにむせび泣く。「幽」は、かすか。「咽」は、むせぶ。主語は孫の母。
- 如聞 … 聞こえたようだ。聞こえたような気がした。
天明登前途
天明 前途に登り
- 天明 … 夜明け。
- 登前途 … 旅路につく。「登」は、出発する。主語は作者。
獨與老翁別
独り 老翁と別る
- 独 … ただ~だけ。限定の意を示す。
- 老翁 … おばあさんが連行されたことと、おじいさんが帰ってきたことを表す。
- 与 … 「と」と読み、「~と」と訳す。「與」は「与」の旧字体。
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