司馬法 天子之義第二
天子之義、必純取法天地、而觀於先聖。
天子の義は、必ず純ら法を天地に取りて、先聖に観る。
- ウィキソース「司馬法」参照。
- 法 … 底本および『武経本』では「灋」に作るが、『直解』に従い改めた。「灋」は「法」の本字。
- 先聖 … 昔の聖王。
士庶之義、必奉於父母、而正於君長。
士庶の義は、必ず父母に奉じて、君長に正す。
- 士庶 … 士人と庶民。官吏と一般大衆のこと。
- 君長 … 君主と目上の人。君主と卿・大夫。
故雖有明君、士不先教、不可用也。
故に明君有りと雖も、士、先ず教えずんば用う可からず。
古之教民、必立貴賤之倫經、使不相陵。
古の民を教うるは、必ず貴賤の倫経を立て、相陵がざらしむ。
德義不相踰。材技不相掩。勇力不相犯。
徳義、相踰えず、材技、相掩わず、勇力、相犯さず。
- 材技 … 才能・技芸のある者。
故方同而意和也。
故に方同じくして意和するなり。
- 方 … 方向。向かうところ。目標。底本および『武経本』では「力」に作るが、『直解』に従い改めた。
古者國容不入軍、軍容不入國。故徳義不相踰。
古は国容、軍に入らず、軍容、国に入らず。故に徳義は相踰えず。
上貴不伐之士。不伐之士、上之器也。
上、伐らざるの士を貴ぶ。伐らざるの士は、上の器なり。
苟不伐、則無求。無求、則不爭。
苟くも伐らざれば、則ち求むること無し。求むること無ければ、則ち争わず。
國中之聽、必得其情。軍旅之聽、必得其冝。故材技不相掩。
国中の聴、必ず其の情を得、軍旅の聴、必ず其の冝を得。故に材技、相掩わず。
從命爲士上賞、犯命爲士上戮。故勇力不相犯。
命に従いて士たるは上賞し、命を犯して士たるは上戮す。故に勇力、相犯さず。
既致教其民、然後謹選而使之。
既に教えを其の民に致し、然る後に謹み選んで之を使う。
事極修、則百官給矣。教極省、則民興良矣。
事極めて修まれば、則ち百官給す。教え極めて省なれば、則ち民、良に興る。
習貫成、則民體俗矣。教化之至也。
習貫成れば、則ち民、俗を体す。教化の至りなり。
古者逐奔不遠、縱綏不及。
古は奔るを逐うこと遠からず、綏くを縦うこと及ばず。
- 綏 … 底本および『武経本』では「緩」に作るが、『直解』に従い改めた。
不遠則難誘、不及則難陷。
遠からざれば則ち誘い難く、及ばざれば則ち陥れ難し。
以禮爲固、以仁爲勝。
礼を以て固めと為し、仁を以て勝を為す。
既勝之後、其教可復。是以君子貴之也。
既に勝つの後、其の教え復びす可し。是を以て君子、之を貴ぶなり。
有虞氏戒於國中。欲民體其命也。
有虞氏は国中に戒む。民、其の命を体せんことを欲するなり。
- 有虞氏 … 古代の伝説上の聖天子、舜のこと。姓は姚。虞に国を建てたので虞舜、または有虞氏と呼ばれる。堯から譲位を受け皇帝となった。ウィキペディア【舜】参照。
夏后氏誓於軍中。欲民先成其慮也。
夏后氏は軍中に誓う。民、先ず其の慮を成さんことを欲するなり。
- 夏后氏 … 夏王朝のこと。または夏王朝の開祖、禹のこと。ウィキペディア【禹】参照。
殷誓於軍門之外。欲民先意以待事也。
殷は軍門の外に誓う。民の意を先にして以て事を待たんことを欲するなり。
