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洪州客舎寄柳博士芳(薛業)

洪州客舍寄柳博士芳
洪(こう)州(しゅう)の客舎(かくしゃ)にて柳(りゅう)博(はく)士(し)芳(ほう)に寄(よ)す
薛(せつ)業(ぎょう)
  • ウィキソース「洪州客舎寄柳博士芳」参照。
  • この詩は、作者が洪州(現在の江西省南昌市)の旅館から、都にいる友人で国子博士の柳芳に送ったもの。旅の途中で安史の乱に遭遇し、故郷に帰れなくなった嘆きを詠んでいる。
  • 洪州 … 現在の江西省南昌市。『読史方輿紀要』江西二、南昌府に「隋、陳を平らげ、郡を廃して洪州を置き、煬帝(ようだい)復た改めて豫章郡と為す。唐の武徳五年(622)、林士弘を平らげ、復た洪州と為し、天宝(742~756)の初め、豫章郡と曰い、乾元(758~760)の初め、復た洪州と曰う」(隋平陳、廢郡置洪州、煬帝復改爲豫章郡。唐武德五年平林士弘、復爲洪州、天寶初曰豫章郡、乾元初復曰洪州)とある。ウィキソース「讀史方輿紀要/卷八十四」参照。
  • 客舎 … 旅館。『史記』商君列伝に「商君亡(に)げ、関(かん)下(か)に至り、客舎に舎(しゃ)せんと欲す」(商君兦、至關下、欲舍客舍)とある。商君は、商(しょう)鞅(おう)。戦国時代、法家の政治家。秦の孝公に仕えた。関下は、函谷関の付近。舎は、泊まる。ウィキソース「史記/卷068」参照。また、南朝梁の費(ひ)昶(ちょう)の楽府「行路難二首」(『玉台新詠』巻九)の第一首に「君見ずや 長安客舎の門、倡(しょう)家(か)の少女 名は桃根(とうこん)」(君不見長安客舍門、倡家少女名桃根)とある。倡家は、娼家に同じ。遊女屋。ウィキソース「行路難 (費昶)」参照。
  • 柳博士芳 … 博士は、官名。国子博士、すなわち国立大学の教授のこと。国子は、公卿大夫の子弟の意。柳芳は、字(あざな)は仲(ちゅう)敷(ふ)。河東(現在の山西省運城市)の人。開元二十九年(741)、進士に及第(『登科記考補正』巻八)。粛宗のとき、『国史』の編纂事業に参加し、また『唐暦』を著した。官は集賢院学士に至った。ウィキペディア【柳芳 (唐)】参照。
  • 寄 … 詩を人に託して送り届けること。ちなみに「贈」は、詩を直接手渡すこと。
  • 薛業 … 生没年不詳。盛唐の詩人。天宝(742~756)間の処士(教養がありながら官に仕えたことがない民間人)とされる。高潔な人物であったという。盛唐の独孤及(725~777)に「薛処士業が廬山に遊ぶを送る序」(『全唐文』巻三百八十七)に「薛侯は詩に敦(あつ)く、学に固(くる)しみ、行いに敏なり。時にして然る後言う。言いて尤(とが)め寡(すく)なし、口に禄を言わず、禄も亦た及ばず。其の真を識る者は、以て永歎を為す。而も薛侯は之に居て淡如(たんじょ)たり、君子なるかな、若(か)くのごとき人や」(薛侯敦於詩、固於學、敏於行。時然後言。言而寡尤、口弗言祿、祿亦不及。識其眞者、以爲永歎。而薛侯居之淡如、君子哉若人也)とある。ウィキソース「送薛處士業遊廬山序」参照。『全唐詩』に二首、『唐詩選』に一首収められている。
去年燕巢主人屋
去年(きょねん) 燕(つばめ)は巣(す)くう主人(しゅじん)の屋(おく)
  • 燕巣主人屋 … 宿の主(あるじ)の家に燕が巣を作っていた。主人は、作者が寄寓する宿の主(あるじ)。屋は、家。ここでは、家の軒(のき)端(ば)。「古詩十九首」(『文選』巻二十九)の第十二首に「思う双(そう)飛(ひ)燕(えん)と為(な)りて、泥を銜(ふく)んで君が屋(おく)に巣くわんことを」(思爲雙飛燕、銜泥巢君屋)とある。双飛燕は、つがいで飛ぶ燕。ウィキソース「東城高且長」参照。
今年花發路傍枝
今年(こんねん) 花(はな)は発(ひら)く路(ろ)傍(ぼう)の枝(えだ)
