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題袁氏別業(賀知章)

題袁氏別業
えんべつぎょうだい
しょう
  • ウィキソース「題袁氏別業」参照。
  • この詩は、作者が袁氏の別荘が名園であると聞き付け、面識はないが勝手に押しかけ、即興的にその名園を賞して詠んだもの。東晋のおうけんあざなは子敬)が会稽かいけいから呉郡を通ったとき、へききょうという人が名園を持っていると聞き、主人とは面識はなかったが、すぐに押しかけて行った。顧の家ではちょうど賓客を集めて宴会の最中であった。王献之は園庭を見回った後、傍若無人にも庭の良ししを批評したという。この故事をこの詩は暗に踏まえている。『世説新語』簡傲かんごう篇に「王子敬、会稽より呉を経、顧辟疆に名園有りと聞き、先に主人を識らざるも、ただちに其の家にく。顧のまさに賓友を集めて酣燕かんえんするにう。しこうして王遊歴既におわり、好悪こうあく指麾しきし、かたわらに人無きがごとし。顧勃然ぼつぜんとして堪えずして曰く、主人におごるは、礼に非ざるなり。貴を以て人に驕るは、道に非ざるなり。此の二を失う者は、人にするに足らず。そうなるのみ、と。便ち其の左右を駆りて門よりだす。王独り輿じょうに在り、回転ぼうすれども、左右時を移して至らず。然るのち門外にそうちゃくせしむるに、ぜんとしてかえりみず」(王子敬自會稽經呉、聞顧辟疆有名園、先不識主人、徑往其家。値顧方集賓友酣燕。而王遊歴既畢、指麾好惡、傍若無人。顧勃然不堪曰、傲主人、非禮也。以貴驕人、非道也。失此二者、不足齒人。傖耳。便驅其左右出門。王獨在輿上、回轉顧望、左右移時不至。然後令送箸門外、怡然不屑)とある。歯するとは、仲間に入ること。同列に並ぶこと。傖は、田舎者。左右は、従者。怡然は、楽しげなさま。屑みずとは、気にかけないこと。ウィキソース「世說新語/簡傲」参照。
  • 詩題 … 『全唐詩』には「一に偶〻たまたま主人の園に遊ぶに作る」(一作偶遊主人園)と注する。『国秀集』『万首唐人絶句』では「偶〻主人の園に遊ぶ」に作る。
  • 袁氏 … 不詳。
  • 別業 … 別荘。西晋の石崇せきすう思帰しきいんの序」(『文選』巻四十五)に「晩節にはあらためて放逸を楽しみ、篤く林藪りんそうを好み、遂に河陽の別業にとんす」(晩節更樂放逸、篤好林藪、遂肥遁於河陽別業)とある。肥遁は、心に余裕をもって、俗世間を離れて住むこと。ウィキソース「思歸引序」参照。
  • 題 … 詩を作って、壁などに書きつけること。
  • 賀知章 … 659~744。盛唐の詩人、書家。あざなは季真。会稽郡永興県(現在の浙江省杭州市蕭山区)の人。証聖元年(695)、進士に及第。諸官を歴任の後、開元十三年(725)に礼部侍郎兼集賢院学士に至ったが、後に太子賓客・工部侍郎・秘書監等に改められた。酒を好み、杜甫の「飲中八仙歌」にも詠まれた。晩年は官を辞し、郷里に隠棲して「四明狂客」と号し、悠々自適の生活を送った。『賀秘監集』一巻が残っている。ウィキペディア【賀知章】参照。
主人不相識
主人しゅじん あいらず
  • 主人 … 別荘のあるじ。袁氏を指す。『礼記』曲礼上篇に「かく固辞し、主人かくしゅくして入る」(客固辭、主人肅客而入)とある。粛は、ここでは会釈する。ウィキソース「禮記/曲禮上」参照。また、東晋の陶潜「食を乞う」詩(『陶淵明集』巻二)に「主人 余が意を解し、そうあり 豈にきたるを虚しくせんや」(主人解余意、遺贈豈虚來)とある。ウィキソース「乞食」参照。また、劉宋の鮑照の楽府「東武吟に代う」(『古詩源』巻十一、『文選』巻二十八では「東武吟」、『楽府詩集』巻四十一では「東武吟行」に作る)に「主人しばらかまびすしくするなかれ、せん一言いちごんを歌わん」(主人且勿諠、賤子歌一言)とある。賤子は、自分のことをへりくだっていうことば。ウィキソース「代東武吟」参照。
  • 不相識 … 知り合いではないが。東晋の謝尚の楽府「大道の曲」(『楽府詩集』巻七十五)に「車馬相識らず、おと黄埃こうあいの中に落つ」(車馬不相識、音落黄埃中)とある。黄埃は、黄色の土ぼこり。ウィキソース「樂府詩集/075卷」参照。
  • 主人不相識 … この句は、『世説新語』簡傲篇の「先に主人を識らず」(先不識主人)とあるのを借用している。ウィキソース「世說新語/簡傲」参照。また『晋書』陶潜伝に「或いは酒有りて之をむかえ、或いは之をむかえて共に酒坐に至り、主人を識らずと雖も、亦た欣然としてさからうこと無く、酣酔かんすいすれば便ちかえる」(或有酒要之、或要之共至酒坐、雖不識主人、亦欣然無忤、酣醉便反)とある。欣然は、喜んで物事をする様子。酣酔は、酒に十分に酔うこと。反は、帰に同じ。ウィキソース「晉書/卷094」参照。
