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春江花月夜(張若虚)

春江花月夜
しゅんこうげつ
ちょうじゃくきょ
  • 七言古詩。
  • ウィキソース「春江花月夜 (張若虛)」参照。
  • 春江花月夜 … 楽府題の一つ。『楽府詩集』巻四十七・清商曲辞・呉声歌曲に属する。陳の後主陳叔宝が最初に作った歌曲であるが、現存していない。『旧唐書』音楽志に「春江花月夜・玉樹後庭花・堂堂は、並びに陳の後主の作る所なり。叔宝、常に宮中の女学士及び朝臣と相和して詩をつくる。太楽令しょ、又文詠を善くし、其のもっと艶麗えんれいの者を採りて以て此の曲を為る」(春江花月夜、玉樹後庭花、堂堂、並陳後主所作。叔寶常與宮中女學士及朝臣相和爲詩。太樂令何胥又善於文詠、採其尤豔麗者以爲此曲)とある。ウィキソース「舊唐書/卷29」参照。
  • 春江 … 春の川辺。春の長江。
  • この詩は、春の川辺に花が咲き、明月の照りわたる夜景を詠んだもの。
  • 張若虚 … 660?~720?。初唐の詩人。揚州(江蘇省揚州市)の人。官はえん州(山東省)の兵曹(兵事をつかさどる下級官吏)で終わった。賀知章・張旭・包融とともに「呉中の四士」と称された。現在に伝わる詩はわずか二首のみ。『唐詩選』ではこの一首を収録。ウィキペディア【张若虚】(中文)参照。
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  • 逐解換韻格(四句を一解といい、その一解ごとに換韻すること)。
  • 平・生・明(平声庚韻)。
01 春江潮水連海平
しゅんこうちょうすい うみつらなってたいらかなり
  • 春江 … 春の長江。南朝宋の顔延年の「車駕京口けいこうこうせしとき、侍して蒜山けいざんに遊ぶの作」(『文選』巻二十二)に「春江には風濤ふうとうさかんにして、らんには稊英ていえい茂る」(春江壯風濤、蘭野茂稊英)とある。風濤は、風が吹いて波がたつこと。稊英は、芽ばえ。ウィキソース「車駕幸京口侍遊蒜山作」参照。
  • 潮水 … 満ちあふれるうしお。『楚辞』九章の「悲回風」に「霜雪のともくだるを悲しみ、潮水の相撃つを聴く」(悲霜雪之倶下兮、聴潮水之相撃)とある。ウィキソース「楚辭/九章」参照。また隋の煬帝「春江花月の夜二首 其の一」(『楽府詩集』巻四十七・清商曲辞・呉声歌曲)に「こう平らかにして動かず、春花満ちて正に開く。流波は月とともに去り、潮水は星を帯びて来たる」(暮江平不動、春花滿正開。流波將月去、潮水帶星來)とある。ウィキソース「樂府詩集/047卷」参照。
  • 連海平 … はるか大海原へと平らに続いている。
02 海上明月共潮生
かいじょう明月めいげつ うしおともしょう
  • 海上 … 大海原の上に。
  • 明月 … 明るく輝く月。
  • 共潮生 … 満ち潮とともに昇ってくる。『太平御覧』に引く『抱朴子』に「月の精、水より生ず。ここを以て月盛んにして潮濤大なり」(月之精生水。是以月盛而潮濤大)とある。ウィキソース「太平御覽/0004」参照。
03 灩灩隨波千萬里
灩灩えんえんとしてなみしたがう 千万せんばん
  • 灩灩 … 月の光が水に映ってきらめくさま。『唐詩選』『古今詩刪』では「灔灔」に作る。異体字。南朝梁の何遜「新月を望んで同羈に示す」(『古詩紀』巻九十四)に「的的と沙とともに静かにして、灔灔として波を逐って軽し」(的的與沙靜、灔灔逐波輕)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷094」参照。