  • 花発 … 花が開く。花が咲く。南朝梁の劉緩「敬(つつし)んで劉長史が『名士傾城(けいせい)を悦(よろこ)ぶ』を詠ずるに酬(むく)ゆ」詩(『玉台新詠』巻八)に「遥かに見れば花発(ひら)くかと疑い、香を聞けば春に異なるを知る」(遙見疑花發、聞香知異春)とある。長史は、官名。刺史(地方長官)の属官。傾城は、美人。ウィキソース「敬詶劉長史詠名士悅傾城」参照。
  • 路傍枝 … 道端(みちばた)の枝。後漢の宋子侯の楽府「董(とう)嬌(きょう)饒(じょう)」(『玉台新詠』巻一、『楽府詩集』巻七十三)に「洛陽城東の路(みち)、桃李路傍に生ず」(洛陽城東路、桃李生路傍)とある。董嬌饒は、桑摘み娘の名か。「董嬌嬈」に作るテキストもある。ウィキソース「董嬌嬈」「樂府詩集/073卷」参照。また、三国魏の劉楨「公讌(こうえん)の詩」(『文選』巻二十)に「輦車(れんしゃ) 素(そ)蓋(がい)を飛ばし、従者 路傍に盈(み)つ」(輦車飛素蓋、從者盈路傍)とある。公讌は、公式の宴会。輦車は、人が引く車。素蓋は、白い車蓋(しゃがい)。ウィキソース「公讌詩 (劉公幹)」参照。
年年爲客不到舍
年年(ねんねん) 客(かく)と為(な)りて舎(いえ)に到(いた)らず
  • 年年 … 来る年も来る年も。来る年ごとに。南朝梁の呉均の楽府「行路難二首」(『玉台新詠』巻九)の第二首「洞庭水上一株(いっしゅ)の桐」に「年年月月(げつげつ) 君子に対し、遥遥夜夜(やや) 未(び)央(おう)に宿す」(年年月月對君子、遙遙夜夜宿未央)とある。未央は、漢の宮殿、未央宮。ウィキソース「行路難 (吳均)」参照。また、南朝陳の江総の楽府「折楊柳」(『楽府詩集』巻二十二)に「此の依依(いい)たる情を共にするも、奈(いかん)ともする無し 年年の別れ」(共此依依情、無奈年年別)とある。依依は、しなやかな様子。ウィキソース「樂府詩集/022卷」参照。
  • 為客 … 旅人となって。『楚辞』九章・哀郢(あいえい)に「風波に順(したが)いて以て流れに従い、焉(ここ)に洋洋として客と為る」(順風波以從流兮、焉洋洋而爲客)とある。洋洋は、水面が果てしなく広がっている様子。ウィキソース「楚辭/九章」参照。
  • 不到舎 … 我が家に帰ることもない。
  • 到舍 … 『全唐詩』には「一作歸去」と注する。
  • 舎 … 家。ここでは、故郷の家。
舊國存亡那得知
旧(きゅう)国(こく)の存亡(そんぼう) 那(な)んぞ知(し)るを得(え)ん
  • 旧国 … 郷里。『荘子』則陽篇に「旧国旧都、之を望めば暢(ちょう)然(ぜん)たり」(舊國舊都、望之暢然)とある。暢然は、心のびやかなさま。ウィキソース「莊子/則陽」参照。また、隋の段君彦「故(こ)鄴(ぎょう)を過(よぎ)る」詩に「旧国 千門廃(すた)れ、荒塁(こうるい) 四郊に通ず」(舊國千門廢、荒壘四郊通)とある。荒塁は、荒れ果てた塁(とりで)。四郊は、都の外回りの原野。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷137」参照。
  • 存亡 … 生死。ここでは、故郷の人々の安否。西晋の劉琨の楽府「扶風歌」(『文選』卷二十八、『楽府詩集』巻八十四)に「家を去りて日ごとに已に遠く、安(いず)くんぞ存と亡とを知らん」(去家日已遠、安知存與亡)とある。ウィキソース「扶風歌」参照。
  • 那得知 … どうして知ることができようか。
胡塵一起亂天下
胡(こ)塵(じん)一(ひと)たび起(おこ)りて天(てん)下(か)を乱(みだ)してより
  • 胡塵 … 胡(えびす)の兵馬によって巻き起こる砂塵。ここでは、突厥とソグド人の混血児であった安禄山、およびその部下の史思明が起こした反乱(安史の乱)を指す。ウィキペディア【安史の乱】参照。南朝梁の施栄泰「王昭君を詠ず」詩(『玉台新詠』巻十)に「羅(ら)を垂れて椒(しょう)閣(かく)を下り、袖を挙げて胡塵を払う」(垂羅下椒閣、舉袖拂胡塵)とある。羅は、うすぎぬ。椒閣は、皇后の御殿。山椒を壁に塗り込めたのでこういう。ウィキソース「詠王昭君」参照。また、南朝陳の張正見の楽府「昭君怨」(『楽府詩集』巻二十九)に「寒樹 胡塵に暗く、霜楼 漢月に明らかなり」(寒樹暗胡塵、霜樓明漢月)とある。霜楼は、霜の降りた楼閣。漢月は、天の川と月。ウィキソース「樂府詩集/029卷」参照。