偶坐爲林泉
ぐうするは林泉りんせんためなり
  • 偶坐 … 向かい合って座る。対座する。『礼記』曲礼上篇に「長者に御同ぎょどうするときは、と雖も辞せず。偶坐するときは辞せず」(御同於長者、雖貳不辭。偶坐不辭)とある。御同は、身分の高い人といっしょに食事をすること。陪食。弐は、盛り足すこと。ウィキソース「禮記/曲禮上」参照。また、劉宋の顔延之「夏の夜、従兄なる散騎と車長沙とに呈す」詩(『文選』巻二十六)に「独り静かにして偶坐をき、堂に臨んで星分に対す」(獨靜闕偶坐、臨堂對星分)とある。星分は、星座。星の分布。ウィキソース「昭明文選/卷26」参照。
  • 林泉 … 木立と泉・池などを配してある庭園。南朝梁の庾肩吾「宣猷堂に侍宴す 応令」詩(『古詩紀』巻九十)に「帰りきたって平楽に宴し、酒を置いて林泉に対す」(歸來宴平樂、置酒對林泉)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷090」参照。
莫謾愁沽酒
まんさけうをうれうるかれ
  • 謾 … みだりに。むやみに。やたらに。漫に同じ。
  • 沽酒 … 酒を買う。『詩経』小雅・伐木に「酒有らば我にし、酒無くば我にえ」(有酒湑我、無酒酤我)とある。湑は、酒をこすこと。酤は、酒を買うこと。沽に同じ。ウィキソース「詩經/伐木」参照。また『史記』滑稽伝に「王先生ぜにふところにして酒をう」(王先生徒懷錢沽酒)とある。ウィキソース「史記/卷126」参照。
  • 莫愁 … 心配は御無用。愁は、心細くなって心配する。さびしがる。内向きの感情のときに用いる。「憂」もほぼ同じ意味であるが、憂国・憂慮のように外向きの行動につながるときに用いる。晩唐の李商隠「宮詞」(『万首唐人絶句』七言・巻四十)に「君恩は水の東に向かって流るるが如く、寵を得ては移らんことを憂え寵を失うては愁う」(君恩如水向東流、得寵憂移失寵愁)とある。ウィキソース「萬首唐人絶句 (四庫全書本)/七言卷40」参照。
囊中自有錢
のうちゅう おのずからぜに
  • 囊中 … 財布の中。『史記』平原君伝に「夫れ賢士の世にるや、譬えばきりの囊中に処るがごとく、其のすえ立ちどころにあらわる」(夫賢士之處世也、譬若錐之處囊中、其末立見)とある。賢士は、才知や徳のある優れた人物。ウィキソース「史記/卷076」参照。また、後漢の趙壱「邪をにくむ詩二首」(『古詩紀』巻十三)の第一首に「文籍ぶんせき腹に満つと雖も、一囊のぜにかず」(文籍雖満腹、不如一囊錢)とある。文籍は、書物。書籍。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷013」参照。
  • 自有銭 … 自然と銭も出てくるでしょう。古楽府「幽州かくの吟の歌辞五首」(『楽府詩集』巻二十五)の第一首に「こうるいたしめ、銭ちて始めて人と作る」(黄禾起羸馬、有錢始作人)とある。馬客は、ここでは馬賊。黄禾は、黄色に実った稲。羸馬は、やせ衰えた馬。始めて人と作るとは、盗賊を辞めてまともな人間になるということ。ウィキソース「樂府詩集/025卷」参照。
  • 囊中自有銭 … 三好達治は『新唐詩選』(岩波新書、1952年)で「最後の一句は、囊中ここに酒代くらいは持ち合わしていますよ、というのではない。まして相手の囊中をいうのでも、さらさらない。誰の財布をさすのでもない。財布があれば銭がある、というくらいのつかぬことをいうのである」と解釈している。
詩型・韻字
  • 五言絶句。
  • 泉・錢(下平声先韻)。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百十二(排印本、中華書局、1960年)
  • 『万首唐人絶句』五言・巻十一(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)※詩題:偶遊主人園
  • 『唐詩解』巻二十一(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩品彙』巻三十八([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『文苑英華』巻三百十八(影印本、中華書局、1966年)
  • 『国秀集』巻上(傅璇琮編撰『唐人選唐詩新編』、陝西人民教育出版社、1996年)※詩題:偶遊主人園
  • 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
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