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夜発袁江寄李潁川劉侍郎(戴叔倫)

夜發袁江寄李潁川劉侍郎
夜(よる)、袁江(えんこう)を発(はっ)し、李(り)潁川(えいせん)・劉(りゅう)侍(じ)郎(ろう)に寄(よ)す
戴(たい)叔(しゅく)倫(りん)
  • 七言絶句。郷・蒼・腸(下平声陽韻)。
  • ウィキソース「夜發袁江寄李潁川劉侍御」参照。
  • 詩題… 『全唐詩』には「袁」の下に「一作烏、一作猿」と注する。『全唐詩』『万首唐人絶句』では「郎」を「御」に作る。『全唐詩』には、題下に「時(とき)に二(に)公(こう)、留(りゅう)貶(へん)せられて此(ここ)に在(あ)り」(時二公留貶在此)との自注がある。この詩は『全唐詩』巻二百五十に皇甫冉の詩としても収録。ウィキソース「夜發沅江寄李潁川劉侍郎」参照。
  • 袁江 … 江西省の西端に位置する萍郷(ひょうきょう)市から東流し、宜(ぎ)春(しゅん)市を経て贛江(かんこう)に入る川。皇甫冉の詩は沅江(げんこう)に作る。沅江であれば、湖南省の洞庭湖に注ぐ川になる。ウィキペディア【ゲン江】参照。また『全唐詩』の校語にある烏江であれば、安徽省和県付近を流れる川を指す。
  • 発 … 出発する。
  • 李潁川・劉侍郎 … 潁川はかつて河南省にあった郡名。李はそこの刺史(長官)をしていたことのある李某と、侍郎(次官)の劉某。二人とも人物については不詳。作者の自注から、二人とも江西の地に流されていたことがわかる。
  • 寄 … 詩を人に託して送り届けること。ちなみに「贈」は、詩を直接手渡すこと。
  • この詩は、作者が夜中に袁江を出発して、舟の中から目に触れた景色を述べ、李・劉二人の友人に送り届けたもの。
  • 戴叔倫 … 732~789。中唐の詩人。字(あざな)は幼公(ようこう)。潤州(じゅんしゅう)金壇(きんだん)(江蘇省金壇区)の人。若い時、蕭(しょう)穎(えい)士(し)に師事した。撫州(江西省撫州市)刺吏、容州(広西チワン族自治区容県)刺史兼容管経略使などを歴任した。晩年は辞職して道士となったが、ほどなく死んだ。『戴叔倫詩集』二巻がある。ウィキペディア【戴叔倫】参照。
半夜囘舟入楚郷
半(はん)夜(や) 舟(ふね)を回(めぐ)らして楚(そ)郷(きょう)に入(い)る
  • 半夜 … 夜半。夜中。
  • 回 … もと来た方へ返すこと。
  • 楚郷 … 楚の地。楚の国。
  • 楚 … 春秋・戦国時代の国。首都は郢(えい)(今の湖北省江陵県付近)。戦国七雄(秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓)の一つ。江西省袁江の辺りも昔の楚の領域。ウィキペディア【楚 (春秋)】参照。
月明山水共蒼蒼
月(つき)明(あき)らかにして山水(さんすい)共(とも)に蒼蒼(そうそう)たり
  • 月明 … 月明かりのもとに。月が明るく照らしている中。
  • 山水 … 山も川も。
  • 蒼蒼 … 青黒いさま。南朝斉の謝朓「暫(しばら)く下都(かと)に使(つか)いし、夜(よる)新林(しんりん)を発(はっ)して、京邑(けいゆう)に至(いた)り、西(せい)府(ふ)の同(どう)僚(りょう)に贈(おく)る」詩に「秋(しゅう)河(か)曙(あけぼの)に耿耿(こうこう)たり、寒渚(かんしょ)夜(よる)蒼蒼(そうそう)たり」(秋河曙耿耿、寒渚夜蒼蒼)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷069」参照。
孤猿更叫秋風裏
孤(こ)猿(えん) 更(さら)に叫(さけ)ぶ 秋(しゅう)風(ふう)の裏(うち)