  • 乱天下 … 天下を乱してからというものは。『荘子』胠(きょ)篋(きょう)篇に「啍啍(じゅんじゅん)たらば已に天下を乱せり」(啍啍已亂天下矣)とある。啍啍は、多言のさま。ウィキソース「莊子/胠篋」参照。『全唐詩』には「一作天下亂」と注する。『文苑英華』『唐詩紀事』『唐文粋』では「天下亂」に作る。
何處春風無別離
何(いず)れの処(ところ)の春(しゅん)風(ぷう)か 別(べつ)離(り)無(な)からん
  • 何処春風 … 春風の吹き渡るどこかの地に~があるだろうか。
  • 春風 … 春の風。春の暖かい風。戦国時代、楚の宋玉「登(とう)徒子(とし)好色の賦」(『文選』卷十九)に「春風を寤(さと)り、鮮栄(せんえい)を発す」(寤春風兮、發鮮榮)とある。鮮栄は、美しい花。ウィキソース「登徒子好色賦」参照。また、南朝斉の謝朓の楽府「永明楽十首」(『楽府詩集』巻七十五)の第三首に「秋雲 甘露を湛(たた)え、春風 芝(し)草(そう)を散ず」(秋雲湛甘露、春風散芝草)とある。ウィキソース「樂府詩集/075卷」参照。また「子夜四時歌七十五首 夏歌二十首」(『楽府詩集』巻四十四)の第十三首に「昔別(わか)るるとき春風起こり、今還(かえ)りて夏雲浮かぶ」(昔別春風起、今還夏雲浮)とある。ウィキソース「樂府詩集/044卷」参照。また、南朝梁の沈約「高きに登って春を望む」詩(『玉台新詠』巻五)に「春風雑樹を揺(うご)かし、葳(い)蕤(すい)緑にして且つ丹(あか)し」(春風搖雜樹、葳蕤綠且丹)とある。葳蕤は、草木の花の美しいさま。ウィキソース「登高望春」参照。
  • 別離 … 別れの悲しみ。『広韻』に「近きを離と曰い、遠きを別と曰う」(近曰離、遠曰別)とある。ウィキソース「廣韻 (四庫全書本)/卷1」参照。また『楚辞』九歌・少司命に「悲しきは生(せい)別(べつ)離(り)より悲しきは莫し」(悲莫悲兮生別離)とあり、その王逸注に「屈原、神を思うこと略〻(ほぼ)畢(お)わり、憂愁復た出づ。乃ち長歎して曰く、人の世に居るや、悲哀は妻子と生別離より痛ましきは莫し、と。己の之に当たるを傷むなり」(屈原思神略畢、憂愁復出。乃長歎曰、人居世、悲哀莫痛與妻子生別離。傷己當之也)とある。生別離は、生き別れ。ウィキソース「昭明文選/卷33」参照。また、南朝梁の沈約「効古」詩(『玉台新詠』巻五)に「歳(さい)暮(ぼ)棲宿を異にす、春至るも猶お別離す」(歳暮異棲宿、春至猶別離)とある。効古は、古詩に倣うこと。棲宿は、すみか。ウィキソース「效古 (沈約)」参照。
詩型・韻字
  • 七言古詩。
  • 枝・知・離(上平声支韻)。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻二(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百十七(排印本、中華書局、1960年)
  • 『唐詩品彙』巻三十一([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩解』巻十一(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『文苑英華』巻二百五十二(影印本、中華書局、1966年)
  • 『古今詩刪』巻十三(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 『唐詩紀事』巻二十八([宋]計有功輯撰、上海古籍出版社、1987年)
  • 『唐文粋』巻十五下(姚鉉撰、明嘉靖本影印、『四部叢刊 初篇集部』所収)
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