司馬法 仁本第一
古者以仁爲本、以義治之。之謂正。
古は仁を以て本と為し、義を以て之を治む。之を正と謂う。
- ウィキソース「司馬法」参照。
- 正 … 正しい道。正道。
正不獲意則權。權出於戰。不出於中人。
正、意を獲ざれば則ち権す。権は戦いより出づ。中人より出でず。
是故殺人安人、殺之可也。攻其國、愛其民、攻之可也。
是の故に人を殺して人を安んずれば、之を殺すも可なり。其の国を攻めて、其の民を愛せば、之を攻めて可なり。
以戰止戰、雖戰可也。故仁見親、義見説、智見恃、勇見方、信見信。
戦いを以て戦いを止むれば、戦うと雖も可なり。故に仁は親しまれ、義は説ばれ、智は恃まれ、勇は方われ、信は信ぜらる。
- 方 … 底本および『武経本』では「身」に作るが、『直解』に従い改めた。
内得愛焉、所以守也。外得威焉、所以戰也。
内、愛を得るは、守る所以なり。外、威を得るは、戦う所以なり。
戦道、不違時、不歴民病、所以愛吾民也。不加喪、不因凶、所以愛夫其民也。
戦いの道、時に違わず、民を病に歴ざるは、吾が民を愛する所以なり。喪に加えず、凶に因らざるは、夫の其の民を愛する所以なり。
冬夏不興師、所以兼愛民也。故国雖大、好戦必亡。
冬夏に師を興さざるは、民を兼愛する所以なり。故に国大なりと雖も、戦いを好めば必ず亡ぶ。
- 兼愛民 … 『直解』では「兼愛其民」に作る。
天下雖安、忘戦必危。
天下安しと雖も、戦いを忘るれば必ず危うし。
天下既平、天子大愷、春蒐秋獮、諸侯春振旅、秋治兵、所以不忘戦也。
天下既に平ぎ、天子大いに愷しめども、春は蒐し秋は獮し、諸侯、春に振旅し、秋に治兵するは、戦いを忘れざる所以なり。
- 天子 … 底本および『武経本』では「天下」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 蒐 … 底本および『武経本』では「嵬」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 振旅 … 軍を整えて威勢よく帰ること。
古者逐奔、不過百歩。縱綏不過三舎。是以明其禮也。
古は奔るを逐うこと、百歩に過ぎず。綏くを縦うこと三舎に過ぎず。是を以て其の礼を明らかにするなり。
- 三舎 … 軍隊の三日間の行軍距離。約九十里。一舎は三十里。
不窮不能、而哀憐傷病。是以明其仁也。
不能を窮めず、傷病を哀憐す。是を以て其の仁を明らかにするなり。
- 仁 … 底本および『武経本』では「義」に作るが、『直解』に従い改めた。
成列而皷。是以明其信也。
列を成して鼓す。是を以て其の信を明らかにするなり。
爭義不爭利。是以明其義也。
義を争い利を争わず。是を以て其の義を明らかにするなり。
又能舎服。是以明其勇也。
又能く服するを舎す。是を以て其の勇を明らかにするなり。
知終知始。是以明其智也。
終りを知り始めを知る。是を以て其の智を明らかにするなり。
六德以時合教、以爲民紀之道也。自古之政也。
六徳時を以て合わせ教え、以て民紀の道と為すなり。古よりの政なり。
- 六徳 … 人の守るべき六つの徳。礼・仁・信・義・勇・智。
- 民紀 … 民の守るべき決まり。
先王之治、順天之道、設地之宜、官民之德、而正名治物、立國辨職、以爵分祿。
先王の治は、天の道に順い、地の宜しきを設け、民の徳を官にして、名を正し物を治め、国を立て職を弁じ、爵を以て禄を分つ。
諸侯説懷、海外來服、獄弭而兵寢。聖德之至也。
諸侯説び懐き、海外来服し、獄弭みて兵寝む。聖徳の至りなり。
