九月九日憶山中兄弟(王維)
九月九日憶山中兄弟
九月九日 山中の兄弟を憶う
九月九日 山中の兄弟を憶う
- 七言絶句。親・人(平声真韻)。
- ウィキソース「九月九日憶山東兄弟」参照。
- 九月九日憶山中兄弟 … 『三体詩』では「九日懐山東兄弟」に作る。『全唐詩』『静嘉堂本』『蜀刊本』『四部叢刊本』には、題下に「時に年十七」とある。『趙注本』には、題下に「原註、時に年十七」とあり、さらに「凌本には九日東山の兄弟を憶うに作る」(凌本作九日憶東山兄弟)とある。凌本とは、明末の凌濛初が刊行した朱墨套印本『王摩詰詩集』のこと。『王摩詰詩集』巻七(ウィキメディア・コモンズ)参照。『顧起経注本』には「紀事・劉校本並びに云う、維、年十七の時の作と」(紀事劉校本並云、維年十七時作)とある。劉校本とは、南宋末の劉辰翁(号須渓)による校訂本『須渓先生校本唐王右丞集』のこと(『四部叢刊本』はその一種)。
- 九月九日 … 重陽の節句。この日の習わしとして、小高い丘に登り、茱萸(カワハジカミ)を髪にかざし、菊の花を浮かべた酒を飲むなどして一年の厄払いをする習慣があった。菊の節句。
- 山中 … 底本以外の諸本では「山東」に作る(『凌濛初本』のみ「東山」)。山東は、長安と洛陽との間にある函谷関以東を指す。山東省ではない。底本には「山中は一に山東に作る」との注がある。
- 王維 … 699?~761。盛唐の詩人、画家。太原(山西省)の人。字は摩詰。開元七年(719)、進士に及第。安禄山の乱で捕らえられたが事なきを得、乱後は粛宗に用いられて尚書右丞(書記官長)まで進んだので、王右丞とも呼ばれる。また、仏教に帰依したため、詩仏と称される。『王右丞文集』十巻がある。ウィキペディア【王維】参照。
獨在異郷爲異客
独り異郷に在りて 異客と為り
- 異郷 … よその土地。見知らぬ土地。他郷。ここでは都長安を指す。魏の曹植「『来日大いに難し』に当つ」詩に「今日堂を同じくするも、門を出づれば郷を異にす」(今日同堂、出門異郷)とある。ウィキソース「樂府詩集/036卷」参照。また南朝梁の沈約「友人を送別す」詩に「方に異郷の人と作り、子に同心扇を贈る」(方作異郷人、贈子同心扇)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷083」参照。
- 異客 … 旅に出て他郷にいる人。作者自身を指す。『春秋左氏伝』襄公三十一年に「子産、尽く其の館の垣を壊りて、車馬を納れしむ。士文伯、之を譲めて曰く、……今、吾子之を壊る。従者能く戒むと雖も、其れ異客を若何せん」(子產使盡壞其館之垣、而納車馬焉。士文伯讓之曰、……今吾子壞之。雖從者能戒、其若異客何)とある。ウィキソース「春秋左氏傳/襄公」参照。
- 服部南郭『唐詩選国字解』には「他國に居て作た詩なり、王維が十七歳のときの作なり、親兄弟ともに故郷に居るに、われひとり他國の異客となり、旅ずまいをすることぢや」とある。『漢籍国字解全書』第10巻(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
毎逢佳節倍思親
佳節に逢う毎に 倍〻親を思う
- 佳節 … めでたい日。節句や祝日。ここでは重陽の節句を指す。『静嘉堂本』『蜀刊本』『四部叢刊本』『万首唐人絶句』では「嘉節」に作る。南朝宋の謝瞻「九日、宋公が戯馬台の集いに従い、孔令を送るの詩」(『文選』巻二十)に「聖心は嘉節を眷み、鑾を揚げて行宮に戻る」(聖心眷嘉節、揚鑾戾行宮)とある。鑾は、天子の馬車につけた鈴。行宮は、天子が旅先で泊まる仮の御所。ウィキソース「九日從宋公戲馬臺集送孔令詩 (謝宣遠)」参照。
- 倍 … ますます。ふだんの日よりいっそう。
