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楓橋夜泊(張継)

楓橋夜泊
楓(ふう)橋(きょう)夜(や)泊(はく)
張(ちょう)継(けい)
  • 七言絶句。天・眠・船(下平声先韻)。
  • ウィキソース「楓橋夜泊」参照。
  • 詩題 … 『中興間気集』では「夜泊(一作宿)松江」に作る。『全唐詩』には、題下に「一作夜泊楓江」と注する。松江は、呉(ご)淞(しょう)江(こう)(蘇(そ)州(しゅう)河(が))を指す。黄(こう)浦(ほ)江(こう)(長江の支流)の支流で、太湖の瓜(か)涇(けい)口(こう)を源とし、上海に入って蘇州河と呼ばれ、黄浦江に注ぐ。ウィキペディア【呉淞江】参照。『元和郡県図志』江南道、蘇州の条に「松江は、県の南五十里に在り、昆山を経て海に入る」(松江、在縣南五十里、經昆山入海)とある。ウィキソース「元和郡縣圖志/卷25」参照。『読史方輿紀要』江南、三江の条に「淞江は一名笠沢、一名松陵江、一名呉淞江」(淞江一名笠澤、一名松陵江、一名吳淞江)とある。ウィキソース「讀史方輿紀要/卷十九」参照。『中興間気集』は、作者在世の中唐に編纂されたもので、この詩を収めた総集としては最も古い。従って本来は楓橋の付近ではなく、松江であった可能性が高い。
  • 楓橋 … 江蘇省蘇州市西郊の運河に架かる石橋の名。『大明一統志』に「楓橋は府城の西七里に在り。山に面し水に臨み、以て遊息す可し。南北往来するに、必ず此(ここ)を経(ふ)」(楓橋在府城西七里。面山臨水、可以遊息。南北往來、必經於此)とある。ウィキソース「明一統志 (四庫全書本)/卷08」参照。楓橋は、古くは封橋と書いたという。『大清一統志』に「楓橋は閶(しょう)門(もん)外西九里に在り。宋の周遵道『豹(ひょう)隠(いん)紀(き)談(だん)』に旧(も)と封橋に作るも、後に唐の張継の詩に因りて相承けて楓に作る」(楓橋在閶門外西九里。宋周遵道豹隱紀談舊作封橋、後因唐張繼詩相承作楓)とある。ウィキソース「欽定大清一統志 (四庫全書本)/卷055」参照。
  • 夜泊 … 夜、船中に泊まること。
  • この詩は、作者が旅の途中、楓橋のほとりに船を留めて一泊したときの作。
  • 張継 … 生没年不詳。中唐の詩人。襄州(じょうしゅう)(湖北省襄州区)の人。字(あざな)は懿(い)孫(そん)。天宝十二年(753)、進士に及第。官は検校(けんこう)祠部(しぶ)郎(ろう)中(ちゅう)に至る。『張(ちょう)祠部(しぶ)詩集』一巻がある。ウィキペディア【張継】参照。
月落烏啼霜滿天
月(つき)落(お)ち 烏(からす)啼(な)いて 霜(しも)天(てん)に満(み)つ
  • 月落 … 月が沈(しず)むこと。陰暦七日頃より前の月は、夜半に西に沈む。南朝斉の陸厥の楽府「京兆歌」に「雁(かり)起(た)ちて宵(よい)未(いま)だ央(なかば)ならず、雲間(うんかん)月(つき)将(まさ)に落(お)ちんとす」(雁起宵未央、雲間月将落)とある。ウィキソース「樂府詩集/084卷」参照。また、中唐の劉禹錫の「踏歌詞四首」の第三首に「月(つき)落(お)ち烏(からす)啼(な)いて雲(うん)雨(う)散(さん)じ、遊童(ゆうどう)陌(はく)上(じょう)花(か)鈿(でん)を拾(ひろ)う」(月落烏啼雲雨散、遊童陌上拾花鈿)とある。陌上は、畦道(あぜみち)の辺り。花鈿は、花かんざし。ウィキソース「踏歌詞四首」参照。
  • 烏啼 … 烏が鳴く。夜半に鳴いたという説と、明け方に鳴いたという説とに分かれる。烏が夜半に鳴くのは、「烏夜啼」という楽府題があるように、昔から詩材として詠まれている。
  • 霜満天 … 霜の降りるような寒さが一面に満ちわたる。『礼記』月(がつ)令(りょう)篇、季秋之月に「是(こ)の月(つき)や、霜(しも)始(はじ)めて降(ふ)り、則(すなわ)ち百(ひゃっ)工(こう)休(やす)む」(是月也、霜始降、則百工休)とある。ウィキソース「禮記/月令」参照。