  • 随波 … 波のまにまに広がってゆく。『晋書』束皙伝に「故に逸詩に云う、しょう波に随う、と」(故逸詩云、羽觴隨波)とある。羽觴は、雀が翼を広げた形に作った酒杯。ウィキソース「晉書/卷051」参照。
  • 千万里 … 千里万里の彼方まで。
  • 里 … 『全唐詩』には「一作頃」とある。
04 何處春江無月明
いずれのところか しゅんこう 月明げつめいからん
  • 何処春江無月明 … この春の川のどこに、月の光が輝かないところなどあるのだろうか。
  • 月明 … 明るい月の光。
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  • 甸・霰・見(去声霰韻)。
05 江流宛轉遶芳甸
こうりゅう 宛転えんてんとして芳甸ほうでんめぐ
  • 江流 … 川の流れ。『楚辞』七諫の「怨世」に「願わくは自ら江流に沈み、おうりゅうわたりてただちにかん」(願自沈於江流兮、絕横流而徑逝)とある。ウィキソース「楚辭/七諫」参照。
  • 宛転 … ゆるやかに曲がりくねっているさま。隋の煬帝「四時白紵歌」の「東宮の春」(『楽府詩集』巻四十七・清商曲辞・呉声歌曲)に「小苑花くれないにして洛水緑なり、清歌宛転として繁弦促す」(小苑花紅洛水綠、清歌宛轉繁弦促)とある。繁弦は、弦楽器の調子が激しく急であること。ウィキソース「樂府詩集/056卷」参照。
  • 芳甸 … 芳しい花の咲いている春の野原。甸は、郊外。または近郊の田園。南朝斉の謝朓の「くれに三山に登り、京邑けいゆうを還望す」(『文選』巻二十七)に「けんちょうは春洲を覆い、雑英は芳甸に満つ」(喧鳥覆春洲、雜英滿芳甸)とある。雑英は、種々の花。ウィキソース「昭明文選/卷27」参照。
  • 遶 … めぐって流れる。
06 月照花林皆似霰
つきりんらして みなあられたり
  • 花林 … 花咲く林。北周の庾信「趙王に和し奉る」(『古詩紀』巻一百二十八)に「けい日相たずさえ、花林鳥未だ棲まず」(花逕日相携、花林鳥未棲)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷128」参照。
  • 似霰 … 木々に咲く花が月光に照らされて白く光る様子を、霰に似ていると表現したもの。りゅううん「鼓吹曲二首」の「其の一 独り見ず」(『玉台新詠』巻五)に「芳草生じて未だ積まず、春花落ちて霰の如し」(芳草生未積、春花落如霰)とある。ウィキソース「獨不見 (柳惲)」参照。
07 空裏流霜不覺飛
くうりゅうそう ぶをおぼえず
  • 空裏 … 空中。
  • 流霜 … 空中を流れ飛ぶ霜の気。西晋の張協の「七命」(『文選』巻三十五)に「奔沙を越え、流霜をにじり、扶揺の風を凌ぎ、堅氷の津をむ」(越奔沙、輾流霜、凌扶搖之風、躡堅冰之津)とあり、その注に「流は、猶お飛ぶのごとし」(流、猶飛也)とある。ウィキソース「六臣註文選 (四部叢刊本)/卷第三十五」参照。
  • 不覚飛 … 明るい月の光によって、霜の気が飛んでいることに気づかない。
08 汀上白沙看不見
ていじょうはく れどもえず
  • 汀上 … 渚。ぎわ
  • 汀 … 『唐詩解』では「江」に作る。
  • 白沙 … 白砂。白い砂。『史記』三王世家に「白沙、泥の中に在れば、之とともに皆黒しとは、土地教化、之をして然らしむるなり」(白沙在泥中、與之皆黑者、土地敎化使之然也)とある。ウィキソース「史記/卷060」参照。
  • 看不見 … 月の光の白さにまぎれて、見ても見分けがつかない。
