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虢夫人(張祜)

虢夫人
虢(かく)夫(ふ)人(じん)
張(ちょう)祜(こ)
  • 七言絶句。恩・門・尊(上平声元韻)。
  • ウィキソース「全唐詩/卷511」参照。
  • 詩題 … 楊貴妃の姉、虢国(かくこく)夫人のこと。安禄山の乱で西の陳倉に逃れたが、県令が追いかけてきたのを反乱軍と思い、わが子二人を刺し殺して後、自殺した。ウィキペディア【虢国夫人】参照。楊貴妃には姉が三人いて、一番上の姉は韓国夫人、次の姉が虢国夫人、三番目の姉が秦国夫人といった。『新唐書』后妃伝上に「三姉皆美(び)劭(しょう)なり。帝呼びて姨(い)と為す。韓・虢・秦の三国に封じて、夫人と為す。宮(きゅう)掖(えき)に出入す」(三姊皆美劭。帝呼爲姨。封韓、虢、秦三國、爲夫人。出入宮掖)とある。姨は、妻の姉妹。宮掖は宮廷のこと。ウィキソース「新唐書/卷076」参照。『全唐詩』では「集靈(一作虚)臺二首其二」に作る。『唐詩品彙』『古今詩刪』でも「集靈臺」に作る。集霊台は、長生殿の傍らにあった台。ここで神霊を祀って長生を祈願したという。長生殿は驪山の華清宮内にあった。『旧唐書』玄宗紀の天宝元年十月の条に「新たに長生殿を成し、名づけて集霊台と曰い、以て天神を祀(まつ)る」(新成長生殿名曰集靈台、以祀天神)とある。ウィキソース「舊唐書/卷9」参照。
  • この詩は、楊貴妃の姉、虢国夫人の驕奢を詠んだもの。『全唐詩』では「此の篇、一に杜甫の詩に作る」(此篇一作杜甫詩)とある。『唐詩品彙』でも「又杜集に虢夫人に作るを見ゆ」(又見杜集作虢夫人)とある。『楊太真外伝』巻上(『説郛』巻一百十一)に「当時、杜甫に詩有りて云う、虢国夫人は主恩を承け……」(當時杜甫有詩云、虢國夫人承主恩……)とある。ウィキソース「楊太真外傳」参照。『杜詩詳註』では、詩題を「虢國夫人」として収載している。ウィキソース「杜詩詳註 (四庫全書本)/卷02」参照。
  • 張祜 … 782?~852?。中唐の詩人。清河(河北省邢台市清河県)の人。一説に南陽(河南省南陽市)の人。字(あざな)は承(しょう)吉(きつ)。穆宗の長慶年間、令狐楚が朝廷に推薦したが、採用されなかった。その後、各地を放浪し、晩年は丹陽(江蘇省丹陽市)に隠棲して、そこで没した。『張承吉文集』十巻がある。ウィキペディア【張祜】参照。
虢國夫人承主恩
虢国(かくこく)夫(ふ)人(じん) 主恩(しゅおん)を承(う)け
  • 主恩 … 君主から受けた恩。ここでは玄宗皇帝の御恩寵。
  • 承 … 受ける。蒙る。
平明騎馬入宮門
平明(へいめい) 馬(うま)に騎(の)って宮(きゅう)門(もん)に入(い)る
  • 平明 … 夜明け。明け方。当時の百官は未明に参内し、天子の朝礼を受けた。『荀子』哀公篇に「君昧爽(まいそう)にして櫛冠(しつかん)し、平明にして朝(ちょう)を聴き、一物(いちぶつ)応ぜざるは、乱の端(たん)なり」(君昧爽而櫛冠、平明而聽朝、一物不應、亂之端也)とある。ウィキソース「荀子/哀公篇」参照。また『史記』留侯世家に「孺(じゅ)子(し)、教う可し。後(のち)五(いつ)日(か)平明に、我と此(ここ)に会せよ」(孺子可敎矣。後五日平明、與我會此)とある。ウィキソース「史記/卷055」参照。
  • 騎馬 … 馬に跨(またが)って。馬に乗って。『明皇雑録』に「虢国は禁中に入る毎に、常に驄(そう)馬(ば)に乗り、小黄門をして御(ぎょ)さしむ。紫驄の駿健なること、黄門の端秀なること、皆一時に冠絶す」(虢國每入禁中、常乘驄馬、使小黃門御。紫驄之駿健、黃門之端秀、皆冠絕一時)とある。ウィキソース「明皇雜錄/卷下」参照。