江楓漁火對愁眠
江楓(こうふう) 漁(ぎょ)火(か) 愁(しゅう)眠(みん)に対(たい)す
  • 江楓 … 川のほとりの楓。『文苑英華』では「江村」に作る。『万首唐人絶句』では「江邨」に作る。
  • 漁火 … いさり火。夜、魚を取るために船でたく火。『全唐詩』では「漁父」に作り、「一作火」と注する。また『文苑英華』でも「漁父」に作り、「詩選作江楓漁火」と注する。
  • 愁眠 … 旅の寂しさから、寝つかれずうつらうつらしていること。
姑蘇城外寒山寺
姑蘇(こそ)城(じょう)外(がい)の寒山(かんざん)寺(じ)
  • 姑蘇城 … 蘇州の古名。姑蘇山にちなんで名付けられた。『大明一統志』蘇州府に「隋の開皇中に改めて蘇州と曰うは、姑蘇山に因りて名を為す」(隋開皇中改曰蘇州、因姑蘇山爲名)とある。ウィキソース「明一統志 (四庫全書本)/卷08」参照。城は、城壁で囲まれた町全体を指す。城市。
  • 寒山寺 … 蘇州市の郊外にある寺。楓橋から東南約二百メートルに位置する。ウィキペディア【寒山寺】参照。なお、当時は寒山寺と呼ばれておらず、妙利普明塔院・普明禅院・楓橋寺などと呼ばれていた。したがって、ここは「寒山寺」という固有名詞ではなく、「寒山(晩秋の寒々とした山)の寺」というのが本来の解釈であろう。
夜半鐘聲到客船
夜(や)半(はん)の鐘(しょう)声(せい) 客船(かくせん)に到(いた)る
  • 夜半 … 夜中。『文苑英華』では「半夜」に作り、「詩選作夜半」と注する。
  • 夜半鐘声 … 夜半に撞(つ)く鐘の音。欧陽脩(1007~1072)は、三更(真夜中)に鐘をつくことはないと批判している。『六一(りくいつ)詩話』に「詩(し)人(じん)好(こう)句(く)を貪(むさぼ)り求(もと)めて、理(り)の通(つう)ぜざる有(あ)り、亦(ま)た語(ご)病(へい)なり。……句(く)は則(すなわ)ち佳(か)なるも、其(そ)れ三更(さんこう)は是(こ)れ鐘(かね)を打(う)つの時(とき)ならざるを如(いかん)せん」(詩人貪求好句、而理有不通、亦語病也。……句則佳矣、其如三更不是打鐘時)とある。ウィキソース「六一詩話」参照。しかし、これは誤りで、唐代、寺院では夜半に鐘をつく習慣があり、夜半につく鐘を分夜鐘といった。
  • 客船 … 客を乗せる船。作者が乗っていた船を指す。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百四十二(排印本、中華書局、1960年)
  • 『唐詩三百首注疏』巻六下・七言絶句(廣文書局、1980年)
  • 『増註三体詩』巻一・七言絶句・実接(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)
  • 『文苑英華』巻二百九十二(影印本、中華書局、1966年)
  • 趙宦光校訂/黄習遠補訂『万首唐人絶句』巻二十六(万暦三十五年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩品彙』巻五十([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『古今詩刪』巻二十二(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 『唐詩別裁集』巻二十([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『唐詩紀事』巻二十五([宋]計有功輯撰、上海古籍出版社、1987年)
  • 『中興間気集』巻下(傅璇琮編撰『唐人選唐詩新編』、陝西人民教育出版社、1996年)
  • 『唐百家詩選』巻九([北宋]王安石編、世界書局、1979年)
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