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  • 塵・輪・人(平声真韻)。
09 江天一色無纖塵
江天こうてんいっしょく 繊塵せんじん
  • 江天 … 川と空。南朝宋の謝荘の「侍して蒜山けいざんに宴す」(『古詩紀』巻五十六)に「霧んで江天かつ」(霧罷江天分)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷056」参照。
  • 一色 … 白一色に澄みわたる。梁の武帝の「臨高台」(『玉台新詠』巻七)に「草樹しんたる無く、山河同じく一色」(草樹無參差、山河同一色)とある。参差は、ばらばらで不揃いな様子。ウィキソース「臨高臺 (蕭衍)」参照。
  • 繊塵 … こまかい塵。『初学記』に引く劉瑾の「甘樹賦」に「繊塵をあらって以て素を開く」(滌纖塵以開素)とある。ウィキソース「初學記/卷第二十八」参照。
10 皎皎空中孤月輪
皎皎こうこうたり くうちゅうげつりん
  • 皎皎 … 白く輝くさま。「きょうきょう」と読んでもよい。畳語(重言)。『詩経』陳風・月出の詩に「月出でて皎たり、佼人僚たり、おもむろに窈糾たり、労心悄たり」(月出皎兮、佼人僚兮、舒窈糾兮、勞心悄兮)とある。佼人は、美しい女。ウィキソース「詩經/月出」参照。その毛伝に「皎は、月光なり」(皎、月光也)とある。ウィキソース「毛詩正義/卷七」参照。また「古詩十九首」(『文選』巻二十九、『玉台新詠』巻一)の第十九首に「明月何ぞ皎皎たる、我がしょうを照らす」(明月何皎皎、照我羅牀幃)とある。羅は、薄い絹織物。うすぎぬ。牀幃は、寝床のとばり。ウィキソース「明月何皎皎」参照。
  • 空中 … 空の中。『列子』天瑞篇に「夫れ天地は空中の一細物、有中の最もおおきなる者なり」(夫天地空中之一細物、有中之最巨者)とある。ウィキソース「列子/天瑞篇」参照。
  • 孤月輪 … たった一つの丸い月。梁の武帝の「蘇属国の婦に代わる」(『玉台新詠』巻七)に「愴愴たり独涼の枕、搔搔たり孤月の帷」(愴愴獨涼枕、搔搔孤月帷)とある。帷は、とばり。ウィキソース「代蘇屬國婦」参照。
11 江畔何人初見月
江畔こうはん 何人なんぴとはじめてつき
  • 江畔 … この川のほとり。
  • 何人初見月 … はじめてこの月を見たのは誰だったのであろう。
12 江月何年初照人
江月こうげつ いずれのとしはじめてひとらす
  • 江月 … 川辺の月。川面を照らす月。
  • 何年初照人 … 初めて人を照らしたのは、いったい何時いつのことだったのだろう。
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  • 已・似・水(上声紙韻)。
13 人生代代無窮已
人生じんせい 代代だいだい きわまりむこと
  • 人生 … 人の生。
  • 代代 … 幾代も続くこと。「世世よよ」に同じ。唐では太宗のいみな(世民)を避けて、「世」の字を「代」と書いた。ウィキペディア【避諱】参照。『拾遺記』に「後世の聖人、禹の跡に因りて、代代鼎を鋳る」(後世聖人、因禹之跡、代代鋳鼎焉)とある。ウィキソース「拾遺記/卷二」参照。
  • 無窮已 … 窮まることなく移り変わる。
14 江月年年祗相似
江月こうげつ 年年ねんねん あいたり
  • 年年 … 毎年毎年。
  • 祗 … ただ。『唐詩選』『楽府詩集』『唐詩品彙』『古今詩刪』『唐詩解』では「望」に作る。
  • 相似 … 全く同じ姿を繰り返す。
15 不知江月待何人
らず 江月こうげつ 何人なんぴとをか
  • 不知江月待何人 … 月はいったい誰を待っているのだろう。