  • 騎 … 『全唐詩』には「一作下」と注する。
  • 宮門 … 宮城の門。『史記』陳渉世家に「宮門を扣(たた)きて曰く、吾(われ)、渉(しょう)を見んと欲す」(扣宮門曰、吾欲見涉)とある。ウィキソース「史記/卷048」参照。
  • 宮 … 『唐詩品彙』では「金」に作る。
却嫌脂粉汚顏色
却(かえ)って脂(し)粉(ふん)の顔(がん)色(しょく)を汚(けが)すを嫌(きら)い
  • 却 … かえって。逆に。張相『詩詞曲語辞匯釈』の「却(四)」の項に「却は、猶お倒のごとし」(却、猶倒也)とある。盛唐の李白の新楽府「江夏行」(『全唐詩』巻一百六十七)に「誰(たれ)か知(し)らん商(しょう)賈(こ)に嫁(か)し、人(ひと)をして却(かえ)って愁(しゅう)苦(く)せしむ」(誰知嫁商賈、令人却愁苦)とある。商賈は、商人。ウィキソース「江夏行」参照。
  • 脂粉 … 紅(べに)おしろい。『楊太真外伝』巻上に「然れども虢国は粧(しょう)粉(ふん)を施さず、自ら美(び)艶(えん)を衒(てら)いて、常に素(そ)面(めん)にて天に朝(ちょう)す」(然虢國不施粧粉、自衒美艶、常素面朝天)とある。ウィキソース「楊太真外傳」参照。
  • 汚顔色 … 天性の容色を損なう(と言って、紅おしろいを用いなかった)。顔色は、顔の美しさ。容色。
淡掃蛾眉朝至尊
淡(あわ)く蛾眉(がび)を掃(はら)って至(し)尊(そん)に朝(ちょう)す
  • 淡 … うっすらと。『説文解字』巻十一上、水部に「薄味なり」(薄味也)とある。ウィキソース「說文解字/11」参照。
  • 蛾眉 … 蛾の触角のような、三日月形の美しい女性の眉。『詩経』衛風・碩人に「手(て)は柔(じゅう)荑(てい)の如く、膚(はだ)は凝(ぎょう)脂(し)の如く、領(うなじ)は蝤(しゅう)蠐(せい)の如く、歯(は)は瓠(こ)犀(さい)の如く、螓(せみ)の首(こうべ)と蛾(が)の眉(まゆ)、巧(こう)笑(しょう)倩(せん)たり、美(び)目(もく)盻(へん)たり」(手如柔荑、膚如凝脂、領如蝤蠐、齒如瓠犀、螓首蛾眉、巧笑倩兮、美目盻兮)とある。ウィキソース「詩經/碩人」参照。また、前漢の枚(ばい)乗(じょう)「七発(しちはつ)」(『文選』巻三十四)に「皓(こう)歯(し)娥眉は、命(なづ)けて伐性(ばっせい)の斧(おの)と曰う」(皓齒娥眉、命曰伐性之斧)とある。皓歯は、白い歯。美人の形容。伐性之斧は、人の本性を断ち切る斧の意。ウィキソース「七發」参照。なお、蛾眉については松浦友久「『蛾眉』考―詩語と歌語Ⅱ」(『詩語の諸相―唐詩ノート』研文出版、1981年)に詳しい。
  • 掃 … (眉墨を)引く。画く。
  • 至尊 … 天子。ここでは玄宗皇帝を指す。『春秋穀梁伝』定公元年に「君は至尊なり」(君至尊也)とある。ウィキソース「春秋穀梁傳註疏/卷19」参照。
  • 朝 … 宮中に参内(さんだい)して天子にお目にかかること。朝見。朝謁。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻五百十一(排印本、中華書局、1960年)
  • 『唐詩品彙』巻五十二([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『古今詩刪』巻二十二(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
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