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泰伯第八 11 子曰如有周公之才之美章

195(08-11)
子曰、如有周公之才之美、使驕且吝、其餘不足觀也已。
いわく、しゅうこうさいるも、おごやぶさかならしめば、るにらざるのみ。
現代語訳
  • 先生 ――「周公さまほどのすぐれた才能でも、もしいばって教えなければ、ほかは見るまでもないことだ。」(がえり善雄『論語新訳』)
  • 孔子様がおっしゃるよう、「たとい昔の周公のような才能の美しさがあっても、自らその才能にほこって他人に才能あるをきらうようなケチな量見であったら、それ以外のいかなる美徳も問題にならぬ。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 先師がいわれた。――
    「かりに周公ほどの完璧かんぺきな才能がそなわっていても、その才能にほこり、他人の長所を認めないような人であるならば、もう見どころのない人物だ」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 如 … 「もし~」と読み、「たとえ~」と訳す。仮定条件の意を示す。
  • 周公 … 文王の子。姓は、名はたん。兄の武王を助けて紂王を討った。武王の死後は、その子成王を補佐して周王朝の基礎を固めた。ウィキペディア【周公旦】参照。
  • 才之美 … 完全な美しい才能。
  • 驕 … おごり高ぶる。驕慢。
  • 吝 … 出し惜しみする。けちけちする。
  • 其余 … それ以外にどんな長所・美徳があっても。
  • 不足観 … もう見るまでもない。
  • 也已 … 「のみ」と訓読し、断定をあらわす助辞。
補説
  • 『注疏』に「此の章は人の驕・吝を戒むるなり」(此章戒人驕吝也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 如有周公之才之美 … 『集解』に引く孔安国の注に「周公とは、周公旦なり」(周公者、周公旦也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「周公は、周公旦なり、大聖の人なり、才の美を兼ね備う。……春秋の世に、別に周公有るを以てす。此れ孔子其の才の美を極言して、周公と云う。恐らくは彼と相嫌するならん。故に注する者之を明らかにす」(周公、周公旦也、大聖之人也、才美兼備。……以春秋之世、別有周公。此孔子極言其才美、而云周公。恐與彼相嫌。故注者明之)とある。また『集注』に「才の美は、智能技芸の美を謂う」(才美、謂智能技藝之美)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 使驕且吝 … 『集注』に「驕は、きょう。吝は、しょくなり」(驕、矜夸。吝、鄙嗇也)とある。矜夸は、才能などを誇って威張ること。鄙嗇は、りんしょく(けち)に同じ。
  • 其余不足観也已 … 『義疏』に「其の余は、周公の才伎を謂うなり。言うこころは人仮令たとい才有りて、能く周公旦の美の如くならしむるも、用行きょうりんなれば、則ち余す所は周公の才伎の如き者も、亦た復た観る可きに足らざる者は、驕を以て才をければなり。故に王弼曰く、人の才の美周公の如くなるも、設使たといきょうりんならしめば、其の余は観る可き無しとは、言うこころは才の美、驕悋を以て棄つるなり。況んや驕悋なる者、必ず周公の才の美無きをや。たとい無きもたとい有るも、其の驕悋を以てすれば、之れ鄙なり、と」(其餘、謂周公之才伎也。言人假令有才、能如周公旦之美、而用行驕悋、則所餘如周公之才伎者、亦不足復可觀者、以驕没才也。故王弼曰、人之才美如周公、設使驕恡、其餘無可觀者、言才美以驕恡棄也。況驕恡者、必無周公才美乎。假無設有、以其驕恡、之鄙也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「設し人に周公の才の美有るも、驕矜きょうきょうにして且つりんたらしめば、其の余に善行有りと雖も、観る可きに足らざるなり。鄙吝の捐棄する所と為るを言うなり」(設人有周公之才美、使爲驕矜且鄙吝、其餘雖有善行、不足可觀也。言爲鄙吝所捐棄也)とある。
  • 也已 … 『義疏』では「已矣」に作る。
  • 『集注』に引く程頤の注に「此れ甚だ驕・吝の不可なるを言うなり。蓋し周公の徳有れば、則ち自ら驕・吝無し。若し但だ周公の才有りて驕・吝なれば、亦た観るに足らざるなり」(此甚言驕吝之不可也。蓋有周公之德、則自無驕吝。若但有周公之才而驕吝焉、亦不足觀矣)とある。
  • 『集注』に引く程頤の注に「驕は、気のつるなり。吝は、気のあきたらぬなり」(驕、氣盈。吝、氣歉)とある。
  • 『集注』に「愚おもえらく、きょうりんえいけんの殊有りと雖も、然れども其の勢い常に相因る。蓋し驕とは吝の枝葉、吝とは驕の本根なり。故に嘗て之を天下の人に験するに、未だ驕にして吝ならず、吝にして驕ならざる者有らざるなり」(愚謂、驕吝雖有盈歉之殊、然其勢常相因。蓋驕者吝之枝葉、吝者驕之本根。故嘗驗之天下之人、未有驕而不吝、吝而不驕者也)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「此れ専ら驕吝の害を戒むるなり。蓋し驕れば則ち自ら満つるの意有り。吝なれば則ち人の為にするの意無し。驕れば則ち徳進まず。吝なれば則ち道弘からず。是の如きの人、他の美有りと雖も、而れども之を観るに足らず。其の周公の才の美有れども、観るに足らずと曰うを観れば、則ち聖人驕吝を悪むの甚だしき見る可し」(此專戒驕吝之害也。蓋驕則有自滿之意。吝則無爲人之意。驕則德不進。吝則道不弘。如是之人、雖有他美、而不足觀之。觀其曰有周公之才之美、不足觀也、則聖人惡驕吝之甚可見矣)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「驕り且つ吝なるは、徳無き者なり。苟くも其の徳無ければ、則ち才・美豈に観るに足らんや。蓋し驕れば則ち君子を失し、吝なれば則ち小人を失す。故に驕り且つ吝なるは、人心を失する所以なり。天下を治むるには、人心をるを以て先と為す、故に孔子しかう。……宋儒は聖人の道なる者は先王の天下を安んずるの道なることを知らず。故に此の章の義に達せず。徒らに気のてる、気のけんなるを以て説を為す。類を知らずと謂う可きのみ」(驕且吝、無德者也。苟無其德、則才美豈足觀哉。蓋驕則失君子、吝則失小人。故驕且吝、所以失人心也。治天下、以得人心爲先、故孔子云爾。……宋儒不知聖人之道者先王安天下之道。故不達此章之義。徒以氣盈氣歉爲説。可謂不知類已)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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