  • 待 … 『唐詩選』『唐詩品彙』『古今詩刪』『唐詩解』では「照」に作る。
16 但見長江送流水
る ちょうこうりゅうすいおくるを
  • 但見 … ただ目に入るものは。
  • 長江送流水 … 長江が流れる水を絶えず送り続けている姿だけである。阮籍「詠懐詩十七首 其の十七」(『文選』巻二十三)に「湛湛たんたんたる長江の水、うえ楓樹ふうじゅはやし有り」(湛湛長江水、上有楓樹林)とある。ウィキソース「詠懷詩 (湛湛長江水)」参照。
  • 長江 … 中国中部を東西に流れる同国最大の川。下流部を揚子江という。長江全域を指して揚子江と呼ぶのは、我が国はじめ国際的な通称。ウィキペディア【長江】参照。
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  • 悠・愁・樓(平声尤韻)。
17 白雲一片去悠悠
白雲はくうん一片いっぺん って悠悠ゆうゆう
  • 白雲一片 … ぽつんとひとひらの白い雲。沈約の「鍾山の詩、西陽王の教えに応ず」(『文選』巻二十二)に「白雲は玉趾に随い、青霞は桂旗にまじわる」(白雲隨玉趾、青霞雜桂旗)とある。玉趾は、天子や君主などの足。おみあし。ウィキソース「鍾山詩應西陽王教」参照。
  • 去悠悠 … 遥か彼方へと流れ去っていく。
  • 悠悠 … 遥かに遠いさま。『詩経』鄘風・載馳の詩に「馬を駆ること悠悠、ここに漕に至る」(驅馬悠悠、言至于漕)とある。ウィキソース「詩經/載馳」参照。
18 靑楓浦上不勝愁
青楓せいふうじょう うれいにえず
  • 青楓 … 青々とした楓。
  • 浦上 … 入り江のほとり。浦は、入り江。
  • 不勝愁 … 愁いに堪えきれない。堪え難い愁いを抱く。
  • 不勝 … 堪えきれない。こらえきれない。
  • 勝 … 『唐詩選』では「堪」に作る。同義。
19 誰家今夜扁舟子
いえぞ こん へんしゅう
  • 誰家今夜扁舟子 … 今宵、小舟を浮かべている旅人は誰であろうか。
  • 誰家 … 誰であろうか。家は、人称につく助辞で俗語的表現。宋子侯の「とう嬌嬈きょうじょう」(『玉台新詠』巻一)に「知らず誰が家の子ぞ、かごひっさげて行〻ゆくゆく桑をる」(不知誰家子、提籠行采桑)とある。ウィキソース「董嬌嬈」参照。
  • 扁舟 … 舟底の平らな小舟。『史記』貨殖伝に「范蠡はんれい既に会稽の恥をすすぎ、……乃ち扁舟に乗り、江湖に浮かび、名を変じ姓を易え、せいきて鴟夷子皮しいしひと為り、とうきて朱公と為る」(范蠡既雪會稽之恥、……乃乘扁舟、浮於江湖、變名易姓、適齊爲鴟夷子皮、之陶爲朱公)とある。ウィキソース「史記/卷129」参照。
  • 子 … 旅の若者。
20 何處相思明月樓
いずれのところか あいおもう 明月めいげつろう
  • 何処思明月楼 … この旅の若者を慕う女性が住む明月に照らされた高殿は、どこにあるのか。
  • 何処 … どこにあるのか。
  • 相思 … 相手のことを恋い慕う。
  • 相 … ここでは「互いに」という意味ではなく、動作に対象があることを示す言葉。
  • 明月楼 … 明月に照らされた高楼。魏の曹植の「七哀の詩」(『文選』巻二十三)に「明月めいげつ高楼こうろうらし、りゅうこうまさ徘徊はいかいす。うえしゅうり、たんしてあいり」(明月照高樓、流光正徘徊。上有愁思婦、悲歎有餘哀)とあるのを踏まえる。ウィキソース「七哀詩 (曹子建)」参照。
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  • 徊・臺・來(平声灰韻)。