- 思親 … 肉親を思う。親は、血のつながりのある人。身内。通常は親も含むが、詩題に「兄弟」とあり、ここでは特に「しん」と読み、兄弟を指す。『孔子家語』致思篇に「夫れ諫を好む者は其の君を思い、美を食らう者は其の親を念う」(夫好諫者思其君、食美者念其親)とある。ウィキソース「孔子家語/卷二」参照。また『淮南子』詮言訓に「故に祭祀には親を思いて、福を求めず」(故祭祀思親、不求福)とある。こちらの「親」は、いずれも親の意。ウィキソース「淮南子/詮言訓」参照。
- 服部南郭『唐詩選国字解』には「たヾさへこゝろぼそいに、佳節にあへば、國もとでは親兄弟と、酒もりすることぢやがと、おもひだす」とある。
遙知兄弟登高處
遥かに知る 兄弟 高きに登る処
- 遥知 … 遠く離れていてもはっきり知っている。知は、結句の「~少一人」まで掛かっている。
- 兄弟 … 兄弟たち。
- 登高 … (重陽の節句の行事で)山に登る。
- 処 … ここでは「~する時」の意。
遍插茱萸少一人
遍く茱萸を挿して 一人を少くを
- 遍 … みんな。全員で。『趙注本』では「徧」に作る。同義。
- 茱萸 … 呉茱萸。和名カワハジカミ。重陽の節句に、丘に登るとき、髪に茱萸の実を刺して厄除けのしるしとする風習があったという。ウィキペディア【ゴシュユ】参照。『爾雅翼』に引く『風土記』に「茱萸、此の日に至りて、気烈しく熟して色赤く、其の房を折る可し。以て頭に挿して、悪気を辟け、冬を禦ぐと云う」(茱萸、至此日、氣烈熟色赤、可折其房。以挿頭、云辟惡氣、禦冬)とある。ウィキソース「爾雅翼 (四庫全書本)/卷11」参照。
- 挿 … (髪に茱萸を)かざして。挿は、「はさみて」「さしはさみて」などとも読む。
- 少一人 … 私ひとりが欠けている。私ひとりが足りない。少は、「かくことを」「かかん」「かくならん」などとも読む。『史記』平原君伝に「門下に毛遂なる者有り、前みて平原君に自賛して曰く、遂聞く、君、将に楚に合従せんとし、約には食客門下二十人と偕にし、外に索めざるも、今、一人を少くと。願わくは、君、即ち遂を以て員に備えて行け、と」(門下有毛遂者、前自贊於平原君曰、遂聞、君將合從於楚、約與食客門下二十人偕、不外索、今少一人。願君即以遂備員而行矣)とある。ウィキソース「史記/卷076」参照。
テキスト
- 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
- 『全唐詩』巻一百二十八(中華書局、1960年)
- 『王右丞文集』巻三(静嘉堂文庫蔵、略称:静嘉堂本)
- 『王摩詰文集』巻五(書韻楼叢刊、上海古籍出版社、2003年、略称:蜀刊本)
- 『須渓先生校本唐王右丞集』巻三(『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:四部叢刊本)
- 顧起経注『類箋唐王右丞詩集』巻十(台湾学生書局、1970年、略称:顧起経注本)
- 顧可久注『唐王右丞詩集』巻三(『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:顧可久注本)
- 趙殿成注『王右丞集箋注』巻十四(中国古典文学叢書、上海古籍出版社、1998年、略称:趙注本)
- 『唐詩三百首注疏』巻六下(廣文書局、1980年)
- 『増註三体詩』巻一・七言絶句・虚接(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)
- 『唐詩品彙』巻四十八([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
- 『唐詩解』巻二十六(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
- 『万首唐人絶句』七言・巻四(明嘉靖刊本影印、文学古籍刊行社、1955年)
- 『唐詩別裁集』巻十九(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
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