楚辞 招隠士第十二
桂樹叢生兮山之幽、偃蹇連蜷兮枝相繚。
桂樹叢生せり山の幽、偃蹇連蜷して枝相繚う。
山氣巃嵸兮石嵯峨、谿谷嶄巖兮水曽波。
山気巃嵸して石嵯峨たり、谿谷嶄巌として水曽ねて波たつ。
- 巃嵸 … 山の雲気が盛んに起こるさま。
- 嵯峨 … 岩が高く突き出て険しいさま。
- 嶄巌 … 山がごつごつと切り立っているさま。
猨狖群嘯兮虎豹嘷、攀援桂枝兮聊淹留。
猨狖群嘯して虎豹嘷ぶ、桂枝を攀じ援いて聊か淹留す。
- 猨狖 … 猿。「猨」は、木の枝を引っぱって木登りをする猿。手長猿。「狖」は、黒猿。尾長猿。
- 群嘯 … 群れをなして嘯き鳴くこと。
- 虎豹 … 虎や豹。
- 淹留 … 一か所に長い間留まること。
王孫遊兮不歸、春草生兮萋萋。
王孫遊んで帰らず、春草生じて萋萋たり。
- 王孫 … 帝王の子孫。貴公子。屈原を指す。
- 萋萋 … 草がいっせいに茂るさま。
歳暮兮不自聊、蟪蛄鳴兮啾啾。
歳暮れて自ら聊んぜす、蟪蛄鳴いて啾啾たり。
- 蟪蛄 … せみの一種。ツクツクボウシ。ウィキペディア【ツクツクボウシ】参照。
坱兮軋、山曲、心淹留兮恫慌忽。
坱として軋たり、山曲(ふつ)し、心淹留して恫んで慌忽
たり。
罔兮沕、憭兮栗、虎豹穴。
罔として沕れ、憭として栗き、虎豹の穴。
叢薄深林兮人上慄。
叢薄深林、人上りて慄く。
嶔岑碕礒兮、碅磳磈硊、樹輪相糾兮林木茷骫。
嶔岑碕礒として、碅磳磈硊たり、樹輪相糾り林木茷骫す。
青莎雜樹兮薠草靃靡、白鹿麏麚兮或騰或倚。
青莎樹に雑わり薠草靃靡たり、白鹿と麏麚と或いは騰り或いは倚る。
- 靃靡 … 草が風に弱々しくなびいている様子。
狀貌崯崯兮峨峨、淒淒兮漇漇。
状貌崯崯として峨峨たり、凄凄として漇漇たり。
- 状貌 … 姿かたち。容貌。
- 貌 … 底本では「皃」に作るが、改めた。「皃」は「貌」の異体字。
獼猴兮熊羆、慕類兮以悲。
獼猴と熊羆と類を慕って以て悲しむ。
- 獼猴 … おおざる。
- 熊羆 … 熊と、ひぐま。
攀援桂枝兮聊淹留。
桂枝を攀じ援いて聊か淹留す。
虎豹鬪兮熊羆咆、禽獸駭兮亡其曹。
虎豹闘い熊羆咆え、禽獣駭いて其の曹を亡う。
- 曹 … 仲間。
王孫兮歸來、山中兮不可以久留。
王孫帰り来れ、山中には以て久しく留まる可からず。
楚辞目次 | |
九歌第二 | 卜居第六 |
漁父第七 | 惜誓第十一 |
招隠士第十二 |