21 可憐樓上月徘徊
あわれむし ろうじょう つき徘徊はいかい
  • 可憐 … 気の毒なことに。かわいそうに。南朝梁の簡文帝の「戯れに作る謝恵連体十三韻」(『玉台新詠』巻七)に「憐む可し枝上の花、早く得たり春風の意」(可憐枝上花、早得春風意)とある。ウィキソース「戲作謝惠連體十三韻」参照。
  • 楼上 … その高楼の上に。陳の後主の「舞媚娘二首 其の一」(『楽府詩集』巻七十三・雑曲歌辞)に「楼上にきょうえん多し」(樓上多嬌豔)とある。嬌艶は、なまめかしく美しい女性の姿。ウィキソース「樂府詩集/073卷」参照。
  • 月徘徊 … 月の光がきらきらと揺れ動く。
  • 徘 … 『全唐詩』『唐詩品彙』では「裵」に作る。「裴」の異体字。
  • 徊 … 『全唐詩』では「囘」に作る。「回」の異体字。
22 應照離人粧鏡臺
まさらすべし じん粧鏡しょうきょうだい
  • 応照 … きっと照らしているに違いない。
  • 離人 … 遠く離れている人。ここでは夫と離れて暮らす妻を指す。梁の元帝「春別れいおうず四首 其の四」(『玉台新詠』巻九)に「月光げっこうをして近遠きんえんからしめば、まさらすべしじんこんくを」(若使月光無近遠、應照離人今夜啼)とある。ウィキソース「春別應令」参照。また虞炎の「餞謝文学離夜」(『古詩紀』巻七十二)に「離人かなしみて東に顧み、遊子かなしみて西におもむく」(離人悵東顧、遊子愴西歸)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷072」参照。
  • 粧鏡台 … 化粧をする鏡台。化粧台。『太平御覧』に引く魏武『上雑物疏』に「鏡台は、魏の宮中より出ず」(鏡臺、出魏宮中)とある。ウィキソース「太平御覽 (四庫全書本)/卷0717」参照。また南朝斉の謝朓「雑詠五首」の「其の四 鏡台」(『玉台新詠』巻四)に「粉を照らしてこうしょうを払い、花を挿んで雲髪をおさむ」(照粉拂紅妝、插花理雲髮)とある。紅妝は、あでやかな化粧のこと。雲髪は、美しい豊かな髪。ウィキソース「鏡臺」参照。
  • 粧 … 『全唐詩』では「妝」に作り、「一作玉」とある。「妝」は「粧」と同義。『楽府詩集』『唐詩別裁集』『古今詩刪』『唐詩解』でも「妝」に作る。
23 玉戶簾中卷不去
ぎょく れんちゅう けどもらず
  • 玉戸 … ぎょくで飾った扉。装飾を施した戸口。揚雄の「甘泉の賦」(『文選』巻七)に「玉戸をおしひらきて金鋪をぐ」(排玉戶而颺金鋪)とある。ウィキソース「甘泉賦」参照。
  • 玉 … 『全唐詩』には「一作遮」とある。
  • 簾中 … 扉に垂らしたすだれの中。
  • 巻不去 … 簾を巻き上げて月の光もいっしょに巻き込めようとするが、月の光は去らない。
24 擣衣砧上拂還來
とうちんじょう はらえどもきた
  • 擣衣砧上 … 織った布を柔らかくして光沢を出すため、きぬたの上に置いて棒で打つこと。擣は、棒で隅々まで叩くこと。砧は、布を打つときに下に敷く木や石の台。北周の庾信「趙王の看妓に和す」(『古詩紀』巻一百二十八)に「長く思う浣紗の石、空しく想う搗衣の砧」(長思浣紗石、空憶搗衣砧)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷128」参照。
  • 擣 … 『古今詩刪』では「搗」に作る。同義。
  • 払還来 … 払っても払っても、月影はまた差し込んで来る。
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  • 聞・君・文(平声文韻)。
