司馬法 厳位第四
凡戰之道、位欲嚴、政欲栗、力欲窕、氣欲閑、心欲一。
凡そ戦いの道は、位は厳ならんことを欲し、政は栗ならんことを欲し、力は窕ならんことを欲し、気は閑ならんことを欲し、心は一ならんことを欲す。
- ウィキソース「司馬法」参照。
凡戰之道、等道義、立卒伍、定行列、正縱横、察名實。
凡そ戦いの道は、道義を等し、卒伍を立て、行列を定め、縦横を正し、名実を察す。
- 凡 … 底本および『武経本』では「凢」に作るが、『直解』に従い改めた。「凢」は「凡」の異体字。
立進俯、坐進跪。
立ちて進むには俯し、坐して進むには跪く。
畏則密、危則坐。
畏るれば則ち密にし、危うければ則ち坐せしむ。
遠者視之、則不畏。邇者勿視、則不散。
遠き者は之を視れば、則ち畏れず。邇き者は視ること勿ければ、則ち散ぜず。
位下左、右下。
位は左を下とし、右より下る。
甲坐誓徐行之。
甲、坐して誓い、徐に之を行かしむ。
位逮徒甲、籌以輕重。
位、徒甲に逮び、籌るに軽重を以てす。
振馬、譟徒甲、畏亦密之。
馬を振い、徒甲を譟がせども、畏るれば亦た之を密にす。
跪坐、坐伏、則膝行。
跪きて坐し、坐して伏せるは、則ち膝行す。
而寛誓之。起譟鼓而進、則以鐸止之。
而して寛やかに之に誓う。起ちて譟鼓して進み、則ち鐸を以て之を止む。
銜枚誓。
枚を銜みて誓う。
糗坐、膝行而推之。
糗には坐し、膝行して之を推す。
執戮禁顧、譟以先之。
執えて戮するには顧みるを禁じ、譟して以て之に先だつ。
若畏太甚、則勿戮殺。
若し畏るること太甚しければ、則ち戮殺すること勿かれ。
示以顏色、告之以所生、循省其職。
示すに顔色を以てし、之に告ぐるに生く所を以てし、其の職を循省せしむ。
凡三軍、人戒分日、人禁不息、不可以分食。
凡そ三軍は、人ごとに戒むること分日、人ごとに禁じて息めざれば、以て食を分つ可からず。
- 凡 … 底本および『武経本』では「凢」に作るが、『直解』に従い改めた。「凢」は「凡」の異体字。
方其疑惑、可師可服。
其の疑惑するに方りては、師す可く服す可し。
凡戰以力久、以氣勝。以固久、以危勝。
凡そ戦いは力を以て久しく、気を以て勝つ。固きを以て久しく、危うきを以て勝つ。
本心固、新氣勝。以甲固、以兵勝。
本心は固く、新気は勝つ。甲を以て固く、兵を以て勝つ。
凡車以密固、徒以坐固。甲以重固、兵以輕勝。
凡そ車は密なるを以て固く、徒は坐するを以て固し。甲は重きを以て固く、兵は軽きを以て勝つ。
人有勝心、惟敵之視。人有畏心、惟畏之視。
人、勝心有れば、惟だ敵を之れ視る。人、畏心有れば、惟だ畏れを之れ視る。
兩心交定、兩利若一。兩爲之職、惟權視之。
両心交〻定まらば、両利、一の若し。両つながら之が職を為し、惟だ権之を視る。
凡戰以輕行輕則危。以重行重則無功。
凡そ戦いは軽きを以て軽きに行えば則ち危うし。重きを以て重きを行えば則ち功無し。
以輕行重則敗。以重行輕則戰。
軽きを以て重きを行えば則ち敗る。重きを以て軽きを行えば則ち戦う。
故戰相爲輕重。
故に戦いは軽重を相為す。
舍謹兵甲、行愼行列、戰謹進止。
舎するに兵甲を謹み、行くに行列を慎み、戦うに進止を謹む。
- 兵甲 … 底本および『武経本』では「甲兵」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 愼 … 底本および『武経本』では「陣」に作るが、『直解』に従い改めた。
凡戰敬則慊、率則服
凡そ戦うに、敬すれば則ち慊し、率いれば則ち服す。
上煩輕、上暇重。
上、煩わしければ軽く、上、暇あれば重し。
奏鼓輕、舒鼓重。服膚輕、服美重。
奏鼓は軽く、舒鼓は重し。服、膚なれば軽く、服、美なれば重し。
- 美 … 底本および『武経本』では「羙」に作るが、『直解』に従い改めた。
凡馬車堅、甲兵利、輕乃重。
凡そ馬車堅く、甲兵利なれば、軽きも乃ち重し。
上同無獲。上專多死。上生多疑。上死不勝。
