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易水送別(駱賓王)

易水送別
易水(えきすい)送別(そうべつ)
駱(らく)賓王(ひんのう)
  • ウィキソース「於易水送人」参照。
  • この詩は、易水のほとりで人を見送ったときに詠んだもの。その昔、戦国時代の刺客、荊(けい)軻(か)が燕(えん)の太子丹(たん)の命を受けて、秦王政(せい)(のちの秦の始皇帝)を暗殺しようとしたとき、太子一行は白装束に身をまとい、易水のほとりで荊軻を見送った。荊軻は「風蕭々(しょうしょう)として易水寒く、壮士一(ひと)たび去って復(ま)た還(かえ)らず」と歌ったという。この故事を思い浮かべながら作った作品。ウィキペディア【荊軻】【燕太子丹】参照。
  • 詩題 … 「易水に別れを送る」と読んでもよい。『全唐詩』『唐五十家詩集本』では「易水に於いて人を送る」(於易水送人)に作る。『四部叢刊本』『万首唐人絶句』では「易水にて人を送る」(易水送人)に作る。『駱臨海集箋注』では「易水に於いて人を送る一絶」(於易水送人一絶)に作る。
  • 易水 … 河北省易県(えきけん)を源とする川。大清河に合流する。『史記』蘇秦伝に「南に嘑沱(こだ)・易水有り」(南有嘑沱易水)とあり、その注(正義)に「易水は、易州の易県に出で、東に流れて幽州の帰義(きぎ)県を過ぎ、東に呼沱河(こだが)と合するなり」(易水、出易州易縣、東流過幽州歸義縣、東與呼沱河合也)とある。ウィキソース「史記三家註/卷069」参照。
  • 駱賓王 … 640?~684?。初唐の詩人。婺(ぶ)州(しゅう)義烏(ぎう)(浙江省義烏県)の人。字(あざな)は不詳。武功(陝西省武功県)を経て長安(陝西省西安市)の主簿を歴任したが、臨海(浙江省臨海県)の丞(じょう)に左遷された。光宅元年(684)、徐敬業の乱に加わり、檄文を草した。武后はこれを読んでその才に感嘆し、彼を重用しなかったことを悔いたという。王勃・楊炯・盧照鄰とともに初唐の四傑の一人。ウィキペディア【駱賓王】参照。
此地別燕丹
此(こ)の地(ち) 燕丹(えんたん)に別(わか)る
  • 此地 … 易水のほとりを指す。
  • 別燕丹 … 荊軻が燕(えん)の太子丹と別れる。『史記』刺客列伝、荊軻の条に「太子及び賓客(ひんかく)の其の事を知る者、皆な白衣冠(かん)にして以て之を送る。易水の上(ほとり)に至る。既に祖(そ)して道を取る。高漸(こうぜん)離(り)、筑(ちく)を撃ち、荊軻、和して歌い、変(へん)徴(ち)の声を為す。士、皆な涙を垂れて涕(てい)泣(きゅう)す。又た前(すす)みて歌を為(つく)りて曰く、風蕭蕭として易水寒く、壮士一たび去りて復た還らず、と。復た羽(う)声(せい)を為(な)して忼慨(こうがい)す。士、皆な目を瞋(いか)らし、髪尽(ことごと)く上(のぼ)りて冠(かんむり)を指す。是(ここ)に於いて荊軻、車に就きて去る。終に已に顧みず」(太子及賓客知其事者、皆白衣冠以送之。至易水之上。既祖取道。高漸離撃筑、荊軻和而歌、爲變徴之聲。士皆垂涙涕泣。又前而爲歌曰、風蕭蕭兮易水寒、壯士一去兮不復還。復爲羽聲忼慨。士皆瞋目、髮盡上指冠。於是荊軻就車而去。終已不顧)とある。祖は、遠くへ旅立つとき、道祖神を祭り、酒を飲んで道中の安全を祈ること。変徴の声は、音調の名。五声(中国の音楽で、音階をなす五つの音。宮・商・角・徴(ち)・羽のこと)の徴(ち)を半音だけ低くしたもの。七音のファに当たる。悲壮な調子であるという。羽声も、音調の名。激しく高ぶった調子であるという。忼慨は、気持ちを高ぶらせて嘆くこと。ウィキソース「史記/卷086」参照。
壯士髮衝冠
壮(そう)士(し) 髪(はつ) 冠(かんむり)を衝(つ)く