25 此時相望不相聞
とき あいのぞめどもあいきこえず
  • 此時 … 今この時。
  • 相望 … お互いに月を眺めて相手のことを思い慕っても。
  • 不相聞 … お互いに便りを交わすすべもない。『老子』八十章に「隣国りんごくあいのぞみ、鶏犬けいけんこえあいこゆるも、たみろういたるまで、あい往来おうらいせず」(鄰國相望、雞犬之聲相聞、民至老死、不相往來)とある。ウィキソース「老子河上公章句/德經」参照。
26 願逐月華流照君
ねがわくはげっいてながれてきみらさん
  • 願逐月華流照君 … できることなら月の光を追い、ともに流れていって、君を照らしたい。
  • 願 … 「ねがわくは~ん」と読み、「願うところは」「できることなら」「どうか~したい」と訳す。自らの願望の意を示す。魏の曹植の「雑詩六首 其の三」(『文選』巻二十九)に「願わくは南流のかげと為り、光をせて我が君をまみえん」(願爲南流景、馳光見我君)とある。ウィキソース「昭明文選/卷29」参照。また南朝梁の呉均の「りゅううんと相贈答する六首 其の三」(『玉台新詠』巻六)に「願わくは春風を逐うて去り、ひょうとうとして遼西に至らん」(願逐春風去、飄蕩至遼西)とある。ウィキソース「與柳惲相贈答」参照。
  • 月華 … 月。または月の光。梁の元帝の「烏棲曲四首」(『玉台新詠』巻九・宋版不収)の第一首に「共に江干こうかんに泛べて月華をん」(共泛江干瞻月華)とあり、第二首に「月華は碧に似て星ははいの如し」(月華似碧星如珮)とある。ウィキソース「烏棲曲 (蕭繹)」参照。また南朝梁の江淹「雑体詩」の「王徴君(やまいを養う)微」(『文選』巻三十一)に「清陰の往来すること遠く、月華はぜんに散ず」(清陰往來遠、月華散前墀)とある。前墀は、前の階段。ウィキソース「王徵君養疾」参照。また南朝梁の沈約「雑詠五首」の「其の三 月を詠む」(『玉台新詠』巻五、『文選』巻三十では「王中丞思遠が月を詠ずるに応ず」に作る)に「月華静夜に臨み、夜静かにして氛埃ふんあい滅す」(月華臨靜夜、夜靜滅氛埃)とある。ウィキソース「詠月 (沈約)」参照。
27 鴻雁長飛光不度
鴻雁こうがん ながんで ひかりわたらず
  • 鴻雁 … 雁のこと。鴻は、大きな雁。雁は、手紙を届ける鳥といわれた。『漢書』蘇武伝に「天子、上林中に射して雁を得たり、足に帛書はくしょくる有り、言う武等は某沢中に在りと」(天子射上林中得鴈、足有係帛書、言武等在某沢中)とあるのに基づく。帛書は、絹に書いた手紙。ウィキソース「漢書/卷054」参照。また『詩経』小雅・鴻鴈の詩に「鴻鴈ここに飛び、哀鳴嗷嗷ごうごうたり」(鴻鴈于飛、哀鳴嗷嗷)とある。ウィキソース「詩經/鴻鴈」参照。
  • 雁 … 『楽府詩集』『唐詩品彙』では「鴈」に作る。同義。
  • 長飛 … 列をなして遠くへ飛んでいく。
  • 光不度 … 月の光は雁と違って、あなたの所までは届かない。
28 魚龍潛躍水成文
ぎょりょう 潜躍せんやくして みず ぶん
  • 魚竜 … 魚と竜。広く水中に棲息する動物をいう。ここでは特に鯉魚が手紙を届けてくれるものとして歌われる。漢代の楽府「飲馬長城窟行」(『文選』巻二十七、『楽府詩集』巻三十八・相和歌辞・瑟調曲)に「児を呼びて鯉魚をるに、中にせきの書有り」(呼兒烹鯉魚、中有尺素書)とある。尺素書は、一尺ばかりの白絹に書いた手紙。ウィキソース「昭明文選/卷27」参照。
  • 潜躍 … 潜ったり跳ねたりすること。または水中深い所で跳ねること。三国魏の嵇康けいこうの「秀才の軍に入るに贈る五首 其の三」(『文選』巻二十四)に「魚竜はざんしゃくし、山鳥はぐんす」(魚龍瀺灂、山鳥群飛)とある。瀺灂は、出没して遊泳すること。ウィキソース「贈秀才入軍五首」参照。