上、同じなれば獲る無し。上、専なれば死多し。上、生きんとすれば疑い多し。上、死せんとすれば勝たず。
凡人死愛、死怒、死威、死義、死利。
凡そ人は愛に死し、怒りに死し、威に死し、義に死し、利に死す。
凡戰之道、教約人輕死、道約人死正。
凡そ戦いの道は、教えもて約せば人死を軽んじ、道もて約せば人正に死す。
凡戰若勝、若否、若天、若人。
凡そ戦いは勝つに若い、否らざるに若い、天に若い、人に若う。
凡戰、三軍之戒、無過三日。
凡そ戦いは、三軍の戒め、三日に過ぐること無し。
一卒之警、無過分日。
一卒の警め、分日に過ぐること無し。
一人之禁、無過瞬息。
一人の禁、瞬息に過ぐること無し。
- 瞬 … 底本および『武経本』では「皆」に作るが、『直解』に従い改めた。
凡大善用本、其次用末。
凡そ大善は本を用い、其の次は末を用う。
執略守微、本末唯權戰也。
略を執り微を守り、本末唯だ権して戦うなり。
凡勝三軍、一人勝。
凡そ三軍に勝つは一人の勝なり。
凡鼓、鼓旌旗、鼓車、鼓馬、鼓徒、鼓兵、鼓首、鼓足。七鼓兼齊。
凡そ鼓は、旌旗に鼓し、車に鼓し、馬に鼓し、徒に鼓し、兵に鼓し、首に鼓し、足に鼓す。七鼓兼ね斉う。
- 七 … 底本および『武経本』にはないが、『直解』に従い補った。
凡戰、既固勿重。重進勿盡。凡盡危。
凡そ戦いは、既に固ければ、重くすること勿かれ。重くして進むときは尽くすこと勿かれ。凡そ尽くすときは危うし。
凡戰、非陳之難。使人可陳難。非使可陳難。使人可用難。非知之難。行之難。
凡そ戦いは、陣することの難きに非ず。人をして陣す可からしむること難し。陣す可からしむることの難きに非ず。人をして用う可からしむること難し。知ることの難きに非ず。行うことの難きなり。
- 陳 … 「陣」と同義。
人方有性。性州異。教成俗。俗州異。道化俗。
人は方ごとに性有り。性は州ごとに異なる。教えは俗を成す。俗は州ごとに異なる。道は俗を化す。
凡衆寡、若勝若否。
凡そ衆寡、若しくは勝ち、若しくは否らず。
- 若勝若否 … 底本および『武経本』では「既勝浩否」に作るが、『直解』に従い改めた。
兵不告利、甲不告堅、車不告固、馬不告良、衆不自多、未獲道。
兵、利を告げず、甲、堅きを告げず、車、固きを告げず、馬、良きを告げず、衆、自ら多しとせざるは、未だ道を獲ざるなり。
凡戰勝、則與衆分善。若將復戰、則重賞罰。
凡そ戦いて勝てば、則ち衆と善を分かつ。若し将に復た戦わんとすれば、則ち賞罰を重くす。
若使不勝、取過在己。復戰則誓。
若し勝たざらしめば、過ちを取ること己に在り。復た戦わば則ち誓う。
己居前、無復先術。勝否勿反。是謂正則。
己、前に居り、先術を復びする無かれ。勝否、反する勿かれ。是れを正則と謂う。
- 己 … 底本および『武経本』では「以」に作るが、『直解』に従い改めた。
凡民以仁救、以義戰、以智決、以勇闘、以信專、以利勸、以功勝。
凡そ民は仁を以て救い、義を以て戦い、智を以て決し、勇を以て闘い、信を以て専らにし、利を以て勧め、功を以て勝つ。
故心中仁、行中義。堪物智也。堪大勇也。堪久信也。
故に心は仁に中り、行いは義に中り、物に堪えるは智なり。大に堪えるは勇なり。久しきに堪えるは信なり。
讓以和、人自洽。
譲にして以て和すれば、人自ずから洽し。
- 自 … 底本および『武経本』では「以」に作るが、『直解』に従い改めた。
自予以不循、爭賢以爲、人説其心、效其力。
自ら予うるに循わざるを以てし、賢を争いて以て為せば、人其の心を説びて、其の力を效す。
- 予 … 底本および『武経本』では「子」に作るが、『直解』に従い改めた。
凡戰、擊其微靜、避其強靜、擊其倦勞、避其閑窕、擊其大懼、避其小懼。自古之政也。
凡そ戦いは、其の微静を撃ち、其の強静を避け、其の倦労を撃ち、其の閑窕を避け、其の大懼を撃ち、其の小懼を避く。古よりの政なり。
仁本第一 | 天子之義第二 |
定爵第三 | 厳位第四 |
用衆第五 |