- 獄 … 獄訟。訴訟。「獄」は、いがみあって争うこと。
- 弭 … やめる。
- 至 … 底本および『武経本』では「治」に作るが、『直解』に従い改めた。
其次賢王、制禮樂法度、乃作五刑、興甲兵、以討不義、巡狩省方、會諸侯考不同。
其の次の賢王は、礼楽法度を制し、乃ち五刑を作り、甲兵を興し、以て不義を討ち、巡狩して方を省し、諸侯を会して不同を考う。
- 法度 … 法律や制度。
- 省 … 底本および『武経本』では「者」に作るが、『直解』に従い改めた。
其有失命亂常背德、逆天之時、而危有功之君、徧告于諸侯。
其の命を失い常を乱し徳に背き、天の時に逆いて、有功の君を危うくするもの有れば、徧く諸侯に告ぐ。
- 背 … 『直解』では「悖」に作る。
彰明有罪、乃告于皇天上帝、日月星辰、禱于后土、四海神祇、山川冢社、乃造于先王。
有罪を彰明し、乃ち皇天上帝、日月星辰に告げ、后土、四海の神祇、山川の冢社に禱り、乃ち先王に造る。
然後冢宰徴師于諸侯曰、某國爲不道。征之。
然る後に、冢宰、師を諸侯に徴して曰く、某国、不道を為す。之を征す。
以某年月日、師至于某國、會天子正刑。
某年月日を以て、師、某国に至り、天子に会して刑を正す、と。
冢宰與百官、布令於軍曰、入罪人之地、無暴神祇。
冢宰、百官と与に令を軍に布きて曰く、罪人の地に入りて、神祇を暴すこと無かれ。
- 冢宰 … 周代の官名。天子を助け、百官を率いる。今の首相にあたる。大宰ともいう。
無行田獵。無毀土功。無燔牆屋。無伐林木。無取六畜、禾黍、器械。
田猟を行うこと無かれ。土功を毀つこと無かれ。牆屋を燔くこと無かれ。林木を伐ること無かれ。六畜、禾黍、器械を取ること無かれ。
見其老幼、奉歸勿傷。雖遇壯者、不校勿敵。
其の老幼を見ば、奉帰して傷うこと無かれ。壮者に遇うと雖も、校せずんば敵すること勿かれ。
敵若傷之、醫藥歸之。既誅有罪、王及諸侯、修正其國、舉賢立明、正復厥職。
敵若し之を傷わば、医薬して之を帰せ、と。既に有罪を誅せば、王及び諸侯、其の国を修正し、賢を挙げ明を立てて、厥の職を正復す。
王覇之所以治諸侯者六。以土地形諸侯、以政令平諸侯、以禮信親諸侯、以材力説諸侯、以謀人維諸侯、以兵革服諸侯。
王覇の諸侯を治むる所以の者は六つあり。土地を以て諸侯を形し、政令を以て諸侯を平らかにし、礼信を以て諸侯を親しみ、材力を以て諸侯を説ばし、謀人を以て諸侯を維ぎ、兵革を以て諸侯を服す。
同患同利、以合諸侯、比小事大、以和諸侯。
患いを同じくし利を同じくして、以て諸侯を合し、小に比し大に事えて、以て諸侯を和す。
會之以發禁者九。
之を会して以て禁を発する者九つあり。
憑弱犯寡則眚之。
弱きを憑ぎ、寡きを犯せば則ち之を眚す。
賊賢害民則伐之。
賢を賊い民を害せば則ち之を伐つ。
暴内陵外則壇之。
内を暴し外を陵げば則ち之を壇す。
野荒民散則削之。
野荒れ民散ずれば則ち之を削る。
負固不服則侵之。
固きを負みて服せざれば則ち之を侵す。
賊殺其親則正之。
其の親を賊殺すれば則ち之を正す。
- 親 … 親族。
- 賊殺 … 不当に人を殺すこと。
放弑其君則殘之。
其の君を放弑すれば則ち之を残す。
- 放弑 … 放殺。君主を追放したり、殺したりすること「放」は、放逐。「弑」は、弑虐。
犯令陵政則杜之。
令を犯し政を陵げば則ち之を杜ぐ。
外内亂禽獸行則滅之。
外内乱れ禽獣の行いあれば則ち之を滅す。
- 外内 … 国の内部と外部。
仁本第一 | 天子之義第二 |
定爵第三 | 厳位第四 |
用衆第五 |