  • 壮士 … 勇士。荊軻を指す。荊軻を見送る人とする説や、荊軻と彼を見送る人とする説もある。平野彦次郎『唐詩選研究』(明徳出版社、昭和49年)では「この詩では荊軻のこととしなければ、精神が貫徹しない」と言っている。
  • 壯士髮 … 『四部叢刊本』『唐五十家詩集本』『万首唐人絶句』では「壯髮上」に作る。この場合、「壮髪上(のぼ)りて冠を衝く」と読む。『全唐詩』には「一作壯髮上」と注する。南朝陳の陽縉「荊軻の歌」(『楽府詩集』巻五十八)に「壮髪 危(き)冠(かん)の下、匕(ひ)首(しゅ) 地図の中」(壯髮危冠下、匕首地圖中)とある。危冠は、高冠(高さのある立派な冠)。匕首は、さじの頭の形をした短剣。匕首(あいくち)。ウィキソース「樂府詩集/058卷」参照。
  • 髪衝冠 … 悲憤慷慨のあまり、髪の毛が逆立って冠を突くこと。「怒髪、天を衝く」に同じ。『史記』藺相如伝に「相如、因りて璧(たま)を持ち、却(きゃく)立(りつ)して柱に倚(よ)り、怒(ど)髪(はつ)上(のぼ)りて冠(かんむり)を衝(つ)く」(相如因持璧、卻立倚柱、怒髮上衝冠)とある。ウィキソース「史記/卷081」参照。
昔時人已沒
昔(せき)時(じ) 人(ひと)已(すで)に没(ぼっ)し
  • 昔時人 … 在りし日の人。ここでは、荊軻を指す。北斉の馮(ふう)淑(しゅく)妃(ひ)「琵琶の絃に感ず」詩(『古詩紀』巻一百二十)に「今日の寵を蒙(こうむ)ると雖も、猶お昔時の憐れみを憶う」(雖蒙今日寵、猶憶昔時憐)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷120」参照。
  • 已没 … すでにいない。すでに死んでいる。東晋の陶潜「荊軻を詠ず」詩(『陶淵明集』巻四)に「其の人已(すで)に没すと雖も、千載(せんざい)に余情有り」(其人雖已沒、千載有餘情)とある。千載は、千年の後にまで。ウィキソース「詠荊軻 (陶潛)」参照。
今日水猶寒
今日(こんにち) 水(みず)猶(な)お寒(さむ)し
  • 今日 … 作者が易水のほとりで人を見送った日を指す。
  • 水 … 易水の水。
  • 猶寒 … 昔と変わることなく、寒々と流れている。ここでは、荊軻が歌った「風蕭蕭として易水寒く、壮士一たび去りて復た還らず」(風蕭蕭兮易水寒、壯士一去兮不復還)に基づく。ウィキソース「史記/卷086」参照。
詩型・韻字
  • 五言絶句。
  • 丹・冠・寒(上平声寒韻)。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻七十九(排印本、中華書局、1960年)※詩題:於易水送人
  • 『駱賓王文集』巻四(『四部叢刊 初編集部』所収)※詩題:易水送人
  • 『駱賓王集』巻下(『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)※詩題:於易水送人
  • 『駱臨海集箋注』巻五(上海古籍出版社、1985年)※詩題:於易水送人一絶
  • 『万首唐人絶句』五言・巻八(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)※詩題:易水送人
  • 『唐詩解』巻二十一(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩品彙』巻三十八([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 松浦友久編『校注 唐詩解釈辞典』(大修館書店、1987年)
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