  • 孤猿 … 群れを離れた一匹の猿。南朝斉の謝朓「郡内(ぐんない)の高斎(こうさい)の閑望(かんぼう)、呂(りょ)法曹(ほうそう)に答(こた)う」詩に「日(ひ)出(い)でて衆鳥(しゅうちょう)散(さん)じ、山(やま)瞑(くら)くして孤(こ)猿(えん)吟(うめ)く」(日出衆鳥散、山瞑孤猿吟)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷069」参照。
  • 更叫 … また悲しげに泣き叫ぶ。
  • 叫 … 『全唐詩』には「一作發」と注する。
  • 秋風裏 … 秋風の吹き渡る中で。『楚辞』九章・抽思に「秋風の容(よう)を動かすを悲しむ、何ぞ回(かい)極(きょく)の浮浮(ふふ)たる」(悲秋風之動容兮、何回極之浮浮)とある。容を動かすとは、草木の様子を変えること。回極は、回転する天の枢軸。浮浮は、慌ただしいさま。さすらい行くさま。ウィキソース「楚辭/九章」参照。また、同じく九歌・湘夫人に「嫋嫋(じょうじょう)たる秋風、洞庭波だちて木葉(もくよう)下(くだ)る」(嫋嫋兮秋風、洞庭波兮木葉下)とある。嫋嫋は、風がそよそよと吹くさま。ウィキソース「九歌」参照。また、同じく九懐・蓄英に「秋風蕭蕭(しょうしょう)たり、芳(ほう)を舒(の)べて条(えだ)を振るう」(秋風兮蕭蕭、舒芳兮振條)とある。ウィキソース「九懷」参照。また、古楽府「古歌」(『古詩紀』巻十七)に「秋風蕭蕭として人を愁(しゅう)殺(さい)す、出づるも亦た愁い入るも亦た愁う」(秋風蕭蕭愁殺人、出亦愁入亦愁)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷017」参照。
不是愁人亦斷腸
是(こ)れ愁(しゅう)人(じん)ならずとも 亦(ま)た断(だん)腸(ちょう)せん
  • 不是愁人 … 心に愁いを抱いていない人でも。南朝梁の簡文帝の楽府「夜夜曲」に「愁(しゅう)人(じん)夜(よる)独(ひと)り傷(いた)む」(愁人夜獨傷)とある。ウィキソース「樂府詩集/076卷」参照。
  • 断腸 … 腸(はらわた)のちぎれる思いがしよう。非常に悲しいさま。後漢の蔡琰(さいえん)(一説に蔡琰に仮託したもの)の楽府「胡笳十八拍」(『楽府詩集』巻五十九、『楚辞後語』巻三)の第五拍に「雁(かり)飛(と)ぶこと高(たか)く、邈(はる)かにして尋(たず)ね難(がた)し、空(むな)しく腸(はらわた)を断(た)ちて思(おも)い愔愔(あんあん)たり」(雁飛高兮邈難尋、空斷腸兮思愔愔)とある。ウィキソース「胡笳十八拍」「樂府詩集/059卷」「楚辭集注 (四庫全書本)/後語卷3」参照。また、三国魏の文帝(曹丕)の楽府「燕歌行」(『文選』巻二十七、『玉台新詠』巻九)に「群燕(ぐんえん)辞(じ)し帰(かえ)り雁(かり)南(みなみ)に翔(かけ)る、君(きみ)が客遊(かくゆう)を念(おも)うて思(おも)い腸(はらわた)を断(た)つ」(群燕辭歸雁南翔、念君客遊思斷腸)とある。ウィキソース「燕歌行 (曹丕)」参照。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百七十四(排印本、中華書局、1960年)
  • 趙宦光校訂/黄習遠補訂『万首唐人絶句』巻十四(万暦三十五年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩品彙』巻五十([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『古今詩刪』巻二十二(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
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