- 殷 … 古代の王朝名。湯王が夏の桀王を滅ぼして建てた。ウィキペディア【殷】参照。
- 待 … 底本および『武経本』では「行」に作るが、『直解』に従い改めた。
周將交刃而誓之。以致民志也。
周は将に刃を交えんとして之に誓う。以て民の志を致すなり。
- 周 … 古代の王朝名。武王が殷を滅ぼして建てた。前1046頃~前256。ウィキペディア【周】参照。
夏后氏正其德也。未用兵之刃。故其兵不雜。
夏后氏は其の徳を正すなり。未だ兵の刃を用いず。故に其の兵は雑ならず。
殷義也。始用兵之刃矣。周力也。盡用兵之刃矣。
殷は義なり。始めて兵の刃を用う。周は力なり。尽く兵の刃を用う。
夏賞於朝。貴善也。
夏は朝に賞す。善を貴ぶなり。
殷戮於市。威不善也。
殷は市に戮す。不善を威すなり。
周賞於朝。戮於市。勸君子、懼小人也。
周は朝に賞し、市に戮す。君子を勧め、小人を懼れしむるなり。
三王彰其德、一也。
三王、其の徳を彰らかにするは、一なり。
兵不雜、則不利。長兵以衞、短兵以守。
兵、雑えざれば、則ち利ならず。長兵は以て衛り、短兵は以て守る。
太長則難犯、太短則不及。太輕則鋭。鋭則易亂。太重則鈍。鈍則不濟。
太だ長ければ則ち犯し難く、太だ短ければ則ち及ばず。太だ軽ければ則ち鋭し。鋭ければ則ち乱れ易し。太だ重ければ則ち鈍し。鈍ければ則ち済らず。
戎車夏后氏曰鈎車。先正也。
戎車は、夏后氏は鈎車と曰う。正しきを先にするなり。
殷曰寅車。先疾也。
殷は寅車と曰う。疾きを先にするなり。
周曰元戎。先良也。
周は元戎と曰う。良きを先にするなり。
旂夏后氏玄首。人之執也。殷白。天之義也。周黄。地之道也。
旂は、夏后氏は首を玄くす。人の執なり。殷は白くす。天の義なり。周は黄にす。地の道なり。
章夏后氏以日月。尚明也。殷以虎。尚威也。周以龍。尚文也。
章は、夏后氏は日月を以てす。明を尚ぶ。殷は虎を以てす。威を尚ぶなり。周は龍を以てす。文を尚ぶなり。
- 尚威 … 底本および『武経本』では「白戎」に作るが、『直解』に従い改めた。
師多務威、則民詘。少威則民不勝。
師、多く威を務むれば、則ち民詘す。威少なければ則ち民勝えず。
上使民不得其義、百姓不得其叙。技用不得其利。牛馬不得其任。
上、民を使うに其の義を得ざれば、百姓其の叙を得ず。技用其の利を得ず。牛馬其の任を得ず。
有司陵之。此謂多威。多威則民詘。
有司之を陵ぐ。此を威多しと謂う。威多ければ則ち民詘す。
上不尊德、而任詐慝、不尊道、而任勇力、不貴用命、而貴犯命、不貴善行、而貴暴行、陵之有司。
上、徳を尊ばずして、詐慝に任じ、道を尊ばずして、勇力に任じ、命を用うるを貴ばずして、命を犯すを貴び、善行を貴ばずして、暴行を貴べば、之が有司を凌ぐ。
此謂少威。少威則民不勝。
此を威少なしと謂う。威少なければ則ち民勝えず。
軍旅以舒爲主。舒則民力足。
軍旅は舒を以て主と為す。舒なれば則ち民力足る。
雖交兵致刃、徒不趨、車不馳、逐奔不踰列。是以不亂。
兵を交え刃を致すと雖も、徒は趨らず、車は馳せず、奔るを逐うこと列を踰えず。是を以て乱れず。
軍旅之固、不失行列之政、不絶人馬之力、遲速不過誡命。
軍旅の固きは、行列の政を失わず、人馬の力を絶たず、遅速、誡命を過ぎず。
古者國容不入軍、軍容不入國。軍容入國、則民德廢。