  • 水成文 … 水面に波紋が広がるばかり(手紙を届けてくれない)。文は、ここでは波紋の意であるが、手紙の意にも掛けている。庾丹の「秋閨に望む有り」(『玉台新詠』巻五)に「月斜めにして影をさかしまにし、風至りて水ぶんを廻らす」(月斜樹倒影、風至水廻文)とある。ウィキソース「秋閨有望」参照。
8
  • 花・家・斜(平声麻韻)。
29 昨夜閒潭夢落花
さく 間潭かんたん らっゆめ
  • 昨夜 … 昨日の夜。
  • 間潭 … 静かなふちのほとり。
  • 閒 … 『全唐詩』『楽府詩集』『唐詩品彙』『唐詩別裁集』『古今詩刪』では「閑」に作る。同義。
  • 夢落花 … 花の散る夢を見た。梁の武帝の「夏歌四首 其の四」(『玉台新詠』巻十)に「含桃がんとう花落つる日、黄鳥飛ぶを営むの時」(含桃落花日、黃鳥營飛時)とある。含桃は、ゆすらうめ。桜桃。ウィキソース「夏歌 (蕭衍)」参照。
30 可憐春半不還家
あわれむし はるなかばにしていえかえらず
  • 可憐 … 何とも切ないことである。
  • 憐 … 『楽府詩集』では「非」に作る。
  • 春半 … もう春も半ばだというのに。
  • 不還家 … 私はまだ家に帰れない。
31 江水流春去欲盡
江水こうすい はるながしてってきんとほっ
  • 江水 … 川の水。長江の水。『山海経』中山経に「又東北三百里を、岷山みんざんと曰う。江水ここより出で、東北流して海にそそぐ」(又東北三百里、曰岷山。江水出焉、東北流注于海)とある。ウィキソース「山海經/中山經」参照。
  • 流春去欲尽 … 春を押し流し、流し尽くそうとしている。
32 江潭落月復西斜
江潭こうたん落月らくげつ 西にしななめなり
  • 江潭 … 川の深い淵。『楚辞』の「漁父」に「屈原くつげんすではなたれて、江潭こうたんあそび、行〻ゆくゆく沢畔たくはんぎんず」(屈原旣放、游於江潭、行吟澤畔)とある。ウィキソース「漁父」参照。
  • 落月 … 沈もうとする月。南朝梁の蕭綜「鍾鳴を聴く」(『古詩紀』巻一百十八)に「西樹落月を隠し、東窓暁星を見る」(西樹隱落月、東窻見曉星)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷118」参照。
  • 復西斜 … また西へと傾く。
9
  • 霧・路・樹(去声遇韻)。
33 斜月沈沈藏海霧
斜月しゃげつ 沈沈ちんちんとしてかいかく
  • 斜月 … 西に傾いた月。入りかかった月。『初学記』に引く梁の蕭和「螢火の賦」に「斜月西に傾き、独り蓬楹ほうえいを照らす」(斜月西傾、獨照蓬楹)とある。ウィキソース「初學記/卷第三十」参照。
  • 沈沈 … 静かで奥深いさま。『楽府詩集』では「沉沉」に作る。『唐詩別裁集』では「沉沈」に作る。「沉」は「沈」の異体字。
  • 海霧 … 海上にたちこめる霧。
  • 蔵 … 隠れていく。姿を隠そうとする。
34 碣石瀟湘無限路
碣石けっせき 瀟湘しょうしょう げんみち
  • 碣石 … 山の名。今の河北省昌黎県の北にある。ここでは広く北の果てを指す。『読史方輿紀要』永平府、昌黎県の条に「碣石山は、県の西北二十里。山勢は穹窿きゅうりゅう、頂に巨石有り特出す、因って名づく」(碣石山、縣西北二十里。山勢穹窿、頂有巨石特出、因名)とある。穹窿は、弓形。ウィキソース「讀史方輿紀要/卷十七」参照。『中国歴史地図集 第五冊』(地図出版社、1982年、国学导航「河北道南部:碣石山」48~49頁③7)参照。また『書経』禹貢篇に「きょうゆう・碣石、河に入る」(夾右碣石、入于河)とある。河は、黄河。ウィキソース「尚書/禹貢」参照。
