楚辞 惜誓第十一
惜余年老而日衰兮、歳忽忽而不反、登蒼天而高舉兮、歴衆山而日遠。
余が年老いて日に衰うるを惜む、歳忽忽として反らず、蒼天に登りて高く挙り、衆山を歴て日遠し。
- ウィキソース「楚辭/惜誓」参照。
- 惜誓 … 「惜」は哀、「誓」は約・信。
觀江河之紆曲兮、離四海之霑濡、攀北極而一息兮、吸沆瀣以充虚、飛朱鳥使先驅兮、駕太一之象輿。
江河の紆曲を観、四海の霑濡に離う、北極を攀じて一たび息い、沆瀣を吸うて以て虚に充つ、朱鳥を飛ばして先駆せしめ、太一の象輿に駕す。
蒼龍蚴虬於左驂兮、白虎騁而爲右騑、建日月以爲蓋兮、載玉女於後車、馳騖於杳冥之中兮、休息虖昆崙之墟。
蒼竜は左驂に蚴虬たり、白虎は騁せて右騑となる、日月を建てて以て蓋と為し、玉女を後車に載す、杳冥の中に馳騖して、昆崙の墟に休息す。
樂窮極而不猒兮、願從容虖神明、渉丹水而駝騁兮、右大夏之遺風、黄鵠之一舉兮、知山川之紆曲、再舉兮、睹天地之圜方。
楽しみ窮極して猒かず、願わくは神明に従容たらん、丹水を渉りて駝騁し、大夏の遺風を右にす、黄鵠の一たび挙がる、山川の紆曲を知り、再び挙がる、天地の圜方を睹る。
臨中國之衆人兮、託回飈乎尚羊、乃至少原之壄兮、赤松王喬皆在旁、二子擁瑟而調均兮、余因稱乎清商、澹然而自樂兮、吸衆氣而翱翔、念我長生而久僊兮、不如反余之故郷。
中国の衆人に臨み、回飈を尚羊に託す、乃ち少原の壄に至れば、赤松王喬皆旁らに在り、二子瑟を擁きて調え均し、余因って清商を称ぐ、澹然として自ら楽しむ、衆気を吸うて翱翔す、我が長生して久僊せんことを念えども、余が故郷に反るに如かず。
黄鵠後時而寄處兮、鴟梟羣而制之、神龍失水而陸居兮、爲螻蟻之所裁、夫黄鵠神龍猶如此兮、況賢者之逢亂世哉。
黄鵠時に後れて寄処すれば、鴟梟群がりて之を制す、神竜水を失いて陸居すれば、螻蟻の裁する所と為る、夫の黄鵠神竜猶お此の如し、況んや賢者の乱世に逢うをや。
壽冉冉而日衰兮、固儃回而不息、俗流從而不止兮、衆枉聚而矯直、或偷合而苟進兮、或隱居而深藏、苦稱量之不審兮、同權槩而就衡。
寿冉冉として日に衰う、固に儃回して息わず、俗流従って止まらず、衆枉聚って直きを矯む、或いは偷合して苟くも進み、或いは隠居して深く蔵む、称量の審らかならざるを苦しみ、権槩を同じうして衡らかなるに就く。
或推迻而苟容兮、或直言之諤諤、傷誠是之不察兮、并紉茅絲以爲索、方世俗之幽昏兮、眩白黒之美惡、放山淵之龜玉兮、相與貴夫礫石、梅伯數諫而至醢兮、來革順志而用國、悲仁人之盡節兮、反爲小人之所賊。
或いは推迻して苟くも容れられ、或いは直言して諤諤たる、誠に是を之れ察せず、茅絲を并せ紉んで以て索と為すを傷む、世俗の幽昏に方って、白黒の美悪に眩す、山淵の亀玉を放って、相与に夫の礫石を貴ぶ、梅伯は数〻諫めて醢にさるるに至り、来革は志に順じて国に用いらる、悲しいかな仁人の節を尽くして、反って小人が賊う所と為るを。
- 醢 … 肉の塩辛。ししびしお。
比干忠諫而剖心兮、箕子被髮而佯狂、水背流而源竭兮、木去根而不長、非重軀以慮難兮、惜傷身之無功。
比干は忠諫して心を剖かれ、箕子は髪を被りて佯狂せり、水は流に背いて源竭き、木は根を去って長からず、躯を重んじて以て難を慮るに非ず、身を傷るの功無きを惜しむ。
已矣哉獨不見、夫鸞鳳之高翔兮、乃集大皇之壄、循四極而回周兮、見盛徳而後下、彼聖人之神德兮、遠濁世而自藏、使麒麟可得羈而係兮、又何以異虖犬羊。
已んぬるかな、独り見ずや、夫の鸞鳳の高く翔る、乃ち大皇の壄に集り、四極を循りて回周し、盛徳を見て後に下る、彼の聖人の神徳ある、濁世に遠ざかりて自ら蔵る、麒麟をして羈うて係ぐを得可からしめば、又何を以てか犬羊に異ならん。
楚辞目次 | |
九歌第二 | 卜居第六 |
漁父第七 | 惜誓第十一 |
招隠士第十二 |