古は国容、軍に入らず、軍容、国に入らず。軍容、国に入れば、則ち民の徳廃る。
國容入軍、則民德弱。
国容、軍に入れば、則ち民の徳弱し。
故在國言文而語温。在朝恭以遜。
故に国に在りては言うこと文にして語ること温。朝に在りては恭にして以て遜。
修己以待人、不召不至、不問不言、難進易退。
己を修めて以て人を待ち、召さざれば至らず、問わざれば言わず、進み難く退き易し。
在軍抗而立、在行遂而果。
軍に在りては抗して立ち、行に在りては遂うにして果。
介者不拜、兵車不式。城上不趨、危事不齒。
介者は拝せず、兵車は式せず。城上には趨らず、危事には歯せず。
故禮與法表裏也。文與武左右也。
故に礼と法とは表裏なり。文と武とは左右なり。
- 法 … 底本および『武経本』では「灋」に作るが、『直解』に従い改めた。「灋」は「法」の本字。
古者賢王、明民之德、盡民之善。
古は賢王、民の徳を明らかにし、民の善を尽くす。
故無廢德、無簡民。賞無所生、罰無所試。
故に廃徳無く、簡民無し。賞、生ずる所無く、罰、試みる所無し。
有虞氏不賞不罰、而民可用、至德也。
有虞氏は賞せず罰せずして、民用う可きは、至徳なり。
夏賞而不罰、至教也。
夏は賞して罰せざるは、至教なり。
殷罰而不賞、至威也。
殷は賞して罰せざるは、至威なり。
周以賞罰、德衰也。
周は賞罰を以うるは、徳の衰えたるなり。
賞不踰時、欲民速得爲善之利也。
賞、時を踰えざるは、民の速やかに善を為すの利を得んことを欲すればなり。
罰不遷列、欲民速覩爲不善之害也。
罰、列を遷さざるは、民の速やかに不善を為すの害を覩んことを欲すればなり。
大捷不賞、上下皆不伐善。
大捷には賞せず。上下皆善を伐らず。
- 大捷 … 大きな差をつけて勝つこと。圧倒的な勝利。大勝。
上苟不伐善、則不驕矣。下苟不伐善、必亡等矣。
上、苟くも善に伐らざれば、則ち驕らず。下、苟くも善に伐らざれば、必ず等亡し。
上下不伐善若此、讓之至也。
上下、善に伐らざること此の若きは、譲の至りなり。
大敗不誅。上下皆以不善在己。
大敗には誅せず。上下、皆不善を以て己に在りとす。
上苟以不善在己、必悔其過。
上、苟くも不善を以て己に在りとせば、必ず其の過ちを悔ゆ。
下苟以不善在己、必遠其罪。
下、苟くも不善を以て己に在りとせば、必ず其の罪に遠ざかる。
上下分惡若此、讓之至也。
上下、悪を分かつこと此の若きは、譲の至りなり。
古者戍兵、三年不典、覩民之勞也。
古は戍兵、三年典せざるは、民の労を覩るなり。
- 兵 … 底本および『武経本』では「軍」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 典 … 底本および『武経本』では「興」に作るが、『直解』に従い改めた。
上下相報若此、和之至也。
上下、相報ずること此の若くなるは、和の至りなり。
得意則愷歌、示喜也。
意を得れば則ち愷歌するは、喜びを示すなり。
偃伯靈臺、答民之勞、示休也。
伯を霊台に偃し、民の労に答いるは、休を示すなり。
- 答 … 底本および『武経本』では「荅」に作るが、『直解』に従い改めた。
仁本第一 | 天子之義第二 |
定爵第三 | 厳位第四 |
用衆第五 |