  • 瀟湘 … 瀟水と湘江(湘水)。洞庭湖に南から流れこむ二つの川の名。洞庭湖の南の流域一帯を指す。ここでは広く南の果てを指す。『水経注』湘水の条に「瀟とは、水清深せいしんなり。湘中記に曰く、湘川は清照なること五六丈、した、底の石を見ることちょの矢の如く、五色鮮明なり。白沙は霜雪の如く、赤岸は朝霞の若し。是れ瀟湘の名をるるなり」(瀟者、水清深也。湘中記曰、湘川清照五六丈、下見底石如樗蒲矢、五色鮮明。白沙如霜雪、赤岸若朝霞。是納瀟湘之名矣)とある。樗蒲は、ばくち。ウィキソース「水經注/38」参照。また魏の曹植の「雑詩六首 其の四」(『文選』巻二十九)に「朝に江北の岸に遊び、ゆうべに瀟湘のなぎさに宿す」(朝遊江北岸、夕宿瀟湘沚)とある。ウィキソース「曹子建集 (四部叢刊本)/卷第五」参照。また南朝斉の謝朓の「新亭しんていなぎさにてはんれいりょうわかるる」(『文選』巻二十)に「洞庭どうていがくるの瀟湘しょうしょうにはていあそぶ」(洞庭張樂地、瀟湘帝子遊)とある。帝子は、堯帝の二人の娘、娥皇と女英のこと。ウィキソース「新亭渚別范零陵詩」参照。
  • 無限路 … 果てのない旅路が続いている。
35 不知乘月幾人歸
らず つきじょうじて幾人いくにんかえ
  • 不知乗月幾人帰 … この月明かりに照らされてわが家へ帰りついた旅人は、いったい何人いることだろう。
  • 乗月 … 月明かりに照らされて。月の光りに照らされて。南朝宋の謝霊運の「彭蠡ほうれい湖口に入る」(『文選』巻二十六)に「月に乗じて哀狖あいゆうを聴き、露にうるおいて芳蓀かんばし」(乘月聽哀狖、浥露馥芳蓀)とある。哀狖は、鳴き叫ぶ猿。ウィキソース「昭明文選/卷26」参照。また古楽府の「子夜夏歌」(『楽府詩集』巻四十四・清商曲辞)に「月に乗じて芙蓉を採り、夜夜蓮子を得たり」(乘月採芙蓉、夜夜得蓮子)とある。蓮子は、はすの実。ウィキソース「樂府詩集/044卷」参照。
36 落月搖情滿江樹
落月らくげつ じょうゆるがして江樹こうじゅ
  • 落月 … 沈みゆく月。
  • 揺情 … 私の感情を揺り動かしながら。
  • 江樹 … 川辺の木々の辺り。隋の諸葛穎「春江花月の夜」(『古詩紀』巻一百三十五)に「月色江樹を含み、花影船楼を覆う」(月色含江樹、花影覆船樓)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷135」参照。
  • 満 … 月の光が満ち溢れる。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻二(『漢文大系 第二巻』冨山房、1910年)
  • 『全唐詩』巻一百十七(揚州詩局本縮印、上海古籍出版社、1985年)
  • 『楽府詩集』巻四十七・清商曲辞・呉声歌曲(北京図書館蔵宋刊本影印、中津濱渉『樂府詩集の研究』所収)
  • 『唐詩品彙』巻三十七(汪宗尼本影印、上海古籍出版社、1981年)
  • 『唐詩別裁集』巻五(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『古今詩刪』巻十三(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、19頁)
  • 『唐詩解』巻十一(清順治十六年刊、内閣文庫蔵)
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