送孔巣父謝病帰遊江東兼呈李白(杜甫)
送孔巢父謝病歸遊江東兼呈李白
孔巣父が病を謝して江東に帰遊するを送り、兼ねて李白に呈す
孔巣父が病を謝して江東に帰遊するを送り、兼ねて李白に呈す
- 〔テキスト〕 『唐詩選』巻二、『宋本杜工部集』巻一、『九家集注杜詩』巻二、『杜陵詩史』巻一、『分門集注杜工部詩』巻二十(『四部叢刊 初編集部』所収)、『草堂詩箋』巻二、『銭注杜詩』巻一、『杜詩詳注』巻一、『全唐詩』巻二百十六、『文苑英華』巻二百六十九、『唐詩品彙』巻二十八、他
- 七言古詩。霧・樹・暮・路・故・露(去声遇韻)/餘・除・書・如(平声魚韻)、換韻。
- ウィキソース「送孔巢父謝病歸遊江東兼呈李白」参照。
- 孔巣父 … 杜甫と李白共通の友人。冀州(今の河北省冀州区)の人。字は弱翁。若い頃、李白・韓準・裴政・張叔明・陶沔とともに山東省の徂徠山に隠棲し、「竹渓の六逸」と号した。
- 謝病 … 病気を理由に官職を辞退すること。
- 江東 … 長江下流の南岸一帯の地。今の江蘇省南部から浙江省北部一帯を指す。「江左」とも。
- 帰遊 … ここでは故郷に帰って隠居すること。帰隠。
- この詩は、友人の孔巣父が病気を理由に官を辞し、長江下流の南岸地域へ旅立って行くときに宴が設けられ、その席で彼に贈った詩。詩の最後で会稽(浙江省)にいる李白に会ったらよろしく伝えてほしいと言って結んでいる。天宝五(746)載、長安での作。
- 杜甫 … 712~770。盛唐の詩人。襄陽(湖北省)の人。字は子美。祖父は初唐の詩人、杜審言。若い頃、科挙を受験したが及第できず、各地を放浪して李白らと親交を結んだ。安史の乱では賊軍に捕らえられたが、やがて脱出し、新帝粛宗のもとで左拾遺に任じられた。その翌年左遷されたため官を捨てた。四十八歳の時、成都(四川省成都市)の近くの浣花渓に草堂を建てて四年ほど過ごしたが、再び各地を転々とし一生を終えた。中国最高の詩人として「詩聖」と呼ばれ、李白とともに「李杜」と並称される。『杜工部集』がある。ウィキペディア【杜甫】参照。
巢父掉頭不肯住
巣父 頭を掉って住まるを肯んぜず
- 掉頭 … 頭を横にふる。首を横にふる。相手の要求を否定・拒否すること。「とうとう」「ちょうとう」とも読む。
- 掉 … 『文苑英華』では「抽」に作る。
- 住 … この地にとどまり住むこと。
- 不肯 … 承知しない。
東將入海隨煙霧
東のかた将に海に入って煙霧に随わんとす
- 東 … 「ひがしのかた」と読み、「東に向かって」「東のほうで」「東の方角で」と訳す。
- 入海 … 海に浮かんで。海に舟を浮かべて。海に漕ぎ出て。ここでは実際に海上の旅をしたわけではなく、江東へ帰るので、東の海に仙人が住むという伝説を踏まえて言ったもの。
- 随煙霧 … 靄や霧の立ち込める仙境へ分け入って行こうとする。「煙霧」は神秘的な世界の象徴。
- 煙 … 『詳注本』では「烟」に作る。異体字。
詩卷長留天地間
詩巻 長く留む 天地の間
- 詩巻 … あなたの詩集。ここでは孔巣父の詩集を指す。彼には『徂徠集』という詩文集があったという。
- 長留 … 永遠に残る。実際は残らず、孔巣父の詩は一篇も伝わっていない。
- 留 … 冨山房『漢文大系』では「畱」に作る。異体字。
- 天地間 … この世界。この世の中。
釣竿欲拂珊瑚樹
釣竿 払わんと欲す 珊瑚の樹
- 釣竿 … 釣り竿。釣りは隠者の生活の象徴。
- 欲払 … 払おうとする。
- 珊瑚 … 『全唐詩』には「一作三珠」とある。
- 珊瑚樹 … サンゴの枝。
深山大澤龍蛇遠
深山大沢 竜蛇遠く
- 深山大沢 … あなたが行かれる奥深い山や大きな沢。竜や蛇の棲息する場所とされる。『左伝』襄公二十一年に「深山大沢、実に竜蛇を生ず」(深山大澤、實生龍蛇)とあるのに基づく。
- 竜蛇遠 … 昔から竜や蛇を産するといわれている遠い所。
- 蛇 … 『宋本』『分門集注本』『九家集注本』『杜陵詩史』『銭注本』では「虵」に作る。異体字。
春寒野陰風景暮
春寒 野陰 風景暮る
- 春寒 … 折しも春はまだ寒く。
- 野陰 … 野原が陰っている。
- 風景暮 … 景色は静かに暮れていく。
- 春寒野陰風景暮 … 『全唐詩』には「一作花繁草青春日暮」とある。
蓬萊織女囘龍車
蓬萊の織女 竜車を回らし
- 蓬萊 … 蓬萊山。東海の島にあって仙人が住むという。
- 蓬萊織 … 『全唐詩』には「一作仙人玉」とある。
- 織女 … こと座α(アルファ)星ベガの中国名。織女星。織姫。七夕姫。たなばたつめ。ただし、ここでは蓬萊山の仙女を指す。
- 竜車 … 竜に曳かせた車。
- 竜 … 『宋本』『全唐詩』『分門集注本』『九家集注本』『杜陵詩史』『草堂詩箋』『銭注本』『詳注本』『文苑英華』では「雲」に作る。『唐詩品彙』では「籠」に作る。
- 回 … ぐるりと一廻りさせる。迎えにあがること。『宋本』『草堂詩箋』『唐詩品彙』では「廻」に作る。『銭注本』では「迴」に作る。同義。
指點虛無引歸路
虚無を指点して帰路を引く
- 虚無 … ここでは虚空を指す。転じて仙界をいう。
- 指点 … 指さす。指し示すこと。
- 引帰路 … あなたの帰りゆく道を案内してくれることだろう。
- 帰路 … 『全唐詩』では「是征」に作り、「一作引歸」とある。『宋本』『草堂詩箋』『銭注本』『詳注本』『文苑英華』では「是征」に作る。『九家集注本』では「是帰」に作る。
自是君身有仙骨
自ずから是れ君が身に仙骨有り
- 自是 … それはもともと~である。生まれつき~である。
- 君身 … 君の身体には。
- 仙骨 … 仙人となり得る骨相。世俗を超越した非凡な風采をいう。
- 骨 … 『文苑英華』では「谷」に作る。
世人那得知其故
世人那ぞ其の故を知るを得ん
- 世人 … 世間の人々。世間の俗人たち。
- 那得知其故 … どうしてその理由を知ることができようか。
- 那 … 「なんぞ」と読み、「どうして~か(いや~ではない)」と訳す。反語を表す。「何」より口語的。
- 其故 … ここに留まらぬ理由。世間を捨ててしまう理由。
惜君只欲苦死留
君を惜しんで只だ苦死して留めんと欲するも
- 惜君 … 君が去るのを惜しんで。
- 苦死 … 一所懸命に。しきりに。必死に。
- 留 … 引きとめる。冨山房『漢文大系』では「畱」に作る。異体字。
富貴何如草頭露
富貴 何ぞ草頭の露に如かん
- 富貴 … 金持ちや高い地位。
- 何如草頭露 … 草葉の露にも及ばない。草葉の露よりも儚いものである。
- 惜君只欲苦死留、富貴何如草頭露 … 『全唐詩』には「一作我欲苦留君富貴、何如草頭易晞露」とある。
蔡侯靜者意有餘
蔡侯は静者 意余り有り
- 蔡侯 … 蔡は姓。侯は尊称。蔡君と同じ。餞別の宴の主人。人物については不明。
- 静者 … 物静かな人柄。
- 意有余 … 君を思う心が尽きない。深い心づくし。
清夜置酒臨前除
清夜 置酒して前除に臨む
- 清夜 … 清らかな夜。清々しい夜。
- 置酒 … 酒宴を開くこと。
- 臨前除 … 前庭に臨む階段。「除」は、庭から家に上がる傾斜の緩い階段。
罷琴惆悵月照席
琴を罷めて惆悵すれば 月 席を照らす
- 罷琴 … 琴を弾く手をやめる。
- 惆悵 … 嘆き悲しむこと。傷み悲しむこと。後漢の秦嘉「婦に贈る詩三首 其二」(『玉台新詠』巻一)に「路に臨みて惆悵を懐き、駕に中りて正に躑躅す」(臨路懷惆悵、中駕正躑躅)とある。躑躅は、行っては止まり、行っては止まって進まないこと。ウィキソース「贈婦詩」参照。
- 月照席 … 月の光が宴席を照らす。
- 照 … 『全唐詩』には「一作點」とある。
幾歲寄我空中書
幾歳か我に寄せん 空中の書
- 幾歳 … 何年先になったら。
- 寄我 … 私に送ってくれることであろうか。
- 空中書 … 仙界からの便り。昔、ある少年が一人の道士に伴われて空を飛んで蓬萊山に至り、そこで仙人から史宗宛の一通の手紙を預かった。のちに史宗に渡したところ、史宗は「どうやって蓬萊山の仙人の手紙を手に入れたのか」とたいへん驚いたという『高僧伝』巻十に見える故事を踏まえる。
南尋禹穴見李白
南のかた禹穴を尋ねて李白を見ば
- 南 … 「みなみのかた」と読み、「南に向かって」「南のほうで」「南の方角で」と訳す。
- 禹穴 … 会稽山(浙江省)にある洞穴。夏王朝の始祖とされる伝説上の聖王である禹王を葬った場所とされる。
- 見李白 … その辺りにいるという李白に会ったならば。
- 南尋禹穴見李白 … 『文苑英華』には「一作若逢李白騎鯨魚」とある。
道甫問訊今何如
道え 甫は問訊せり 今何如と
- 道 … こう言ってくれたまえ。
- 甫 … 杜甫が。
- 問訊 … お聞きしていたよ。尋ねていたよ。
- 訊 … 『詳注本』には「一作信」とある。『宋本』『全唐詩』『分門集注本』『九家集注本』『杜陵詩史』『草堂詩箋』『銭注本』『唐詩品彙』『文苑英華』では「信」に作る。
- 今何如 … 近頃どうしているか。
こちらもオススメ!
歴代詩選 | |
古代 | 前漢 |
後漢 | 魏 |
晋 | 南北朝 |
初唐 | 盛唐 |
中唐 | 晩唐 |
北宋 | 南宋 |
金 | 元 |
明 | 清 |
唐詩選 | |
巻一 五言古詩 | 巻二 七言古詩 |
巻三 五言律詩 | 巻四 五言排律 |
巻五 七言律詩 | 巻六 五言絶句 |
巻七 七言絶句 |
詩人別 | ||
あ行 | か行 | さ行 |
た行 | は行 | ま行 |
や行 | ら行 |